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黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第二章 地の底の緑
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灰色の髪の少年

グルリと天に向けて曲がる、太く大きな角。

黒い巨体の牛のような獣は、人間のような顔をしていた。

あたり一帯に倒れた数十頭の魔獣の群れは、黒く染まる地面に、黒灰となって消えた。

残ったのは、1つの影。

黒い腕にある細い銀色の腕輪が、砕けて消える。

それは、小さな神がくれた神具。

黒鬼は、黒く、赤く染まっていく足元を見つめる。




『………。』




ふと、空を見上げた。



空に浮かぶ白雲の影から、黒と白のまだらな大虎が、黒朗くろうを見ていた。

あざやかな黄緑色に散らばる、赤や黄色に、群青の目。

それが、黒朗を見ていた。











[黒いヤツなんて、ここにはいないぞ]


向かい合う黒朗が小人に見えるほど、巨大な白虎が、焦げた毛皮を嘗めながら言った。


地上から雲海にやって来た鬼は、やけに熱かった。

叩きのめそうとすれば、肉球が熱くて、

喰らおうとして、舌が熱くて、

そして、その鬼よりも小さな鳥が、突っ込んでくるのだ。

眉間や、喉や、心臓や、脳天や、米神を鋭く突いてくるのだ。

泣き出したり、失神したりする者も出る始末。

白虎たちは、早々に、珍入者たちに降参していた。

というか、嫌になった。

今は、どっか行けの体で、背を向けたり、毛繕いをしている。

だが、めったにこない客の言葉に耳をそばだててもいた。

雲の上の、白虎たちの縄張りに入ってくる者など、ここ500年いないのだ。


灰色で黒いそいつの話を聞いていると、昔ここにいた虎にもらった毛で、服を作ったらしい。

確かに、そいつが着ている服からは、虎の匂いがした。

だが、黒い。

ここにいる虎は皆白いのに。



[…そいつはきっと、アルシャンだ。]


一体の白虎が、伏せていた身体を起こしてそう言った。


[アルシャン?誰だそれは?]

[ああ、そういえばいたな。…いつも独りだった。]

[つまり、おまえは、私たちの毛が欲しいというのか?]

[まあ、そのボロはひどいしな]

[あげてもいいぞ。私たちの毛なら、もっと立派で美しい服が作れるだろう]

[いいだろう、仕方がない。]

[その代わり、地上の土産を持ってこい。]

[我らにふさわしい、美しいモノだ。]

[珍品をな。つまらんものでは承知しないぞ。]



『…おまえたちの毛は質が悪い、いらない。』



寝そべってわめいていた白虎たちが、一斉に身体を起こした。

その目は瞳孔が開き、喉の奥から唸り声が。

彼らは、毎日毛皮の手入れをしていた。

大切に、それはもう念入りにだ。

雲のように真っ白な、太陽の輝きを持つ毛並みは、彼らの一族では、序列の一端ともなる重要な特徴ものなのだ。


(((それを、このチビは何だってッ??!!)))




『…仕方ないだろう…弱いモノの毛ではダメなんだ。アルシャンは、どこにいったか知ら、話を、はぁ、困ったな…』

『よいな、よいな、可愛い猫ども。こっちだぞ、キヒヒヒ!』


虎たちの拳を避けて逃げる黒朗の頭の上で、灰色の小鳥が嬉しそうに嘴を鳴らした。
















あごのあたりまである灰色の髪が、歩くたびに揺れる。

少年…ルウスは、赤紫色の目を細めて、笑みを浮かべる。

その手には、淡い紫色の花束。

石畳の道を軽やかに歩く。


「ただいま戻りました。」


青い屋根の石造りの家が、ルウスの家だ。

扉を開けると、男が立っていた。

足首まである裾の長い、黒色の服を着た男が、焦げ茶色の目を細めた。


「遅いぞ、ルウス。」

「ごめんなさい、父さん。」


厳めしい顔をした男は、ルウスの手が握りしめる花束を見た。


「何だそれは?」

「キレイだったから、神様に持っていこうと思ったんです。いつも守ってくださる方が」

「余計なことはするな。」


花束は、床に叩き落とされた。


「おまえはただ、私のやっているとおりにすればいい。それ以外は何もするな。」

「はい、父さん。」


ルウスは、少し笑ってそう答えた。


ルウスの父、ダガコは、猛々しい峰が続く永久雪山に四方を囲まれた、タラマウカ・ヒラクの国長の息子だ。

女神タラを祀り、民を導くという仕事をしている。

いつも厳しい顔つきの、鋭い目、恐がられることが多いが、優しいところもある人だ。

ルウスは、父を誇りに思っている。


ルウスは、手早く、父と同じ黒色の祭儀の服に着替える。

今日は、月に一度ある、女神タラの祭儀の日である。


明るい水色の馬に乗り、父と共に、街外れに広がる草原へ向かった。

広がる草原に、ひとつ。

小さな白石造りの神殿。

古くて、大男が体当たりしたら崩れ落ちてしまいそうな、女神タラの神殿。

ルウスは、神殿の向こうに視線をやった。

白い雪に覆われた山々、そして、その足元に広がる黒い森。

何か、黒いモノが動いた。


ルウスは、懐に手をやる。

忍ばせた、淡い紫色の花束。


自分たちを守ってくれている、神様。


(あなたに感謝します。)


(あなたの心が、少しでも、あたたかくなりますように。)


ルウスは、その淡い紫色の花束を、神殿の中にある、ぽっかり空いた穴に、こっそりと落とす。

穴は、祭儀が終わると、重い石版で塞がれた。


草原の向こうから、低い、雄叫びが聞こえた。





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