アールコート家
「なんなんだよ、もう」
静寂と暗闇が支配する地下牢で、あたしはぶつぶつと1人文句を垂れ流す。エルの父親は、想像以上に頑なで意気地のない性格の持ち主だった。我慢出来ずに攻撃してしまったあたしにも非はある。けれど、それが些細な事だと片付けられてしまうほどに、エルの父親は自分のことしか考えていなかった。エルへ対する依存が浮き彫りで、尚且つこちらの意見には耳も貸さない。説得するのは不可能に近いだろうな。
「あー、どうすっかねぇ…」
「エルお姉ちゃんに失礼かもしれないけど、相当頑固なお父さんだったね…。説得するのは難しいかも」
「だろーね。やっぱ、この国のルールに則って、賭博で打ち負かすしかないのかな」
暗がりでよく見えないけれど、クーが僅かに頭を下げたのが分かった。
「それにしても!何であたしは三重に手錠をかけられたんだ。あんの親父、ゴリラだとでも言いたいのか?」
「たっ、多分だけど、リノお姉ちゃんの武の腕前を見極めた上で…だと思うよ?」
そうだと嬉しい。けれど、クーに1つも手錠がかけられてない所を見る限り、そのフォローは空しいだけだった。動く度にガチャガチャと鳴る手錠に鬱陶しさを感じつつ、ここから脱出する手段を考える。エルが助けに来てくれれば一番ベストだけれど、別れ際に見せた悲しみの表情を鑑みるに、可能性は低いだろう。
「リノお姉ちゃん、手錠痛くない?」
「いんや、別にそんな事はないけど…。ただ邪魔くさいかな」
「私が外してみるね」
「え、クーちゃんピッキング出来るの?」
「ぴっきんぐ…?それはよく分からないけど、魔法で外せるかもって思ったから」
今までに、それなりの数の魔法書を市場で見たことのあるあたしでも、枷を外す魔法なんて見たことも聞いたこともない。魔法使いの末裔だからこそ成せる業なのかも…なんて考えていると、既にクーはあたしの手錠に触れ、呪文の詠唱を行っていた。そして、やや長めの言葉を紡ぎ終わると、お馴染みの淡い光を集束させて手錠に解き放つ。
「解除!」
静かな牢屋で、反響する3つの解錠音。あたしの手がふと軽くなった事で、クーの魔法が成功したんだと理解した。窮屈な拘束具がなくなった解放感からか、無意識に思い切り両腕を振り回して喜びを表現する。
「おおーっ!クーちゃん凄いじゃん!!」
「えへへ。上手くいって良かったよ」
「ついでで悪いんだけど、牢屋入口の分も頼める?」
「任せて」
成功させたことで自信がついたのか、クーは牢屋の入口に立つと、小さな声で詠唱を始めた。さっきと同様、しばらくして解錠音。試しに軽く押して見ると、やや甲高い音を立てながら扉が動くのを確認した。
「お見事♪」
「ありがとう。それで、開けたのはいいけど…どうするの?」
「とりあえず、エルの部屋を探して―――」
不意に『コツン』と、1つの足音があたしの耳に届く。どうかしたのと聞いてきたクーの口を封じ、息を殺して様子を窺っていると、何者かがこの牢屋へ近付いているのが分かった。一瞬エルかと思ったけれど、聞こえてくる音、つまり歩幅の間隔的に男性だと推測する。あたしの三重手錠や、入口を開けてしまった手前、下手な言い訳で誤魔化せない。いざとなったら物理手段で切り抜けるしかないだろう。懐に忍ばせておいたナイフを取り出して、うっすらと見え始めた灯火を待ち構えていると、壁の向こう側から現れた人物は、全くの予期しない来客だった。
「リノ様、クー様。ご無事でしたか」
「グリッチャさん!?もしかして、エルが?」
「左様でございます。まさか、もう脱出のご準備を済ませておいでとは。卓越された、確かな技術力をお持ちでございますな」
どうやらグリッチャは、あたしがナイフで扉をこじ開けたんだと思っているようだ。にこりと笑顔を見せると、カンテラを前へ差し出して周囲を照らしてくれた。
「あたしは何もしてないよ。全部クーちゃんがやってくれたんだ」
「なんと。クー様は、何処でこのような技術を?」
「え、ええっと…。生まれつき、人よりちょっとだけ魔法が得意なので」
「魔法でございますか。書もなしに行使出来るとは、素晴らしい才能をお持ちですな」
「あ、ありがとうございます…」
嫌味のないグリッチャの称賛に、クーは微かに頬を染めてはにかんだ。女のあたしが言うのもなんだけど、凄く可愛らしい。
「んで、グリッチャさん。エルの所に連れて行ってくれるんだよね?」
「勿論でございます。急ぎましょう」
グリッチャに連れられて、あたしとクーは狭苦しい牢屋を脱出する。その先に待っていたのは、シャンデリアが放つ光。しばらく暗闇の中にいた所為か、目が慣れるまでの数秒間は眩しさに視界を奪われる。ある程度はっきりしてくると、あたし達が牢屋に連行される際に通った、細い廊下が伸びているのが見えた。
「ここは屋敷の最東部に位置します。エルノアお嬢様のお部屋は西部ですので、多少お時間がかかりますが、どうかご容赦下さいますよう」
「見つかっちゃマズイと思うんだけど、大丈夫かな?」
「ご心配には及びません。既に手回しは済んでおります」
自信満々に、グリッチャはすたすたと歩き出した。エルが全幅の信頼を置く人物なだけに、無策だとは思わない。ここは信じて後に続く。すると、どうしたことか。すれ違うメイドなどの使用人はおろか、ガードマンでさえもあたし達に深く頭を下げるだけで、何もしてこない。いくら客人とはいえ、屋敷の主に無礼を働いた人間をこうも許すのだろうか。騒動が屋敷全体に伝わっていないのか?とも考えた。けれど、誰からも敵対心が感じられないことから、その線は薄い。
「てっきり騒ぎになるかと思ったんだけど…。一体どんな手を?」
「ホッホッホッ、特別何かをした訳ではありません。このアールコート家に仕える皆々が、エルノアお嬢様を慕い慮っている。お嬢様のご友人であれば、信ずるに値すると。…ただ、それだけのことなのです」
「じゃあ、グリッチャさんは本当に何も―――」
「はい、クー様。この結果は、エルノアお嬢様の人徳がもたらしたものにございます」
何だか少し羨ましい。あたしと師匠も、これほどの信頼関係が築けていたら、道を違えずに済んだのかもしれないな。何とも言えない不思議な感覚に包まれる中、最短ルートで西部にあるエルの部屋を目指した。
窓の外はすっかり暗く染まり、星々が煌めきだす。就寝時間も間際かと思わせる静寂の屋敷を突き進むこと数10分。ようやくエルの部屋前に到着した。少し前も感じたけど、ここで働いたら相当足腰が鍛えられそうだ。あたし達に確認の合図を取ったグリッチャは、小さく咳払いをしてから扉を4回ノック。エルの反応を待つ。
『グリッチャですか?』
「はい。エルノアお嬢様、リノ様とクー様をお連れ致しました」
『ありがとう。通して下さい』
「かしこまりました」
相手に見えていないのに、深い礼。本当に徹底しているなと感心する。グリッチャが扉を開けると、吸い込まれるようにエルの部屋へと足を踏み入れた。




