終戦
時計塔から立ち昇る煙をいち早く確認したエルノアは、すぐさま前線へ伝令を走らせた。自身が想定していた以上に時間が経過してしまった事に対し、いささか見積もりを誤ったと反省する。いくら強者と太鼓判を押されるリノとオージェとはいえ、2人で行かせたのは失敗だったのかもしれないと。想定外の事態が起こり得る可能性も考慮した上での人選だったが、それすらも上回る『何か』があったと考える。
完璧主義を目標としているエルノアにとって、今回の失敗は屈辱を感じさせた。心の中に湧き出す悔しさを今は捨て置いて、眼前の事態を収拾させる事に専念する。帰還した伝令兵からガンツの「了解しました」との言付けを聞き、すぐさま行動へ移る。トルーソンに代々伝わりし戦術兵器である大砲を運び出して、数10基の大砲の照準をオルレイ派の軍勢へと向けさせた。
「エルノア殿、発射準備完了しました!」
「了解です。では各基、私が指示した箇所に向けて発射して下さい」
エルノアがそれぞれの砲手に着弾させる範囲を指示すると、やはりと言うべきか、砲手は揃って首を傾げた。
「あの…エルノア殿。無礼を承知でお尋ねしますが、敵に当たらない場所に撃って何の意味があるのでしょうか?」
「この戦、殺しが目的ではありません。私達大砲部隊が成すべき事は、あくまで前線のサポートです」
「我々の砲撃が、ガンツ様の援護になると?」
「ええ。信じていただければ、100%の勝利を約束しましょう」
自信満々に言ってのけるエルノアの表情に兵士達も納得したのか、それぞれが気合いの入った雄叫びで砲身を調整した。
「1番、2番、よーし!」
「では…順次発射を」
導火線と呼ばれるロープに火を点火して、けたたましい轟音と共に、巨大な鉛玉が次々と発射された。
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戦場に絶えず鳴り響く金属音をかき消すほどの轟音を耳にしたガンツは、ふと後方を確認する。すると、空には複数の巨大な鉛玉。それらは美しい曲線を描いてオルレイ派の陣地に向かって飛んでいく。エルノアの合図だ。待ちに待った瞬間に、ガンツは腰に下げていた剣を勢いよく抜き、高々と天に掲げた。
「皆の者、よくぞ耐え抜いた!これより我らの反撃である!!」
「何をバカな!?人質がどうなっても…」
「愚かなりオルレイ!無策で戦場に赴くとでも思ったか!?」
「…まさか!」
「気付くのが遅かったようであるな!人質は既に救出させてもらった!!」
「初めから時間稼ぎの囮だったと言う訳か…!ええい、あの弧月とかいう男はどうしたというのだ!?あれだけの大金を払わせておいて―――――」
「オ、オルレイ様!砲弾が来ます!」
投石とは比較にならない一撃が、オルレイ派の陣営を乱す。大地を抉り、衝撃で飛び散った土が滝のように降り注ぐ。直接当たってはいなくとも、その威力を目の当たりにすれば、砲弾の雨が止むまで回避行動を優先する他にない。そして、ただこうして垂れ流して戦意を削ぐだけが、エルノアの目的ではなかった。真の狙い…それは、砲弾を放つことで敵の布陣を動かすことにあった。エルノアの的確な指示と砲手の手腕により、広域に展開していたオルレイ派の陣形はみるみる縮小して、やがて一カ所に固められた。
それに平行して、砲弾に巻き込まれない程度の距離を保ちながら、大回りに包囲する陣形を整えていたガンツは、恐ろしいまでのエルノアの鮮やかな手並みに興奮しつつ、砲撃が止んだのを確認してから声を張り上げた。
「全軍、攻撃開始!今こそ逆賊オルレイに鉄槌を下すのである!!」
「おおおおおーーーっ!!!」
大盾部隊も、武器を剣に持ち替えて突撃する。
「オルレイ様、お逃げを!」
「間に合わん…!」
四方八方から攻めて来るシード派の兵士達を相手に、逃げられるはずもない。加えて、圧倒的と言えるほどの士気の差。勝敗は既に決していた。果敢に武器を振るうシード派に対し、オルレイ派は一カ所に固められたのが災いして、十分な場所を確保出来ない為に、武器を振るえば味方に当ててしまう状況。受け流すしかなかった。
「2人1組で必ず仕留めるのである!ただし、無駄な殺生は控えよ!!」
殺すという行為は、清く正しい騎士の行いからは程遠い。故に優勢なのを利用して、可能な限り『殺す』のではなく『沈黙』させるよう促す。1人が剣で敵の注意を引きつけ、その隙に後方からリーチの長い槍で突き崩して武器を奪う。それぞれが息の合った連携でやってのけると、降伏する者達が次々と現れ始めた。
「オルレイ様!降伏する者が後を絶ちません!!」
「まさかガンツ如きが、ここまでの力を秘めていたとは…!」
「それはこちらの台詞であるぞ、オルレイ!!」
側でガンツの声が聞こえると、反射的にオルレイはそちらに顔を動かす。すると目の前には、馬を下り、剣を片手に土煙の中を歩んで来るガンツの姿があった。
「ガンツゥ…!」
「勝敗は決した!大人しく投降するのである、オルレイ!」
「ふざけるなあああっ!!私は、私はまだ負けてなど…!!」
今までのような冷静な態度が見る影もない。オルレイは激しく狼狽して、がむしゃらに剣を振り回した。味方に当たろうとも気にせず、息を切らしては目を見開きガンツを睨む。
「ありもしない幻の力に溺れた結果である。己の弱さを恥じよ」
「誰に向かってものを言っている!?私は左翼隊長、オルレイだぞ!?貴様のような雑魚が、私にぃぃぃ…ッ!!」
「ならば我輩の力、とくとご覧にいれようぞ!決闘である!!」
「望む所よおおおぉぉぉ!!!」
馬から降りて、オルレイは凄まじい速度でガンツに突撃する。我を忘れているとはいえ、さすがに隊長を務めるだけあって技量は一流。的確に急所を突く連撃で、ガンツに反撃の暇を与えない。
「どうした!?防戦一方ではないかあああぁぁぁ!!この程度の実力で、この私に啖呵を切ったと言うのかあぁ!?」
「吠えるな!今見せてやる…!!」
日頃から、シードとオルレイの手合いを欠かさず見学していたガンツは、2人の太刀筋をよく理解していた。故に反撃はいつでも可能だったが、あえて防御して攻撃を捌き、とある瞬間を待った。それは、オルレイが痺れを切らして大振りな攻撃を放つ瞬間。一撃で仕留めてこそ、相手の闘争心を完膚なきまでに叩き折る事が出来る…と。
「ええぇい!目障りなぁ!!」
オルレイ自身が想像していた以上に、ガンツは粘り強かった。周囲で成り行きを見守っていた両軍の兵士達も、ガンツの隠された実力に言葉を失っていた。その光景が癪に障ったのかは定かではないが、オルレイが放った剣の軌道は、僅かだが外側に寄っていた。
「貴様の野望も終わりだ、オルレイ!!!」
まさに刹那の攻防。ガンツが放った煌めきの一閃は、見事オルレイの剣を弾き飛ばした。回転しながら宙を舞った剣は、やがて大地に突き刺さり、それが勝負の決着を告げた。まさか自身が敗北するとは夢にも思っていなかったのか、オルレイはわなわなと肩を震わせて力なく地面に倒れ込んだ。
「わ、私が…私が…」
「言ったはずである。幻の力に溺れた結果だと。我輩にも勝てぬようでは、野望など夢のまた夢。諦めるのである」
何か言葉を発しようと口を開きかけるも、オルレイはそのまま気を失った。自信を喪失したショックが大き過ぎた故と思われる。起きた際に暴れ出す可能性は低いだろうが、念の為に縄で両手を縛ってから、ガンツは己の剣を高々と天に掲げた。
「我が方の勝利である!全軍、勝ち鬨を上げよ!!!」




