適材適所
トランプ『ポーカー』で圧倒的な実力を見せつけたエルは、男から戦利品である金貨を受け取ると、余裕の表情で次の相手を餞別する。けれど、その手腕を間近でを見ていた人達は、それぞれが散り散りになって、どこかへと逃げてしまった。相手取っても勝ち目がないと判断したんだろうけど、実際正しい。
「エル~。初っぱなからやり過ぎたんじゃない?」
「そんなつもりはなかったのですが。しかし、困りましたね」
「勝負を受けてくれないんじゃ、職人さんを捜すのは難しいね…」
「どーしたもんか。ん?」
途方に暮れていると、奥のテーブルから1人の老人がこっちに向かって来た。年齢は60代ぐらいだろうか。白く染まった長髪を後ろで束ね、つり上がった漆黒の両目は、敵を射殺さんとばかりにギラギラと輝いていた。表の世界には似つかわしくないけれど、裏の住人でもないであろう、灰色のオーバーオールを着用したその姿は、あたし達が求めている職人を彷彿とさせた。
「おい、そこの若いの!」
老人は、声を張り上げてあたし達を呼ぶ。仲間の敵討ちでもするつもりなのか、随分と高圧的な態度だ。
「じっちゃ、何か用?」
「用があるから呼んでいる!その程度も理解出来んのか、たわけめ!」
「あぁん!?偉そーなじっちゃだねぇ!」
まさに一触即発。初対面の相手に、ここまで馬鹿にされる謂れはない。何故だか無性に腹の立ったあたしは、老人と真っ向から対面する。…でも、その間に滑り込むようにして、クーが割って入った。
「ど、どうどう。えっと、おじいさん。私達にどんな用でしょうか?」
「無論、勝負を申し込みに来た。新人に好い顔ばかりをさせる訳にはいかん」
「ほぉー。それであたしに対して喧嘩腰なんだ」
「黙れ小娘!お前のような、ちゃらんぽらんで人生オールイージーみたいな若造は、このワシが教育してやる!!」
「さっきまで勝負してたエルに言うならまだしも、観戦してただけのあたしが何で…!!」
あたしのラフな格好が気に食わないのか、返事の仕方が癪に障ったのかは分からない。けど、そんなことはどうでもいい。この難癖をつけてくる老人に鉄槌を下さないと、あたしの気が収まらない。
「上等だぁ!勝負してやるよジジイ!!」
「ハッ、いきりおって!後悔するでないぞ!」
「こっちの台詞だっつーの!!で、何で勝負するんだ!?」
「これじゃ!」
老人が懐から取り出したそれは、複数のダーツの矢だった。決着の手段が分かったところで、あたしはすぐさま周囲を見渡す。そして、奥の壁に掛けてあった的を発見しては、我先へと歩きだす。その後ろに、やや呆れ気味のエルと、ルールに興味津々のクーが続いた。
「ねえ、エルお姉ちゃん。ダーツって何?」
「専用の矢を用いてボードに投擲し、当てた部分に記載されている得点で優劣を競い合うゲームですよ。先程とは違ってイカサマもない、単純に己の力が試される遊びです」
「へえー。…あれっ、それって―――」
「ふふ、まあ結果は後ほど分かりますよ」
エルの笑い声が聞こえた気がするけど、反応してやれるほどの余裕はない。既にあたしの意識は、完全な勝利のみを求めていた。少し歩いて目的地まで辿り着くと、あたし達より先行していた老人が、ダーツの矢を3本…つまり1セットを手渡してくる。目に物見せてくれるわ。
「あれがボード?」
クーがボードを指差すと、エルは頷く。
「数字が書いてあって…それから、円上のケーキを等分にしたような柄が特徴的だね。あれには何か理由があるの?」
「ええ。複数の層に分かれているのは、得点をより細かく判定する為ですね。灰色の部分はシングル。当てると、書いてある得点がそのまま自分の持ち点に加算されます。…層を分ける間に、小さな枠があるのが見えますか?」
「青と赤の縞模様のこと?」
「そうです。外側の層がダブルリング、内側の層がトリプルリングと呼ばれていて、的が小さい分、見事当てられれば得点が2倍、3倍になります」
「そうなんだ…!じゃあ、中央にある小さな丸はもっと高いの?」
「中央はブル。分かりにくいですが、これにも2つの層があり、外側は25点、内側…つまりど真ん中が50点になります」
「50点…あれっ?それだと、20点のトリプルリングを狙った方が良いんじゃ。エルお姉ちゃんの説明だと、60点になるよ?」
「察しが良いですね。必ずしも、中央を狙うだけのゲームではないと言うことです。ただ…得点の高い場所は、それ相応に難度が高い。一見適当に作られたようなボードですが、数字の配置箇所も絶妙に考えられているんですよ」
すぐに投げてやるつもりが、気が付けばエルの解説講座を聞いてしまっていた。いつの間にか集まっていた見物人達も、それぞれがうんうんと首を縦に振り、納得した様子を覗かせていた。
「つまり、実力が全て。説明も済んだことだ。ワシからいかせてもらうぞ!」
老人は意気揚々とスローラインに立つと、最もスタンダードな立ち方であるミドルスタンス…つまり、斜め立ちで矢を構えた。
「どれ、まずは軽くいくか!」
荒々しいように見えて、とても堅実な投擲。ただ力強く投げるだけじゃ、狙い通りの場所に打ち付けないのをよく知っている。放たれた矢はぐんぐん伸びて、10点のシングルに突き刺さった。
「うむ…狙い通り。さあ、肩慣らしは終わりだ!」
老人は軽く息を吸った後、2投目を放つ。1投目同様、非常によくコントロールされた投擲で、ものの見事に13点のトリプルを貫くと、間髪入れずに最後の矢を飛ばした。呼吸を整えずの行動であったにも関わらず、3投目の矢は18点のダブルに突き刺さっていた。圧倒的な精度もさることながら、嘘偽りのないその確かな実力に、周囲の見物人達は老人に称賛を送る。
「大したものですね。これほどの精度で矢を操れるなら、勝負を挑んできたのにも納得がいきます」
「あんなに離れた場所から、凄く小さな的に軽々と当てちゃうなんて…」
「ふーん。中々やるじゃん、ジジイ」
「そうやって虚勢を張っていられるのも今のうちだ。さあ、次はお前の番だぞ小娘!」
「リノ」
あたしが矢を構えると、エルが何か言いたげに近付いて来る。
「な~に?」
「1セットは3回までです。慌てずに、感覚を掴んで下さい」
そう助言するエルは、不自然に口元が緩んでいた。まるで、これから起きる事を全て理解しているかのような…。悪いことを考えている時の表情だった。
「エル…」
「何でしょうか?」
「今ぜーったい悪いこと考えてるでしょ」
「さあ?どうでしょうね」
「まあ、いいや。んじゃ…始めるよ!」
老人と同じようにスローラインに立ったあたしは、線からはみ出さないよう、足の向きを入念に調整して矢を構えた。基本的に、スローラインはボードから244㎝離れた地点。脇で見ている分にはさほど感じなかったけど、いざこうして自分の番になると、とても遠くに感じる。正式なルールに則って遊んだことがない分、余計にそう思うんだろうな。
「ほれほれ、さっさと投げんか」
「言われなくとも…なっ!」
まずはお遊びで軽く投げる。それほど力を込めていなかった為か、ボードに刺さることなく床に転がった。
「ハハハ、届いてすらないぞ!これでは勝負にならんな」
「言ってろっ!」
2投目。今度は少し強めに投げてみる。…が、今度は強過ぎて壁に激突し、そのまま壁に突き刺さってしまった。しかし、2本犠牲にしたおかげで、おおよその感覚は掴めた。そろそろ反撃の時間だ。
「うん、大体分かった」
「何ぃ?小娘、お前まだ負け惜しみを―――」
あたしの3投目。さっきまで外してばかりだと野次られていたのはどこへやら。エルを除いて、その場にいた全員が目を見開いて驚愕していた。あたしが放った矢は、中央のダブルブルを貫いていたのだ。
「へへー、狙い通り」
「小娘!お前、一体どんな手品を…!?」
「インチキなんてしてないぞ!普通に投げただけだっつーの」
「普通に…だと?そんな馬鹿な話が」
「こう見えて、あたし剣士だし。目標物までの距離を敵に置き換えて、このくらいの距離ならこのぐらいかなー…ってやっただけだよ」
「何だと!?む、無茶苦茶過ぎる…!」
「さしずめ、野生の勘と言ったところでしょうか。下手な小細工が通用しないルールだからこそ、リノの身体能力が活きるというものです。伊達に修羅場を潜り抜けてはいませんよ」
エルがあたしを褒めてくれるのは嬉しいんだけど、野生の勘と評されると、何だか素直に喜べないな。
「さーて、ここから反撃開始だ!!」




