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黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第二章 地の底の緑
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感謝を


(ああ…)



(どうすればいいの…?)



(どうすればいい?)



(どうやって…)



(どうやって…)







【ジャージィカル!!オレと勝負だッッッ!!】


茶色い鼠のような顔をし、頭から背中にかけて癖のある黒いたてがみが生えた小さな魔物、トプピシャが高らかに叫ぶ。

その小さな身体が乗っているのは、大きな蜥蜴頭の魔物の肩。

そこから、足をもつれさせ、すべり落ちそうになりながら力一杯叫んでいた。


【!!】

【やめろ!!バカッ!!オマエなんかッ!!】

【一発で死ぬだろうが!!この最弱野郎!!】

【アッハハ!!うける~!!】



魔物たちは慌てた。

頭を抱え、腹を抱えた。



トプピシャは、声を張り上げた。



【死よりも!恐ろしいことはッ!!】



恐ろしい、恐ろしい、黒鬼の、怒りに満ちた目を見つめながら。



【サーチャーが消えてしまうこと!それだけだッ!!】












バラバラになってしまった、茶色の鼠たちの身体。


仲間たちの死体の側で、トプピシャは白い身体を震わせた。


仲間たちを蹂躙し、殺したのは、トプピシャたちよりも大きい身体をし、2本の足で動く者だ。


ソイツらの、大きいほうじゃなかったけれど、

小さなほうだったけど、小さな鼠にはどちらも脅威でしかなかった。



蹴られて、

踏みつけられて、


鳴いて、逃げ惑う。



(どうすればいいの?)



トプピシャは震えることしかできなかった。



(ああ…)


(痛いよ…)


(痛いよ…)



青い目から、涙が零れて落ちる。



(どうすれば…)


(どうすれば…)



頭の中で、ぐるぐる回る。




どーん、



どーん、




地面が揺れる。





少し冷たい、黒いモノが、白い鼠の子の身体を包み込んだ。

白い身体が膨れて、膨れて大きくなった。

茶色くなった鼠の子の頭から背中にかけて、癖のある黒い鬣が生えた。


鋭い爪と牙が生えた。




(わかった…)




トプピシャは、にこりと笑った。




(ああ…やっと…)




虐殺者よりも大きくなったトプピシャは、

その爪と牙でもって、彼らを粉々に砕いた。


仲間が受けた傷の数の分だけ。




(できた…)









トプピシャは、自分を包み込んだ、冷たく、黒い力の跡をたどる。

その先にあったのは、大きな大きな、青くて、黒くて、緑色の2本の足。


青空を突く頭、黒い木の根のようなものがぷすぷすと飛び出し廻る背中をトプピシャは仰ぎ見る。


そして、追いかけた。


大きなその背中の、その一歩、一歩についていくのは、小さなトプピシャには大変だ。

走っても、走っても、先がなかなか見えない。

ずっと走らないと置いていかれる。

でも、ついていった。


以前のトプピシャだったら、力尽きていた。


けれど、トプピシャは強く、大きくなった。


大きな者の大きな足に踏みつけられた雪の大地から、芽吹いた紫色の巨木の群れが、ざわざわと叫び出す。

黄色い頭と赤い身体の虫たちが、のしのしと、2足歩行で姿を現した。


トプピシャは、それを横目に眺めながら走る。




あの大きな者は、何者なのだろう?



どこへ向かって歩いているのだろう?



トプピシャにはわからない。



けれど、決めたのだ。



この大きな者に付いていくと。















高くて、低い音が、




おぞましくて、美しい音が響き渡る。







黄金の暴風雨を突き抜けて、青黒く緑がかった腕が現れた。

闇色の巨神の身体から、黄金に溶け落ちて消えたはずのその腕には、木の根のように黒い螺旋が飛び出て廻る。

灼熱の黄金の海に沈んでいた巨神の胴体から、右足が生えた。


『………!』


黒朗は、炎が揺れる、満月色の目を見開いた。


(…まさか、ここまでとは…。)


巨神の身体から吹き出した無数の黒い螺旋が、黒朗を襲う。

それは、黒鬼の前で砕けて消える。

巨神に左足が生えた。


そして、

数千頭の魔物たちの身体が、メキメキと巨大化していく。

その身体は、元の十数倍。

巨神から浴びた力、黒い螺旋の力の余波が、彼らの身体を進化させていく。


だが、強大な力の奔流を、小さな存在が受け止めることは難しい。


【ギャアアアアアアーー!!】

【ギュヒヒハヒーー!!】

【ガガガガッ!!】


ブクブクと異常に膨れ、肉の塊と化していく魔物たち。

青い血と悲鳴のような叫び声を上げながら、

けれど、魔物たちは黒い鬼に飛びかかっていく。



(逃げてくれ、サーチャー!)



黒鬼が、立っている。


その姿は、魔物たちの群れに押し潰されていく。




300年前も、


灼熱の赤い目を輝かせて、黒鬼は立っていた。




(逃げて、サーチャー)




神々は、異形の魔物たちを蔑んだ。

その存在を忌避した。



魔物たちを迫害した。



人間たちは、異形の魔物たちを恐れた。

その存在を憎んだ。



魔物たちを迫害した。




魔物たちに、安住の地はなかった。




(早く、コイツはヤバいんだ)




黒い灰が舞っていた。



黒鬼は、大地を燃やした。

森を、草原を、河を、生命を燃やした。



魔物たちの、家族を燃やした。




(アンタは、やっと自由になれたんだから)




出会った巨大な存在は、

魔物たちをはるかに凌駕する異形。


圧倒的な力。


けれど、

魔物たちを蔑みもせず、害そうともしない。





その側は、魔物たちの安住の地となった。





(オレたちが、止めるから)







巨神は、2本の足で大地を踏んで身を起こす。

そして、魔物たちと黒鬼を一瞥し、去っていく。


一歩、一歩、サーチャーが歩むごとに、大地が揺れる。


その存在を、響き渡らせる。






(やった…、)



肉塊は鳴く。



(サーチャーが…、い、る…)



魔物たちは、歓喜する。



300年前、

ついていった巨大な異形の神。



(なつかしい…な…、あのせなか…)



仲間を、住む場所を失った自分たちは、あの神から溢れる力で守られ、生き延びることができた。



(サーチャー、ありがとう…、ありがとう…)



あの神にとって、小さな小さな虫のような自分たち。



目にも入っていない存在だ。



けれど、

ずっと思っていた。



通じない言葉で、語りかけた。



遠い、遠い、



その大きな耳に届け、



届けと。




(オレたちを、生かして、くれて…)




(ありがとう…)









魔物たちの身体が、膨れ上がり続ける。






(((ーーーーーアツイーーーーーーー)))






魔物たちの身体の真ん中に、小さな灼熱の火が浮かぶ。


それは、みるみる広がり、


満ちていく。


熱く、


熱く、



【ーーーーーーーーーーーーーー!!!】




声なき叫びを、

太陽のような輝きを放つ。





巨神が、足を止め振り返る。





その黒い目に、数千の火球が映る。




火球と化した魔物たちが映る。





灼熱が、爆する。





黒い灰が、舞い散った。











黒い、深い水底のような目が、ゆっくりと瞬いた。

光が、青黒く緑がかった肌を照らす。

巨人は、のそりと身をよじる。

なんだか音がしたが、背中を預けた山のどこかが崩れたのだろう。




【あ、サーチャーが起きてる!】

【サーチャー!!】

【ばかもんがッ!!サーチャー様と言わんかい!!】

【ウアアアアアアアアーー!!】

【長老様、そんなおもいっきり殴らんでも…】

【死ね長老オオオーー!!】

【技ーー?!!】

【いい度胸じゃ!!小わっぱアアアーー!!】




足元で騒ぐ小さな小さな者たちを横目に、サーチャーは山に預けていた背中を起こした。


そもそも、なぜ己をサーチャーと呼ぶのか、

どうしてコイツらは己に付いて回るのかと思うが、

些末な事なので、サーチャーは立ち上がり歩きだす。




サーチャーは、闇夜の空と海の境目から生まれた。


サーチャーは、大海を進む。

たどり着いた大地を気の向くままに歩いた。


産みの親である空と海から戻るようにと伝わってきた。


己は、ここに存在してはいけないらしい。


間違って生まれた存在らしい。


世界に影響が出るとかどうとか。


サーチャーは無視した。


他がどうだ?


こうだ?


そんなことは、どうでもよかった。


気ままに歩くのが気に入っていたのだ。


世界を巡ることが気に入っていたのだ。


世界には、サーチャーと同じような者はいなかった。

己よりも小さくて、弱い存在ばかりだった。


たまに強い存在を見かけたが、

サーチャーと同じ存在はいなかった。


弱い存在の側に、いつも共にいる同じような存在は、サーチャーには、いなかった。






そうこうしていると、いつからか、サーチャーの後ろをついてくる存在がいることに気づく。



白枯れた大樹のような肌を持つ者。



【人により燃やされ、果てたのですが、あなたのおかげでもう一度生を得ることができました。足も生えましたし、あなたに付いていこうと考えたのです。】



サーチャーが後ろを振り返り、それを眺めると、震えながらも、それはそう言った。



サーチャーはどうでもよかったので、何も言わずにまた歩きだした。



サーチャーは、何もしていない。

ただ、気の向くままに歩いているだけなのだ。



けれどそれから、



サーチャーが振り返るたびに、



その数が増えていった。



【いや~!あんがとございますじゃあ!あんさまのおかげですじゃあ!一生お仕えしますじゃあ!】



無数のひらひらとした脚をもつ、乳白色の長細い者が、喚いていた。



【……………】



ワニの頭と人の身体を持つ者は、サーチャーを見上げて黙って泣いていた。



【あなたの側にいると、気持ちがいいの、元気になるの。だからいるの。側にいさせて?】



蝙蝠のような6枚の翼を羽ばたかせる黒い肌をした者は、嬉しそうに笑った。



【空に召されそうだったんだ。けど、ボクは、まだ地上でふわついてたいからあなたについてくことにしたよ。】



白雲のような身体を引きずる者は、ふわふわとそう言った。



【アンタはオレの家族を助けてくれたからな、ついていくよ。恩は返すものだ。】



稲妻のような2本の角を持つ、緑色の肌の少し大きな者は、そう言って大きな声で笑った。




サーチャーは、やはりどうでもよかったので、ついてくる者たちを放って置いた。




数は増えて、


増えて、


サーチャーの周りは、騒がしくなっていった。




サーチャーと共に旅をしたその者たちは、

神々と人間共に、サーチャーが地の底に閉じ込められた時にも、ついてきた。



サーチャーは、その者たちに、何も求めていない。



己を閉じ込めた者たちへの憎悪と憤怒に身を焦がし、脱出の機会を伺っていた。



だが、サーチャーよりも、小さく、弱い存在に何も求める気にならないのだ。




けれど、己の手を、足を繋ぐ、憎き金色の戒めが切れる時に感じたのは、あの者たちの命。




それは、振り返った先にいた、どうでもいい存在の命だった。





そしてまた、





そいつらの命が終わる。





あの黒に、勝てるわけもないとわかっているはずだ。



それなのに、サーチャーを逃がすために、サーチャーの力で異常を起こした身体を使って向かっていった。






どうでもいい存在




なのに、





目に映る火球に、




舞い散る黒い灰に、






巨神は咆哮を上げた。







轟く咆哮に、山が、大地が震え、崩れ落ちる。

巨神から吹き出した闇色の力に、異形の生物が沸き出した。



巨大な拳が、黒鬼に襲いかかる。


黒鬼は、両手でその拳を受け止めた。


闇色の力と灼熱の力が、せめぎあう。


黒鬼の剥いた牙の隙間から、火色づいた息が吹き出す。

楽し気に、細められた満月色の目が、灼熱色に燃え上がる。



闇色の力が、灼熱に燃やされ、のみ込まれる。



巨神の身体が、次第に細くなっていく。

グシャリ、グシャリと縮んでいく。




巨神は、もがいた。




どうしても、



どうしても、




この黒だけは、





この手で





【サーチャー…】





聞き慣れた、小さなその音が、




【ま、まずい!】

【サーチャーが!】

【潰れてるッ!!】

【なにあれひどいッ!!】




巨神の耳に届いた。




【またてめえか!ジャージィカル!!】

【サーチャーを離せこのクズがアアアアアア!!】




黒い灰の積もった大地の上、

灰まみれの魔物たちが、怒りの咆哮を上げている。

その姿は、サーチャーの力で膨れる前の姿に戻っていた。





サーチャーは目を見開いた。




抗うことを忘れた。




その一瞬を、鬼はすくいとる。





黒の両手が、灼熱の力が、

巨神を潰していく。




小さく、




小さくなって




青黒く緑がかった己の腕を掴む黒いものに、

巨神は目を瞬かせた。



黒い手、巨神の手と同じくらいの大きさだ。



黒い手をたどり見たのは、己の足の指よりも小さなはずの黒鬼だった。




巨神は絶叫した。








『オマエを、オレの眷属にした。』


黒鬼は、無表情に、目をそらしながらそう言った。


『ЮΘⅩ?! ⅨⅥⅨⅥⅩⅩーー!!!ⅩЮⅩЮδΘⅥЮ!!ⅧΗδⅥЮ!!』


『オレだってオマエなんか嫌だ。さんざん殴られたし、潰された。けれど、オマエは絶対オレに復讐しに来るだろう?』


『ⅧⅨΗⅧー!!ⅩⅨЮⅩⅩ!!ΘδⅥΗⅧ!!』


『そうだろう?野放しになんて出来るものか。』



魔物たちは、口をあんぐりと開けて、目だけはそのやり取りを凝視していた。

黒鬼と、黒鬼より背は高いが、あまりにも小さくなってしまったサーチャーの姿を。



【サーチャー…】

【サーチャー…】



魔物たちは、黒鬼の首を掴み上げ叫ぶ、元巨神の周りに集まった。


巨神は、ぐるりと魔物たちを見回した。


魔物たちは、泣いていた。



【サーチャー、なんてひどい!】

【こんなに小さく、か弱くなってしまうなんて…】

【オレたちが強ければ…!!】


『ⅧⅥⅥ…』



黒い目を瞬かせる元巨神の腕を、白い指がつついた。

黒髪と紫色の目をした人間が、そこにいた。



「ウフフ!!アンタの先輩よ!よろしくね後輩ゲボク!!ウフフフ!」



アーハッハと、高笑いする人間を、元巨神は流れるように殴った。

人間は、焦土と化し、見晴らしのよくなった大地の上を、滑るように飛んでいった。

どこまでも、どこまでもーー。


仁矢じんや…』


黒鬼は、顔をひきつらせた。

飛んでいったもう一人の鬼の眷属は、とりあえず死んではいないのを感じとれた。


(小さくはなったが、コイツが弱くなったというわけではないんだ。)


魔物たちの顔から悲しみが消えた。

魔物たちは、喝采を上げて飛び付いた。

自分たちの大事な神を抱きしめた。



大事な存在なのだと抱きしめた。




(ただ、オレと同じになっただけなんだ。)











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