2.酔っぱらった女は嫌いだ
飲み過ぎた。おぼつかない足で家につく。
築3年の小ぎれいなアパート。ヨーロッパを意識したレンガ造りのおしゃれな感じが私は気に入ってる。気のよさそうな大家さんも右隣に住んでる単身赴任らしきおじさんも優しい。
ただ、今日は一つ、変わっている事に気づいた。
いつも空っぽの左隣の部屋に明かりがついてる。
普段なら、新しく引っ越してきた人かな?って思うところだ。
……だけど、その日は酔いすぎてた。
その明かりのついた部屋の前で、がさごそとバッグを漁る。
「あったぁ~鍵~この私が帰ってきたわよ~」
そういって、明らかに自分の部屋とは違う鍵穴にさしこもうとするが、
当然はまらない。
「なんで~開かないのよ~」
向きになってガチャガチャとドアノブを回す。
「ちょっとぉ~なんで……」
ドンドンとドアを叩こうとしたとき、
そのドアは開いた。
「あの、どちら様ですか」
声の主を見上げると、若い男の人だった。
すらりとした長身とサラサラした黒髪に綺麗な顔だった。だけどどこかで見たような顔だった。
「ちょっと!あんた!人の家でなにしてんのよ!」
もう一度言うけど……その日は酔いすぎてた。
呂律のまわらない舌で怒鳴ると、その彼は目を丸くさせる。
更に私は続けた。
「あぁ~わかったわ。あなた!私のストーカーね!私がいくら美しいからって……」
目を丸くさせた彼は、次にあきれたように腕を組んで、深いため息をつく。
そして、ちょんちょんと表札を指さして一言。
「よく見てください。ここは僕の部屋です。」
「……え?」
そこには白石、と書かれた表札。
彼の顔と表札に目線を行き来させる。
さぁっと血の気が引く。……やばい、やってしまった。
「お、おほほほほ、ごめんなさい。失礼いたしました~……」
飽きれたような彼の目の前から消えるようにして逃げた。
急いで、自分の部屋に入って気分を押しつかせる。
「これから隣人になる人なのに……」
一気に酔いも冷めた頭で、失態を犯してしまった自分を責める。
今日は、彼氏には振られるし、新しく来た隣人には振られるし……
最悪の一日だわっ!
これからはお酒は控えようと心に誓った。
☆☆☆☆☆☆☆
昨日の酔いがまだ残ってる。ヒドイ二日酔い。
おまけに、あの失態の記憶も残っている。お隣さんになんて説明すべきだろうか。
……彼氏に振られて、飲み過ぎて、我を失ってました。
なんて。言えるはずがない。
深いため息をついて、会社の支度をする。
こんなに頭痛と吐き気が止まらないのに、一日はやってくる。
まぁ、自業自得といえばそうなのだが。
きゅっと髪を結んで、ぴしっとしたパンツスーツに着替える。
眼鏡もかければ、出来る女って感じ。
鏡に映った自分に満足して、軽くモデルポーズ。
人は私の事を、ナルシストと呼ぶ。または痛い女と。
だけど、本当に美人なのだから仕方のない事じゃない?
黒いパンプスを履くと、一層気分も引き締まる。
そして、誰もいない部屋にいってきますと告げて、勢いよくドアをあけた。
と同時に目に入ったのは、あのお隣さん。昨日、彼の前で見事に目の前で失態を犯してしまった。
怪訝そうな目で、私を見てくる。
「あ~おはようございます~、昨日は失礼しました~……」
必死に作り笑いを浮かべるけれど、怪訝な目線を向けられる。
そして、こちらにずかずかと歩み寄ってきた。目の前で仁王立ちされて、ぐいっと顔を近づけられる。
鼻と鼻がくっつきそうなくらい近い。不覚にもどきっとしてしまう。
まつ毛がとても長い。すっと鼻筋が通ってて……
なんて、思ってたら、小声で一言。
「僕はこの世で嫌いなもののひとつは……酔っぱらった女だ。」
さらにぐいっと近づけられる。思わずぎゅっと目をつむる。
「その上、迷惑をかける女はもっと嫌いだ。」
そう言い放ち、顔を離す彼。
なに……言われた?
私のこと……?
呆然とした私の顔を鼻で笑うと、くるりと背を向ける。
酔っぱらった……迷惑をかける女……
「ちょっと……!!!!」
かあっと頭に血が上り、気が付くと
後ろから彼をとび蹴りしていた。
どてっと倒れる隣人。腕を組んで仁王立ちする私。
あ……やばい。やってしまった。