表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第三章 死面の篝火
56/70

火の見舞い

氷色の髪の男が、砕けた黒氷と共に落ちていく。

青柳あおやぎは崩れかけた白氷の上に立っていた。

赤い血にまみれ、息は細く、けれど男から目を離さない。

灰銀の巨鰐と黒い軟体生物の群と対していた、黒い大蛇の目が、ギュルリと男の方へと向く。

大蛇の身体が霧散した。

落下する男の身体を包みこんだ。



「……!!」



青柳は口を引き結んだ。

黒い霧が消え、現れた男の身体には、傷ひとつなかった。

男は、ふらっ、と大地に降り立った。



【…………】



そして、歩き出した。

青柳たちがいる場所とは、別の方角へと。



「…オ、い!てめ…どこに…!?」


【うるせえ~】



青柳のかすれ声に、男は振り返らずに片手を振った。



【弱すぎてつまんね~んだよ、カァーース♪】


「かッ」



青柳の口から、血が吹き出した。



(なに言い出しやがッ!突然現れて、襲って、それでつまんねーって、ふざけんなよ?!!変態ドグソジジイガアアアアアーーー!!)



怒髪天を突く青柳は、男をぶん殴りたい衝動に駆られる。

だが、身体は自由に動かず、震えるばかり。

するすると水色の蛇が、青柳の元へと駆けつけた。



【青柳!落ちついて!血が吹き出しちゃってるよ!アイツの言うことは気にしなくっていいんだ!潮流うるは昔から気分屋なんだよ!人を切れさせる天才だった!!懐かしいな~、アハハ!アハハ!】



立ち去る男の姿と、水色の蛇の嬉し気な声音に、青柳は歯をギリギリと軋ませた。



(コイツらろくでも、ねえな、こっちはな、笑いごとじゃ、ねーん、だッ、ぞ…、ふざ、んな…)



白氷が砕け、青柳の身体が宙に投げ出された。

その身体を水色の大蛇が包みこむ。

青銀色の燐光が、青柳の身体の傷を癒していく。




「おぼ、えてろ…」




少女の青い目は、閉じていく。

水色の大蛇は、小さく、そっと言う。




【ありがとう…、青柳…】




“水嘉多月は、オレの家族だッ!!”



“オレは許さない…、オレの家族を傷つけたヤツを決して許さないッ!!”




(君の不幸を、君の母の不幸を止めることが出来なかった僕なんかに、ね。君は言ってくれるんだねえ…。)




大蛇の青い目が、森へと向けられる。

もう見つけられない、もうひとりの愛し子へと。




【きっと…】






灰銀色の髪と青銅色の目をした女が、落ちてくる大蛇と少女に向かって、悠然とした姿で歩いていく。

それに、害意は感じない。


それの分身である黒い軟体生物の群れは、姿を消していた。






黒朗くろうは、赤みを帯びた目を瞬かせた。

満月色を取り戻した目が、前方へと向けられる。

乾いた大地に、その歩みを進めた。



(青柳は、生きている…)



砂埃が、風にのってやってくる。

黄土色の大地が広がる。

青と緑の羽のような葉が繁る、曲がりくねった幹の木が、点々と顔を出すだけだ。

そこは、黒い鬼を王とする国、ダノクトの端の端、国の境界線に位置する。






オオオン…






風の吹く音がした。



オオン…




いや、




ブ、オオオーーーン…




薄紫色の長い長い首、木の幹のような首の先、無数の牙がのぞく先から、溢れる粘液と共にその音は出ていた。

大きな身体には、6本の太い足。

十数体ほどいる異形のいくつかは、足に襤褸となった人間の死体を絡ませていた。



[…◆*☆…]



空に首をもたげた一頭の身体から、桃色の翼が生えた。

ふわふわとした鳥のような翼だ。

バサリ、羽ばたき、曇天の空へと駆けていく。




ぶもん、




紫の異形は、宙で弾かれた。


もう一度進んで、また弾かれた。


もう一度勢いよく突っ込んだ。



[#§■※…!!]



そうすると、グシャグシャと異形の身体が小さくなっていき、消えてなくなった。


木々たちが、青い葉と緑の葉をさわさわと揺らす。


羽のような葉の中に、桃色と紫色の混じる葉が生えてくる。


ダノクトへと進んでいた異形たちは、木々たちが繁る場所へ足を踏み入れると、何もないところで身体を弾かれた。

そして、何度目かに、小さく縮んで消えていく。

木々が、風もないのに揺れている。

艶々しくと、揺れている。





木々や異形がいる場所から離れた場所に、

一連の顛末を見ている2つの人影があった。




「なんて素敵なんだ…」




うっとりとした声で呟いたのは、緑色の髪の子供だ。

浅黒い顔は弛み、黄緑色の目は潤んでいる。

肩まである髪の間からは、少し尖った耳がのぞいていた。

灰色の大蜘蛛が、子供の茶色い外套のフードの中から顔を出す。

鋼色の目玉で、辺りを見渡す。



「これは困ったな。」



金茶色の混じる黒い短髪に、黒い目、精悍な顔立ちをした男が、息を吐いた。



「来たはいいが、門番が話しも通じそうにない化け物とはな…」


「?ちゃんと話せますよ。」


「リンちゃんは、そうかもしれませんがね。」


「…潰してやろうか…。あの子たちは、ちゃんと会話できます。私たちに話しかけていますよ。」


「なんと言ってるんです?」


「“通りたいならば、我らの屍を越えていけ”と言っています。」


「…………」




男の右手から、左手へ金色の火波が跳ぶ。



跳ねた火の波が、いくつも、いくつも地に落ちて、

消えていく。



地の底から、音がする。



木々が、ざわめいた。



男と子供から少し離れた場所にいた異形の周りを、金色の炎が囲んだ。



異形の足元に、穴が空く。

赤く、時折黒くも見える炎が燃えている穴だった。


異形は、金色の炎に包まれた。

そして、穴へと落ちていく。


穴は、異形を吸い込むと、何もなかったかのように消え失せた。



地鳴りが、激しくなっていく。




「セキド!やめてくれ、彼らは自分の役割を果たしているだけだ…!それを、」




木々の葉が、はらはらと舞い散った。




「オレの前に立ち塞がるのが、気に食わないんでね。アイツらの理由なんて、知ったことじゃあないな。だいたい…」



男は嗤った。




「化け物に、生きる価値があるか?」




地鳴りが、止まった。





息をひそめたかのように、静寂な木々たちの間を、ひとつの黒い影が通る。





影は、男と子供の前までやって来た。





一本角の鬼だった。


黒い鬼だった。


火のように揺らめく髪も、そこからのぞく一本角も、肌の色も、纏う服も真っ黒の黒い鬼だった。

身に付けた耳飾りと首飾りの黒や赤の輝石より、あざやかなのは満月色の目。

赤い火が、揺れている。




『どうする?』




黒鬼は囁いた。


優し気な美しい少年の姿から、尋常ではない強者の気配がする。

今まで彼らが相対してきた異形とは、桁外れの存在。




『オマエの前に立ち塞がっているモノは、生きる価値のない化け物だ。』


「………」


『殺さないのか?』


「!!」



黒鬼の手が、男の身体を掴んだ。

男は術を使おうとした。



(使えない…?!いや、)



術の残滓が、金色の火の粉が、微かに散っている。



(ちがう!これが、コイツの)



男の足が宙を蹴る。



『オマエの無礼は頭にくるな。だが、遠くからやってきた来訪者を追い返すほど薄情じゃない。歓迎してやる。』



男の身体が、黒鬼の頭の上に浮かんだ。

















座っていた赤い狼が腰を上げる。ととと、と部屋の中を歩いて、また座った。

炎のようなしっぽが、ゆらゆらと揺れる。



「!」



寝台の上にいた紅羽くれはが、側にいた春風はるかぜの着物を掴んだ。



「え?どうかし」



突然、部屋に衝撃があった。

春風の身体があった場所のすぐ前に、砂煙が上がっていた。



「…ハァー、やれやれ」



(え?)



聞き覚えのある声に、春風は目を見張る。

部屋の壊れた天井から、日が射し込む。

晴れた砂塵の奥に見えたのは、見知った人物だった。



「長?!!」



滅魔の五大家、火性かしょうの異能を操る比嵩ひかさ一族の長、比嵩赤土ひかさ あかつちが立っていた。



「ん?おお、春風、紅羽もいるな、それに…」



〈おかえり〉



赤い狼が尾をゆらゆらと振りながら言った言葉に、赤土は苦笑する。



「いい一体どうしたんです?なんでここに?!」



焦る春風に、赤土は片眉を上げた。



「決まっているだろう。」



赤土は、紅羽を見た。



「大事な家来が死にかけてると聞いてな、見舞いにきてやったんだ。ありがたく思えよ、紅羽。」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ