山頂の業火
可能かと思われたドラゴンとの交渉は実現出来ず、失敗に終わった。…とは言っても、相手が一方的に会話を遮断してくるものだから、交渉の余地もないのだけど。
「致し方ないですね…。皆さん、お願いします」
エルの言葉を合図に、それぞれが戦闘に入る。あたしとオージェは、真正面からドラゴンに立ち向かった。まずはグリュネによる弓矢の牽制攻撃。名手によって放たれた一射は正確無比で、ドラゴンの眉間に向け一直線に飛んでいく。
『小癪な!』
ドラゴンは一喝すると、それを鼻息で吹き飛ばしてしまった。想像以上の強風に煽られて、矢はゴムのように弾かれて落下し、雪の中に埋もれて消えた。
「そんな…!あたしの矢が通じないだって!?」
「なら、次はあたしが!」
足の付け根を狙って月光を突き入れるも、強固な大爪に阻まれて弾かれる。図体に似合わない俊敏さで対応され、あたしは驚きを隠せない。思った以上に骨が折れそうだ。そんな相手に休む暇を与えまいと、今度はオージェが仕掛ける。自慢の大剣をドラゴンの足首に向かって力強く薙ぎ、移動を封じようと試みる。…がしかし、オージェの一撃はドラゴンの皮膚を貫けない。表面に薄く切り傷がついただけで、ダメージには至らなかった。
『それで攻撃しているつもりか、人間!』
「チッ、何て硬さだ…!」
反撃に備えて、あたしとオージェはドラゴンの側から離れる。後退の隙を狙われないよう、グリュネは休みなく矢を射って、注意を己に向けさせた。
「すまない!リノ、オージェ!あたしの矢は牽制程度にしかならないみたいだよ。2人で何とか攻撃を通しておくれ!」
『この歴然たる“差”を目の当たりにして尚、逃げず足掻こうと言うのか。ならば…さらなる恐怖を身体に刻み込んでやる他あるまい』
威圧を込めて静かに言い放ったドラゴンは、大きく息を吸う。空気が振動するほどの強風を巻き起こした後、この場に似つかわしくない灼熱の業火を、上空に向けて吐き出した。業火は広範囲に渡って膜を作り、ゆっくりと舞い落ちながらあたし達に襲い掛かる。
「げえっ、そんなのアリ!?」
「言ってる場合か!早く逃げるぞデコ!丸焼けになりたいのか!?」
「んなこと言ったって…!」
業火の範囲内にいるのは、あたしとオージェの2人。オージェはギリギリ退避が間に合いそうだけど、あたしは少し難しい。思った以上に積もっている雪の深みに嵌まって、普段通りの速度で行動することが出来ない。加えて、ドラゴンからの執拗な攻撃の数々。容赦なく振るわれる、両腕の猛攻を捌くので限界な今のあたしに、とても背を向けて後退する余裕はない。そんな状況を慮ってか、オージェは急に反転すると、あたしの元へと駆けだした。
「くそっ、世話の焼ける奴だ…!」
「バカ、こっち来るな!逃げろって!!」
「阿呆…!」
オージェは、上空から降り注ぐ炎のカーテンとあたしの間に割って入り、身を挺して庇ってくれた。大剣を傘代わりに受けてはいるものの、熱と言う名の『武器』の前では、ほぼ無力に等しい。雪は勿論の事、次第に服が発火すると、オージェの身体を焼き始めた。
「アホはこっちの台詞だっての!焼け焦げるぞ!?」
「はっ、このくらい…!」
「もういいよ、死んじゃうって!!どうして…あたしを庇ったりなんか…」
「フン…本当に阿呆だな、デコが」
「な、何を―――」
「仲間なら、助けるのが道理ってもんだろうが…!!」
怒気迫るオージェの表情にハッとさせられる。あたしのことを仲間だと思ってくれているからこその行動に、確かな信頼を感じた。
「リノお姉ちゃん、オーさん、今助けます!!」
気が付けば、後方でクーが大型の魔法陣を展開していた。どうやらだいぶん前から、詠唱を行っていたらしい。普段なら術者の周囲にだけ発生するはずの微風も、雪すら巻き込んで巨大な渦を作り出していた。暴れ回り翻るフードを叩きつつ完遂させたその魔法は、クーの掛け声で勢いよく飛び出した。
「お願い…私の魔法!!!」
電光石火の如く直進する魔法の軌跡は、瞬く間にあたし達の元へ辿り着くと、業火の熱に反応して強烈な光を放った。その優しくも温かい光は、オージェとあたしの身体を包み込んで傷を癒やすばかりか、焼けるような痛みから解放してくれた。
「こ、こりゃあすごい。さっきまであんなに熱かったのに…」
「いいアシストだ。流石はクーストラと言ったところか」
焼け焦げた肩の部分の衣服を引き千切ったオージェは、その場で大剣を構え直して威勢良く薙いだ。雪を溶かして停滞する残り火までも吹き飛ばす。まさに焼け野原と化した山頂は、他の一般の山々とさして変わりない場景になった。これなら思う存分走り回れそうだ。あたしも身体を起こして、刃と鞘を握り直す。
「ありがとー、クーちゃん!」
「間に合って良かったよ-!でも、後でお説教だよー!?」
「うげげっ、そりゃあ勘弁してほしいな…。あ、あとそれから―――」
「何だ?」
「その…ありがと…」
「次からは気をつけろよ」
顔は見せず、短く静かに言い放つ。格好付けるのは普段通りだけれど、どことなく雰囲気が柔らかい。ようやく素直になったか。
「わ、わかってらぃ!さー、今度同じ手は食わないぞ!!」
啖呵を切ってドラゴンに刃を向けると、今までの怒りが嘘のように、ドラゴンは冷静な表情であたし達を見下ろしていた。すっかり敵意も感じなくなり、例えるならそれはもはや犬だ。
『書を介さずに魔法を…。まさか、未だ実存していようとは』
「およ、ようやく話を聞いてくれる気になった?」
『そこの娘よ。もう少し近くに来てはくれまいか』
「えっ、私…ですか?」
ドラゴンに視線を向けられ、やや困惑気味のクーが答える。もしも相手が人間なら、そんな無謀な真似は許さない。でも、ドラゴンならば話は別だ。ようやく対話する意志が見えたこのチャンスを、何としても掴んでものにしたい。それに加えて、誇り高い生き物だと理解出来る言動の数々。本能のままに己を解放する野生系なら、わざわざ警告を発したりはしないだろう。あたしはクーに大丈夫の目線を送って、武器を収める。オージェも察したのか、同様に大剣を背中にしまった。
「あの…ドラゴンさん」
『魔法使いの末裔であろう?…であるならば、危害を加えることは罷り成らん。先程の非礼も詫びよう』
「何故ですか?ドラゴンさんは、魔法使いの末裔についてご存知なんですか?」
『我とは切っても切れぬ関係よ。かの一族には、多大なる恩義があるのだ』
感慨深そうな息を吐くドラゴンに、クーは心底驚いた様子だった。まさかこんな見ず知らずの地で、関係のある人…ではなく、ドラゴンに出会おうとは。いつの間にか近くまで来ていたエルは、1人と1匹の話を興味津々に静聴している。
「恩義…。でしたら、私もドラゴンさんに恩義がありますよ」
『おかしな事を言う。我は何も―――』
「私の話を、こうしてちゃんと聞いてくれている事です」
屈託のない笑顔を見せたクーに対し、ドラゴンは瞳を閉じて頭を垂れ、敬意を払う仕草をとった。
『フフフ…。やはり我よりも遙かに崇高な存在よ。名を聞かせてはくれまいか?』
「クーストラ。クーストラ・ハイビスカスです」




