魔法使いの末裔 その1
日差しが眩しい真昼時。魅惑のエンリク湖からレンブールに帰還したあたしとエルは、今日も今日とてギルドに赴く。
賑わうメインストリートを通り抜けて裏路地に行き、少し歩くと見えてくるギルドの看板。入口のOPENの文字を確認してから、小鐘を鳴らして扉を開けた。
「おーっす、じっちゃ」
「ほほ、今日もきよったか」
カウンターに座っているギルド長に挨拶する。いつもは気だるそうにしているのに、今日は珍しく活気がある様子だ。
「おんや?」
さっきは気付かなかったけれど、受付カウンターの傍から、あたし達をじっと見つめている小さな女の子が視界に入った。年齢は10~12歳ぐらいだろうか。肩にかかるぐらいの黒髪ストレートおさげに、穏やかな印象を持たせる青い瞳。巨大な白色のダッフルコートで身を包み、桃色のミニスカートを僅かに覗かせている。こんな可愛らしい女の子が、ギルドに何の用だろうか?
「じっちゃ、その子は?じっちゃのお孫さん?」
「そうなら嬉しいがの。残念ながらハズレじゃ」
女の子はおたおたしながらも、おさげを揺らしながら丁寧なお辞儀をする。
「あ、あのっ!初めまして!クーストラ・ハイビスカスと言います!」
「へへ、礼儀正しい子だね。あたしはリノ、リノ・レインバー。んでこっちが—————」
「エルノア・アールコートです。宜しく、クーストラちゃん」
「クーで構いません。宜しくお願いします。リノさん、エルノアさん!」
クーストラと名乗った女の子の満面の笑みに後光が差す。あまりの可愛さに、思わず頭を撫でてしまいたくなるのをぐっと堪える。
「えーっと、クーちゃん」
「はいっ!」
「クーちゃんみたいな可愛い子が、どうしてギルドなんかに?」
「えと…それは」
「依頼じゃよ」
クーの代弁で、ギルド長が口を開く。パイプを吹かそうとしてはやめ、カウンターの向こう側に積まれていた書類の山から1枚取って来て、あたし達に見せてきた。
「ほほー」
「この子の実家の前に、巨大なサソリが住み着いたんだと。凶暴らしいから、可及的速やかに駆除したいってことで、ギルドに助っ人を募りに来た訳だ」
「なるほどね。エル、サソリって何か知ってる?」
「ええ。皮膚は堅牢で厚く、両腕に強靭な鋏を持ち、長い尻尾には毒を含んでいるのが特徴的な爬虫類ですね。普通であれば、手の平におさまるぐらいのサイズなはずですが…」
エルはそこまで言って帽子の鍔をいじる。この反応をすると言うことは、あまり良くない証拠だ。
「突然変異、と呼べばしっくりきますか。見て下さいリノ。この大きさ、通常では考えられません」
エルはそう言って、添付されている写真を見せてくる。言われるがままに写真を覗くと、さっき説明していた通りの怪物が、所狭しと両腕を振り回している姿が写しだされていた。
「うわー、こりゃすごい。知らない人が見たら、これ魔獣じゃんって言いそうだ」
「ざっとですが、全長5mはあるかと。…これほどのものは初めて見ました」
「エルが驚くなんて珍しいね」
「私にだってそんな時もありますよ。…リノ。折角ですから、この依頼受けてあげませんか?」
「流石あたしの相棒!あたしも今同じこと思ってたんだ」
あたしがクーの方を見てニカッと笑うと、クーはこれ以上ないぐらい顔を綻ばせた。
「あ…ありがとうございます!リノさん、エルノアさん!」
「良かったのうクーストラちゃんや。この2人は結構な腕利きじゃぞい。サソリぐらい、ちょいちょいっと倒してくれるじゃろ」
「はい!本当にありがとうございます!」
いつしか出会った執事の少年を思い出させる、しっかりとしたお辞儀。最近の子供は礼儀正しい子が多いなあ。
「へへ、いいよいいよ。それよか、早い所出発しよっか」
「善は急げ、ですね」
誓約書にサインをして、3人一緒にギルドを後にした。
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「さて、と」
ちらりとエルに視線を送ると、あたしが何を求めているのかを察してくれた。
「場所はパラナ草原中央部。以前私達が盗賊退治をした洞窟の辺りですね」
「市街地ならとっくに騒ぎになってるはずだから、都市部から離れてる場所だとは思ったけど…随分変わった場所に家を建てたね?」
「は、はい。私の家庭は少し複雑で…」
クーの表情が曇る。悪いことを聞いてしまったらしい。
「ごめんね。別に悪いって訳じゃないんだ」
「いえ、大丈夫です。えと…パラナまで徒歩だと時間がかかっちゃいますから、これを使って下さい」
クーは自らの提げていたうさぎのポーチから、白い板のようなものを3枚分取り出して大地に置いた。
「クーちゃん、これは?」
「フローボード。昔の偉い方々が遺された資料を基に創られた、便利道具の1つです」
「へー、ライトみたいなもんか!んで、これはどう使うの?」
「足で踏んでみて下さい」
言われた通り軽く足で踏む。すると、板は瞬く間に姿形を変え、Tの字型の乗り物になった。
「うおー!かっこいい!!なんじゃこりゃあ!」
「今日は驚くことが多くて、反応に困りますね」
「えへへ…」
フローボード。古代人の遺産品を回収した現代人が、独自に研究を重ねて量産化させた代物。最大許容荷重は200㎏。太陽の光をエネルギーとして溜め、走る。その為日中は外に出しておいてエネルギーを溜めておき、曇りや雨の日でも走れるようにしておくのが基本。最高速度は時速50km程で、最大稼動は約3時間。
クーからの使用レクチャーを終え、未知の技術に興奮を抑えられないあたしは、早速左手のレバーを握って軽く捻ってみる。すると、ボードの底が地面から数10cmほど離れ、浮いた状態になった。
「お、おおー!!」
後は動くだけ…なのだけれど、不安なのでほんの少しだけ右手のレバーを捻る。速度が上がる。段々慣れてきて、1分もしない内にフローボードを乗りこなせるようになっていた。速度を上げると、束ねている髪が揺れて面白い。
「あははっ、これすっごい楽しい~♪」
「こんな短時間でものにするなんて…野生児ですね」
「天賦の才って言ってほしいなぁー、エル」
「ふふっ、喜んでもらえて何よりです。じゃあ、行きましょう!」
あたしにあれこれ言った割には、手足同然に乗りこなすエルに苦笑いしつつ、あたし達3人はパラナ草原へと急行した。