師の実力
あたし、リノ・レインバーの師匠であるヒエンは、鞘を全面に押し出して真正面から攻勢をかけてくる。速い、速すぎる。常人どころか人間離れしたその突進速度に、あたしは思わず舌を巻く。久しぶりに見たけれど、やっぱり目で追うには限界があるな。ありとあらゆる身体の器官に頼って対応する他ない。
初手。左わき腹に向けての鞘による一撃。周囲に吹く風で大よその距離感を把握して、タイミングよく弾き返した。…が、あたしの対応は遅かったようだ。鞘と入れ替わるようにして、刃の追撃が顔面に迫っていた。
「ぬあああっ!」
そうはさせまいとガンツが割って入り、自らの鎧をもって師匠の攻撃を受け止めてくれた。身を挺してあたしを守ったことに意表を突かれたのか、師匠は無駄のない足運びで素早く後退した。
「流石は騎士。並みの人間には出来ない芸当だ」
「助かったよおっちゃ。危うく顔が真っ二つになるところだった」
「礼は不要です。それよりも、どう崩したものですか…」
「正直難しいね。全力でもこのザマだし」
「リノ殿でさえ軽くあしらわれる腕の持ち主が相手では、我輩は力になれそうにありませんな…」
ガンツは軽く溜め息をついてから、剣を身体に寄せて構えた。相手の攻撃が来る前から防御の体勢だった。おそらく自らを盾にして、あたしに隙を狙えと言うことなんだろう。悪くない戦術なので特に言及はせず、次の師匠の攻撃に備える。
「なるほど…な。では、私も少し変えようか」
早業で刃を鞘に収めたかと思ったら、鞘を槍に見立てて投擲してきた。もはや何でもありだな。同時に走り出した師匠の姿を感覚で追いながら、飛来してくる鞘を対処する。
「どりゃあっ!!」
なるべく遠くに飛ばそうと、力強く刃で弾く。けれどいつの間にか、宙に浮いた鞘を手にしていた師匠は、曲芸師の如くわずかな動作だけで刃を弾丸のようにして発射し、あたしに防御を強要してきた。勿論ここで防御すれば相手の思うつぼなんだけれど、そうさせるように仕向けられた攻撃だ。かわせそうもなかったので、鞘で受ける選択をする。すると当然、その隙に師匠は次の手を繰り出してくる。
あたしが弾いた反動で浮いた刃を再度手に、そのまま肉迫してきた。非常に力強い刃と鞘の双撃に押し込められ、あたしは体勢を崩された。
「ぐうっ…!」
「甘いな。鍛錬が足りてない」
後退行動を取らせまいと師匠は怒涛の連撃を放ち、あたしのギリギリの防御を破ろうとしてくる。流石は師匠と感心したい場面だけれど、そんなに悠長ではいられない。一介の冒険者が一連の動作を真似したとすれば、捌くどころか反撃も可能だろうに、あまりにも機敏過ぎてガンツの援護が追いつかない。やっとのことで追いついたかと思ったら、師匠は軽く一薙ぎでガンツを気絶させてしまった。あたしへの攻め手を緩めずによくやる。
「私が教えた事を理解していないようだな」
「感情を乗せるなって…!?」
「お前の刃を通して、焦りが伝わってくるぞ。まだ未熟な証拠だ」
「ああ、そうですかい…ッ!!」
心の中を見透かされているようで、無性に腹が立った。あたしは気合いを入れて踏み止まり、本来なら避けるであろう刃の一太刀を無理矢理に鞘で受けた。
「どーでぃ!」
「…愚かだな」
そう師匠が呟いたが最後、あたしの鞘はヒビ割れて砕け、残骸が宙を舞った。大切にしていた武器が壊れてしまったことに動揺して、放たれていた回し蹴りに直撃する。シャレにならないぐらい痛い。大きく吹き飛ばされて盛大に地面を転がる様は、さぞ恰好悪い姿だったことだろう。
「…これ以上は時間の無駄だな。リノ、お前の実力は良く理解した」
「まだ…!まだ終わって…!!」
「戦う者にとって、武器とは己の命に等しく大切な物。それを失ったと言う事は、お前はもう死んでいるも同然だ」
「うるっ…さいっ!!」
怒りの感情に従って、折れた刃を片手に特攻するも、あっさりとかわされて腹部に蹴りをもらう。身体中を駆け回る痛みがより加速し、思考能力を低下させる。再度地面を転がったあたしに刃を突きつけて、師匠は抑揚のない声色で言う。
「今のような無謀な吶喊を教えた覚えはないが」
「…師匠の教えを聞くだけじゃ、師匠を…越えられないからね」
「そうか。弟子としては失格だな」
悔しさのあまり、あたしは握り拳で大地を叩いた。石が刺さる痛みも忘れて、ただただひたすらに。あたしの心をへし折った事で満足したのか、師匠は武器を収めるとくるりと身体を反転させる。
「リノ、一つ忠告しておくぞ。お前は精霊の力を解放する為に各地を旅していると聞いたが…その旅も、ここを終着点としておけ。これ以上の精霊への干渉は、私の障害となる」
「…何を、企んでるんだよ。師匠」
「その答えは、私に一太刀でも浴びせられるようになってからだ」
「ケチ。大っ嫌いだ」
「好かれたいとは思っていない。では…な」
折れたあたしの刃を地面に突き立てると、師匠は音もなく砂のように視界から消えた。あたしの旅の目的でもあった、師匠との再会。それがようやく達成されたというのに、最悪の形であたしに襲いかかってきた。
「バカ…。師匠のバーカ…」
急にやってきた強烈な睡魔に逆らえず、あたしは意識を深い谷底に落とす。武器も心も折られたあたしの逃げ場は、夢の中しかなかった…。




