知の戦場
「着きました」
もう何時間と見た、代わり映えしない廃墟の終着駅。そこは、他の建物とは一線を画する立派な施設だった。裏の世界には似つかわしくない、表の世界と同じ絢爛な建造物。目が痛くなるほどに、チカチカと点灯を繰り返している看板は、来訪者を嘲笑っているかのように挑発的だった。
「ここ、何?」
「見ての通りですよ。カジノ…とでも言えば良いでしょうか」
「周りの建物と違って、やけに綺麗だね。そんなに重要な施設なのかな?」
「他国の人間からすればさほどでもありませんが、この国なら最重要ですね。ここは、賭け狂いが集う知の戦場です」
知の戦場とは言い得て妙だ。この建物内で、日夜苛烈な頭脳戦が繰り広げられているらしい。しかしまあ、どこまでいっても賭け事が好きな国だ。あたしは大きなあくびを1つして、後ろに手を回す。
「ここでも、あたしは役に立てそうにないな…」
「いえ、そんなことはありませんよ?女が相手だからと、暴力に訴える人間は少なからず存在します。リノは護衛役ですね」
「ちょーっと待った!それ、あたしの心配は?」
「負けますか?」
「いや、ありえないけどさ」
間違ってはいないけど、何だか納得いかないぞ。
「えへへ。宜しくお願いします、リノお姉ちゃん」
「うーむ…釈然としないけど、まあいいか。んで、どーしてエルはここだと思ったの?」
エルは帽子の鍔をいじって、自身の憶測を語る。
「クゲツキさんの話では、職人は相当な賭け好き。そして、詳細を伏せた状態で、私達に裏の世界へ行くよう命じた。…これら2つの要素を掛け合わせると、職人はこの施設で娯楽を満喫しているのではないかと」
「十分な理由だね。もっと自信持ってもいいんでない?」
「父から聞いた裏の施設が、ここだけでしたので。もしかすると、他に私の知らない場所があるのかもしれません」
「ハズレなら、別の場所を探せばいいよ。私は、エルお姉ちゃんの推測を信じたいな」
「クーちゃんの言う通り。エルらしくないなあ」
「ふふ、すみません。では…行きましょうか」
見た目とは裏腹に軽い大扉を開いて、あたし達は知の戦場へと足を踏み入れた。
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まず出迎えたのは、色とりどりのライト。赤、黄色、緑、青…と、天井に吊された整合性のない光が、雨となって激しく動き回り、この空間の派手さを演出している。テラスハウスでよく見るテーブルと椅子の配置が、少し大人な雰囲気を感じさせた。次に客層。言うまでもないが、裏の世界の住人がほとんどなのは当然として、一部気品のある服装を身にまとった、明らかに場違いな客人が見え隠れしていた。案外エルの推測は、当たっているのかもしれない。
「いらっしゃい。珍しいお客人だ」
入口の側にあるカウンターから、40代半ばぐらいの男性が声をかけてくる。後退した頭髪にすらりと伸びた背格好が魅力の、優しそうな人物だ。このカジノの経営者か何かだろうか。
「こんちは。ここ、カジノって言うらしいですね」
「そうさ、己の知力を試す戦場だ。もし勝ち続けて一定額を溜められれば、表の世界へ戻れるチャンスを得られるのさ」
「ええっ!?表の世界へ帰れるんですか?」
クーの驚きの声に、周囲のテーブルでカードゲームに興じていた男性達が振り向く。
「勿論、生半可な腕じゃ無理だがね。お客人のような表の人間が、どんなで理由でここを訪れたのかは知らないけど、根こそぎ奪われて戻れなくなった。…なんて、ならないようにね」
「何であたし達が表から来たって知って…あっ、服か」
超能力者かと思って一瞬焦ったけど、容易に推測出来ることだった。意味深な笑みを浮かべてあたし達から視線を外した男性は、食器を拭き始める。珍しい客人だと言いつつも、あまり興味関心はないらしい。
「ありゃ、案外冷めてるな」
「珍しいとは言っても、『比較的』なだけでしょう」
「それで…エルお姉ちゃん。どうやって職人さんを捜すの?」
「自身が認めた人間以外には、決して正体を明かしたくない人間を捜す手段…。簡単ですよ。この場にいる全員を負かせば良いんです」
「簡単って…滅茶苦茶難しいこと言ってない、エル?仮にも相手は頭脳戦のプロでしょ?」
「私に任せて下さい」
またしても、自身満々に言ってのけるエル。本当にやってしまいそうだから困る。クーは賭け事に対する知識がないし、あたしは頭が弱いから役に立たないから、ここは任せるしかなさそうだ。これが肉弾戦ならなあ。あたしがやれやれと肩を竦めると、エルはクスリと笑みを見せた。
「せっかくマーテリーさんとの勝負で、賭け事に対する感覚を養ったってのに、役に立つ展開がこないなあ…」
「ふふ、そんなに落ち込まないで下さい。今は役に立たなくとも、あの経験は決して無駄になりませんから。…さて。では、まずはあの辺りから攻めてみましょうか」
エルは、一番入口に近いテーブルに居座る男性の群れを指差した。クーが驚いて声を上げた時、真っ先に振り返った人達だ。
「聞こえてるぜ、姉ちゃん。随分と自信満々じゃねえか」
「その貧弱な細腕で、どうやって俺達を倒すつもりだ?まさか、色仕掛けとか言わねえよなぁ?」
それぞれがエルに罵声を浴びせて、男達はガハハと下品に笑う。相当腕に自信がある連中だ。完全にエルのことを格下だと思い込んでいる。安い挑発だとあたしはシラを切るも、エルは乗り気だ。無言で男達の前まで歩いて行くと、テーブルに添えられていた椅子に座った。
「貴方がたの目は節穴ですね。よくそのような軽口で、今まで生き残れたものです」
「なっ…!何だとこの女…!?」
「私の実力、思う存分披露して差し上げましょう。負けたい方から対面にどうぞ」
「言わせておけばぁ…!いいだろう、負けたら全裸で土下座させてやるよ!!」
「出来ると良いですね」
エルの澄ました態度が、男達の怒りを刺激してしまったようだ。男の1人が乱暴に対面の椅子に座ると、仲間からトランプの束を受け取ってカットを始めた。エルが負けるとは思わないけど、万が一にでも負けるようなことがあれば、全裸土下座だけは阻止しないと。
「ゲームのルールは?」
「ポーカーだ!」
「ふふ、了解しました」
「リノお姉ちゃん、ポーカーって?」
「そっか、クーちゃんは知らないんだっけか。ポーカーは、トランプと言ったらコレッ!…ってくらいメジャーなやつだよ。配られた5枚の手札を使って、役の高さを競うんだ」
「ふむふむ。何だか難しそうなゲームだね」
「慣れちゃえば簡単だって。ほら、始まるよ」
お互いの手元には5枚のカード。そしてテーブルには、いつの間にか専用のチップが10枚ずつ。先攻と後攻を決めるジャンケンをしてから、一斉に手札を確認する。親になったエルは、不敵な笑みで対戦相手の男を見つめた。
「さて…遊びましょうか」




