挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

RA:スノー・ハウンド ~とある魔女のファーストキス~

作者:アストレア
 ベッドの上で、彼が眠っている。私が今、馬乗りになっていることなど、気づいていない。ぐっすりと夢の世界に誘われているようだ。
 そんな彼の唇に……私は自分の唇を重ねた。恋人同士のキスではない。臆病な私の、独りよがりなキス。

 これは彼すらも知らない、私のファーストキスの物語。

 あの日、アルマが彼と出会ったのは全くの偶然だった。だが、アルマはその出来事を、運命だと思っていた。
 だって、その方がロマンチックだから。
 偶然などという、不確定要素の代名詞でなんて片付けてしまったら、つまらない。恋愛小説の主人公は、クライマックスで幸せをつかんだ。次は彼女の番が来た。ただ、それだけ。
 好きな人との出会いを、都合のいいように思うことを、誰が咎められよう。




 雪が積もり、辺り一面銀世界の大地に、これまた純白の、鋼鉄の巨人が木々に身を隠していた。
 人間で言う目の部分に二つ、羽の生えた帽子のような部分に二つと、計四つの目と、牙を模したような口部が光を灯している。

 この巨人は、人を食すという怪物――幻種と戦う為に作られた、アルミュール・マリオネット――通称AMと呼ばれる種の兵器だ。そしてこの機体は異世界の兵器を魔法使いが改造したライド・アーミー:グレイ・ハウンドの亜種、スノー・ハウンド軽装甲であった。

 見た目こそハイテク兵器だが、数百年前からその存在が認められている兵器だった。

 そして、そのスノー・ハウンドのコクピットには、機体に似つかわしくない少女が表情を消して座席に座っていた。白い頭巾に、エプロンドレス、とまるで赤ずきんが色を失ったかのような服を着ている。銀色の髪に、蒼い瞳をした少女の名はアルマ。
 いや、彼女は見た目こそ幼いが、その実、年齢的に少女ではない。彼女はすでに数百年の時を生きていた。彼女は魔女だ。魔法を使うし、年を取らなければ、死ぬこともない。
 かつてこの大陸に住んでいた者たちは、彼女のような存在を『魔種』と呼んだ。

 魔種は孤独な存在だった。親や隣人が存在しない。過去に存在していても、アルマには記憶にない。魔種はそれぞれ、家の周りの結界によって幻種から守られる。代わりに夜中に、結界に戻されてしまうという特異な性質があった。ある種の呪い、とされているが。
 そのせいで、魔種は組織を作れず、孤独に生きるしかなかった。

「なにかしら、あれ」

 アルマは純白のRA:スノー・ハウンド軽装甲の投影されたウィンドウに映された景色と睨めっこしていた。 
 付近に幻種の反応を見つけたのだ。いつもならば、サクッと三枚おろしにするところだったが、今日は少し状況が違った。

 ――誰かが幻種に追われている。

 少年の姿をしたその魔種は、必死だった。必死に走り続けている。

 脆弱だ。魔法も使わず、ただ逃げるだけ。あれではそう遠くないうちに幻種に食べられるだろう。そして、幻種の体内で溶かされて、夜中になれば結界に戻されて、傷は癒えるだろう。

 幻種が近くに生えていた木を引き抜き、少年の方に投げた。

 少年の目の前に木は着弾し、吹雪が舞った。少年の退路が塞がれた。

 アルマには助ける理由はなかった。だから、それは本当にただの気まぐれだった。

「間に合うか……」

 スノー・ハウンドの脚部に搭載されているローラーダッシュ機構が唸りを上げ、白銀の大地を滑る。アルマは、思考操作によりダイレクトに機体を操作できる『特殊行動』に機体の操縦系を切り替える。スノー・ハウンドの両腕に二振りのカタールが装備された。

 そして、そのうちの一本を投擲した。

 幻種の首が落ちるのを確認した。幻種は生命活動を停止すると『心臓石』と呼ばれる石を残して消滅する。逆に消滅しなければ、生きているということになる。

 アルマは機体を一旦停止させた。だが、幻種が消滅していないことを確認すると、再び機体を幻種に接近させた。切り落とした頭は重要な部分ではないらしい。

 幻種が、ようやくこちらの位置を掴んだようだ。左腕の触手が、まるで投げ槍のようにこちらに飛んできた。それを一振りのカタールで捌く。

 再び触手が襲ってきた。アルマは跳躍して回避。だが、高く跳びすぎた。相手は着地の瞬間、こちらにあの触手を叩きつけるつもりのようだ。

 アルマの口元が緩んだ。これではピンチにもならない。

 空中にいたスノー・ハウンドの姿が消える。アルマが魔法を使ったのだ。『次元跳躍』の魔法。決めた座標に跳ぶことができる。いわゆるワープだ。

 幻種の醜い背中すぐ後ろに現れるスノー・ハウンド。カタールの一撃が、幻種の身体を一刀両断し、雪上に『心臓石』が落ちる。

 スノー・ハウンドがそれを拾い上げ、『心臓石』が消えた。アルマの魔法ではなく、機体の機能によるものだ。グレイ・ハウンドシリーズは不要なものを、異次元にしまっておく機能があった。

 アルマは、先ほど逃げまどっていた少年を探した。すぐに見つかった。
 少年がスノー・ハウンドに向かって歩いてくる。

 アルマは、何故か彼のことが気になった。機体のハッチを開けると、スノー・ハウンドの左肩部装甲の上に乗って、少年の様子を伺った。

「あ、あの……ありがとう」

 少年が声をかけてきた。アルマはそれに応えようとして、言葉に詰まった。考えてみれば、ほとんど他人と会話したことがない。前に、とある魔種が『テレビ』いりませんか、などと言って家に来たが、興味がないので追い払った。それぐらいだった。

 少年は、首を傾げた。呼びかけに応じないアルマに、言葉が通じない、とでも思ったのだろう。なんと今度は満面の笑みを浮かべながら手を振っていた。

 ……なにがしたいのだろう。

 アルマは、とりあえず『次元跳躍』の魔法で少年の背後に立った。前からだと恥ずかしいので。

「まさか……落ちたんじゃ⁉」

 驚いたように、少年が駆け出そうとした。

 あの、後ろにいるわよ。

 アルマは勇気を出して声をかけた。

「ねぇ……」

 駆け出そうとした少年の背中が止まり、少年がゆっくりとこちらを向いた。まるで、ありえないものでもみるかのようだ。

「いきなり走り出してどうしたの?」

 そうは言ったが、理由は分かる。この少年は恐らく、アルマが機体から落ちたと勘違いしたのだ。アルマの身を案じてくれたのだろう。

「……どうやって俺の背後に?」

 こちらの質問には答えず、少年は目を丸くしてこちらを見ていた。

「……そんなに驚くことかしら。魔法を使ったのよ。貴方も魔種でしょ?」

「俺は君たちとは違う。ただの人間だよ」

 ただの人間……アルマはとっくに絶滅したと思っていたが、生きていた存在がいたというのだろうか。

「……私ただの人間とやらを見るのが初めてなのだけれど。ただの人間がなんでこんなところにいるの」 

「それは……」

 少年が、俯いた。よくは見えないが、その顔は、恐らく苦痛に歪んでいた。

「貴方……泣いているの?」

 ふと、そんな言葉が出た。何故だろう。彼が泣いているように見えたのだ。

「え……そう見えるかな」

「とっても悲しそう。話……聞いても?」

 先程まで言葉が詰まって出てこなかったのに。今度はスラスラと言葉が出てきた。

 彼のことが、気になった。

「……うん」

「私はアルマ。……貴方は?」

「俺は……」

 少年はその言葉を言い淀んだ。まるで、答えを模索するように。
 そして、少年は名乗った。

「俺は春樹だ。……誰がなんと言おうと」

「ハルキ、ね。それで、どうしてそんなに悲しそうなの?」

「奪われたんだ。身体をね。きっと俺の人生もあいつに持っていかれた」

「……どういうこと?」

「それは……」

 アルマは春樹が辿った道筋を聞いた。帰り道を歩いたのに、気がついたら雪の上で、そして自分そっくりな人物、ツバキに出会った。そして、身体を入れ替えられて、春樹が元いた世界へと転移した。そして歩いていたら運悪く幻種に見つかり、運良くアルマに助けられた、ということらしい。

「じゃあ、貴方は身体はツバキって魔種で、心がハルキっていう人間なのね。ややこしいけど、ハルキと呼ぶわ。いいかしら?」

「うん」

「それにしても、身体を入れ替える魔法があるなんて……そういえば、さっき、無駄に高い魔法力を感じたわね」

 アルマは高い魔法感知能力を有している。先程この周辺に来たのは、異常なまでに高い魔法力を感じたからだ。どうやら、その『入れ替わり』の魔法のせいだったようだ。

「貴方、自分の家の位置は分かるの?……あ、ごめんなさい。その身体の元の持ち主の家ってこと」

「いや、あいつは何も言わなかった」

「……私達は夜中の二時なると結界の場所に強制的に戻されるの。だから、心配はないけれど。そうね、話をするなら、私の家に行きましょうか」

「え、女の子の家に……それはマズイんじゃ」

「そう思えるなら、大丈夫でしょ。私も貴方に興味があるの。別な世界ってものに」

「分かった。ここは寒いし、お邪魔するよ」

 アルマは『次元跳躍』でスノー・ハウンドのコクピット内部に戻ると、春樹を掴んだ。

「じゃあ、運ぶわね」

「ちょっ……なにを」

「跳ぶわ」

 ハルキの抗議の声を無視し、『次元跳躍』を繰り返す。そして、アルマは自分の家へと戻った。 天高くそびえ立つ、時計塔だ。四角柱の塔で、上部に円形の時計が載っている。もう時は刻んでいないが。

「さぁ、ようこそ。私のお城へ」

 目を丸くしたままのハルキに声をかけ、先に家に入った。
 アルマは、リビングにハルキを案内すると、テーブルにつかせて、とりあえず本をテーブルに置いた。

「これでも読んで待っていて」

「俺、この世界の本、読めるかな」

 ハルキは、アルマが渡した本を、ペラペラめくる。

「これ、日本語じゃないか」

「ニホンゴ?なにそれ」

「俺の世界……それも俺の国の言語だよ」

 言語って色々種類かあるものなのか。アルマは他の世界はおろか、他の国のことすら知らなかった。この大陸が『アミティアス大陸』と呼ばれていたことは知っているが、それぐらいだ。
 というか、ハルキは言語の心配をしていたが、まさに現在言葉を交わしている。彼からすれば異常現象の連続でそこまで頭が回らないのだろう。

「そう。でも、ここでの生活に困りそうにはないわね」

「まぁ、そうだけど……俺は一刻も早く帰りたい」

「そ、そうよね。ごめんなさい……お茶、淹れてくるわ」

 アルマはそそくさキッチンへと早歩きで逃げ出した。
 軽率なことを言ってしまった。傷つけてないといいけど……。

 アルマはお茶を淹れると、テーブルにカップを二つ置いた。
 それから、二人はしばらく話を続けた。ハルキの世界の話、そしてこの世界の話。魔種について、スノー・ハウンドについてなど。

 楽しい。人と話すのがこんなに楽しいとは思わなかった。だが、同時に恐怖もあった。また余計なことを言って、彼を傷つけてしまうのでは、と。

 話し込んでいたら、すっかり夜になってしまった。

 驚いたことに、ハルキが夕飯を作ってくれた。アルマは料理が得意ではなく、簡単なものしか作れない。

「……おいしい」

「そうかな。良かった。得意なんだ。ハンバーグ。それにしても、普段食材はどうしてるの?」

「心臓石を加工して食材にしてるのよ。昔魔種が作った練金釜っていうものを使ってるの」

「……心臓石?……って、幻種を倒すと出るっていう石?」

「えぇ」

 ハルキが青ざめた。食べているものが幻種の心臓……しかも石から出来てるものだと分かったのだ。気持ちは分からなくはないが、アルマはずっとそうして食事を摂ってきた。
 実は、魔種である以上、食事を摂らなくても死ぬことはないのだが。

「まじかよ……でも美味いな……」

「えぇ。心臓石は何にでもなれるから、食材以外にも、布とか鉄とかにも出来るわ」

「便利なんだね」

「幻種を狩れれば、ね」

 食事を終えたら、また色々話を始めたのだが、ハルキは眠そうだった。仕方もない。初めてこの世界に来て、幻種に襲われたのだ。話したいこともあったが、結局風呂を沸かして、入ることを勧めた。

 その間、アルマは普段使ってない部屋を掃除していたが、ハルキ用のバスタオルを用意していないことに気がついた。着替えは流石に用意できないので、着ていた服を着てもらうしかないが。

 アルマは下の階に降りると、脱衣所のドアを開けた。そう、他人と関わらないアルマは、ノックするという習慣がなかった。

「ふむ、バスタオルがない……さて、どうしたもの、か……」

 片腕を腰に当て、顎に手を当て考え込んでいるハルキと目が合った。
 駄目だと分かっていた。けど、どうしても視線が下を向いてしまった。

「ごめんなさい。バスタオルを用意するのを失念していたわ」

 冷静なアルマの声に、ハルキも、『うん、ありがとう』と答えるしかなかったようだ。

 アルマはハルキにバスタオルを渡すと、ドアを閉めた。

 あぁ、見ちゃった、恥ずかしい恥ずかしい。

 アルマは顔を真っ赤にして階段を駆け上がった。今更顔を手で覆っている。階段を転ばずに上れたのは奇跡だろう。
 アルマは読書が趣味だ。本なら基本なんでも読む。この家に残されていた本を、修繕しながらも日々読み耽っている。本の中には、男女間の性行為が描写されているものもあった。けど、結局は文字。実物など、見たことはなかった。

「あれが……ここに……あぁ、駄目、想像したら」

 また思い出して、顔が茹で上がる。普段白い顔が真っ赤だ。
 アルマは先程と比べて三倍の速度で部屋を片付けた。





「それじゃ、この部屋を使って頂戴」

 アルマも入浴を終え、ハルキに就寝に使う部屋を案内した。

「あ、ありがとう。何から何まで」

「い、いいのよ。気にしないで」

 二人は先程の出来事については触れなかった。触れなかったが……アルマの視線はついつい一点を見てしまう。

「アルマ……今眠ったら、きっと目が覚めた時には違う場所にいるんだよね」

「……そうね、多分、貴方の『身体』の結界に戻されるわ」

「嫌だよ……俺、君ともっと一緒にいたい」

「ハルキ……大丈夫よ。きっとまた会えるわ。……私ももっと貴方と一緒にいたい。だから探しに行くわ」

「……うん。おやすみ、アルマ」

 ドアが閉まった音が、たまらなく嫌だった。

 もしかしたら、私は……彼に恋をしてしまったのかもしれない。初めて会った男に恋をするなんて、私は意外と軽い女だ。

 でも。この気持ちはきっと嘘じゃない。後ろめたい気持ちなんかじゃ、ない。

 アルマは、思い切ってドアを開けた。

「アルマ?……どうしたの」

 ハルキは電気を消そうとしていたところだった。

「……一緒に、寝ましょう」

 とんでもないことを口にしてしまった。だが、アルマは表情を崩さない。

「え⁉︎」

「そうすれば、もっと一緒にいられるでしょ」

「…………そうだね。一緒に寝ようか」

 ベッドは一人用としては大きい方で、アルマは女性としては小柄な方だ。二人で寝ても、狭いということはない。

 ハルキの腕に、頭を乗せた。暖かい。人肌に触れるのは、記憶にある中では初めてだ。

「アルマ、いい匂い」

「もう……」

 それはそうだ。実は、もしかしたらもしかするかも、ということで、身体は念入りに洗った。

 電気は消したが、この部屋、使ってなかったのでカーテンがない。月の光が射し込んで、微かに部屋を照らした。

 互いの息遣いが感じられる距離。これから何が始まるのか。アルマは自分の高鳴る胸の鼓動を感じていた。

 アルマとて、一人の女性だ。恋する男性と快楽に身を任せたい、という欲求に駆られていた。

 唇と唇が近づく。あと、数センチ、というところで、ハルキの寝息が聞こえてきた。

 ……寝息?

「ぐう、ぐう……」

「な……なんてこと」

 まさか、この状況で眠るとは。一人の女性として、驚きを禁じ得ない。

 いや、疲れていたのだろう。決して自身に魅力がないわけではない、とアルマは自分に言い聞かせた。

 そして。今更ながら、自分がしようとしていたことに、顔を紅潮させた。

「でも、もう少しだけ、こうしていたいわ」

 アルマは、しばらくの間ハルキの腕枕を堪能し、『次元跳躍』の魔法で、自室に戻った。





「はぁ……」

 昨日、悶々として結局朝方まで眠れず、起きても気だるさが抜けなかった。
 現在昼時である。歯磨きだけは済ませたが、未だ寝間着のままだった。やる気が起きない。

 昨日初めて会ったばかりなのに、ハルキの存在が自分の中で大きくなりつつあったことに気がついた。

 また、会えるだろうか。

「う〜ん、ここ、アルマの家にそっくりだなぁ……」

 大あくびしながら、その人物はリビング入ってきた。

「ハ、ハルキ⁉︎」

 寝癖をそのままにした、寝間着姿のハルキだった。

「あれ、アルマ。俺、結界に戻されるんじゃなかったっけ」

「え、えぇ。そのはずだけど」

「俺、特別なのかな。でも、俺自分の結界分かんないままじゃん……」

 結界の呪いによって、ツバキの家に戻ると考えていたため、呪いの影響がない今、ツバキの家は分からなかった。

「な、なら…………その、ここに住めばいいわ」

「…………いいの?」

「え、えぇ。しょうがないし」

 アルマの顔が、ほんのり紅くなった。

「ありがとう、アルマ! 大好き!」

「そ、そう。喜んでもらえたなら、よかったわ」

 二人は昼食を摂ると、リビングのテーブルについていた。アルマは一回自室に戻って服を着替えた。いつものエプロンドレスだ。

「よし……まずは……服を用意しないとな」

「私の着る?」

「サイズ合わないよ……というか女性の服を着るのはちょっとね……」

「そう?……困ったわ。錬金釜だと、この服しか作れないの。布なら作れるのだけれど」

「……ねぇ、アルマ、お裁縫の本とかある?」

「え、えぇ。……まさか自分で作るの?」

「うん。裁縫は得意なんだ」

「分かった。書庫に案内するわ。行きましょう」

 二人は書庫に行って、裁縫関係の本を探した。見つかったものの、ボロボロだったので、まずは修繕を行った。修繕を終えると、ハルキは、裁縫用の道具を持って、昨日貸し与えた寝室に入った。
 その部屋をハルキの部屋にすると言ったら、非常に喜んでいた。 
 アルマはハルキに用意してほしいと頼まれた布と、ミシンを錬金釜で作り出し、用意した。

 ハルキの部屋に入ると、彼は笑顔で出迎えてくれた。顔が赤くなりそうだ。

 ただ、ノックをするように遠回しに言われた。アルマも自室にいきなりハルキが入ってきたら、状況によっては嫌な時もあるだろう。
 まだまだ人との付き合い方を学ばなければならないな、とアルマは思った。

 彼は相当手先が器用なようだ。料理もできるし、裁縫も現在恐るべき速度で進んでいる。アルマだったら、半分も進んでいないだろう。

 アルマはハルキの横顔をベッドに座って観察していた。ハルキが服を作り始めてから既に三時間が経過している。

 ハルキの顔を見ていると心臓が高鳴ってくる。ドキドキしている。真剣な眼差しが、自分に向けばいいのに、とアルマは妄想に浸っていた。全くの無表情で。

「ごめん、退屈だよね」

「気にしないで進めて頂戴。裸で徘徊されても困るもの」

「そうだね。じゃ、とりあえずズボンは完成……と」

「もうできたの?」

「簡単なものだからね。ベルトをつければ何とか着れる。見栄えは悪いけど、今は見た目より生産力だ」

「そ、そうね」

 そうして、ハルキは夜のお風呂の時間までに服ワンセットを完成させた。確かに見栄えが悪かったが、次の日は完成度を増したものを作り出し、数日が経って、ハルキはようやく自分の作りたい服が作れたようだった。

「シンプルね」

 ワイシャツに、黒いズボン。全く面白味もない格好だが、ハルキには似合っていた。

「あぁ。身体を入れ替えられる直前までこういう格好をしていたんだ。学校帰りでね。ネクタイはいらないからしてないけど」

「そう、学校、ね……」

 彼は異世界の学校に通っていたらしい。学校が、勉強をする場だというのは、アルマも本で読んで知っていた。だが、それだけでないことも知っている。教室で友を作り、部活で技を磨き、そして、人によっては恋を育む場だということも知っている。

 そういう場に、アルマはあこがれていた。だから、ハルキがそういった機会を奪われたことを、アルマも残念に思っていた。

 ハルキに楽しく過ごしてほしい、とアルマは心から願った。




 それからも、それなりに楽しく暮らしていた。

 アルマがスノー・ハウンドの使い方を教えて、ハルキと交代で幻種狩りをするようになった。

 ハルキの操縦テクニックはみるみる上達し、彼が、人型限定で、無機物を操作できる魔法――『人形使いの魔法』――を使えることが判明し、彼は幻種狩りを簡単にこなせるようになった。
 そして、『入れ替わりの魔法』を行おうとする魔種の妨害を、二人で始めた。

 ただ、別に恋人がするようなことは何もなかった。キスも、手をつなぐことすら、なかった。

 少しは期待していた。男女が二人、一つ屋根の下で暮らすのだ。好きな人と暮らして、期待しない方がおかしい。そして一つの疑問が浮かび上がる。

 もしかして女として見られていないのだろうか。

 自分でも幼児体型であることは自覚していた。前に『入れ替わりの魔法』を妨害した際に出会ったユーリアという魔種は、大人びた体型をしていた。ハルキはああいうのが好みらしい。あの女は性格は悪いが、体型は正直羨ましかった。

 アルマは試しに、春樹に自分の身体を採寸するようにお願いした。春樹は顔を赤くしていたが、アルマとて恥ずかしかった。これなら嫌でも意識するだろうと。
 そして適当な理由を付けて色々と服を作らせた。こうすればアルマがその服を着るところを想像するだろう、と。
 そうして完成したものの中から、ちょっと丈の短いスカートとかを着て、彼に見せたら、目に見えて欲情していた。
 どうやら女として見られていない、というわけではなさそうだった。
 ならばどうして彼は手を出してこないのか。

 その理由がなんとなく分かったのは、ハルキが住むようになって二~三年ほど経ったある日のことだった。

 ある日、真夜中にハルキが何も言わずにスノー・ハウンドを使ってどこかへ出かけて行った。異次元空間に格納されている筈のスノー・ハウンドは、ハルキもユーザー登録しているため彼も呼び出せる。

 彼は気づいていないと思っているのだろうが、あいにく、アルマはハルキの行動のほとんどを把握していた。たまに幻種狩りに出かけては他の女魔種……ユーリアという女に会いに行っていることもなんとなく想像はついていた。彼の様子から、まだそこまで親密な関係ではなさそうだが。

 ハルキを追おうかとも思ったが、初犯なので、とりあえず様子を見ることにした。ベッドに入り込み、枕に頭を乗せた。

 だが、中々寝付けない。
 もしも、もしもだが、ハルキが他の女と逢瀬を重ねて、行くところまで行ってしまったら、自分はどうするのだろう。いや、ハルキはどうするのだろう。自分のもとを離れて行ってしまうのではないか。

 そう思うと、アルマは胸が不安で張り裂けそうになった。また、一人ぼっちに戻るのは嫌だ。永遠に等しい時間を一人で過ごしてきた。たった二年半ほどハルキと一緒に過ごしただけで、いや、初めて会ったあの日から、もう、彼はアルマにとってかけがえのない人となっていた。

 彼はどこにいるのだろう。頭の中で、ユーリアとハルキが同じベッドで肌を重ねている姿を想像してしまった。嫌な想像が、次々と沸き上がる。

 決心したように、アルマが布団から飛び出した。そして、ハルキの寝室まで行くと、彼のベッドに潜り込んだ。彼らしくベッドメイクはきっちりなされている。
 彼の匂いがする。アルマは、すぐに眠りへと落ちていった。

 アルマはふと目覚めると、外の景色が明るくなっていることに気が付いた。時計を見る。朝どころかお昼だ。寝すぎで頭が痛む。

 ハルキはまだ帰ってきていなかった。昼食を食べる気にもならず、そのまま書庫に行き、まだ読んでいない本を修繕し、リビングに持って行った。

 ついに夕方に。アルマは、気落ちした表情で外に出た。外の空気を吸いたかった。大きな扉を開けると、アルマは家の前に黒い袋が置かれていることに気が付いた。人一人入りそうな大きさだ。
 アルマは怪訝な表情でその袋のジッパーを下げた。
 中にはハルキの顔があった。眠っているようだ。アルマは驚いたが、とりあえずジッパーを下げきった。

 服を見る。いたるところに穴が開き、血の跡もあった。魔種である限り、死ぬことはない。傷もすべて再生する。傷はすでに塞がっているだろう。

「一体何が……」

 アルマは、『次元跳躍』の魔法で、ハルキを袋ごとハルキの部屋まで運んだ。服を着替えさせ、ベッドに運んだ。
 ふと机を見る。ほとんど私物がないことに気が付いた。

「う、うぅん……」

「起きた……?」

「アルマ……俺…………」

「シャワーを浴びてきなさいな。……私はご飯を作ってくるわ」

「あぁ……そうだね」

 アルマは微笑みを浮かべながらそういうと、ハルキの部屋を出た。その顔は、怒りか、苦しみか。

 あの時、ハルキが目覚めたとき、あの時のハルキの目は、『ごめん』と語っていた。
 あれは逢引などではない。ハルキの部屋には私物の殆どがなくなっていた。ハルキは恐らく、ここを出ていこうとしたのだ。そして、道中、何者かにスノー・ハウンドを撃破され、何故かこの家に捨てられた。
 ハルキが幻種に負けるとは考えられない。恐らく、別なRAだ。現に、スノー・ハウンドは呼びかけには応えなかった。つまり、破壊されたということだ。

 スノー・ハウンドのマップにはこの大陸の一部しか載ってない。その先は何があるか分からない。結界の呪いがある以上、行動範囲が制限されるから、その先にアルマが行くことはできないのだ。だが、ハルキは違う。結界の呪いが適用されない、ということはどこまでも行けるということ。
 アルマは、一緒に行けないからと、置いて行かれたのだ。

 私を、独りにしようとしたわね。絶対に許さないわ。

 黒い感情が、沸き上がってきた。
 アルマは、錬金釜のある部屋に行くと、食材と、あるものを作り出し、すぐにキッチンに向かった。そして簡単なスープを作ると、お盆にスープを入れた皿と水の入ったコップ、ピッチャーを乗せ、すぐにハルキの部屋へと戻った。
 ハルキはシャワーを浴びてすぐに部屋に戻ったようだ。寝間着に着替えていた。

「アルマ……食事を持ってきてくれたんだね。ありがとう」

「えぇ。さぁ、召し上がれ」

 身体は治っているので、ハルキはすぐに食べ終わった。アルマはピッチャーで空になったコップに水を注いだ。

「これ、錬金釜で作ったの。ビタミン剤。これを飲んで、早めに休んで」

「へぇ、ありがとう」

「それじゃ、私は行くわ」

「アルマ、ごめんね」

「…………なんで、謝るの」

「あぁ、いや……ありがとう、だね」

「えぇ、おやすみ」

 アルマは挨拶すると、ハルキの部屋を後にした。そして、風呂に入って身体を清めた後、再びハルキの部屋に戻った。
 電気がついていないため、部屋は暗い。

 アルマは、ハルキがすぐに眠ることが分かっていた。彼に渡した薬はビタミン剤などではなく、睡眠薬だったからだ。
 なんでこんなものが錬金釜で作れるのかは知らない。だが、眠れない日などはこれを飲んで無理やり眠っていた。
 彼を眠らせたのは、あることをするためだった。

 ベッドの上で、彼が眠っている。私が今、馬乗りになっていることなど、気づいていない。ぐっすりと夢の世界に誘われているようだ。

 そんな彼の唇に……私は自分の唇を重ねた。恋人同士のキスではない。臆病な私の、独りよがりなキス。

「はむ……」

 小説で読んだようなキスをしたかった。恋人同士がする、舌を絡ませるような激しいキスを。だが、彼は今眠っている。だから、舌を絡ませる代わりに、彼の唇を舌でなぞった。

「はぁ……ふぅ。私を……置いていこうとしたんでしょ……でも、そんなこと、許さないわ。貴方がこの家に住み始めた時点で、貴方はもう私のものなの。だから、私のもとから離れようなんて、許されないんだから」

 ようやく分かった。ハルキが私と一線を越えようとしなかった理由。きっと、もともと置いて行くつもりだったからだ。

 再び、自分の唇を、彼の唇に押し付けた。自分のものだと自分を納得させるため、というような、ついばむような口付け。

「絶対に、逃がさないんだから。いつか、貴方が心からそのことを自覚したとき、…………その時はこの続きをしましょう」

 アルマは姿勢を変え、ハルキの腕を枕にするようにして、彼に抱き着いた。
 そして朝になり、目が覚めると、彼に気づかれる前に、部屋を退出した。

 また新しい朝が来る。そこにはハルキの姿がある。この光景をアルマは守っていきたいと思った。例え、場所が変わろうとも、ハルキだけは、手放す気はなかった。





 それから数年の時が経ち、アルマ達にも仲間が出来た。そして、ひょんな事からアルマはスノー・ハウンドを再び手に入れたのだった。
 アルマとハルキは幻種を狩りに出てきた。現在ハルキとアルマと同居しているエリスという少女は、ユーリアという魔種の家に泊まっていた。なので不在だった。

 ハルキと二人きりで出かけるのは、久しぶりだった。普段はハルキ一人が幻種狩りに出ていたが、今日はハルキが誘ってくれたのだ。嬉しくていつもより多くの幻種を殺した。たまには行かないとせっかく再び手に入れたスノー・ハウンドが、宝の持ち腐れになってしまう。

「なんか今日は楽しそうだね、アルマ」

 停止したグレイ・ハウンド標準装甲が、拡声器で話しかけてきた。

「……そうかしら」

「そう見えるよ」

 アルマはスノー・ハウンドの肩に乗って景色を見るのが好きだった。横を向けばスノー・ハウンドの頭部が見えるし、前を向けば景色が見える。

挿絵(By みてみん)

「ねぇ、アルマ。実は、お弁当作ってきたんだ。せっかくだからピクニックしようと思って。もうそろそろお昼だし、一緒に食べない?」

「それはいいわね」

 二人は機体から降りると、ブルーシートを敷いてバスケットから、ケースを取り出し、おしぼりで手を拭くと、サンドイッチを食べ始めた。

「アルマ」

「何かしら」

「今日は君を誘ったのは、謝りたかったからなんだ」

「……何を?」

 言葉の意味は分かっていたが、意地悪で、わざわざ聞いた。

「君を置いていこうとしたこと。前にも謝ったけど、もう一度、謝りたかった。俺、君のことが好きだった。けど、俺は……どうしても元の世界に帰りたかった」

 嘘つき。本当は帰りたかったんじゃなくて、復讐したかったんでしょう。ツバキっていう魔種に。貴方の考えなんて、お見通しなんだから。

 そんなことで、私は貴方を蔑んだりなんかしないわ。

 アルマは、とびっきりの笑顔を作って言った。

「ふふ、絶対許さない」

 ハルキはその言葉を聞いて、笑顔を見せた。

「あぁ。だから、俺はもう、君を置いていかないと誓うよ。今度は一緒に行こう。『壁』の外へ。新しい世界に」

「えぇ、勿論。来るなと言っても行くわよ」

 二人は、互いに笑顔を向けると、サンドイッチを口に運んだ。なんだか、いつもより美味しく感じる。
同作者の RA:グレイ・ハウンド ~人形使いの異世界復讐録~ の前日譚に当たるお話です。普段無表情な人間も色々な事を考えています、という感じのお話を書きたくなったので書きました。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ