末裔とドラゴン
ついてこいとドラゴンに案内された場所は、鍾乳洞と呼ばれる特殊な岩が天井に連なる洞窟だった。レムレドは年中通して寒気が厳しい土地のはずだけれど、火を焚いているわけでもないのに、この洞窟は何故だか不思議と暖かい。しかし、それなりに暗いのは他と相違ない。躓かないよう、ライトや魔法で周囲を照らす。
「ほえー、あったかいな」
「そうですね。特殊な力でも働いているのでしょうか」
「魔法の力は何も感じないよ。多分、これがこの場所の気温なんだと思う」
「へぇー。外はあんなに寒いのに、ほんと不思議だなぁ」
『太古の時代より、レムレドはネパルマ同様に灼熱の地。ここはその名残とも言える数少ない場所なのだ』
先行していたドラゴンは、感慨深そうに語る。太古の時代とは、ビッグバンエンドが起こるよりも遙か昔の世界なんだろう。輝く深緑の鱗が、そう教えてくれているような気がした。
「では、幾度とない環境や生態の系列変化によって、現在の適正が定着した…と」
『然り。人間が子を産み、次の世代へ未来を託すのと同じように、自然や世界もまた例外ではないと言う事だ』
「命の循環か。その辺の科学者が唱えるより、よっぽど説得力あるな」
「ですね、オーさん」
小難しい話が理解できないあたしは、とりあえずうんうんと首を縦に振っておく。そろそろ話題を逸らさないと、突っ込まれそうだ。
「そ、それよか!天井にある氷柱みたいなこの岩は何なのさ?」
「そいつは鍾乳石さ」
意外にも、あたしの疑問に答えたのはグリュネだった。エルと一緒に壁の性質を調べていたようだけど、謎が解明出来たらしい。
「しょ…なんだって?」
「鍾乳石。またの名を石灰岩。この洞窟は、地下水に溶けて出来た石灰岩で形成されているようだね。昔読んだ本のおかげで知識はあったけど…実際に見てみると中々どうして、綺麗なもんじゃないか」
「溶けて垂れたものが、この氷柱みたいな棘ってわけか。ふーむ、自然ってすごいんだな」
『着いたぞ』
ドラゴンは短く呟き、歩みを止めて振り返る。その先を覗くと、壁には無数の輝く結晶体が群生し、中央には白い円状の巨大な壇が設置された、所謂集会所のような大広間があった。壇上の造りは極めて精巧で、時代背景も考慮すると、おそらく壇の上が身分の高い人間の定位置だったのかなと推測する。天井は通路より何倍も高く、所々に亀裂の入った岩の隙間からは、わずかながらにも光が差し込んでおり、それらが雨となって壇に降り注いでいる様が、この空間をより印象深いものにしていた。
「この白い壇、やけに綺麗ですね。側面に施された貝殻の装飾もさることながら、表面に傷や凹みが全く見当たらない…。となると、踊りやパフォーマンスの類で利用された訳ではなさそうですね」
血が騒ぐのか、興味津々なエルは1つ1つ飾りに触れ、その後口元に手を当てて熟考する。
『ここはかつて、国の王が民に道を指し示す際に利用した場。遙かな時を超えて尚、これほどの景観を保っていられるのは、単に職人の工芸能力が優れていた訳ではない。この場を守りたいとせん、民の確かな想いが息づいていたからだ』
「なるほど。では、この壇は玉座だと…?太古の時代の王は、よほど民からの信頼を得ていたんですね」
『然り。たとえ魂が尽きようとも、輝きは永遠』
黙って話を聞いていたオージェやクーも、納得したように頷く。今も昔も、人という存在自体は変わっていないと知り、不思議と安心した。
「んで、ドラゴンさん。そろそろ本題に入ってもらっても良いかな?何であたし達をここへ連れて来たのかって話と…。多分もう1つあるよね」
あたしが質問すると、ドラゴンは回答を行う前に白い壇まで移動し、静かにその上へ乗った。昔は王が利用していたこの場所を、今は伝説が住処に利用しているらしい。ドラゴンはあたし達を一瞥すると、落ち着き払った様子で口を動かし始める。
『薄々感付いてはおろうが、このレムレドこそ始祖なる魔法使いが誕生した地よ』
「…やはりですか。では、先程まで話に出ていた王こそが始祖だと?」
『然り。血は途絶えたと思っていた存在に、こうして再び巡り会えるとは思いもよらなかったがな』
「…ドラゴンさんの言う通り、何となくは分かってました。この鍾乳洞の隅々にまで流れる、解析不能な残留した魔力。そして、始めて訪れたはずなのに、懐かしいと感じてしまう複雑な気持ち」
目を閉じながら自身の胸に手を当て、言葉では上手く説明できない今の感情を整理しようと、クーは必死に考える。首を振ったり唇を噛み締めたりと、葛藤している様子を覗かせるも、次に目を開けた時には、悩みなど微塵もない澄んだ瞳を見せてくれた。
「何て言えば良いのかな…。一番素直な気持ちを出すなら【嬉しい】でしょうか?」
『嬉しい?』
「はい。ご先祖様がこの地で、この場所で、確かに生きていたという息吹…。それを少しでも感じられた事が嬉しいんです」
『そうか…。我が祖に始めて会ったのは、他のドラゴンとの戦闘で負わされた傷を、岩山の陰で癒やしていた時だった。現在とは違い、当時のドラゴンは畏怖の象徴として名高い存在。それ故に、我に近付こうとする生物は、ただの一匹さえ存在しなかったのだ。…奴を除いてな』
「まるでデコみたいな命知らずだな」
「うっせ」
『我は問うた、何用だと。すると奴は、自分と同じ言語を用いて話す事に大いに喜ぶと、次々に質問を浴びせてきたのだ。恐れを…いや、まさしく命知らずな愚か者だった。語気を強めて威嚇をしたが全く効果がなく、己の伝えたい事だけを延々説いてくる。あまりに自分本位な態度に苛立ち、殺さぬ程度に焼いたこともあった。しかし奴は、どれほどの悲惨な目に遭おうとも、毎日のように我の前に現れては、対話を試みたのだ。…我はその時始めて理解した。いつの間にか、心の中で奴を認めてしまっている自分がいた。という事実をな』
「それ以来、友達になっちゃったわけだ」
『孤高の存在であるはずのドラゴンが、人間と仲睦まじくするなどと、あり得ない話なのだがな。…奴は我の犯した非礼の数々を許すだけでなく、得意の魔法で傷を癒やしてくれたのだ。実に大器なる人間であった』
しみじみと語るドラゴンは、まるで子供のように嬉しそうだった。ずっと長い間、畏怖の象徴として恐れられてきた存在の、始めての友達。たとえ魂が尽きようと、輝きは永遠。その意味を、今まさに理解する。
「ふふふ、伝説の存在にここまで言わしめる王ならば、民から好かれるのも納得ですね」
「うん♪」
『買い被り過ぎだ。人間を劣等種としか見れなかった我に光を分け与えてくれた、祖こそ真の伝説よ。祖の魂を受け継ぎし幼き子の内にも、確かな輝きを見たぞ。クーストラよ、生きていてくれて…感謝する』
ドラゴンはクーに対し、首を下げて敬服を体現する。何千年と溜まったドラゴンの胸の内が、今ここで全て吐き出された。万感の思いが流水の如く轟き、子孫の心に沁みて伝わる。あたし達では到底理解できないだろう千年の重み。クーはドラゴンの肌に優しく触れ、その重みをしっかりと感じ取っている様子だった。
『長々と時間を取らせた。…さて、もう1つの話に移るとしよう』
「さっき何であんなに怒ってたのか…だね?」
待ってましたと言わんばかりにグリュネが口を開くと、ドラゴンは微かに頷いた。
『お前達ではない別の人間に、精霊が眠る地を穢されたのだ』
「ええっ、精霊様の…!?一体どんな人が―――」
『奴は自らをこう名乗った。鬼血衆…と』




