点せ、情熱
第一の感想は、まさにお嬢様の部屋。屋敷内で散々見てきたシャンデリアは勿論の事、見るだけで生地の品質が伝わってくる、天蓋カーテン付きの大型ベッドに、特注品らしい曲がった足つきが特徴の白銀タンス。隅にある小さな丸テーブルの上に置かれた花瓶には、ほんの微かに発光している一輪の花が添えられていて、部屋全体の雰囲気をより高める効果に一役買っていた。
「うおお、まさしくお嬢様の部屋だ」
「待ってましたよ」
ベッドのカーテンが動いたかと思うと、隙間からエルが顔を覗かせていた。珍しく帽子を被らず、オレンジ色のロングウェーブをサイドテールで束ねている。普段の印象が強い分、少しだけ新鮮な感覚だ。
「おっ、珍しくイメチェン?」
「まあ…自分の部屋ですから」
「エルお姉ちゃん、疲れてない?」
「疲れてない…と言えば嘘になりますね。ある程度覚悟はしていたのですが、想像と現実の違いに辟易してます」
帽子で感情の浮き沈みを表現出来ない今は、すっと肩を落として反応する。
「けど、落ち込んでる場合じゃないぞ。どうやってあの偏屈親父を納得させるのか、ちゃんと考えないと」
「それについては、もう考えてあります」
「賭博で打ち負かす…でしょ?」
あたしの素早い解答に、エルはきょとんとした顔を見せた。
「今日のリノは、珍しく冴えてますね」
「おい。エルが思ってるほど、あたしゃ馬鹿じゃないっての」
「ふふふ、冗談です。…しかし、どのゲームで勝負をするのか。それが問題ですね」
「エルお姉ちゃんの得意なゲームは?」
エルは口元に手を当てて考えるも、これといった答えがない様子だった。何でもそつなくこなせて不得意が皆無な分、ある意味では何でも得意と言えるけど、その道のプロからすれば一歩劣る。決して器用貧乏じゃないけれど、万能でもない…。あたしが思うエルの力量はそんな感じだ。
「そうだ、発想の転換!」
「お?何か妙案があるの、クーちゃん?」
「妙案ってほどじゃないと思うんだけど、逆にエルお姉ちゃんのお父さんが得意なゲームで勝負したらどうかな?」
「なるほど。お父様の『得意』に勝ることで、初めて勝利したと言える…と。確かに悪くない選択だと思います。あの無駄に高いプライドをへし折るには、荒療治でなければ難しそうですし」
「良さそうってんなら、それでいく?」
そうしましょう。と、威勢の良い返事をするかと思いきや、エルの表情は硬く、口は閉ざしたままだ。仮にも相手の得意分野で勝負を挑もうとしている訳だから、不安に駆られるのも無理はない。それに加え、道中で吐き出したエルの弱音。自分の父親が自身より格上の存在であると理解しているからこそ、決断を下しにくいのかもしれないな。あたしはそんな後ろ向きなエルの両頬を、軽くつまんで伸ばす。
「何をするんですか」
「リラックス、リラックス♪そんなに気負わない。絶対勝て!なんて言わないからさ、もっと肩の力抜いて楽にしなよ」
「…けれど、敗者には罰が待っています。お父様は、リノやクーちゃんにも危害を加えるでしょう。負ける訳にはいきません」
「負けたら負けた時のこと。自分の身は自分で守るから問題ないって」
「わ、私も!エルお姉ちゃんに迷惑はかけないから!」
エルの瞳に微かな光が宿ったのを確認すると、あたしは両手を離して言葉を続ける。
「それにさ、エルは負ける前提で話をしてるけど、別にあたしはエルが負ける。だなんて、これっぽっちも思ってないよ?だって、あたしの自慢の相棒だもん」
「リノ…」
我ながら小っ恥ずかしい台詞だと自覚しつつも、訂正はしない。何故ならば、今の言葉こそがあたしの感じている全てだからだ。あたしの知っているエルノア・アールコートは、そういう女性だ。
「ふふっ…そうですか。なればこそ、その相棒の実力を見せつけてやらねばなりませんね。信頼に泥を塗るのは、私の沽券に関わりますから」
嬉々とした声色でサイドテールを崩したエルは、ベッドに置いていたお気に入りの帽子を被り、鍔をぐいと引き上げる。さっきまで微かだった光は、見違えるほどに大きくなっていた。所詮は根性論でしかないあたしの励ましも、案外無駄じゃないな。気持ちが伝わる喜びの瞬間を心の中で噛み締めていると、急にクーが「あっ」と何かを思い出したかのような声を漏らした。
「どったの、クーちゃん?」
「そう言えば、エルお姉ちゃんのお父さんが得意なゲームって一体?」
「勿論、自らが考案したゲーム…ギルドナイトですよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「お父様、まだいらっしゃいますか?」
夜11時。外も屋敷も寝静まった時間に、あたし達一行は再度エルの父親の書斎に訪れた。さすがにもう寝ているのでは。と思ったけれど、もし仮に寝ていたとしても、溺愛している娘の話なら、いつ何時でも聞くんだろうな。そんな勝手な想像をしていると、まさにその通りの結果になった。
『エルノア、まだ起きていたのか。今日はもう遅い…寝なさい』
「いえ、お父様。大事なお話があるのです。聞いていただけませんか?」
『それほどまでに急を要する話なのか?』
「はい。どうしても」
『う、ううむ。それならば仕方がないな。入りなさい』
ちょろい。あたしは心の中でそう呟きながら、ゆっくりと書斎の扉を開くエルの後に続いた。
「エルノア~ッ!パパは寂しかっ―――な!?」
お父様は、エルが1人でここへ来たと思っていたんだろう。だからこそ、他の人間には決して見せない「素」を曝け出しては、あたし達の姿に気付き盛大に赤面する。それもそのはず。まさかあたし達が、既に牢屋から脱出していたとは夢にも思うまい。
「おーっす、お父様♪」
「きっ、貴様ら!一体どうやって牢を破って!?」
「あの程度の牢屋であたし達を閉じ込めようと思ってたんなら、そいつはとんだ誤算だね。せめて入口に監視役ぐらいは用意しておかないと…ね?パーパ♪」
屈辱に堪えられないのか、お父様は奇妙なだみ声で書斎机に突っ伏すと、頭を左右に転がし始めた。…が、数秒後にはスイッチが切り替わったかのように顔を上げて、険しくも厳しい表情を覗かせた。
「エルノア。お前の話とは、この不埒者達のことか?であるならば、用は無い。即刻出て行きなさい」
「そう言う訳にはいきません。お父様、私と勝負して下さい」
「何…?勝負だと?」
お父様は怪訝な顔でエルを見据えた。まだ意図が読めないのか、肘をついて両腕を組み、熟考するような姿勢をとる。
「はい。ミロスリーの掟に則っての真剣勝負です」
「…またその不埒者に唆されたのか?冗談はやめなさい」
「冗談ではありません。私は本気ですよ」
エルの鋭い視線がお父様に刺さる。内心では結構傷ついてそうだけど、あたし達がいる手前、もう情けない姿は晒さない。負けじとエルを睨み返したお父様は、深い溜め息をついた。
「たとえ我が娘とはいえ、掟の名を口にした以上…受けて立たねば名折れだな。いいだろう。この際、どのような目的かは問うまい。ただし、一切の手心は加えんぞ」
「当然です、真剣勝負ですから」
「敗者となれば…分かっているな?」
「お父様こそ。私の力をご覧にいれましょう」




