出口は、そこにある
(不快だ)
一面に広がる黒い煙
(何が)
魔物の群れと
(何かが)
逃げ惑う人間たち
(穢らわしい)
崩れた石造りの建物
(知っている)
欠片
(どこかで)
あれは、欠片だ。
金色の
血に濡れた青年の身体は、黒紫の泥人形のような巨人の手に握り潰されそうになっていた。
紅羽は、襲いかかる魔物たちの巨体を、赤い狼と共に走り抜け、火を纏う刀を振るう。
青年を掴む巨人の腕が、切り飛ばされた。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
「ЩРб!!авСоФ!жтотсЮШ!!」
青年が、首を斬ろうとする紅羽に叫び声を上げていた。
紅羽は刀を止めた。
赤い狼は、炎のしっぽで魔物の攻撃をはね除けながら、青年の声に耳をそばだてる。
血で汚れた青年の顔が悲痛に歪んでいた。
「авСоФ!жтотсЮШ!!ΘФСΛΗΗ…!!」
紅羽は眉間にしわ寄せ、狼は片眉を上げた。
視界の端で、切り落とした巨人の腕が、黒い煙を上げながら小さくなっていく。
黒紫色の泥々したその腕が、細くて白い、赤い血にまみれた人間の腕になった。
それを見た青年の目から、涙が溢れ、こぼれ落ちた。むせび泣く青年の側に、紅羽たちを風にのって追っていた春風が降り立った。
「殺さないで、ですってよ。人間が化け物に変わってしまったそうで…。」
「見ればわかる。原因はなんだ。」
「えーっと?」
春風は、青年の顔を覗き込んだ。
春風は、普段恥ずかしがりのだんまり主人に代わり、その言葉を代行して伝えている。
風を読む春風にとって、人を読むのもそう難しいことではない。
ので、異国の言葉くらいどうってことなく、訳す。
だって、音が出るだけマシである。
「…わからない?みたいですねぇ。けど、若、きっとこれです。」
春風は、人差し指に、一風引き寄せた。
風に入り交じる「黒」。
「そこらにある、この黒い煙。こいつが…」
春風の人差し指に、熱と痛みが走り、黒く変色する。
「ッ!!」
春風は周りに風を巡らせ、黒い煙を排除した。
神詞を唱えながら、唇に指を滑らせる。
黒かった指は、元の指に戻っていく。
(まずいなぁー、こりゃ。何の力もない普通の人間じゃあひとたまりもない。)
「жтотсЮШ!!ΘФСΛΗΗ…!!」
異国の青年が、春風の胸倉を掴んで叫ぶ。
「ちょ、やめ、聞こえないよ!聞こえなーい!こいつら全部元に戻すとか!聞こえないよ!おじさんの力じゃちょっと無理なのー!!」
春風の風は、自分と異国の青年を守ることで精一杯だった。
その風は、黒い侵食を弾き拒む。
けれど、気を抜けば、一瞬で侵される。
(強すぎる…!)
「火牢」
幾つもの火が、魔物たちを襲い、その巨体に鎖のように絡みつき捕らえた。
叫ぶ魔物を抱き締めた火は丸くなり、鋼色の丸い鉄籠となって、石床にコロコロ転がる。
鉄籠の中では、小さくなった魔物が蠢いている。
あたりで暴れていた20頭ほどの魔物の半数が、籠の中に囚われた。
「若…!!」
紅羽の火を弾き飛ばした魔物たちの赤い目が、術師の紅羽に集中した。
捕らえきれなかった魔物たちは、捕らえていた人間を投げ棄てた。
『『『コロス』』』
紅羽の身体から刀へと火が走った。
燃え上がる赤い炎刀。
「若!」
「殺しはしない。」
猫のような巨人の口元がぐぬぬと伸びて、ぱかりと開く。
人間の頭ほどある牙の並ぶ口が紅羽と春風の目前に迫った。
遠吠えが響きわたる。
動きを止めた空間に、白い炎が燃え上がる。
魔物たちは炎に包まれ、その身体はぼろぼろと崩れていく。
崩れ消える魔物の中には、人間へと姿を変えていく者がいた。
白い炎を揺らめかせた狼が、紅羽を見やる。
〈オレを頼れ。〉
「だが……。」
〈オレは、おまえの相棒だ。遠慮をするんじゃない。〉
紅羽は頷く。
白い炎が消えると、魔物たちや、あたりを埋め尽くしていた黒い煙は消えていた。
変わりに、異国の人間たちがいた。
傷だらけで立ちつくす者、倒れている者。
春風は息を吐き、あたりを見回す。
「ところで、ここはドコなんですかね、急に放り出されたところに、化け物とか何…」
音が消えた。
闇が広がる。
足元には、白砂が流れる。
白砂の中を、銀色が枝葉のように張り巡っていく。
「ΛСΗΗΗΗΗШΗ!!!」
砂に囚われた異国人たちの身体が、銀に彩られていく。
『まだいた』
春風の側で泣いていた青年の腕に、トッ、トッ、と飛び乗るのは、灰色の小鳥。
憎悪をたらりとたらした、闇色の目。
牙の生えた嘴をぱかりと開く。
『まだいたぞおおおおオオオオオオ!!!』
吼えた。
「「「?!」」」
小鳥がのった青年の身体を、銀の切っ先が包み始める。
『金色がいる…。ワタシの子供を殺した、ワタシの大切な、愛しい宝を殺した、金色がーーー!!』
(?!!金色…?!)
800年前、小鳥の愛した人間たちを皆殺しにしたのは、金髪、金目の一族だった。
だから小鳥は、金色を持つ人間を、片端から殺していった。
鬼となった人間と共に。
金色の人間を、国を、土地を、その毒で消し去ってきたのだ。
けれど、小鳥が恐ろしい表情で威嚇する青年の髪も、目も金色には遠い。
赤茶色だ。
あたりにいる人間の誰も、金色など持ってはいない。
黒に、茶色に、赤に…
「ちょっと、ちょっと、何イカれてんだよ!!金色のヤツなんてどこにもいねえぞ!!鳥造!!」
春風は、怒り狂ったように囀ずる小鳥に叫ぶ。
『………あ?』
小鳥の首がくるりと一周回り、春風を振り返った。
『コロスゾ、クソタヌキイイイ!!』
悪鬼羅刹のような顔で、小鳥は叫ぶ。
『トリゾウだとオオオオオオオオオオ?!!』
白砂の大波が春風を飲み込む。
春風は、風で砂を散らす。
「いやいや、そこ?!アンタの名前知らねーし!」
『キサマに名乗る名などないわアアアア!!』
「めんどくせーな?!」
紅羽の側にやって来て、狐仙人は、ふぅむと呟く。
「狂ったかと思ったけど、違うみたい。」
「……。」
『消してやる…!!すべて、欠片も残さず!!』
震えて、ブクブクと膨れ出した小鳥。
灰色の身体から、おぞましい銀色が見えた。
それは、見覚えのあるモノだった。
(まずい!!毒ッ!!)
焦る春風。
「オイ、豚」
『ブッ?!』
目の前に現れた赤髪の青年に、小鳥は膨れた身体を跳ねさせた。
紅羽は、朱色の本を小鳥の前に突き出した。
『!』
小鳥の動きが止まる。
「若!危ないですよ!若ッ!」
『……。』
本を食い入るように見ている。
見ている。
動かなくなった小鳥に、春風は紅羽と小鳥を交互に見やる。
紅羽は、次の頁をめくった。
小鳥の姿が消えた。
「若!!」
紅羽の首から、赤い血が一筋流れる。
「大丈夫ですか?!」
「よくかわせましたねぇ。首に穴が空くかと思いましたが…。」
「なッ、何だって?!」
(あんのクソ鳥……!!)
どこだ、と見渡す、と、
小鳥は、紅羽の足元にいた。
小鳥は、朱色の本を眺めていた。
嘴で、かさりと紙をめくる。
春風は、眉根を寄せた。
そろそろと、小鳥の背後に忍び寄り、覗きこむ。
「…火牢」
紅羽が、小鳥に火を放った。
火が小鳥を本ごと包み込んだが、小鳥は抵抗しなかった。
鋼色の鳥籠に、小鳥は拘束される。
朱色の本と一緒だ。
小鳥は元の灰色の姿に戻り、もふりと座って、本を眺めている。
白から赤色に戻った狼は、ふいと火を吹いた。
それは、赤い布に変わり、鳥籠をふさりと包み込む。
「何ですか、あれ。」
本の中身を見れなかった春風は、紅羽に尋ねた。
「………。」
「何の本ですか、あれ。」
「…………………知らん。」
「荒ぶる邪神を鎮めたもんを知らんはないでしょうッ!!」
「………。」
「だんまりッ!!いいですよ、いいです!読み取って差し上げましょう!アンタの隠し事!」
「ッ!」
「ちょっと!」
狐仙人は、紅羽と春風の頭を扇で叩いた。
「いないんだけど。」
「は?」
「?」
「ヤツがいないんだよッ!!」
どうしよう、どうしよう、とガタガタ震え出す狐仙人。
紅羽と春風と狼は、周りを見渡した。
((( ……。)))
閉口する。
((( 一番まずいのが、野放しにッ!!)))
灰色の鬼が、どこにもいない。
籠のなか、小鳥は足元にある本を見つめる。
見つめるのは、赤ん坊。
絵に描かれた、赤ん坊。
紙に、墨。
黒と白とで、見事に描いていた。
動きだしそうなほどだ。
笑い声が聞こえてくるのではないか?
小鳥は目を細める。
赤ん坊の側にいる己と同じように、目を細める。
人間や、鬼や、蜥蜴や、蛇や、狼もいるのは、気に食わない。
気に食わないが、赤ん坊が笑っているので、許してやる。
灰色の鬼は、苔むした石床に立っていた。
黄色い目が、寝そべる白髪の美しい青年を見つめる。
長くのびた白い髪、白い肌がまとう、赤玉石の数珠飾り。
身動ぐたび、石床にこすれて、じゃらじゃらと音をたてる。
そこは先ほど黒朗たちがいた冷たい色の空間から、石牢に変わっていた。
闇の中、小窓から差す月明かりだけが、彼らを照らす。
『…アルシャン。』
黒朗は、口を開いた。
『外へ行かないのか?』
指が一点をさす。
『出口は、そこにある。』
あざやかな星空の黄緑色と、満月色の視線が重なる。
「あいつの声しか、聞きたくねーんだ。」
アルシャンは、にひひ、と笑った。
「だってよ、おれを空から落っことしたのは、アイツだ。」
ある日聞こえた、あの歌ーーー。
「だから」
晴れた空のような笑顔で笑う。
「あいつが死ねって言うなら死ぬよ。」
闇の中、灰色の鬼は、黄色の目を細める。
『……そうか。』
黒朗は、笑うアルシャンを眺めた。
牢の小さな窓から射し込む月明かり
その、照らしきれない暗闇を眺めた。
闇は、沈む。
深く、
深くと、
流れ落ちて、
混じる
地底に潜み生きている、
彼らの、
糧となる。
出口は、開かれた。
彼らを、300年ぶりの地上へと導く。




