竜虎相搏つ その3
武器すらも見せかけることが出来る魔法、幻惑の力に不覚を取ったあたしは、自身の右肩に突き刺さった短剣を引き抜いて、床に放り投げた。
「いたた…くそっ、完全に油断してた」
「以前にも話をしたな?教科書に載っている事象が、世の全てではないと。私の出す問いは、小娘には少々難しいようだな」
「出来の悪い小娘で悪うござんましたね。けど、まだこれからだよ」
「その傷ついた身体でも尚、私に打ち勝てると言うのか」
「当然!常勝不敗がモットーだからね。負けるって言葉があたしの口から出ることはないっ!…と思う」
「フフッ、ハハハ!面白い。自信があるかと思いきや、実際そうでもないとは。だが…実に良い答えだ、リノ・レインバー」
「でしょ?だからさ、時間がないから大人しくここを譲ってよねッ!」
多少肩が痛むけれど、お構いなしに距離を詰める。複数の攻撃手段があるのは、弧月だけじゃない。今度はあたしの演舞式抜刀術を披露する番だ。まずは刃を突き立てて、受けてくれるよう真っ直ぐに伸ばす。すると想定通り、二対の小太刀を利用して受け止めてくる。その力を梃子の原理で利用して宙に舞い、強烈な回し蹴り。あたしと同じ右肩に打撃を負わせてから背後に着地し、振り向きざまに刃を薙ぐ…フリをして、本命の鞘を弧月の膝間接に滑らせた。肉に当たるよりも痛みを感じる、骨への打撃。効果は覿面で、弧月の動きが明らかに鈍った。
でもまだ、それだけじゃ終わらない。屈んだままの体勢を生かして、下から上へと素早く足を伸ばし、弧月の顎を蹴り上げる。衝撃でよろめいている隙に跳ね起きで上体を戻して、鞘でみぞおちを突き、とどめに刃を用いての袈裟斬り。流れるような連続攻撃で、ようやく弧月に膝をつかせた。…けれど、これも分身だったようで、満足気な様子を見せたかと思いきや、霞となって消え去った。
「あー、もう。不完全燃焼だなあ。…ってことは、ハゲと戦ってるあのおっちゃが本物ってことか」
乱れた服装を軽く直してからオージェの方へと視線を向けると、まだ戦闘中だった。本体だから分身より能力が高いのか、オージェがやや押され気味に映った。あたしもだいぶん体力を消耗したけれど、ゆっくりと休んでいる暇はなさそうだ。獲物を握り直して、弧月の背後から攻めかかる。
「私の現し身をこうも簡単に破るとは…素晴らしい才能だぞ、リノ・レインバー」
「正直言って、全然簡単じゃなかったよ!」
あたしの一太刀を、身体を捻ってひらりとかわした弧月は、あたし達から距離をとって菅笠の位置を修正した。
「私の魔力も限界…か。致し方あるまい。この勝負は敗北を認め、撤退するほかあるまい」
「待て。この状況で逃げられると思ってんのか?」
「手段はある」
そう呟くと、弧月は窓に向かって疾走する。外観からざっと見ても4、50mはあった塔の頂上から飛び降りたりなんかすれば、どうなるか分かっているだろうに。
「あいつ、この高さから飛び降りるつもりか!?そんな芸当…!」
「不可能な事をする気は毛頭無い。では、また会おう」
弧月は何の躊躇いもなく、窓から身を躍らせてこの場から消え去った。結果を知りたかったあたしは、走って窓まで行って顔を出し、その行方を追う。
「どこに…?あっ!」
奴は生きていた。自身の纏っていた外套を利用して、ムササビが飛んだ時のような、滑空状態を保ちながら宙に浮いていた。些細なミスでも即地上に真っ逆さまだろうに、大した心臓だ。曲芸師も驚く軽業に、あたしは思わず舌を巻いた。
「くっそー、あんな隠し芸があるなんて聞いてないぞ-!」
「まんまと逃げられたか。仕方ない、奴のことは諦めろ」
「…だね。悔しいけど、人質の解放が最優先だ」
納得はいかないけれど、諦めるより他ない。気持ちを切り替えて、奥にある牢屋に急ぐ。飛びかかる勢いで鉄格子の中を覗くと、紫色の長髪が美しい1人の少女が、背中を向けて床に横たわっていた。気絶しているのか、起き上がる気配はない。出入り口の扉には鍵がかけてあり、どうにも開きそうにない。
「しまったー…。鍵がないと助けられないじゃん」
「面倒だ、どいてろ!」
探すよりも、壊した方が早いと判断したのか、オージェは自慢の大剣を力強く薙いで、鉄格子をあっさりと切り裂いた。
「やるじゃん」
「…早く介抱してやれ。男の俺がやる訳にはいかないだろう」
「はいはい」
節操はあるようで。あたしは身体を捻って牢屋の中に入り、メイシーであろう少女を抱き起こす。目立った外傷はなく、脈拍は正常で心臓もリズムよく音を刻んでいる。命に別状はなさそうだ。ひとまず安心したあたしは、ほっと胸を撫で下ろす。
「無事みたい。良かった~」
「…ん」
あたしの声に反応したかのように少女は声を漏らし、閉じていた目をゆっくりと開いた。
「ここは…?」
「あ、目が覚めた?貴方がメイシーさんで間違いないよね?」
「はい。私がメイシーです。あの…あなた方は?」
「正義の味方ってとこかな。メイシーさんを助ける為にここへ来たんだ。だから安心して」
「そうでしたか…。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。私がオルレイ様に反論したばかりに…」
メイシーは俯いて、何も出来なかった自分自身を責める。シードの話に聞いていたように、人の気持ちを考えられる女性なんだな。仕草の1つにも、その思いが滲み出ていた。
「メイシーさんは悪くないって。でも良かった、怪我がなくてさ」
「そう言っていただけるとありがたいです。不躾ですが、お名前は?」
「あたしはリノ。んで、こっちのムッツリがオージェ」
「おいデコ。誰がムッツリだ」
指を差して教えてやると、不満そうに眉を動かす。
「ね?」
「ふふふっ、リノさんにオージェさん。この度は本当にありがとうございました。それで、これからどうされるおつもりですか…?」
「んーと、あたし達の役目はメイシーさんを助けることだったから…あっ!」
「信号出すの完全に忘れてただろ、お前」
「そ、そんなことないやい!」
本当はすっかり忘れてたけど、突っ込まれる前に行動する。事前にエルから受け取っていた、煙を発生させる筒を手に窓へ近寄る。カングタート平原では、未だ激しい攻防を絶え間なく行っていた。よく目を凝らすと、ガンツらしき大男が馬上からあれやこれやと指示を出している様子が見えた。
「エル、遅れてごめんよっ!」
筒に取り付けられた引き金を引いて、中に詰まっていた火薬を炸裂させる。すると、瞬く間に煙が周囲に立ちこめては、窓から出て空へと昇っていく。これであたし達がメイシーの救出に成功したことをエルに伝えられたはずだ。後はお任せする、自慢の相棒に。




