前編
勢いで書いてます
矛盾点あるかも
設定はノリで、何も調べないで書いてます
タイトルが変
深く考えないで軽い気持ちで読んでください
前後編です
ちょっと考えてみて欲しい。
もしもあなたがチョコレートが大好きで、毎日、板チョコを一枚食べることを至上の幸福としているとする。
チョコレートを見ると高鳴る胸。甘い香りに刺激される欲求。我を忘れ貪りたくなるような強い衝動。
一心不乱に齧り付こうとした時に、いきなりチョコレートが「あなたをずっと好きでした! 私と恋人になって下さい!」と愛の告白をしてきたら、あなたはどうしますか?
私?
私だったら、とりあえず聞かなかったことにして、いつも通りチョコレートを美味しくいただくだろう。
確かにチョコレートのことは大好きだけど、チョコレートと一緒に綺麗な夜景を見たり、チョコレートと熱い接吻を交わしたり、チョコレートと家族を作ったり、なんてことはこれっぽっちもしたいとは思わない。
いくら好いていたって、あくまで食欲的な意味であって、それが恋愛感情に発展することなんて、決してありえないのだ。
ふいに私の手にしてしたチョコレートが消え失せた。
私はキッと唇を噛みしめ、精一杯怖く見えるように頑張って、チョコレート泥棒を睨め付ける。
「返してください!」
「だってお前、さっきからじぃっとチョコレートに暑苦しい視線を注いでるだけで、食べもしないじゃんか! なんか見ててイライラするから、俺が代わりに食べてやるよ」
「あなたはそんなにチョコレートが好きじゃあないじゃないですか! それなのに、私の一日一回のささやかな楽しみを奪うなんてヒドイ!」
うわっと叫んで、真っ白なテーブルクロスに突っ伏すと、チョコ泥棒は慌て出した。
「おいっ! 何もいきなり泣くことはないだろ! たかだかチョコレート一枚でそんな、大袈裟な」
「そうですか。あなたがそのつもりなら、こちらにも考えがあります」
ひょいっと顔を上げると、私が泣いていないことに気付いたチョコ泥棒はチッと小さく舌打ちした。
「今日はあなたに血をあげません。いいですよね、たかだか私ごときの血ですから。一日ぐらい飲まなかったからって、死ぬわけでもありませんし」
「なんだとー! お前、それとこれとは話が別だろっ」
チョコ泥棒は血相を変えて迫ってきた。その肉食獣さながらの勢いに怯え、私は立ち上がり後ずさったが、すぐに壁に行き当たった。
ダン! と顔のすぐ右横に手が突かれ、左に逃げようとすると、間髪入れずに左にチョコレートを持った手が現れた。
「鈍臭いくせして、俺から逃げようなんて甘いんだよ、ショコラ」
チョコ泥棒ことデメルは、赤い唇をペロリと舐めて妖艶に笑った。
病的なまでに蒼白い肌は日光に当たれないから。
闇を固めたような黒髪。唇の端からちらちらと覗く牙のように尖った歯。目は血のように煌めくルビー。私の顔の両横にある手にはやや長めの爪が生えている。
そう、彼は人間に姿形は似ているが、似ていて非なるもの。吸血鬼だった。
黙っていれば病弱で薄倖そうな美少年なのに、喋ると近所のやんちゃ小僧のような口調でせっかくの美貌が台無しになる。
「つっ!」
いきなり首筋に鋭い痛みがはしって、飛び上がりそうになり、デメルに両肩をがっちりと押さえつけられた。
「じっとしてろよ。上手く吸えないだろ」
「もう。吸うなら吸うって言って下さいよ。いきなりはビックリするじゃないですか」
「この状況でボーッと考え事なんてして、余裕かましてるお前が悪い」
「別に余裕があるわけじゃ………」
むしろ余裕がないのだ。最近の私は。
私の気持ちなどおかまいなしにデメルは首筋舐めると、再度、牙を突き立てる。今度はきちんと心の準備をしていたせいか、さほどの痛みは感じなかった。
痛いのは最初だけで、途中からは痛みをいっさい感じなくなるのはいつものこと。
吸血鬼の唾液には麻薬に似た成分が含まれていて、吸血される獲物に苦痛を与えないように痛みを抑え、更には快楽を与える効果があるらしい。
だから、吸血鬼に吸血されるのは麻薬を吸うのに似た依存性を伴う。
私は一日に一度、デメルに血を提供しているが、私のような人間は意外といるらしい。
「はぁ、甘めぇな。チョコなんかよりこっちの方がずっといい」
うっとりと呟いたデメルがちゅうっと音をたてて血を吸い上げると、首筋を中心にして、全身に心地よい暖かな波が広がっていって、私はほぅっと息を吐いた。
彼に吸血されて感じるのは、全身をマッサージされているかのような気持ち良さである。頭の中が真っ白になる。
「おっと! 危ねぇ」
身体がガクンと傾いで、デメルの胸に抱き留められる。彼の手からチョコレートが滑り落ち、もつれた私の足はそれを踏んでしまった。パキンと真っ二つに割れたチョコレート。なんて無残な。私の心みたい。
「ごめんなさいっ」
真っ白な彼のブラウスをぎゅっと掴んで、慌てて体勢を立て直す。
「お前、俺に血吸われるたんびに寝んのやめろよなー」
「だって、余りにも気持ち良すぎて、気付くと寝てしまっているんです」
その心地よさ故に吸血されていると、毎回、寝落ちしそうになる。これは不可効力なのだ。
しかしこれは私に限った話で、他の人はもっとぞくぞくするような色っぽい衝動に駆られるのだとか。
「ったく。吸血されて寝そうになるなんてヤツ見たことないぜ。別の意味でクラクラしてベッドになだれ込むヤツらはいるみたいだけど、気持ち良いの種類が違うだろ。まるで赤ン坊みたいだな、お前」
ククッと牙を見せて笑ったデメルは、ぽんぽんと私の頭を叩いた。
「私、もう15歳になったんですよ。子供扱いはやめてください」
「俺ら長命種から見たら、人間なんて赤ン坊と変わんないよ」
最後の仕上げとばかりに、首筋から綺麗に血を舐めとると、デメルはあっさりと離れていった。
「えっもう終わりですか?」
「だってお前、寝不足だろ。今日はもう寝ろ」
拍子抜けしてデメルを見ると、彼は私が縋り付いたせいでほどけた胸元のリボンを結び直していた。
その美少年然たる容姿のおかげで、真っ白なブラウスと深い紺色のビロードのリボン、同色の膝丈のズボンが異様に似合っている。
彼のお母様の趣味だ。
最も彼に言わせれば服装はどうでもいいことで、日々、美味しい血が飲めて、知的で刺激的な読書体験を堪能出来れば、それだけで満ち足りるらしい。
パンパンとデメルが二回手を叩くと、どこからともなくすっと現れた等身大の人形が、床に散らばったチョコレートの破片を片付ける。
メイドのお仕着せを着たその人形は、床をすっかり綺麗にすると、私を軽々と抱き上げた。
「じゃあな、今夜はちゃんと寝ろよ」
「おやすみなさい、デメル」
メイド人形は、人形とは思えないスムーズな足取りで私をベッドルームに運んでいく。
こうして子供のように抱き上げられて、運ばれるのにも慣れた。
吸血された直後はまだデメルの唾液の効果が抜けきっておらず、貧血ぎみにもなっているので、まともに歩けないのだ。
始めこそ抵抗したが、メイド人形が嫌なら俺が連れて行く、とデメルに言われてしまったため、大人しく身を委ねるしかなかった。
吸血鬼は一般的に血を飲まないと生きていけないように思われているが、それは誤解だ。
彼らは私たち人間と同じ肉や魚、野菜などを食べるが、人間の血はワインやお菓子といった嗜好品の感覚で摂取する。
本当はそれ以外の要素もあるのだが、血を吸わなかったからと言ってすぐに生命が失われるものでもない。
チョコレートは私にとって、食べなくてもよいが、食べないと人生の楽しみが半減する食べ物だけど、デメルたち吸血鬼にとって私たち人間の血がそれに当たる。
私をデメルの住む屋敷に連れてきたのは、デメルのお母様で、私がデメルの好みにぴったりの血を持っていたのは偶然だった。
デメルは生まれて50年間、人間の血を吸わなかった。吸わなければ死んでしまうわけでもないので、彼は気にもしなかったようだけど、彼のお母様は焦った。
吸血鬼としての力や寿命はどれだけ人間の血を吸ったかによって決まる。
このままデメルが血を吸わなければ、人間のように100年も生きられずして死んでゆくだろう。
デメルは別にそれでもいいとすら思っていたようだが、母親はそうはいかないだろう。
デメルのお母様は十代の若い人間の娘たちを攫ってきては、その血をデメルに飲ませようとしたが、彼は頑として吸血しなかった。
デメルやお母様は人間をいたぶって喜ぶような非道な趣味はなく、平和を愛する穏やかな吸血鬼だったので、彼女たちは無傷で帰されたのだけど。
私がこのお屋敷に初めて連れて来られた日。
その日をよく覚えている。
流行り病で両親を亡くした私は、孤児院に入れられたが、そこは非常に居心地の悪い場所だった。
少しでも気に入らないことがあると、折檻してくる世話役の女たちのおかげで、常に身体中アザだらけ。
食べ物はほとんど世話役に取られ、育ちざかりなのに、いつもひもじさを感じていた。
ついに我慢ならなくなって孤児院を飛び出し、下町をふらふら歩いていたところを、デメルのお母様の操る人形に攫われた。
「なんだよ、コイツ。骨と皮じゃんか。よくこんなの連れて来たな」
私を初めて見たデメルの第一声がこれだった。
「こんなんじゃ、俺が吸血なんかしたら、死にそ………」
彼の言葉がふいに途切れる。いきなりしゃがみ込んだと思ったら、膝に生暖かいものを感じて、私は何が起こったのか分からなかった。
「なんだよ、これ。すっげー甘いんだけど」
ちりっとした痛みに顔をしかめる。彼は擦りむいた膝を一心に舐めていた。
「くっ。これかよ、母さんが言ってたのは。こんな、美味いなんて………こんなんじゃ、俺、我慢出来な………」
逃げる暇もなかった。私を見たデメルの瞳が血のように不気味に光ったと思ったら、首に食らい付かれて、貪るように血を吸われていた。
彼は人間の血を吸うのは初めてだったから、加減を知らなかった。そして、無我夢中で血を吸われた私は血が足りなくなって本気で死にかけた。
目が覚めたら、やけにすべすべする絹のシーツのかかったベッドに寝かされていて、泣きそうな顔をしたデメルが枕元にいた。
そして私たちは契約を結んだ。
私は一日一回、死なない量の血をデメルに捧げるのと引き換えに、生きていくのに充分な衣食住を与えられた。
デメルは我を失うほどに私の血が好きらしいが、初めての吸血時に私を殺しかけてしまったのがよほどショックだったのか、私の身体を常に気遣いながら、控え目に吸血をする。
もっと飲めばいいのに、と告げると、お前はもっと自分を大事にしろ、と怒られた。
私はそんな優しいデメルが大好きだし、血だって望まれればいくらだってあげるのに。彼のためなら死んだっていいのに。
でも、彼にとって私は美味しい血を持つだけの人間。チョコレートのようなものなのだ。
一体誰がチョコレートに恋愛感情を抱くのか。
もしも私があなたを好きだと言ったら、あなたはどう思うのでしょうか。
人形によって寝巻きに着替えさせられ、ベッドに寝かされた私はぎゅっと掛け布団を被って、嗚咽をこらえた。踏まれて無残に割れたチョコレートが脳裏をよぎった。
今晩も眠れない夜になりそうだった。