勝負の行方は腹次第
「うがー、お腹空いたー」
相も変わらず貧乏生活から抜け出せないでいたあたしとエルは、ひと仕事終えた後、食事を済ませてレンブール市内をうろついていた。
「さっき食べたばかりじゃないですか」
「あんだけの食パンじゃ満足出来ないよー。もっとこう、お肉をガツガツっと…」
「食べたいなら、稼いで下さい。節約でも構いませんよ?」
「ぐぬう…ライトを衝動買いしたのが悪かったか」
いい加減無駄遣いをやめないとな。まあ、ライトに至っては約に立ったけど。僅かに路銀の入った財布の中身を見つめて、あたしはため息を吐く。
「どっかにお金落ちてないかなぁー」
「そんな都合良く…あら?」
ふとエルが足を止めて、人だかりのできている方を凝視する。興味を引くような面白い催しでもあるのだろうか。
「何か面白いイベントでもやってんの?」
「リノの希望が叶ったみたいですよ」
「えっ?」
エルは微かに笑って、人だかりの奥を指差す。その周囲を見渡すと、やたら屈強な男達がたむろしているのが目についた。男達の視線は、壁に貼られた1枚の広告に釘付けだ。
もしかして、武闘大会だろうか?興味が沸いたあたしは、颯爽と男達の間を潜り抜けて、その正体を確かめる。
広告の正体は料理店のものだった。どうやら、近日二号店をオープンするらしく、その宣伝も兼ねて小規模の大食い大会を開催するらしい。優勝者にはささやかな賞金も贈られるようで、まさに一石二鳥。突如として舞い込んだ美味しい話に、あたしのテンションは最高潮に達した。
「うおーっ!これはラッキー♪」
「なんだ、お嬢ちゃんも参加するってのか?」
隣にいる筋肉質の男が話しかけてくる。体格差がある所為か、俯瞰が凄い。あたしは首を痛めない程度に上を向いて応対する。
「そだよ。おにーさんも出るの?」
「勿論さ。参加料があるとは言っても、美味い飯が食べ放題で、勝てば賞金まで貰えるときた」
「へへ、おにーさん結構食べそうだもんね」
「だろう?俺達みたいな炭鉱マンには、もってこいのイベントって訳さ。お嬢ちゃんには悪いけど、優勝はいただくぜ」
「そうはいかないよ。あたしにも負けられない理由があるからね」
あたしの瞳に焼き付いた『やる気』に、男は関心を示した。
「ほう…かなりのやり手なようだな」
「それが分かるおにーさんも、大したもんだよ。大抵の男の人は、容姿だけで見極めちゃうからね」
「お嬢ちゃんの食いっぷりが楽しみだ。それじゃあまた大会でな」
軽く手を振って、男は人混みへと姿を消した。うーむ、珍しくあたしの力量を見定めている人に出会ったな。武術関連以外では初めてのことかもしれない。
「意外と見る目のあるおにーさんだったな」
「お友達が増えて良かったですね」
「おお、エル。いつの間に」
「開催は3日後らしいですよ。参加料は…500ペカ。ま、妥当なところでしょうか」
「うおー、こうしちゃいられない!今の内に運動してお腹空かせとかないと!」
「だから開催は3日後だと…まあ、好きにして下さい」
やれやれと肩を竦めてホテルに戻るエルを見送ってから、あたしは大会に向けての準備を始めた。
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そして3日後、大会当日。まだ開始前だというのに、会場である店内は熱気に溢れ、試合が始まるのを今か今かと待ち焦がれている男達が猛っていた。
受付を済ませたあたしはエルと別れ、指定されたテーブルに着席する。目の前には蓋のされた大皿。許す限り食事を制限してきたが為に、空腹で我慢の限界だ。会場入りが早過ぎると、料理の匂いに耐えられなかっただろうな。
「お待たせしました。只今より、コグマヤ二号店のオープン記念を祝しまして、第一回大食い大会を開催致します」
壇上に上がった司会の挨拶に反応して、会場は雄叫びで応えた。早い所始めなければ、取って食われかねない剣幕に気圧され、司会は冷や汗をかきながらも頭を下げる。
「えーそれでは、簡単にルール説明をさせていただきます!ルールは至ってシンプル!完食した空の大皿を積み重ねていき、最終的に1番高く積み上げた方が優勝となります!勿論、食べ残しはいけません!少しでも料理が残っている状態で次の料理を食べようとした場合、即失格となりますのでご注意下さい!!と、こんなところでしょうか?質問等がなければ、スタートしますが…」
誰もが司会の言葉には反応しない。皆、既に臨戦態勢だった。
「それでは…始めー!!!」
盛大に銅鑼の音が鳴り響くと、獣達は一斉に大皿の蓋を開けた。あたしも例に漏れず、大皿の蓋を勢いよく開く。
1品目はマナ海で獲れる海産物を添えたパスタ。かぐわしい磯の香りが、あたしの胃袋を刺激する。
「いただきまーす!」
まずは1口。美味い。空腹が調味料にもなって、これ以上ないぐらい海産物の魅力を引き出していた。もっとその芳醇さを堪能したいのはやまやまだけれど、大食い大会はスピードが肝心。ゆっくり噛みながら食べている間に、脳に満腹中枢が行き渡ってしまう。そうなる前に、可能な限り胃袋に詰め込んでおかなければ。
あたしは口に含んだ食べ物を水で一気に流し込み、間髪入れずに次の分を口に含んでは、喉に詰まらない程度に噛み砕いて水で流す。それをひたすら無心で続けて、無事に1品目を完食する。
「次!」
「おおーっと早い!リノ選手、可憐で華奢な体型からは想像もつかないほどの食べっぷりだぁー!!」
観客が沸き立ち、あたしにエールを送る。周りの参加者が屈強な男達だからか、余計応援したくなるんだろう。あたしは手を振って声援に応えてから、2品目に突入する。
2品目は、パラナ草原に生息している原生生物の肉をこんがり焼いたステーキ。早く食べてくれと言わんばかりに踊る肉汁に、思わず涎が垂れる。これは中々厄介だ。熱々な分、食べるのに時間を要す。
「しかし…気合いで…!!」
勢い良くかぶりつく。予想以上の熱さだ。舌を火傷しそうだけど構わない。意地と根性で食らいつく。悪戦苦闘しつつも着実に食べ続けた結果、パスタよりも早く完食出来た。
「おーし、次ぃ!」
順風満帆。その後もトップ帯を独走し続けたあたしは、見事最終1位と獲得してしまった。その気になれば何とかなるもんだ。その代わりに、色々なものを犠牲にしてしまったけど…。特にお腹は非常にまずい。少しでも刺激を与えられたらはち切れてしまうぐらい苦しい。
「優勝はリノ・レインバー選手!スタートからトップを独走し続け、そのまま一気に勝利を掴み取りました!!皆様、惜しみない拍手をお願い致します!」
司会が仰々しく祭り上げるけど、当のあたしは壇上から手を振るのが精一杯。正直、早く賞金を貰って帰りたかった。がしかし、ここで思わぬ事態が発生する。観客席から『マイク』と呼ばれる、音声を拡大する小型機械があたしに向けて投擲され、反射的にそれを受け取る。
「今回の優勝者から一言を」
マイクを投げたであろう人物が発言する。あたしはその声に聞き覚えがあった。そう…アイツだ!観客席をギロリと睨みつけて姿を探すと、悪魔すら舌を巻く程の邪悪な笑みで、こちらを見つめるオージェの姿があった。
「そうですね!折角ですので、リノ選手一言お願いします!」
「うぅっ…!」
やられた!観客の感情が最高潮に達しているこの場面で、コメントを断ることは不可能。よって、いやがおうでも何か一言は発しなければいけない。でも、その余裕すらないあたしにとっては絶体絶命。ああ、終わった。
あたしの頑張りは、悪魔の妨害によって徒労に終わった。それから後は言うに及ばず。コメントは、あたしの嘔吐物を披露する破目になったのだった…。
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