大剣使いの憎きアイツ 後編
パラナ草原。哺乳類の動物や、比較的大人しめの原生生物が生息している場所。稀有な果実のなる木が豊富な為に訪れる行商人は多く、ガジュア国では最も人気な自然地域だろう。
そんな人畜無害で平穏な場所を根城にし、罪のない人達を困らせる傍迷惑な連中には、鉄拳制裁を加えなければ。いつの間にかあたしの心は、勝負よりも成敗に傾いていた。
やや急ぎ足で目的地を目指すこと20分弱。あたしとエルは、パラナ草原に辿り着いた。
「よーし、着いたー!」
「リノ」
「なーに?」
「盗賊団のアジトがどこにあるのか、ちゃんと分かってるんですか?」
「あ…」
ムキになるあまり、大事なことを忘れていた。せっかく辿り着いたというのに、これでは捜しようがない。
「ああ…しまったぁ~…」
「やれやれ、そんなことだろうと思いました。盗賊団の潜伏している可能性がある範囲は割り出しておきました。この地図を頼りに行きましょうか」
「エ、エルゥ~!」
「気持ち悪いので、抱きつかないで下さい」
やっぱりエルは、情報に関する事のエキスパートだ。その辺の有名な情報屋よりも信頼が置ける。早速エルが情報を描き込んでくれた地図を片手に、あたしは草原を駆けた。
それから約10分。目星をつけた洞窟前に到着したので、まずは周辺の様子を探る。
「あった!」
ビンゴだった。洞窟の入口付近にある泥池に、複数の足跡を発見した。盗賊団の連中は、間違いなくこの洞窟を拠点にしている。
「1つ目で当たりとは、勘が冴えてますね」
「アイツに先を越される訳にはいかないからね。エル、行くよ!」
罠や奇襲に注意を払いつつ、洞窟の中へ突入する。ここであたしは、お小遣いを叩いて購入した例の物を、お尻のポケットから取り出す。
「おや、それは」
「ふふふ…そうっ!携帯用ライト!!いやぁーちょび髭邸で見てからというものの、どうしても1つは欲しくって…」
手の平におさまるぐらいのサイズだけれど、それでも結構な値段だった。興奮を抑えながらも、電源を入れて洞窟内を照らしてみると、まあ明るい明るい。10m先の壁もくっきりと映し出している。
「はあぁ~…凄い。これぞまさに文明の利器ってやつだねぇ」
「慣れてしまうと、ランタン生活には戻れなさそうですね」
買って良かった。でも、光が強力過ぎる代償として、あたし達の位置を敵に知らせてしまっている。手を上手に使って、出来るだけ光を漏らさないように工夫しなければ。
比較的自然な景観を保っている狭い洞窟内を、しばらく道なりに進んでいると、ようやく終点が見えてきた。奥のやや広い空洞に、複数の明かりが揺れている。あたしはライトの電源を落とし、エルと共に岩陰に隠れて様子を窺う。
「数は?」
「うーん…20ちょい?やれないこともないけど、相手の武装次第かなぁ」
「私も戦いましょうか?」
「んーや、あたし1人でやるよ。エルはここで待っててよ」
「承知しました。…問題ないとは思いますが、念の為いつでも援護出来るよう準備だけはしておきますので」
「あんがと♪そんじゃ、ひと暴れしてきますかね!」
あたしは自慢の愛刀を片手に、岩陰からそのまま一気に空洞広場まで踊り出た。虚をつかれたのか、盗賊団の連中はあたしの姿を捉えるなり、驚きの声を上げた。
「なっ、何だテメェは!?」
「どーも。さしずめ、正義の味方ってやつかな?」
「ふざけんな!テメェみたいなガキが、俺達を捕まえようってか?ヒーローごっこは他所でやりな!」
もう慣れたものだけれど、連中は『見た目』だけであたしを評価しているようだった。このレベルの手合いなら、エルの援護がなくても余裕で掃討出来そうだ。拍子抜けで、思わず笑ってしまった。
「何が可笑しい!?」
「いやー、そりゃそうでしょ?相手の容姿だけで強弱を決めつけるなんて。警戒して損した」
「…大した自信家だな。単身で俺達のアジトに乗り込んで来ただけはある。その気概だけは認めてやるぜ。だがな、勇気と無謀は別物だってことを理解する必要がありそうだな?」
「それは知ってるからいいよ。寧ろ、アンタ達に理解させてあげるよ。容姿と強さは比例しないってこと」
「面白れえ…やってみせろや!!」
男の怒号を合図に、20人近い盗賊団が、獲物を携えてあたしに襲い掛かる。剣、斧、槍。それぞれが得意とする武器を意気揚々と振り回すけど、手入れが行き届いていないのが見て取れる鈍らだらけ。人並みに武を嗜んでいる者であれば、そんな愚行極まる行為は絶対にしない。
武器1つで連中の力量は十分に知れた。後は、それを証明してやるだけだ。あたしは鞘から素早く刃を引き抜いて、一番距離の近い男に向けて振りかぶった。
「だあああっ!!」
「うおっ!?」
やっぱり脆い。あたしの一閃で、男の所持していた剣はパリンと音を立てて砕け散った。獲物を失って動揺している男のみぞおちに、すかさず鞘で突きを入れて行動不能にしてから、次の相手を迎え撃つ。
「さあ、次!」
「舐めやがって、ガキが!」
今度は3人同時に多方向から。これもまた、攻撃の軌道が直線的で見切りやすい。あたしは垂直に空高く宙を舞い、3人の内の1人に狙いを定め、男のやや手前の地面に向けて刃を投擲する。
読み通り、男は数歩引いてこれをかわし、冷や汗をかきながらも他の2人に攻撃のタイミングを促した。大方、あたしが地上に降りたと同時に一斉攻撃だとか考えているのだろう。残念だけれど、それはあたしの想定を超えてはいない。
あたしは攻撃するふりをして大地に深々と突き刺した刃の柄に舞い降りた後、再度飛び上がる。この奇天烈な行動を予期していなかった連中の攻撃は虚しく空を切り、お互いの獲物同士を接触させて盛大に打ち鳴らした。
「バカな!?」
「甘い、甘い!」
交錯している武器を足場として利用して着地し、刃を回収してから鞘と共に周囲を大きく薙いだ。刃で武器の柄を、鞘で頬やわき腹を叩いて、3人同時に沈黙させる。
「ほーら、次!!」
「なっ…何だこのガキ…!?妙に戦い慣れしてやがる…!?」
「さっきまでの威勢はどうした!もう降参!?」
「ふざけんな!!お前ら、ガキにいいようにさせ—————」
突如として発生した凄まじい大風が、男の言葉を遮る。洞窟の最深部で起きたありえない現象に、誰もが戦闘を中断して周囲を見渡す。すると、あたしがやって来た細道側にいた盗賊団員が、次々と宙に飛ばされては地面に叩き付けられていた。
あたしには、大風が発生した原因をすぐ理解出来た。『アイツ』が嗅ぎつけて来たんだと。
「女1人相手に寄って集って、情けない連中だな」
「お、お前…その出で立ちは…まさか!白銀の閃光!?」
アイツ…オージェは、こっちに向かってゆっくりと歩きながら片腕で大剣を薙ぎ、風圧だけで盗賊団員を戦闘不能に追い込む。悔しいけど、実力は確かだと認めざるを得ない。
「その名前で呼ばれるのは本意じゃないが、俺を知ってるなら話は早い。さっさと降参して盗品を返せ。返すなら手加減してやる」
「ちょっと!割って入らないでよ!」
「うるせえ。ちんたらと時間かけ過ぎなんだよ、デコ」
「なっ…こいつー!遅れて来た癖に偉そうにしてー!!」
腹の立つ尊大な態度。やっぱりこいつは嫌いだ。またしてもオージェは、怒りに震えるあたしを無視して、残り10数人の盗賊団員に大剣の切っ先を向けて威圧する。
「俺はそんなに気の長い方じゃない。さっさと決断しな」
「へ、へへ…。だ、誰が降参なんてするかよ!寧ろラッキーだぜ!白銀の閃光を倒したとなりゃあ、俺達の名声は世界中に轟く!!」
これぞ模範解答と言わんばかりの典型的返答。上擦った声色が可笑しくて、あたしは吹き出してしまった。
「…そうか。後悔するぞ」
「うっ、うるせえ!やっちまえ!!」
及び腰ながらも、盗賊団員は最後の抵抗を始めた。往生際が悪いやつだ。
「あたし1人で十分なんだけど…ま、いっか。足は引っ張らないでよ!」
「それは俺の台詞だ、デコ」
本気になったあたしとオージェに、その辺の盗賊が敵うはずもなく、ものの数秒で決着はついてしまった。あたしは刃を鞘に収め、気絶している盗賊全員を縛りあげた後、エルを呼びに戻ろうとしたけれど、戦闘音がしなくなったことで状況を察したのか、既にこっちに来て周囲を観察していた。
「エルー、終わったー」
「いつも以上に早かったですね。これも、オージェさんのおかげでしょうか?」
エルがオージェに意味あり気な視線を送ると、オージェはフンと軽く鼻を鳴らして、奥に並べられていた盗品の回収を始めた。
「あーっ!手柄を独り占めする気かー!?ずっこいぞ!!」
「お前じゃあるまいし、んな事しねぇよ。口より手動かせデコ」
「ムカーッ!デコデコって!このハゲ!!」
「目ついてんのか?デコ」
「ハーゲ!」
「デコ!」
「息ぴったりですね。『デコハゲ』って名前のチームを組んでみては?」
『絶対組まん!!』
やっぱり、こいつは嫌いだ!