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フリーダムガール  作者: 赫宗一
ミロスリー編
71/111

レイズ!

エルと男はそれぞれ1枚ずつ、チップをテーブルの中央に向かって投げる。開戦の合図だ。


「チップを投げたよ?」


「これは『参加費用』のようなものかな。払えなければゲーム自体が成立しない。つまり―――」


「敗北を意味するってことだね…」


お互いは配られたカードをまじまじと凝視して、今回の勝負に対する回答を熟考じゅっこうする。


「ベット」


エルはまたしても自信満々に、テーブルの中央へ向けてチップを1枚放り投げた。どうやら良い手札らしいな。あたしがうんうんと納得している隣で、クーは頭から煙を昇らせていた。


「今のはベット。掛け金を増やす行為だよ」


「それじゃあエルお姉ちゃんは、この勝負に勝つ自信があるってこと?」


「そそ。逆に負けそうな手札なら、フォールドって言って自ら降りることも出来るんだ」


「早めに見切りをつけて、チップの損失を防ぐ…と。奥が深いね」


「レイズ!…だ!」


男の方もかなりいけてる手札らしい。ベット分に加えて、2枚のチップを放り投げると、めつける表情でおどしをかける。けれど、そんな小細工をしたところでエルには通じない。軽く溜め息をついたかと思ったら、何の躊躇ちゅうちょもなく追加のチップを2枚投げた。


「なっ…!?」


「レイズ。です」


「そ、そんなに自信があるってのか…!?」


「ふふ。降りても構いませんよ?」


「舐めんなよ女!コールだ!!」


賭けが成立した。今度はお互いにカードを入れ替えるターンだ。男は1枚だけカードを出し、残りの山札の一番上から1枚引いた。思わず声が漏れるほどに良いカードだったらしい。嬉々とした様子で、再度エルをめつけた。そして、対するエルは…。驚いたことに、1枚も替えはしなかった。初めから役が揃っていたんだろうか。まだ、自信の笑みは消えてはいない。


「ノーチェンジだと…!?」


「ええ。では、改めて勝負といきましょうか。ベット」


エルは迷いなくチップを1枚投げる。あまりにも淡々としたその動作に、男の余裕が揺らぎ始めた。自分の手札を何度も確認した後、しきりにエルの様子をうかがう。これだけあっさりしていれば、まさかと疑うのは当たり前だ。


「ジャンケンの時と同じだね」


不意に、クーがぽつりと言葉を発する。


「あれと?」


「うん、心理戦。相手に自分の狙いを悟られないよう、あれやこれやと試行錯誤して策をり、相手の考えを誘導させる…。ギルドナイトもそうだったけど、トランプって本当に奥の深い遊びだね」


「遊ぶ人間次第で、こうも変わるからなぁ」


「…チッ、フォールド」


クーと話をしている内に、男の決心がついたようだ。今回の勝負は降りて、賭けた分のチップ4枚分をエルに受け渡す。そしていよいよ、手札の公開だ。エルと男はお互いに見合わせると、テーブル上に自らの役を紹介した。


「フルハウス」


男の方はフルハウス。同じ数字のカードが1組と、同じ数字のカードが3枚の計5枚で成立する役だ。


「リノお姉ちゃん、この役はどのくらい強いの?」


「うーん、強さで言えば上の方かな。これより強いの!…ってなると、まず揃えること自体が難しいからね」


「そうなんだ。じゃあ、対するエルお姉ちゃんは―――」


「ブタです」


「なっ…!?」


クーを除いて、近辺にいた全員が驚きの声を上げた。ブタとは、役なしの意。つまりエルは、ハッタリだけで押し切ったことになる。この大胆不敵なたくには、誰もが唖然あぜんとして言葉が出ない様子だった。


「よくあんな大見得を切ったもんだよ」


「ポーカーは、役だけで勝負が決まらないのが面白いゲームですから。長所を最大限生かしてこそ…でしょう?」


帽子のつばをくいっと上げて、満足気な表情を覗かせるエルに、あたしは賞賛の拍手を送った。これだけアウェイな環境下で、よく堂々とやったもんだ。


「ケッ、あなどってたぜ。もう次は油断しねえ」


「油断の有無に関わらず、貴方では私に勝てませんよ」


精一杯の強がりをエルに軽くあしらわれ、周囲の見物人達に笑われた男は、強引にエルからトランプの束を奪うと、凄まじい勢いでカットを始めた。プライドを傷つけられて、ご乱心のようだ。


「後で吠え面かくなよ、女ァ!!」


「その言葉、そっくりそのままお返しします」


次は男が親の順番だ。怒りの影響か、投げるようにカードを配った後、わざとらしく大きな音を立ててトランプの束を置いた。完全にエルのペースに飲まれてるな。2人は、ほぼ同時にチップをテーブルの中央に投げると、手札の確認をした。


「ベットだ!」


「レイズです」


立て続けに、双方から1枚のチップがテーブルの中央に向かって飛ぶ。またしても、迷いのないレイズ。さすがに相手もそこまで間抜けじゃないだろうに、そんな強気の選択をしても大丈夫なんだろうか。安心する為にも、エルの手札を覗いて確認したいところだけど、暗黙の了解と言うやつだろうか、何故だか見る気にはなれなかった。やがてコールが成立し、男は1枚、エルは2枚手札を交換した。


「ククク、ベットだ!」


「レイズです」


「ハッ、もうその手は通じねえ!レイズだ!」


男はひるまない。気合い十分に残り3枚のチップを全て投げた。余程強い役が揃ったのか、はたまたハッタリか。男の心理を上手く読んで、後の展開を有利に進めたいところだけど、エルは今の選択肢に対してどう反応するんだろうか。…なんて考えていると、エルはあたしに意味深な視線を送った後、チップを4枚投げた。


「レイズです」


「へっ、もうその手は通じねえって言っただろうが!格の違いを思い知らせてやるよ!!勝負だ!!」


手札の公開。男はエルの青ざめる姿を見たかったのか、我先へと手札をテーブルに叩きつけた。役はストレートフラッシュ。同じマークで、5枚のカードの数字が連続していることで成立する、非常に珍しい役だ。あまりにもお目にかかれないその役に、周囲の見物人達も「おお」と声を漏らした。


「えっ、えっ?この役はそんなに強いの?」


「何千回とやった内の、数回しか見られないぐらい、揃えるのが難しい役だよ。さっきのフルハウスといい、こんな良い役が立て続けに…?」


そこまで言って、あたしは男が仕掛けた『罠』に気が付いた。


「まさか、あんたイカサマを…!」


「今頃気付いたのか。へへっ、そうさ。俺は別にイカサマ禁止とは言ってないぜ?」


「そっ、そんな横暴―――」


「ガキはすっこんでな!勝手に勘違いしたのが悪いんだよ!!」


男の荒々しい恫喝どうかつに、ビクッと肩を震わせたクーの肩に手を置いて、あたしはエルを見据える。盲点だった。まさかこんな堂々と、公衆の面前めんぜんでイカサマをしてくるとは思わなかった。過度に挑発したのが災いしたのかもしれない。


「…ふふっ」


不意にエルが笑った。一杯食わされたことが、エルのプライドを傷つけたのだろうか。どこか気の抜けたような、負の感情を含んだ笑いだった。


「ハハハッ!さあ、観念して手札を見せな!!」


「残念です。やはり貴方では、私には遠く及びませんね」


エルが扇状にカードを広げて手札を公開すると、辺りが急に静まりかえった。それもそのはず。エルの役は、男のストレートフラッシュをも上回る、ロイヤルストレートフラッシュだったからだ。同じマークの10・J・Q・K・Aを揃えることでしか成立しない、役の頂点。


「私も、イカサマをしていないとは一言も言っていませんが?」


「…俺よりも先に、仕込んでただと!?」


「ええ。私が親になった時点で気付くべきでしたね。敗因は貴方の慢心に他なりません」


ぐうの音も出ないほどに論破された男は、がっくりとうなだれて意気消沈した。口でも腕でも、エルの完勝だ。しかし一体どんなトリックで、カードの位置を操作したんだろうか。


「ねえエル。一体どんな方法で―――」


「ふふ、秘密…です」

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