忍び寄る大罪
ドラゴンの口から鬼血衆の名前が出たことで、グリュネを除いたあたし達一同は驚きを隠せない。一体何の用があってここを訪れたのかは分からないけれど、一番重要なのは「誰が」という点だ。はやる気持ちを抑えて、ドラゴンに問う。
「ねえ、ドラゴンさん。ここへ来たのはどんな奴だった?」
『シャンタ国に伝わりし菅笠を被った男よ。内に封じ込める事が不可能な程の殺気を垂れ流していた』
「おいデコ、アイツだな?」
「間違いないね。弧月のおっちゃだ」
「な、何だい。ちょっと話が見えないんだけどさ。かい摘まんで説明してくれないかい?」
『我も聞く権利がある。話せ、あの男は一体何者なのだ?』
「エル…話しちゃってもいいのかな」
「いいんじゃないですか?ドラゴンさんは無関係ではありませんし。グリュネさんも、今さら聞かないでとはいかないでしょう」
エルがグリュネに確認の視線を送ると、やけに神妙な面持ちで頷かれた。巻き込みたくない思いから、なるべく話したくはなかったけど、この際もう仕方がない。鬼血衆や精霊様について、要望通りかい摘まんで説明した。やがて全てを話し終えた後、ドラゴンは顔をしかめ、グリュネは眉根を寄せて口元を山なりに曲げた。
「そんな物騒な事が起きてるなんて知らなかったよ。一大事どころの話じゃないね」
『ビッグバンエンドの真相に、そのような裏があろうとは…。由々しき事態だ。可及的速やかに精霊シルヴァナを目覚めさせねばなるまい』
「ドラゴンさん、今すぐにでも精霊様の祠に案内してもらえるかな?」
『無論だ。我の手の平に乗るがよい』
あたし達が乗りやすいよう、ドラゴンは自身の手を地面につけ、可能な限り目一杯広げてくれる。そこまでは良いけれど、ここはまだ鍾乳洞の内部。一体どんな方法で外へ出るつもりなんだろうか。
「乗るがよい…じゃなくって!ここで乗っても出る場所ないよ?」
『脆くなっている天井を破壊して空へ行く。なに、たまには空気の入れ替えをしなくてはな』
「…無茶苦茶だ。デコ病が移ったのか?」
「おい、誰がデコ病だ。ぶった斬るぞハゲ」
「あはは…。ドラゴンさんって、以外とお茶目なんですね」
クーの苦笑いに、ドラゴンは満足気に鼻を鳴らした。弧月が何らかの明確な目的をもって霊山を訪れたのならば、計画に関連する仕事なのは間違いない。僅かな時間も惜しい緊急時に、いちいち外へ出る手間を省いてくれるのは正直助かる。全員が急いで手に飛び乗ると、ドラゴンはあたし達を潰さない程度に握り拳を作った後、自慢の翼を羽ばたかせて浮遊を開始した。
『行くぞ。落ちないよう、しっかりと摑まっておけ』
そう言い放った直後、ドラゴンは加速度的に高度を上げ、軽々と天井を破壊して大空へ飛び出した。展望台よりもさらに高い、特別な景色。さっきまで鬱陶しいとしか感じなかったはずの荒れた雪風が、周辺一帯を美しく幻想的に彩っていた。
「うおお、すっげー!!」
「奥が見えないのは相変わらずですが…これはこれで、悪くない景観ですね」
「下に見える明かりは街のだね。凄く綺麗♪」
クーが指差した方角に、無数の光が煌めいていた。こうして俯瞰していると、結構な高さを登ってきたのがよく分かるな。
「しかし…寒いな」
『多少の雪風は許せ。時間が惜しい』
強風にかき消されない、羽ばたきの音。規則正しいリズムを持って、着実に前へと進んで行く。落ちないようゆっくりと身体の向きを変えながら、眼下に広がる雪原の空中散歩を満喫させてもらう。
「ところでさ。1つ質問させてもらってもいいかい、ドラゴンさん?」
『…狩人の娘か』
「霊山の入口に張ってあった魔法…ドラゴンさんが仕掛けたのかい?」
『それを知ってどうする』
「いやなに、あたしの狩り仲間達がアレの被害に遭ってるもんでねぇ」
『報復か。目的地に着いた後ならば、好きにするがよい』
挑発する訳でもなく、落ち着き払った様子でドラゴンは答えた。
「本当はそのつもりで山に登ったんだけどさ。…もう、いいかなって」
『我が憎いのではないのか?』
「部外者のあたしでも、だいたいは推察できたよ。入口の魔法は、山を荒らされた怒りから仕掛けたんだろう?人間の傍若無人な振る舞いを戒める為にさ」
『…弧月とか言ったか。奴が我の眼前に姿を現した時、奴の全身から底知れぬ悪意を感じたのだ。神聖なる地に闇が蔓延れば穢れが生まれ、次第に浸食が始まり腐れ落ちる。純粋に神を信仰する人間も幾許かは存在しよう。しかし、弧月のような破滅をもたらす存在が現存しているのもまた事実。余計な問題を未然に防ぐ為、奴を追い払った後に施したのだ』
「やはり、街の上空を遊泳していた理由は、監視だったと」
「ほえー。エルの推測見事に当たってたね」
『今更だが、何故クーストラ達は山頂まで登れた。特別な魔法を用いたのか?』
「グリュネさんに教えていただいた、洞窟からの別ルートです」
クーの返答に、ドラゴンは失念していたと言わんばかりの鼻息を吹いた。街の監視も大事だけれど、怒りに任せ過ぎた所為か、身近の守りを疎かにしていた事を深く反省しているようだった。
『まだ成長が足らぬな。…しかし、此度はそれが良い方向へ働いてくれた』
「完璧すぎるのはつまらないからね。それぐらい抜けてるのが丁度いいって!」
「リノ、貴方はもう少ししっかりしましょうね」
「…はい」
「あははっ、リノお姉ちゃんったら」
あたし達の和気藹々とした空気を、不気味な気配が乱す。異常に気が付いたあたしとオージェは、即座に意識をその気配に集中させ、周辺を隈なく探る。すると、先に発生源を突き止めたオージェが叫んだ。
「おい、狙われてるぞ!今すぐ降りろ!!」
『何…!?』
事態を察したドラゴンが早急に高度を下げ始めるも、既に遅かった。行動に移したその直後、真下から飛来した一本の矢が、ドラゴンの右翼を貫いた。
「馬鹿な!?慣れたあたしでさえ出来ないってのに、この吹雪の中、これほどの高度へ向けて矢が届くはずが―――」
「ドラゴンさんっ!!」
『…不覚』
クーの叫びも空しく、ドラゴンは羽ばたきを停止させると、地面へ向かって急降下を開始した。このままの体勢で地面に衝突すれば、あたし達はドラゴンの下敷きになって潰れてしまうのは明白。その最悪の事態を避ける為か、余剰の力を振り絞ったドラゴンは、身体を必死に回転させて、自らが受け皿となる事で衝撃を緩和する選択をとった。
―――まるで雷が落ちたかのような轟音。血で染まった痛々しい赤雪の跡が出来上がる。すぐさまドラゴンの手から飛び出したあたし達は、敵の奇襲に備えて周囲を警戒し、クーはドラゴンの傷口を塞ぐ治癒魔法に尽力する。
「何でこんなっ…!ドラゴンさん、しっかり…!!」
「デコ。間違いない、奴だぞ」
「…分かってる」
一切隠す気のない、ほとばしる殺気。こんな嫌気を放つ人物はただ1人。やがて、その人物は真正面からふらりと姿を現した。頭に菅笠を被り、上半身には薄い黒の外套を纏った男―――
「古の龍さえも屠る我が一撃、楽しんでもらえたかな?」
「弧月ッ!!」




