01-10 素性を隠す話し
「お話しは分かりました。
先ずリク様のお姿についてですが、先刻引継ぎ終わりの際に、一応ブラント司教への確認も行いましたが、ご心配には及びません」
そもそもこの世界では、神の名を言葉にする事自体不遜だっていう考えがあるし、実際には神の名どころか、神の事を話題にする事自体、禁忌に近い事らしい。
だから、教会でも神の似姿をした像とかは一切無くて、聖紋と呼ばれる、神々個々を示す図形みたいなのに対して、祈りを捧げたりするんだそうだ。
この聖紋って言うのは、単純に言えば人で言う魔力波の事で、神族を始めとした神聖種は神力になるから、神力波って事になるのかも知れない。その波紋が聖紋になるらしい。
僕の場合は勇者としての役目があるから、そのものを話題にしない訳には行かないけれど、その姿や名前等々を、必要以上に言葉にしたり、誰かに伝えるなんてのは基本的にNGだから、僕が心配する必要は無いらしい。
とは言え、今のところ十人程度だからそれで済むけど、より多くの人達に姿と正体が知られれば、やっぱり動き難くなったり、面倒事も増える可能性は高い。
今のところは信心深い協会関係者--召還の時にニアと一緒に居たのは、神殿騎士団に所属する、謂わば神殿組織独自の騎士団員なんだそうだ--だけなので、未だ安心していられるけど、これが貴族とか王族、あるいは大商人みたいな有力者となると、どう反応するかは保証出来ないらしい。
王族であるニアでさえ、そういう事を言うんだから、やっぱりバカな貴族とかも居るんだろうなあ。
ちなみに、神やそれに属する存在の声も、直接聞けるのは限られた人だけだから、僕が勇者、神の使いとして何かを伝える場合、侍祭であるニアを介してになるらしい。
本当はそうじゃ無い時も、僕が誰かと直接声を交わすっていうのは、ニア的に悩むところらしいけどね。でもそれだと、日常生活すら厳しいから、そこら辺は慣れか、諦めて貰うしか無いよねえ。
まあでも、そこまで厳格なら僕としても、一寸安心して良いのかも。
「ですが、召還が成った事は主要各国に報告される事になりますので、最低でも一度はお披露目が必要かと」
「お披露目ねえ」
「勿論リク様が、お嫌だと仰るのであれば、行わない事も出来なくは無いと思いますが」
「ん~」
確かに面倒ではあるんだけどね。
そもそも一般人出の僕が、そんな事をしたいだなんて思わないけど、いざ勇者として動く場合に、一度も姿を見せていないと、それはそれで面倒になりそうだし、むしろ姿を見せない事で勝手な推測、憶測で動くのも居るかもだからなあ。
ニアが引継ぎを終えて戻って来る迄に、持ち物くらいはチェックしておこうと思って、カイに聞いたりして気が付いたんだけど、都合良さそうな物もあったんだよね。
それも含めて、あと幾つか揃えれば、素顔とかは隠して印象付けは出来るかもだし。
『カイ、こういう事は可能かな?』
『イエス。マスターであれば可能です』
大丈夫らしい。それなら・・・。
「いや一度だけ、あくまでもお披露目、姿を見せるってだけっていうなら大丈夫だよ。
ただ、そういう事には全然慣れてないからさ、晩餐会云々とかは、出来れば止めて欲しいかな」
「分かりました。
おそらくは此の国が仕切る事となると思いますので、父王陛下にリク様の御意志として伝えておきます」
「面倒かけるけど、頼むね」
「いいえ。リク様のご負担をなるべく減らすのは、当然の事です」
ニアはどうも、僕がこの世界で負担を負う事に、責任を感じている様だ。
それは世界神の所為で、ニアの所為じゃ無いし、僕が召還された時の巫女がニアだったのだって、偶々そうだったってだけなのにねえ。
「ニアが僕に対して、そう丁寧過ぎるのも、僕の正体がバレるキッカケになるかもね。
婚約者相手なんだから、もっと気軽にしないと」
これは半分本気だったりする。
言葉遣いや態度が丁寧過ぎる、つまりは僕に対する意識がそうだって事だから、もっと気軽になって欲しいっていうのが、僕的な希望なのは事実だけど、今後なるべく正体を隠して行くにも、やっぱり丁寧に対応される僕は何者なのかって、疑問が出るだろうから。
「はい、頑張ります」
真面目なんだとは思うし、ニアのこれまでの立場とか、意識的な部分が、現神である僕への対応を固め茶って流部分も大きいとは思うけどね。
でも、気軽にするのを頑張るって、何かおかしくないか?
まあ結局は、どこかで慣れるか、諦めて貰うしか無いんだけどさ。僕が勇者とかに慣れるよりは、その方が早いだろうし確実だろうしね。
僕が慣れる可能性・・・うん、無いなあ。
そういうのに憧れとかあれば違うんだろうけども、僕の場合逆だし、むしろ権力者とかとは極力関わりたく無いんだよ。
ニアが王族ってだけで、実は一寸引き気味ではあるんだけども、聞けば生まれこそ王族でも、巫女としての生まれ持った能力の所為で基本的には、最低限の王族としての義務しかして来なかったらしいし、侍祭になればその時点で、王族っていう立場から離れる事が確定って言ってたからなあ。
流石に、生まれがどうのまで、僕の気持ちで偏見を持ちはしないし。そんな事したらそれこそ、元の国のあの、権力者だとか肩書持ちのあいつらと同じになっちゃうし。
「まあともかく、自然と気楽に出来るまではさ、バレない程度に頑張って欲しいな」
僕にとって救いなのは、この世界では神とか、それに関わる事を可能な限り、話さないし広めないって事で、僕自身の情報が広まり難い事と、巫女は神と直接関わる立場だったから、ニア自身もあまり人前に姿を晒した事は無いらしくて、しっかりその姿や顔を知っている相手が少なそうだって事だな。
協会関係者でも、相当少数の、特定の人としか関わりを持っていなかったらしいし、王族の義務として避けられなかった晩餐会とかへの参加でも、基本的には教会のローブを深く被ってだったらしいし。しかも最後に参加したのは二年前らしいから、年齢的に成長期なニアなら、その時に顔とか見て、覚えている人が居たとしても、直ぐに分かるって事も無いと思うしなあ。
「どっちにしても、僕としては一般人・・・この世界だと平民とか自由民だっけ、そういうところで生きて行くつもりだからね」