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フリーダムガール  作者: 赫宗一
ミロスリー編
69/111

単純なのに心理戦

どこまで行っても、暗くもの悲しい荒廃こうはいした街。表のミロスリーとは違って、裏のミロスリーは完全にゴミの掃き溜めだった。時折人の気配は感じられるものの、怒りに心を支配されているのか、強烈な殺気だけを送ってくる人間ばかり。正直に言ってあまり長居はしたくない場所だと、身を持って痛感させられた。


「リノ。あまり顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


さっきから後ろを振り返ってあたしの顔を見ていたエルが、気をつかって声をかけてくれる。きっと一番嫌な思いをしているのは、他ならないエル自身だろうに。


「だいじょーぶだよ。あたしの心配よか、エルは自分の心配してなよ」


「そうですね。ですが…慣れとは恐ろしいもので、最初にこの光景を目の当たりにした時に感じていた悲しさは、だいぶ薄れてしまいました。非情な人間でしょうか」


「いーや、あたしはそうは思わないよ。本当に酷い人間だってなら、こうして一緒に行動してないって」


エルは何も返事をしなかったが、帽子のつばわずかに上げたことから、あたしの言葉に喜びを感じてくれているのは理解出来た。ふと、隣を歩いていたクーに目線を向けると、口元が心なしかゆるんでいるように見えた。


「待てッ!!」


せっかく良い雰囲気だったのに、子供の絶叫があたし達の足を止めさせた。3人して振り返ると、そこには1人の少年と、少年の両親かと思われる2人の大人が立っていた。いずれも衣服はボロボロ、髪は伸びっ放しでちゃんと前が見えているのかさえ怪しい。


「何?あたし達、急いでるんだけど」


「うるさい!そんな事、俺達には関係ない!」


少年は地団駄じだんだを踏み、今にも襲いかかって来そうな勢いで、乱れた黒色の長髪を揺らす。表情から察するに、空腹でどうにも怒りが収まらないようだ。大人達の方は、冷静さをよそおってはいるけれど、素足の指先がせわしなく動いていることから、我慢の限界といった様子だ。この場合、単純に食料を恵んであげれば解決するんだろうけど、周囲で目を光らせている獰猛どうもうな狼達は、それを許さないだろう。円満に切り抜けるすべ模索もさくして欲しいと、エルに助け船の視線を送ってから、あたしは態度を大きくして少年の前に立ちはだかる。


「じゃあどうして欲しいのさ」


「金!それから、食料をあるだけ寄越せ!!そうしたら、命だけは助けてやる!!」


「あたしに対して、随分と度胸のある一言だね。子供でも…容赦しないよ?」


演技にはあまり自身がないけれど、やるしかない。腰裏に忍ばせている短剣を素早く引き抜いて、少年の喉元に突きつけた。「戦闘」を見慣れていない環境で育っているミロスリーの国民からすれば、あたしの武芸は恐怖そのものだろう。実際効果があったらしく、少年は足を震わせながら数歩後退した。


「お、脅しか…!?そ、そんな物に負けてるようじゃ―――」


「本当に斬っても良いんだけど?」


「うっ…」


恐怖心に打ち勝てないのか、少年はたじろいで反撃の言葉をつむがない。このまま大人しく諦めてくれればと思った矢先、エルがあたしの前に出て短剣を手で制した。


「リノ。ここは私に任せて下さい」


「エル、いけるの?」


「ええ」


エルの余裕たっぷりな表情と、後ろで小さくうなずいているクーを見て、あたしは一歩後ろに下がった。時間稼ぎが功を奏したようだ。この短い時間で作戦を考えてくれたらしい。


「ここからは私が。…要求は確か、金貨ペカと食料でしたね?」


「そうだ!早くしろッ!」


「出来ません。ですが…どうしても欲しいと言うのであれば、この国のルールにのっとり、賭博ギャンブルで決着をつけませんか?」


「望むところだ!!」


「了解しました。ただし、負ければ素直に諦める。この約束は守って下さいね?」


「お前こそ!それで、何のゲームで勝負するんだ?」


エルは無言で右手を伸ばす。手品で何か出すつもりだろうか?


「ジャンケンで、どうですか?」


「はあああぁぁぁ~っ!?」


あまりにも斜め上の解答に、あたしが叫んでしまった。


「…うるさいですよ、リノ」


「だ、だってさあ!ジャンケンって運勝負じゃんか!」


「ジャンケンは決して運勝負ではありませんよ。最も単純にして、奥深い心理戦が楽しめる至高の遊びです」


自信満々に言ってのけるエルに、返す言葉がみつからなかった。ただ単に、あたしがジャンケンの本質を理解していないだけなのかも知れないけれど、さすがに話が飛躍し過ぎだ。


「ふふ。まあ、見てて下さい」


「何回勝負だ!」


「3回。で、どうでしょう?貴方と…後ろのご両親と1回ずつ。一度でも私を負かす事が出来れば、約束通り手持ちの金貨ペカと食料を差し上げましょう」


「自信たっぷりだな。そんな都合良く勝てる訳―――」


エルは静かに右腕を天に掲げる。何故だか、普段より生き生きしているのは気のせいだろうか。一呼吸置いた後に、とんでもない事を言い出した。


「宣言しましょう。私はグーしか出しません」


「なっ…!?」


この理解不能な宣言には動揺を隠せなかったようで、少年や、遠くから静観していた狼達も声を漏らした。ちなみにあたしもだ。突っ込んでやりたかったけど、ここはエルを信じて発言をぐっとこらえる。


「嘘つけ!どうせコロコロ変えるに決まってる!」


「嘘かどうかは、これから証明されますよ。さて、まずはどなたが?」


「俺がやってやる!!父ちゃんと母ちゃんがやる必要はない!」


挑発されたのがしゃくさわったのか、鼻息を荒くしながら少年は構える。この時点で、既にエルの術中にまっているのかもしれない。優雅にスカートを踊らせると、エルは右手を伸ばした。


「行くぞッ!ジャーンケーン…ポンッ!!」


結果は宣言通りだった。エルの拳は閉じたまま微動だにせず、少年の右手は2つ伸ばした指先が震えていた。グーとチョキで、エルの勝ちだ。勝負後、あたしの隣に来たクーが、耳打ちで教えてくれる。


「今のは、男の子がエルお姉ちゃんの言葉を信じていなかったからだよ」


「化けの皮をいでやるーっ…的な?」


「そ、そんな感じ…かな?」


「私の勝ちですね」


「そ、そんな…。絶対パーを出すと思ったのに…」


「深読みし過ぎましたね。では次」


「私が…!」


今度は母親が前へ出る。エルに負けないぐらい自信満々で、今度ばかりは通用しなさそうだ。けれど、エルの表情に焦りは見られない。一体どこからそんな自信が湧いてくるのかは分からないが、場の流れをつかんでいる為に、心情的に優勢なのは間違いない。


「二度続けて奇跡なんか起こらないわ。次で終わりよ…!」


「ふふ、奇跡ではありませんよ。必然です」


「ジャンケン…ポンッ!」


グー対グー。あいこだ。最初は宣言通りにグーを出したけど、さすがに次は変えてくるだろうと考えたらしい。読み違えてもあいこになるようグーを選択しているあたり、中々に賢い。

「あいこで…ポンッ!」


でも、どうした事だろうか。てっきりパーを出すと思っていた母親の指は、少年と同様に2つ伸びていた。対するエルは、変わらず握り拳。グーとチョキで、またしてもエルの勝ちだ。

「まるで魔法にかかってる見たいな勝負だな…」


「厳密に言えば魔法じゃないんだけど、これは魔法だよ」


「クーちゃん分かるの?」


「えっと…多分、リノお姉ちゃんが考えてる意味とは違うと思う。これは、ジャンケンをしているように見えて、ジャンケンをしてないんだ」


「ごめん、クーちゃん。さーっぱり分からない」


「うう…説明が下手でごめんね。えーとね、エルお姉ちゃんは相手にチョキを出させるように誘導してるの。最初のグーしか出さない宣言や、自信たっぷりの表情。色んな方向からアプローチをかけて相手の思考を揺さぶり…」


「最終的にはチョキしか出せないようにすると。言うのは簡単だけど、実際そんな上手くいくもんかねぇ?」


「今まさに、目の前でそれが実践されてるよ。だから、まるで魔法だって」


まるで手品を見てるみたい。そう締めくくったクーは、エルの鮮やかなわざせられていた。確かに、ここまでの行動が全て計算されたものだとすれば、驚かざるを得ない。たくみに人心を掌握するその手腕は、エルならではこそ。始める前に言っていた『最も単純にして、奥深い心理戦が楽しめる』の言葉に偽りはなかった。


そうこう考えている内に、最後の勝負も済んだようだ。残念そうに肩を落とす父親の姿を見て、勝敗を察した。相変わらず、エルの突き出した右手は握り拳のまま。本当にグーだけで3連勝してしまうとは。流石はあたしの自慢の相棒だ。


「宣言通り、グーだけで勝ちましたよ。私達を狙うのは、諦めてもらいます」


「くっ…くそっ!納得いかない…俺は納得いかないぞ!!」


これが大人であれば、素直に敗北を認められただろうけど、少年には無理な話だったらしい。周囲が驚くほどの雄叫びを上げた少年は、一番弱いとにらんだクーを目掛けて突進して来る。…が、そんな真似はあたしが許さない。軽くいなしてやろうと前へ出ると、意外にもエルが行く手をさえぎった。


「言ったでしょう、ここは私に任せるようにと」


てっきり代わりに止めてくれるのかと思いきや、エルは少年のみぞおちに強烈な拳を叩き込んだ。


「エルッ!?」


視覚角度的に見えなかった。でも、盛大な破裂音からして、急所に入ったのは間違いない。痛みに耐えられなかったのか、少年はその場にうずくまったまま動かなくなってしまった。父親と母親が慌てて駆け寄ると、エルは少年を見下ろして静かに言い放つ。


「因果応報です。では」


時にそっけない態度をとることもあるエルだけれど、今回のはあまりに酷い。問い詰めようとエルの肩に手を伸ばすと、次はクーに止められた。


「リノお姉ちゃん、行こう」


「何で―――」


振り払おうとした。けれど、クーの大丈夫といった表情で、これはエルの策であるのを知った。演技力が高すぎて分かったもんじゃないぞ。細かい理由は後で聞くとして、とりあえずその場を離れ、目的地への移動を再開した。それから10分少々。完全に人の気配が消え去ってから、あたしは改めて聞く。


「ねえ。どうしてあんなことしたのさ?」


「あんなこと…とは?私はただ、相手方の要求に応じただけですが」


「あの子、パンチ希望してた?」


「いえ、ですから食料と金貨ペカをです」


「どういうこと?」


と…ここで、エルのお気に入りのポーチがなくなっていたのに気付く。


「あの子のみぞおちに叩きつけたのは、私のポーチです。音は、即席で作っておいた風船が破裂したものです。…直接手渡してしまうと、私達が去った後に、周囲で目を光らせていた傍観者達が奪い合いをしますから。なので、あの子には演技をしてもらったんですよ。さも本当に痛がっているように見えましたか?」


はたから見てそう思ったのなら、上出来ですね。そう語るエルは、満足そうな口ぶりだった。


「かーっ。やっぱりエルにはかなわないや。なんかごめん。ポーチ、お気に入りだったんじゃないの?」


「物はいつでも買えますので、問題ありませんよ。…命は、1つですから」


「だね」


「うん♪」

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