「名」探偵
エルの知人で、女装癖のある男性マーテリーが営む宿で一泊したあたし達は、早朝から速やかに準備を済ませ、目的の職人の家へ向けて出発した。朝食はマーテリーが用意してくれたサンドイッチ。3人揃って片手に持ちながら、見通しの良い繁華街を練り歩く。朝も早いというのにも関わらず、既にいくつもの人混みが出来ていた。
「うおー。それなりに早く出たつもりだったけど、凄い人だね」
「別名で『眠らずの国』とも呼ばれているぐらいですから。勿論、貴族達の動きが最も盛んになるのは夜ですが、朝は朝でまた別にあるんですよ」
「へぇー…そうなんだ。あっ、このサンドイッチ美味しいね!」
マーテリーお手製のサンドイッチを頬張ったクーは、満面の笑みで幸せの味を堪能する。つられてあたしも一口食べると、本当にただのサンドイッチとは思えない、風味豊かな香味料が胃袋を刺激した。無駄に女子力が高くて、ある意味関心する。
「確かにうんまい!マーテリーさん、料理上手なんだな」
「見かけによらずとは、まさにこの事ですね。携帯ポットもわざわざ用意してくれましたし」
エルはポーチから直径15㎝ほどの筒を取り出しては、軽く振ってこれだとアピールする。後で美味しくいただくとしよう。
「ところで…さ。トルーソンにいた時エルが言ってた、スラムってどこにあるの?この賑わう光景を見る限り、とてもそんな空間が存在するとは思えないんだけど」
「あくまでここは表の顔ですから。裏の顔…スラムは、光の届かない深い底。地下にあるんです」
「地下…かぁ」
「興味があるんですか?」
「まあね。一体どれだけの格差があるのかっていう現実を知りたいし」
「リノのようなお人好しには耐え難い空間だと思います。あまりオススメは出来ませんが」
エルがあたしに気を遣ってくれているのが良く分かった。きっと、それほどまでに見せたくない光景なんだろう。ここは素直に諦める他ない。
「…そっか。ならいいや」
「すみません」
「何で謝るの」
「一応、この国のトップに座する者の娘ですから。惨状から目を背け、何ら対策も講じない…。分かってはいたことですが、リノに言われて強く自覚しましたよ」
国の問題も解決せずに家出していた自分を責めているのか、エルは深く俯いて沈黙する。こういう時は、何か気の利いた言葉でもかけてやるものだろうけど、いかんせん不得意なあたしには難しい。
「エルお姉ちゃん、そんなに思い詰めないで。お姉ちゃんだって、望んで今の立場になった訳じゃないんでしょう?」
「ありがとうございます、クーちゃん。確かにクーちゃんの言う通り、今の地位は望んで手に入れた立場ではありません。ですが…この家系に生を受けた以上、やり遂げなければならない責務だと考えています」
「…やっぱり真面目だね、エルお姉ちゃんは」
エルは顔を上げると、いつも通りの柔らかな表情を覗かせた。
「数少ない長所だと思ってますので」
「そう思ってるんなら、あたしは深く突っ込まないよ。けど、これだけは言わせてもらう。…困った時はいつでもあたしを頼って」
「リノ…。おかしな物でも食べましたか?」
「はぁー!?せっかく人が心配してやってるってのに!!」
「ふふっ、すみません。つい」
心配して損した!と思ったけれど、あながちそうでもなかったようだ。今し方エルが見せた刹那の笑顔は、間違いなくあたしの言葉に対して向けられたものだった。
「つい。じゃないよ、まったく…」
「あははっ。でも、その方がエルお姉ちゃんらしいよ」
「私もそう思います」
エルがそう締め括ったと同時に、あたし達は目的地である職人の家に到着した。てっきり裏路地にでもあるのかと思いきや、人通りの多い十字路の一角に構えていた。家とはいっても、他国の一軒家と比べると群を抜いて高く、窓ガラスには『クゲツキ探偵事務所』と張り紙がしてあった。世を欺く為のカムフラージュだろうか?
「ここー…で、いいんだよね?」
「ええ。メイシーさんからいただいた地図では、この場所で間違いないようですが」
「探偵さんかぁ。賭博が全てって言われてるミロスリーで、一体どうやって生活してるんだろう…?」
「その実態は、これから確かめましょうか。入りますよ」
エルは木製の扉を2回軽くノックした後、音を立てず静かに入室した。遅れないよう、あたしとクーも後ろに続く。何もない細道を進み、突き当たりの階段を上って二階へ。そして再度、木製の扉とご対面。どうやらこっちが本当の入り口だったらしい。エルは振り返ってあたし達の姿を確認すると、また2回ノックした。
「開いてますよ」
内側から中年男性の声が返事をする。在宅のようだ。
「失礼します」
探偵…という職業にあまり馴染みがなく、勝手な想像を膨らませていただけに、イメージの違いに驚かされた。部屋自体は小さいけれど、広いと錯覚してしまうほどに整理整頓が行き届いた空間。奥にはベッドと本棚。そして手前には来客用のソファーが2つと、間にガラス張りの長テーブルが1つ。隅には小洒落た植木鉢が置かれていて、殺風景になりがちな部屋を美しく彩っている。
「おおー、綺麗」
「ようこそ、クゲツキ探偵事務所へ」
ベッドの辺りから、声の正体である中年男性が姿を現した。年齢は20代後半から30代前半ぐらいか。薄茶色の天然パーマが目立つ長身の男で、よれた白のワイシャツに曲がったネクタイ、そして焦げ茶色でだぼだぼのズボンを身に着けていた。格好を見ただけでも、気怠そうな感じがダイレクトに伝わってくる。半分しか開いてない漆黒の両目が、それを更に強調しているようにも思えた。
「いらっしゃい。お嬢さん方、初顔だね?ま、とりあえず座って」
男性に促されるまま、あたし達はソファーに腰掛ける。その様子をまじまじと見て…観察していた男性は、得意気に口を開いた。
「なーるほど。用件は職人だね?」
「えっ!?ど、どうして分かったんですか?私達、まだ何も―――」
「ははは、こう見えても探偵だからね。お嬢さん方の足運び1つでも、だいたいは推測可能さ」
「優れた洞察力をお持ちのようですね。…聞かせていただいても?」
「構わないよ。その前に、僕も座らせておくれ」
男性はゆっくりと歩いて対面のソファーに腰を下ろすと、言葉を続けた。
「自己紹介しておこうか。僕はクゲツキ。この探偵事務所の二代目さ。…で、話を戻すけど、まずそこの小さなお嬢さん。他のお嬢さん達に歩幅を合わせようと、やや大股になっていたね。優しい性格なんだろう。修繕箇所の多い服を身に着けていることから、物を大事にする人だというのも読み取れる」
クゲツキのクーに対する解答は概ね正解だ。遠慮しがちだけど世話焼きなところがある面も当たっている。伊達に探偵を名乗ってはいないようだ。
「次に帽子のお嬢さん。その立ち振る舞い、どこかの貴族の出だろう?貴族文化が根強いのはトルーソンとこのミロスリーの2つだけれど、現在のトルーソンには騎士と女王の風習が芽生えているのもあってか、ここと違って英才教育を施されている訳でもない。…つまり、後者。派手な装飾品を好まない辺りから、アールコート家の関係者と思っているんだけど…どうかな?」
本当に大した推察力だ。自信の程が窺えるのも納得だった。
「凄いね、全部正解。クゲツキさんただ者じゃないね」
「いやいや、そんなことは。このくらいは分からないと探偵業は務まらないさ」
まんざらでもなさそうに、クゲツキは頭をかいては笑顔を見せる。つられてクーも笑顔になるも、エルだけは未だ信じられないといった様子だった。
「ミロスリーにこれほどの才を持つ方がいるとは思いませんでした。何故国内で名が知られていないのか、不思議でなりません」
「依頼主にお願いしてるんだよ。極力、自分の事は伏せて欲しい…って」
「どうして?有名になった方が、職業柄都合が良いんじゃないの?」
「名が売れ過ぎると、後々面倒なのさ。厄介な輩に恨みを買われて付け狙われると、おちおち寝てもいられない。それに、貴族っていうのは以外にも律儀でね。報酬に見合った仕事さえきっちりこなせば、約束を守ってくれる。…っと、すまないね。ついつい話が長くなってしまって。最後にリボンのお嬢さん―――」
「あ、いや。こっちから振っておいてなんだけど、本題に入らせてもらっても良いかな?」
「はは、了解」
クゲツキは足を組み直すと、僅かに口元を緩ませた。




