歩く道
灰色の布が、たなびく。
その手に握りしめ、引きずる。
土埃が風に舞う。
誰もいない、晴れた街の道
少年は、歩く。
街の有り様は、変わってしまった。
人通りは少ない。
黒砂病にかかった人間は、魔物になる。
人の消え跡に残る黒砂は、魔物と化した身体の欠片。
化け物と成り果てたものは、結界の外へと弾かれ、
そして、人間を喰って生きていく。
そんな話が、広がる。
皆恐れていた。
「いやよ!!あんなバケモノになりたくない!!」
「恐ろしい、なんて、恐ろしい…」
「ひどい話だよ!ひどいはなしッ…!」
「原因は、何だ!?一体何なんだよ!!」
「魔物は、元々俺たちの街のヤツってことだろ?そいつらが、俺たちを喰ってきてさ、俺たちはそれを殺してきたってことかよ…?!」
「教えてくれよ、誰かッ…。おれは…、母さんを、殺したのか…?」
「なんでッ!どうしてこんなことに…!」
「どうすればいいんだ!いつか私も病にかかるのか?!あんなケダモノになって、そんな…!!」
「助けてくれ、誰か、誰か、お願いだ、助けて」
「ねえ、母ちゃん、父ちゃんは、あの中にいるの?」
結界の外にいる、黒い魔物の群れを指差す、小さな手。
女は、子供を抱え走り去る。
魔物たちの大きな黒い目。
なんの感情も見つからない、目。
それが、こちらを見ている。
じっと見ている。
人々は、逃げるように背を向け、家路を急ぐ。
そして、扉を閉めるのだ。
固く、硬く。
皆恐れている。
黒砂病にかかった人間のいる家で暴れた男がいた。
病人を殺そうとしたのだ。
魔物から街を守っていた兵士たちは、凶行に走る者たちを止めなければならなくなった。
「殺せ」
「病にかかったヤツは、殺してしまったほうがいい。」
「必ず、結界の外に弾き出されるのか?」
「殺してしまえ!!」
「そんなの、誰が言い切れる?!」
「生き残るために!!」
「わたしたちを襲うかもしれないじゃない!」
「殺せ!!」
「そうだッ、それが正しい!!」
「仕方がない!!」
「殺してしまえ!!」
恐れて、不安で、叫び、
そんな街を、少年は歩いていく。
「コレウセ…、何してるの?」
聞き慣れた声に顔を上げると、赤紫色の目をした少年が立っていた。
「ルウス…、よお…」
コレウセは弱々しく、片手をあげる。
彼は、街のはずれ、広がる草原に座り込んでいた。
「クローを、探してる。」
「…なんで?」
「マアリさんの病気が治ったじゃないか、あんなの初めてだろ。」
黒砂病にかかった人間は、治らない。
最期には、一掴みの黒い砂を残して消えてしまう。
魔物となって、街から消えてしまう。
「アイツじゃないかな、って思うんだよ、オレ。何でかわかんねーけど。アイツさ、変なこと言ってたんだ、空から来たって、着てた服も見たことないキレイなモノだったし、もしかして神様…」
「ははは…」
「笑うなよ!アイツが何か知ってるかもしれない。確かめねーと!魔物になる病気なんて、冗談じゃねーよ!」
「そうだね、とてもひどいことだ。」
コレウセは、ルウスを見た。
風が、彼の灰色の髪を、僧服をなびかせる。
ルウスは、静かに微笑んでいた。
灰色の布に包まれたものを片手に引きずりながら。
「ルウス…、大丈夫か?」
風が冷たい。
(おかしいな、さっきまで)
「コレウセ?!」
(すごく熱かったのに)
コレウセは、腹を押さえる。
黒く硬く変化してしまった肌を押さえる。
(あと、どれくらいだろう、オレが人間でいられるのは…)
コレウセは、家を出た。
母には、置き手紙をした。
結界のおかげで、魔物になっても街で暴れることはない、そうわかっていても、母を喰いちぎる可能性が否定できないからだ。
けれど、黒砂病を治し、人間であることを諦めたりしたくはない。
だから、探している。
可能性を。
不安と、恐怖と、苦痛に震えながら。
「魔物になったら、忘れちゃうんだろうな…。」
人間を襲い、骨も残さず貪り喰らう魔物の、無感情な黒い目を思い出す。
「人間だった時のこと、忘れたくねーよなぁ。」
「……。」
「おまえのことも、忘れたくねーなあ。」
「……。」
ルウスは、コレウセに肩を貸す。
「ここからなら、神殿が近いよ。そこで休んだほうがいいよ。」
「すまねえ。」
草原にある、小さな白石造りの神殿。
古くて、大男が体当たりしたら崩れ落ちてしまいそうな、女神タラの神殿。
神殿にたどり着いたルウスは、コレウセを石造りの壁に寄りかからせると、神殿の中央にある神体の直径1mほどの石板に歩み寄った。
「それ、何て書いてあるんだ?」
石板に刻まれた文字は、コレウセの知る文字より、難解な造形をしていた。
以前見た時、コレウセは見ただけでくらくらしたものだ。
けれど、今は何故か気になった。
頭が冴えている。
そして、肌がひりつく。
「…呪いだよ。神を封じる魔術文字さ。」
「と、じこめてんの?神様を?」
「そう、神様を閉じ込めてるんだ。僕の先祖がね、神様を騙した。利用するために。自分たちのために閉じ込めた。」
「それは、結界、のためにってことか?」
コレウセは、荒い息を吐きながら、呻いた。
「そうだよ。僕たちのいる土地は、人が住める場所じゃなかった。」
昔、街ができる前、この地は魔境と呼ばれていた。
大地の奥底からわきだす、異形の魔物たち。
彼らにとっては、力なき人間は、ただただ、いい食糧であった。
「悪魔は…。それは、今もこの街の下に生きている。」
ルウスのつぶやく声は、冷たい石造りの神殿の中で、はっきりと聞こえた。
「もし、神様がいなくなってしまったら、僕たちは生きていけない…。」
コレウセは、熱い思考の中、ルウスの言葉を考える。
(ひでえ、話だな…。)
ルウスが身動いだ。
(神様、怒ってるんじゃねーか?)
その手にあった灰色の布が、さらりと床に落ちる。
(え)
現れたのは、一本の斧。
木の柄と、黒い刃の斧。
木の柄は、奇妙な顔のようなものが象られていた。
落ち窪んだ黒い眼窩、叫び声をあげそうな口元には、金色の牙、彩る金色の紋様。
ルウスは、斧を振り上げた。
向かった先は、石板。
神殿内を、割れるような音が走り抜ける。
無数の金色文字が、あたりに浮かび上がった。
ポロリとひび割れた石板。
(ルウス…?!)
ルウスは、金色の文字を見ると、幾つかに斧をぶつけた。
甲高い音をたてて、空間から金色の輝きがひとつ、ひとつと消えていく。
「や、やめろッ!!ルウスッ…!!」
徐々に割れていく石板。
割れ目から見える暗闇に、とてつもなく嫌な予感がする。
ルウスは、何と言った?
神様を騙した?
神様を利用して、魔物を封じた。
あの石板が壊れたら、
きっと神様が出てくる。
封じた魔物たちが出てくる。
そうしたら、
「ルウスッ!!街のみんながッ!!」
ルウスは何も答えない。
ただ、斧を振るう。
金色の文字を消していく。
「どうしちゃったんだよ、ルウス!」
いつも優しい、穏やかな笑みを浮かべるルウス。
美しく、賢く、強く、コレウセは何も敵わない。
街の人にも好かれ、将来は父親の後を継ぎ、立派なタラマウカ・ヒラクの国長になるだろうと…。
誇らしい友人。
「だって、正しくない…。」
ルウスは、コレウセを振り返らない。
「騙して… 利用して… 」
コレウセは、ふらつきながら、ルウスに駆け寄った。
「やめろッ!」
「ずっと…」
ルウスは、腕にかけられたコレウセの手をものともせず、黄金の文字に斧を振るう。
「神様の犠牲の上で、生きている。」
「やめてくれ!!」
コレウセは、ルウスに拳を繰り出す。
「笑って、生きている…。」
ルウスは、ひらり、ひらりとかわす。
「だからって、みんな死んじゃうじゃねーか!!おまえはそれでいいのかよ?!」
叫ぶコレウセをルウスは蹴り飛ばす。
ルウスは、斧を最後の文字に振り下ろした。
最後の文字が消えた瞬間、
空間から音が消えた。
無音の中で、石板が崩れ消えた。
現れたのは、黒い穴。
深い、深い、底の見えない暗い穴。
穴から噴き出す、
黒い煙。
それは、神殿の床に広がっていく。
(あ)
「アアアッッ!!」
床から起き上がろうとしていたコレウセの、煙に覆われた下半身が灼熱を持って、黒い魔獣のそれとなった。
(オレ)
コレウセの、上半身を黒がかけのぼる。
(あ)
焦げ茶色の髪が、目が、黒く染まっていく。
こちらを見つめるルウスが見えた。
コレウセは、手を伸ばした。
その手にも黒が走る。
母と
父と
友が
思い出が
生きた記憶が
消えていく
コレウセの米神に、ぐるり、天を突く黒角が生えた。




