竜虎相搏つ その1
午前7時。戦支度を整えたあたし達は、カングタート平原に赴いた。平原の先には、オルレイ派の根城である第二の城塞に、細く長く伸びた時計塔。いよいよ決着の日だ。手筈通り、あたしとオージェは平原を大きく迂回して時計塔前で待機し、ガンツやエルは、高々とシード派の象徴である真紅の旗を掲げて、オルレイ派が出陣するのを待ち構える。
オルレイは戦士としては優秀だけれど、指揮者としては無能。そうエルは断言していたけれど、本当に旗を振り回すだけで、オルレイ派がのこのこと出て来るのだろうか。双眼鏡を片手に様子を窺っていると、オージェが静かに言い放つ。
「心配しなくても、奴らは出て来る」
「いや、エルのことを信頼してない訳じゃないんだけどさ…。あいつらは騎士道精神を捨てた連中だし、こっちの流儀に対抗するとは思えないんだけど」
「エルノアも言ってただろう、指揮者としては無能だと。昨日の襲撃ではっきりしたが、俺がちょっと揺さぶりをかけただけで、奴は逃げ出したんだ。この意味が分かるか?」
「ようは大口叩きってことでしょ?人質と言う名の盾が機能しないと分かった途端、兵士の消耗を恐れて逃げた。判断としては賢いかも知れないけど、ハッタリを見抜けない時点でダメだよね」
「指揮者である以上、自身の判断が陣営の今後に多大な影響を及ぼす。器じゃないオルレイは、些細な事にも敏感になってんだよ」
「だから、この挑発にもまんまとかかるって訳か」
オージェは軽く腕を組んで近くの岩に座り込む。随分と達観してるな。いや、違う。決して外には漏らさないけれど、内心ではオージェも緊張しているんだろう。同じ武の道を志す身としては、そんな風に感じ取れた。
それから数十分後、エルの策にまんまと嵌まったであろうオルレイが、全軍を引き連れて城塞から出て来た。ガンツの側にあたし達の姿がないのを確認すれば、勝てると思ってきっと舞い上がるだろうな。そんな想像をしていると、背後からオージェが呼びかけてきた。さあ、作戦開始だ。オルレイ派の列が城塞から完全に離れたのを確認してから、あたしとオージェは身を屈めて移動を開始した。
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普段は平穏なカングタート平原に、これから嵐が巻き起こる。シードに代わって隊長となったガンツは、緊張のあまり頭の中が真っ白になっていた。いくらエルノアがサポートをしてくれるとはいえ、自身が判断を誤れば、部下が戦いの犠牲になるかもしれない…と。皆の命を背負ってこの場に立っているという、その責任の重さに押し潰されて、何も考えられなくなっていた。喉は渇き、手綱を握った手は震える。馬に乗っている分、揺れで気持ち悪さも襲ってきた。
「緊張してますか?」
ふと、並走していたエルノアが声をかけてくる。一度オルレイに素顔を見られている為、簡易的なハリボテの甲冑を身に着けて、正体を悟られないように扮していた。
「緊張どころか、オルレイ派の旗印が見えただけで、卒倒しそうになったであります…。我輩はやれるのでしょうか、エルノア殿」
「自分を信じて下さい。ついて来てくれた兵士の皆さんは、貴方が信頼に値する人間だと判断したからこそ、ここにいるんです」
「エルノア殿…」
「自覚がないのかも知れませんが、それだけ慕われていると言うことです。日頃の行いが良いおかげですね」
エルノアの激励は、今のガンツにとって最もありがたい言葉だった。一目惚れした女性に励まされて、気合いの入らない男はいないだろう。歯を食いしばって、ガンツは真っ直ぐに前を見つめた。青の旗に、漆黒の鎧を纏った軍団の列。我欲にまみれた者達に、これ以上好き勝手させる訳にはいかない。亡きシードの無念を晴らす為にも。
ガンツが覚悟を決めると、それに合わせたかのようにオルレイ派が到着した。まずは舌で黙らせる。怒りを抑えて冷静に、かつ勢いをもってオルレイと対面する。
「フフフ、一体これはどうしたことですかな?シード殿はどちらに?」
「痴れ者が、シード殿の名を口にするな!その許しがたき愚行、恥と知れオルレイ!」
「ほう。金魚の糞ごときが、この私に向かってよくも…。しかし、その手には乗りません。怒りを誘って指揮系統を乱そうとしても無駄なこと」
「我輩がそのような姑息な手段をとるとでも?甘く見るな!騎士は、常に堂々たるものである!!」
平原中に、ガンツの嘘偽りない純粋な叫びが木霊する。シードから学んだ騎士の本懐を、余すことなく全身で表現する。この天晴れとした姿に、シード派の士気が上がる。
「何を馬鹿な。そのくだらない意地を捨てられぬばかりに、憐れにも命を落とした者がいるというのに」
「命が消えようと、魂は死なず!我輩達の心には、シード殿から譲り受けた想いが深く刻まれているのである!!他を冒涜することでしか自らの立場を保てぬ矮小なその心、実に醜い!!」
「言わせておけば…!しかし、いくらそのような方便を垂れ流そうとも、結果が伴わなければ無価値。良いのですかな?私の言葉1つで、ガンツ殿が守らんとしている命が消え去りますが?」
「…卑怯な!」
本当はハッタリだと分かっていても、ガンツはあえて動揺した様子を見せて相手の出方を窺う。するとオルレイは、エルノアが予想した通り得意気な表情で、ガンツを見下すような態度をとった。
「そうでしょうな。かつてのシード殿もそうだった。今度はガンツ殿、貴殿の番だ。仲間共々、仲良くあの世で暮らすと良い」
オルレイが静かに手を上げると、前線の兵士達が一斉に散開し、後衛に控えていた弓矢隊が一列に並んで弓を構えた。
「斉射!!」
オルレイの一言で、空に矢の嵐が形成された。がしかし、これはエルノアの想定していた範囲内。事前に用意しておいた大盾部隊を前へ出す。
「盾部隊前へ!仲間を守るのである!!」
「おおーーーっ!!!」
頼もしい兵士達の気合いの雄叫びが、戦場に木霊した。大盾を空に向けて構え、次々と矢を受け落としていく。その隙にオルレイは手早く兵をまとめ、順次突撃させてくる。矢の攻撃が止まない以上、盾部隊は身動きが出来ない。その為ガンツも同様に兵をまとめ、盾部隊の前に出して迎撃態勢を整えさせた。本当ならば反撃を試みたい所だが、今下手に動こうものなら、たちまちオルレイは時計塔に兵を送り、別動隊のリノやオージェが危険に晒されることになりうる。そうさせない為に、大胆に振る舞うことで敵の視線を集めつつ、且つ別動隊が成功の合図を送るまでの間、殲滅可能な兵力を残しておかなければならない。
「臆するな!必ず勝機は来る!それまで耐えるのである!!」
「意気揚々と出て来た割には、口ほどにもない…!押し潰せ!!」
お互いの軍勢が激しく衝突する最中、エルノアは頃合いを見計らって、馬を反転させ後退する。もっと知恵の回る将ならば苦労したであろうが、このレベルなら全滅の心配をすることもない。エルノアはそう判断した。なるべく1人でも助かって欲しいと願いながらも、敵に見えない起伏のある場所で、自分にしか出来ない仕事を始める。昨夜ガンツに用意させておいた、この国に伝わる戦術兵器の組み立てを…。




