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黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第二章 地の底の緑
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ほわほわ

ある女の子は、寝台のなかで、おやすみなさいと眠りについた。


ある青年は、妻と赤ん坊に笑いかけていた。


ある男は、仕事もなく、食べるものにもありつけず、フラフラと歩いていた。



黒く硬い皮膚が、身体をぞわりと巡った。





気がつけば、そこは、草原だった。


何か、おかしい


そう、思ったが、彼らは、黒く太く硬い四本の手足で駆け出す。

すぐそばにある、おぞましい見えない壁から離れ、黒い森へ。

同じ姿をした仲間の元へ。





黒い目から流れてくる記憶に、黒朗くろうは黄色の目をゆっくりと瞬かせた。



そして、げぼりと、咳をした。



拳大の石が、地面に落ちた。

霧がかった半透明な雲母に覆われた黒い石だった。

黒い部分は、黒煙を固めたかのよう。


『……。』







“ソイツ、あれだよ、オマエがペッて、吐き出してた赤い石をだな、飲み込んじまったから、んー、そんな感じなんだよ。アハハー、バカなヤツだよなー?”


“てッ!めえがッ、オレの口に突っ込んだんだろうがッッ!!”


黒朗が、腕の上に(うっとりとした顔で)乗る赤い大トカゲの仁矢じんやを眺めていると、青柳あおやぎが目をあさっての方向に向けてむにょむにょとそう言った。

それを聞いた仁矢が、怒鳴っていたのを思い出した。

眷属のような存在になった仁矢の記憶は、黒朗には筒抜けだ。

弱い人間の身体で、黒朗が吐き出した物を飲み込んで、無事に生き延びたことを、黒朗は今だに信じられないでいる。

黒朗がもたらすのは、赤熱と灰と、死滅だ。

そのうち、仁矢は、灰になって消えてしまうのではないだろうかと黒朗は思っている。

やっぱり、と。


『………。』


(捨てるのは良くないな…。)


黒朗は石に手をのばす。


『……そうだな、』







奥に、真っ黒な闇を抱える洞窟の前、

着物を着込んだ狐が立っている。

青い着物の上から、白地に三日月と雲の紋様が縫い込まれた羽織を着ている。

身体を被う青白い毛がふわふわしている。

三角の耳の先と指先は黒い毛だ。

狐仙人は、懐から一本の枝葉を取り出した。

森の中に差し込む日の光を受けて黄金に透ける、白色と緑色の交じる枝葉。

ぷちり、一枚の葉っぱを指先でちぎる。


「ハァ…」


狐仙人は、ため息をついた。


「なんで私がしなくちゃいけないんです?」


ここに来るまでに何十回と聞いた台詞に、海藻のような髪をした髭面の中年男、春風は頭をかく。


「しょうがないじゃないですか。アンタしか、どこ行ったかわからない黒朗を追えないんですから。

風の巻調まきしら一族ならできるでしょうが、うちにはいない。あ、オレはできないんですよ、高等なのはちょっと…すんません。」

「すんません、じゃないですよ。ちょっとは努力しなさいよ。血反吐を吐きなさいよッ!君たちの無能がこれほど憎いと思ったことはありませんッ!」

「はははー」

「笑ってんじゃありませんよッ!あなたには絶対に術を習得させますからね!あなたは腐っても、巻調の一族なんですからッ!」

「無理で」

「やらなきゃ喰います。」

「え?」


春風は、顔をひきつらせ、狐仙人の顔を見た。

狐仙人は、葉っぱに、何か不思議な音を呟くと、洞窟の闇の中に放った。

葉っぱは、闇に飲み込まれた。


「喰うって、冗談ですよね。食通の仙人様が言うとなんか…冗談に聞こえない。」

「……。」


横にいる赤髪の青年、紅羽くれはに、ボソボソと春風は声をかけた。


「…若?何でなにも言ってくれないんです?」


洞窟を見ていた紅羽が、フッと息を吐いた。

春風が、その視線の先を見ると、洞窟の闇の真ん中が揺らぎ、光が広がり始めていた。

白雲が浮かぶ青い空が覗く。


狐仙人が、浮かぶ光景の中へと進んでいく。

紅羽と仁矢もそれに続いた。


「ここは…。」


紺碧の空の下、広がる草原、

猛々しい峰の雪山が、四方を囲む。


「こんな場所…」


遠くに建つ、見慣れない建物の街。


「うげ…」


春風は、血の気が引いた。

辺りを流れる風がちがう。

肌の上を流れる感触も、まとう性質せいかくも、においも、ちがう。

なにより、この…


「ここは、まずいですよ、若。」

「そうだろうな。」

「え…」


振り返って、紅羽のほうを見ると、彼は遠くを見ていた。


『……。』


茶髪の少年が立っていた。

白い長衣と白い帽子の異国の僧侶のような出で立ちだ。

優美な顔は、白く、人形のよう。

彼の頭の上には、白い小鳥が座っていて、こちらを見るとニヤニヤ笑ったようだった。


(鳥のくせにニヤニヤ笑うってなんだよ。)


「……。」


春風は、狐仙人のほうを見た。

残像ができるくらい震えていた。


「うおーい!」


春風は、少年に向かって手を振り、声をかけた。

春風のほうを向いた少年の目が、一瞬赤くなった。

狐仙人が、甲高い悲鳴をあげた。


「黒朗だよな?その格好はどうなってんだよ。」


狐仙人の悲鳴に耳をふさぎながら、春風は言葉を続けた。

近付いて見ると、黒朗の足元で、黒い軟体動物がジタバタしている。

ザラザラした鮫肌の黒い身体は、上からみると5本の触手が伸びている。身体の一番上もやはり、足と同じように裂けていて、白いほわほわしたものが見えている。


(でけぇ、ヒトデ…)


1メートルくらいの大きさのそれを見ていると、春風たちを見て、黒朗は首を傾げた。


『…なぜここに?』

「青柳くんがね、知らせてくれたのよ。怒ってたぜ。」

『…なぜ怒る。オレは服を作りに行くと伝えた。青柳が怒る意味がわからない。』


春風は、苦笑いをした。


「心配なんだよ。」


黒朗は、少し考え、頷いた。


『…オレが何かやらかさないか、ということだな。』

「んー」

『…青柳は、真面目に約束を守るつもりだろうな、無理をしなくてもいいのに。』

「約束?」

『…ああ、オレがしでかしたら、殺してくれるという約束だ。一方的に青柳が言っただけだが…。』

「がフあ?!」

『…面白いことを言う…。』


黒朗はかすかに微笑んだ。

のけ反った春風は、それを見て口元をひん曲げた。


「これは、何もしでかしていないのか?」


紅羽が、黒いヒトデを指差した。


『………………………………………これからだ。』

「ダメじゃねーかッ!」

「刻むか…。」


紅羽が、ヒトデに刀を抜こうとした。


『ヤメロ、ソレは役に立つ。』


白い小鳥が、言った。


『この黒いのは、ここら一帯にはびこる呪いだ。

この街の人間を魔物に変えてしまう原因になっている。

ほら、あそこにいるだろう、人間のなれのはてだ。』


小鳥の指し示す方向には、街を見つめる巨大な黒牛のような生き物が数十頭いた。

ふと、こちらを向いた黒牛の顔は、黒い目をした人面だった。


『なにもかも忘れて、己の親を、兄弟姉妹を、子供を、愛した者を喰っているのだ。キヒ、キヒヒヒ、キヒヒヒ!』

「…………で、…ヒトデを、どう、使うんですかね。」

『…呪いを振り撒いている元凶のところまで案内させる。』

「ヒトデの案内…」


春風は、おとなしくじっとしているヒトデを見下ろした。


「どうやって?」


ヒトデの頭上、白いほわほわした裂け目から、白いほわほわがむくむく飛び出して、春風たちを包み込んだ。















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