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黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第三章 死面の篝火
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女神に祈る

「はァーーーーーーー」


青と緑が彩る湖から流れ下る川、その境目に突き出た岩の上で、黒髪を背でひとつにまとめた青い目の少年…に見える少女が胡座をかき、ため息をついていた。

岩と岩の間を沫を立て、青い水が流れていく。

青柳あおやぎは、黒朗くろうが造った国、ダノクトの周りを囲む山々の麓にある青い湖にやって来ていた。

鬼と邪神と悪魔とのあれやこれやで消耗している水色の蛇を、良い水気の場所へ連れていき回復させるためだった。


(アイツ)


赤髪の青年、紅羽は寝たきりだ。

海藻頭の中年男、春風はずっと紅羽の看病についている。

春風の目の下の隈が、ひどくなっていく。

陰で、ぐしぐしと泣いているのを青柳は見た。


(アイツ、戦いすぎなんだよ。)


黒い翼の男に出くわす前に、魔物たちの長や、地底から這い出る魔物たち、魔物に変わってしまった人間たちと戦っていたという。

異国の人たちを守りながら…


「……………」


魔物たちは、一体、一体が、かなり強い。

異形は、年を経た者ほど強大な力を持つという。

300年以上生きてきた魔物たちは、そこらを彷徨うろつく同胞など、一蹴してしまえる強者だろう。

邪神に群がる魔物たちを、青柳は恐れている。

そんな奴らの長や、それを超えた悪魔などと戦うのだ。

たったひとりきりで……


「……………」


青柳の眉間にシワが寄っていく。

唇がひんまがる。

座っている岩の側を流れていた水が、ざっばん、ざっばん、と宙に高く上がり、波を描き、くねり、落ちていく。

七色の虹が、波の合間に姿を現した。


水の中に、小さな渦が巻く。



いくつも、いくつも。




(バカじゃねーの)




きっと、




(バカじゃねーの)




赤髪の青年は、




(バカじゃねーの)




恨み言も言わずに去っていく。




そんな姿が、見える。



「…………」



青柳は、目を両手で覆った。





黒髪と黒い目の笑う女は

美しい


あたたかく


母様が

崖から落ちた


失った



永遠に




得た傷は



死は、死は



苛み続ける







「ーーーーーーー!!」






宙に舞っていた波が霧散する。

たくさんの小さな渦が、ひとつになって、大きく巻いていたが、消え失せた。






「………す」






【え?何?どうしたの青柳?】



水色の蛇が水面から、にょろりと顔を出した。

水色の鱗は神々しく輝き、つぶらな青い目は煌めいている。

鬼と邪神と悪魔に揉まれて、ボロボロの灰色になっていた身体は、湖の気を浴び無事に息を吹き替えしたようだ。

癒され、満足気な水の神に届いたのは…



「紅羽を泣かすッ!!」



と、叫び立ち上がった愛しい子の姿。



【え?】



「ヤツが泣き叫びながら死なないと気がすまないッ!!」



【え?!】



青柳の青い目は、爛々と輝いていた。

極悪非道な台詞を叫び出した神子に、恐る恐る水の神は言った。


【あ、青柳、それは、やめたほうがいいよ、それをやるとね】


水の神の脳裏に浮かんだのは、獄炎と化した神の姿。


青柳は湖にペッと唾を吐き捨てた。

黒い氷のように冷たい顔をしていた。


【青柳、鬼のような顔をしているよ?そんな顔してちゃいけないよ。】

「…そういや、オレは鬼に成れちまう人間だったぜ。紅羽は成らないみたいだけどな…」


黒い翼の男に対峙した時、青柳の額から角が生えた。

生ある者、誰しもが、鬼に成る可能性を持つ。

だがあの時、青柳は成りかけたが、紅羽は不動であった。


(オレは父親共やつらを殺したい。母様の仇を討つ。だから、力を得られるなら、それでもいいんだ。そういう人間なんだ。)



(けど、)



(だから、)



(なんで紅羽が死ぬ?)



(おかしいだろ?)



(どうして人を殺すオレが生きて、)



(人を生かす紅羽が死ぬんだ?)





【青柳が鬼に成っても、僕は気にしないけどね。側にいるよ。】

「は?」

【そうなっても、僕は青柳を愛してるよ!】

「?!」


水色の蛇は、花がほころぶような笑顔を浮かべていた。

青い水面から、にょきりと出ていた蛇の頭が伸び上がる。


【僕はねぇ、僕は青柳が母親の腹の中にいる時から知っているんだよ?青柳の性格が曲がり曲がって絡まっていて、弱虫で、泣き虫で、頭悪くて、なーんて、そんなの知ってるよ!もし鬼になっても、どうってことはないさ。僕の愛は不滅!僕は永遠に青柳の側にいるんだからね!】

「…………」


(ぶち殺すのとぶち殺すのどっちが正解だ)


ていうか、カッコ悪いのが青柳なんだよ?そんなとこが可愛いいんだよ!!などとほざく蛇を睨み付けていた青柳は、目をまたたかせた。


「?」


まくし立てる水色の蛇の身体と水面の間際が、

じわり、黒く染まっていく。


【どうしたの青柳、そんなに見つめて。恥ずかしいじゃないか。】 

「…………」


頬を染め、身体をくねらせる蛇。


【青柳?】


青柳は水の中に飛び込んだ。

水色の蛇の身体からヒラヒラと青黒く長いものが、藻のようにひるがえっている。


くそ?……じゃないな……、皮か…)


ボロボロになっていた古い皮膚を脱ぎ捨てたのだろう。

皮は、蛇の尾を離れると青い水の流れに乗って見えなくなった。

青柳が水面に顔を出すと、水色の蛇は輝く肢体で、鼻先を上に、右を向き、左を向き、最後に青柳にきりりと視線を向けた。

見せびらかしたいらしい。

半目でそれを見ながらも、青柳の心のどこかが冷たく鳴る。


(なにか…、変だった…)








【ところで、どうやって火の子を泣かすの?】

「……そりゃあ…、アイツが嫌がるものを探すんだよ…。すまし顔に奇々怪々なもんを叩きつけてやるのさ。………………それに、精がつくもんが、あったり、なかったりするかもしれないけど……。」


目をうろつかせて言う青柳に、水色の蛇は頷いた。

それじゃあ、まずは湖の中を探そうよ、そう言って青柳を誘う小さな蛇の身体は震え、頬はぷくりと膨らんでいる










結果、巨大な灰銀色の怪物が釣れた。



「……………」


白い砂と石の上で伏せる巨大な身体を、灰銀色の鱗が覆う。全長は青柳の4倍ほど、長い口に長い尾、どっしりとした胴体には2本の手と足、鋭い槍のような灰銀色の爪。青銅色の目の奥の金の瞳孔がぴたりと青柳を見て離れない。

長い口に生えた剣のように鋭い灰銀色の牙の間から、青い舌が覗く。

青柳の肩の上にいた水色の蛇が叫んだ。


【おい!そんなに青柳を見るなよ!僕の可愛い青柳に穴が…】


怪物の目がカッと見開かれた。


【だって、だって…】


水色の蛇は縮こまる。


(からだ、動かねーな…、いや…)


(動けねーーー)


(何なんだこれ、つーか)


青柳の視界の隅で、大きな白虎があくびをしながら身体をぐわあーんと伸ばしている。


(アレは、どうしてあんななんだ?おかしくねーか?)


青い湖まで、その足で行こうとした青柳と灰色の蛇は、街ですれ違った白虎の背に乗せられてやってきていたのだ。

青柳たちが湖にいる間、白虎は岸辺で丸くなって寝ていた。

そして怪物に悲鳴を上げて湖の上を逃げ回っていたら、宙に浮かんだ白い虎が前足で、怪物をぽーんと吹っ飛ばしたのだ。

怪物はドコボコと音を立てながら、岸辺を転がった。


〔喰う?〕


動かなくなった人間と蛇と、怪物を見てから、白虎は怪物の尾を前足で器用に掴んで持ち上げた。

ぶらぶらと揺らされる怪物の手が宙を掻く。


〔ワニ、美味しいよね〕


(わ、わに?それ、そういうのなのか、初めて見)




【離せこのど変態野郎がアアアアアーーーー!!】




野太い声がしたと同時に、白虎の身体が岸辺にめり込んだ。白い尾っぽと尻しか、見えなくなっている。



巨大なワニが、すたりと立つ。



ワニは、青銅色の視線を白い砂地へ落とし、ため息をついた。


【アア、嫌だわ。はしたないことをしてしまいました…。ごめんなさいね、女の子の前で。】


(うおおんな?)


【そうだぞ!!】


水色の蛇が、青柳の頬の横から叫んだ。


【青柳は、繊細な優しい女の子なんだ!オマエのような魅了を使って悪さをするようなヤツとは違うんだ!あっちへ行け!】

【悪さなんてしていませんわ。人聞きの悪いことをおっしゃるのね。わたくしのこと、なーんにもご存知ないでしょうに?】

【うぬぬ、ぬ、やめ!あ!まて!!やめろ!!わーーーーーーー?!】








ふわふわと、柔らかくて、優しいものが頬を撫でた。


「大丈夫?」


美しい女が、青柳の顔を覗きこんでいた。

青銅色の目、透き通るような白い肌、花びらのような唇。肩まであるザンバラ髪は灰銀色。


「わたくしの魅了のせいで、」


青柳の胸元にすべる灰銀色の爪をした白い手、


「ここが、動かなくなってしまったのね。」


青柳の頭に乗っかった、白くて大きな、


「ギイイャアアアアアアアアアアーーーーー?!」


蜘蛛のように、白い砂地を飛び跳ねた青柳は、荒い息を吐く。

視線の先の女は、目を瞬かせ、そしてクスクスと笑った。

立ち上がった女は、異国の服を着ていた。

白い肌に黒いつたの紋様が刻まれた服を身に付け、その上から、豊満な胸も艶かしい身体の線もあらわな光沢のある白く長い布を纏っていた。

白い砂地の上を、裸足の女が歩いてくる。


「…………!!」


青柳は、ごくり、唾を飲み込んだ。


(この女は、さっきのワニの化身ってこと…)


「お願いがあるの」


青柳の頭の中が、ぐにゃりと歪んだ。


(…すごい、声まで……なんて美しい…)


女の白い指が、青柳の胸を指差した。


「あなたのこの胸にあるものを、わたくしにくれないかしら。」


(…胸?この人、胸、やけに、)


赤髪の青年が頭を過る。


(アイツと、同じこと言って…)


青銅色の目の奥で、金色が舌なめずりをしている。


「その代わりに、何でも願いを叶えてあげる。」


美しい女の顔で埋まる視界の横に、男が見えた。

その手の中に、水色の蛇がいる。

何か、言っている。


聞こえない。


(…まずい、何が?まずい、何で?けど、胸、なんだ?何があった?何でも、願い、願い、願いごと、わ、あああああああああ、ああ、ああ、ああーーーーーーー)




白い砂が舞い散った。





青柳は、ズザリと正座する。

両手と頭を地面に叩きつけた。




土下座である。




女の顔が強ばった。



「どうしたのかしら?」

「お願いありますッッ!!お願いしますッッ!!もしも、もしも、もしも叶うのでしたらーーーッ」



青柳は、砂まみれの顔を上げて叫んだ。



「童貞もらってくださいッッッ!!」








【……………………………………………は?】



美しいワニの女の喉から、野太い声が漏れた。



【ハ?え?ハ?】



水色の蛇は、口をあんぐり。



【…ブッツ!ひゃひゃひゃひゃひゃ!!】



氷色の髪と青い目をした男は吹き出し、身体を仰け反らせながら笑う。



[………どーてーってなに?]



白虎は毛繕いをしながら、そう言った。






青柳の脳裏にあったのは、女と話すことも出来ず、汗だくで赤面している赤髪の青年の姿であった。


青柳の中では、紅羽に女がいたことはない、女とイチャイチャしたこともないことは決定事項であった。


男は、そういうのが切実に大事らしいと、村人や黒鬼の眷属の片思いを眺めながら、青柳は感じていた。



(こんな美人~、泣いて喜ぶだろアイツ~)



ぐるぐる回る頭で、青柳は、にへらと笑った。






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