夢
目の前に広がるのは
火を噴き上げる黒い大地
赤く輝く火の川
低い男の声がする
朗々と
朗々と
窓から射し込む朝日の中、フワフワの白い枕を抱きしめながら、青柳は目を覚ました。
低い声が、聞こえる。
(……夢……)
むくりと起き上がり、視界に入るものにため息をつく。
ピカピカに輝く木目のきれいな板張りの部屋に、フワフワの白い布団に赤い柄の掛け布団がのった台…と大きな箪笥、透明なガラスがはまる窓には、透けた布が掛かっている。
青柳は、寝台から枕だけひっつかんで、床で寝ていた。
ラユシュ老人が作った家は、青柳には異世界で、落ち着かない。部屋を出ると、階段がある。
降りていけば、やはりピカピカの板張りの居間と石造りの台所の部屋がある。
台所には、前掛けをして、銀色の長い髪を後ろに束ねたラユシュ老人がいた。
なんだかいいにおいと、湯気が立ち上る。
ラユシュ老人は、ぶつぶつと唱えるのをやめて、青柳を振り返る。
「起きたか、童。顔洗ってこい。」
「………。」
青柳は外に行き、井戸で水を汲み上げ顔を洗う。
家の外には、赤々とした丸い実や、細長い黄色の実をつけた植物が育つ畑がある。
畑の合間には、ひよこ連れの大きな鶏が、地面をつついている。
居間に戻ると、やはりピカピカの大きな机の上に、稲穂色のパンというものが、籠に敷いた紙の上に山盛りになっていて、蜂蜜の入った壺や、黄梨の砂糖煮、芋や肉の入った赤い汁物がのっていた。ラユシュ老人と向かい合って朝食をとる。
外はパリパリ、中はしっとりのパンをむしゃむしゃ頬張り、汁物の爽やかな酸味と香草の風味を味わう。糖蜜が少なすぎると青柳は思う。
「おい、君は、うまいとか、おいしいとか言えんのか?」
「…朝から変な呪文唱えるのやめろよ。こえーんだけど。」
「呪文?…ああ、神への感謝の祈り歌だ。私の村では朝、昼、晩と歌うのが、日課だ。糸を紬ぎながら、畑を耕しながら、踊りながら歌う。」
「?!あれが歌?!ぶはッ、下手くそだなッ!歌だってよ~?!」
「……何だって?」
「オ、オレだって、いいたかねーさッ!でも、てめえの歌のせいで気味悪い夢見るんだぜ?!」
「夢?」
「そーそー」
朝食の後は、黒朗の薬箱を背負い、パンの入った籠を持ち、外に出た。
神主の家に着くと、駆け寄ってきた藁色頭の少年、比呂にラユシュ老人に持たされたパンを押しつける。
代わりに比呂から薬草の包みを受け取り、薬箱に入れる。
「青柳眠い?」
「当たり前だぜ。一日中寝てるのが、オレの常なのによ。それをあのジジイが家のこと仕切りやがって、飯は時間を決めて食わされるし、勝手に掃除されるし、家事やれとか、風呂はいれとか、」
「ふーん。あ、これも持っていって。」
「だいたい、どうしてオレが、毎日アイツの代わりに薬運ばなきゃいけねぇんだよッ!」
「不思議だよね、身体が勝手に動くんでしょ?」
日中から、どこでもごろ寝している青柳だった。
だが、ある日から、青柳は気が付くと黒朗の薬箱を持って、大きな楠の木の下に立っていた。
呆然としていると、常連客の三夜婆さんに背中をぶっ叩かれ、薬を売ることになり、それが毎日続いた。
絶対に、小鬼入りの呪われた石のせいだと、青柳は首に下げた守り袋の中を睨む。
小さな虹色の玉の中に、蟻くらいの鬼がいる。
黄色の目が見えないから、やっと眠っているのがわかるくらい小さい。
「…本当は起きてるのかな。」
「さーな、ヤツの呪いだな、ぶち殺す、オレののびのび暮らしをぶち壊しやがって」
「…もう、出てこない気なのかな。」
比呂は、しょんぼりとしていた。
「かもな!」
青柳は、比呂の頭を軽くはたく。
「いいじゃねーか、アイツの自由だ。」
太陽のように輝く、火の川に飛び込む
その中を魚のように泳いでいく
火は、ただただ、受け止めるだけ
「何で飛び込む?!!」
青柳は、汗だくで飛び起きた。
「やっべ、死んだ!また、死んだッ!」
また、溶岩の中に飛び込む夢だった。
おかしな夢は続いていて、黒い大地の夢ばかり。
時々、溶岩の中に飛び込んで泳ぎまくる。
(おかしい…、この、感じは…この頭にくる無茶苦茶な感じは…)
灰色の小鬼の無表情が浮かんだ。
青柳が、村のくそ野郎にぶちキレた時に、文字通り雲の彼方へぶん投げられた時の感じと同じ。
(ヤツだ!)
(これは、アイツの夢なのか?ずっと、アイツの夢を見てたのか?ずっと…)
大きな楠の木の下で、青柳は、村人に薬を売る。
小鬼がいた時は、三夜婆さんしか客が来なかったが、最近は、ちらほら人が買いにくるのだ。
「えっと、腹が痛い?変なもの食った?じゃあ、これ煎じて飲めばすぐ治るさ。あ~、金ないなら、食い物くれりゃ…」
「おい」
「…あ?」
青柳は、腹痛用の薬草の包みを、子供連れの女性に渡しながら、声をかけてきた男に目を向ける。
「金魚の糞に、何の用ですか?お客さ~ん。…死ね、クソがッ」
「何だと!!てめえ!!」
「待てって!」
それは、以前、青柳にからんできた3人の若者のうちの2人だった。
ほっそりした男と、日に焼けた赤い肌の大男。
(今日は、中くれぇの、クソがいねーな。)
青柳だけではなく、村長を侮辱した中背の太め男がいなかった。
「いつも一緒にいるヤツいねーな。…ぶち殺す」
「…おまえ、もうちょっと、モノ考えて話したほうがいいと思うぞ。」
「てめえらは、死ねばいいと思うていうか、アイツ殺す。」
「……。」
「……。」
「…何だよ。」
黙りこんだ男たちに、青柳は眉を潜める。
「そういえば、あの子、最近見かけないねぇ。毎日、馬鹿してたのに。」
腹痛の薬を買った女性が、不思議そうに首を傾げる。
青柳は、嫌な予感がした。
この前、黒朗が吐いた赤い石を、山盛り飲ませたのを思い出したのだ。
「………………痩せた?」
「そうじゃないだろ?」
「………………別人?」
「本人だ!」
男2人に連れて来られたのは、中背の太め男、仁矢の家だった。
出迎えてくれた仁矢の両親は、げっそりと痩せ細っていた。
他人なんかゴミとしか思ってない、嫌な似た者夫婦は、もっと太めだった。
「……どうぞォ……」
声に覇気がなさすぎる。
(一体何があったんだ。アイツはクソどーでもいいけど、あの、鬼野郎の吐いたモノを飲ませちまったからなー、化けモノになっちまったのか?)
青柳は、腰の刀に手をかけながら、ほっそりした男が扉を開くのを見た。
なんか、美しい人が、いた。
艶々とした黒髪、雪のように白い肌、赤い唇、赤い瞳。
絶世の…
「…女だ?」
「男なんだよッ!本人なんだって!村に帰ってから、急に苦しみだして、身体が熱い熱いって、全身真っ赤になって、三日三晩苦しんでさ。死んでしまうかと思ってたらよ。」
「4日目の朝、こうなった。」
「…こうなったじゃねーよ、どうしたら、あのずんぐり男が、たおやか美人になるんだよおかしいだろ。」
自分もあの赤い石を飲めば、絶世美女になれるのかと思っていると、
「あら、寝ぐそ野郎じゃない?どうしてアンタがここにいるのよ?さっさと出ていきなさいよ。」
(………………)
「え?」
青柳は、ほっそりした男……南星を見た。
「……。」
目をそらされる。
赤い肌の大男……九鼓を見た。
こくりと頷かれた。
「あら?アンタそれ、は、それ、は……!」
仁矢は、青柳に飛びかかり、着物の襟を暴くと、その胸にある虹色の玉を見つめ、
「ああッ、あるじ様ぁ~ん!!」
仁矢の色香溢れる叫びに、その場にいる男が失神した。
「…ええぇーーーーーー?」
「おそらく、男の部分を彼の力が消してしまったんだろうな。…しかし、奇跡としかいいようがない。彼の力の一部を食って、生きながらえるとは…しかも、この美しさ。」
「うふふ、ありがとー、素敵なおじさま。」
「うをっふぉふぉ」
ラユシュ老人の顎を撫でる仁矢。
小鬼入りの玉を離さず、「あるじ」とかいい募る仁矢を引き離せず、青柳は自分の家に連れて帰ったのだ。
あまりにも美女で、他の村人に見られて、変なことにならないように顔を隠させたが、それでもフラフラついてくる輩がいたので、青柳が背負って走り帰った。
くたくたである。
「…でも、そいつ、玉付いてるぜ。蹴ったらあったもん。」
急に胸をはだけさせられた青柳は、サラシを巻いていたとはいえ、一応女の子なので、女の子らしく、無礼な男に天罰を食らわしたのである。
「覚えときなさいッ、寝グソ野郎!」
涙目で睨む美女顔に、青柳はうんざりといった顔をして机に突っ伏した。
(面倒くせーことになったな…)
仁矢の両親が、あんなにやつれていた理由も何となくわかった。
突然、息子が女のようになってしまったのだ。
普通とかけはなれてしまった、異常になった子供をどうすればよいかわからないのだ。
普通を大義とするあの夫婦には。
(美女だし、いいじゃねーか)
(でも、泣いてたな…)
母親は泣いて、仁矢もそれを見て泣きそうになっていた。
虫の声がする。
あたりは闇夜。
(夜か)
いつの間に眠っていたのだろう。
(前は、眠れなかったのになぁ…)
青柳のまぶたは、閉じていく。
(変だな。)
(オレ、夜は眠れないのに…)
(オレは…)
(鬼だから…)
山奥にある美しい里は、炎にのまれていた。
崖の上から、それを眺めていた女は、
こちらを見ると、太陽のように笑った。
「とてもきれい。そう思わない?炎は、全部、消してくれる。」
「母様…」
「全部、消してくれる。」
「いかないで…」
「お前は、私の子じゃない!!!」
叫んだ女は、ひどく険しい顔をしていた。
「あんな男!!あの人を殺した!!ケダモノの!!私を無理矢理、犯したヤツの子供なんかッ!!嫌だ!!嫌だ!!嫌だぁぁアアア!!!」
あれは憎しみの顔、悲しみの顔、怒りの顔
男たちが現れ、女を追い立てる
女は崖の上から、笑い声をあげながら落ちていった
男たちの喝采
「…母様」
目から溢れる水は
ポタポタと
炎の中へと
消えていく
鬼の
出来上がり
(眠れないんだ…)
(鬼は…)
(闇夜に…)
(憎悪で笑う)
(オレは…)
(眠れない…)
ほんのりとあたたかいものが、頭を撫でる。
よしよし、と。
昔、母がしてくれた。
それだけで幸せだった。
涙を流して、歪む青柳の顔は、
穏やかな眠り顔になった。
青柳の枕元に、ちょこりと座る小さな影。
それは、窓から見える丸い月を眺めていた。