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フリーダムガール  作者: 赫宗一
トルーソン編
54/111

竜虎相搏つ その1

午前7時。戦支度を整えたあたし達は、カングタート平原におもむいた。平原の先には、オルレイ派の根城である第二の城塞に、細く長く伸びた時計塔。いよいよ決着の日だ。手筈てはず通り、あたしとオージェは平原を大きく迂回して時計塔前で待機し、ガンツやエルは、高々とシード派の象徴である真紅の旗を掲げて、オルレイ派が出陣するのを待ち構える。


オルレイは戦士としては優秀だけれど、指揮者としては無能。そうエルは断言していたけれど、本当に旗を振り回すだけで、オルレイ派がのこのこと出て来るのだろうか。双眼鏡を片手に様子を窺っていると、オージェが静かに言い放つ。


「心配しなくても、奴らは出て来る」


「いや、エルのことを信頼してない訳じゃないんだけどさ…。あいつらは騎士道精神を捨てた連中だし、こっちの流儀に対抗するとは思えないんだけど」


「エルノアも言ってただろう、指揮者としては無能だと。昨日の襲撃ではっきりしたが、俺がちょっと揺さぶりをかけただけで、奴は逃げ出したんだ。この意味が分かるか?」


「ようは大口叩きってことでしょ?人質と言う名の盾が機能しないと分かった途端とたん、兵士の消耗を恐れて逃げた。判断としては賢いかも知れないけど、ハッタリを見抜けない時点でダメだよね」


「指揮者である以上、自身の判断が陣営の今後に多大な影響を及ぼす。うつわじゃないオルレイ()は、些細ささいな事にも敏感になってんだよ」


「だから、この挑発にもまんまとかかるって訳か」


オージェは軽く腕を組んで近くの岩に座り込む。随分と達観してるな。いや、違う。決して外には漏らさないけれど、内心ではオージェも緊張しているんだろう。同じ武の道をこころざす身としては、そんな風に感じ取れた。


それから数十分後、エルの策にまんまとまったであろうオルレイが、全軍を引き連れて城塞から出て来た。ガンツのそばにあたし達の姿がないのを確認すれば、勝てると思ってきっと舞い上がるだろうな。そんな想像をしていると、背後からオージェが呼びかけてきた。さあ、作戦開始だ。オルレイ派の列が城塞から完全に離れたのを確認してから、あたしとオージェは身をかがめて移動を開始した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


普段は平穏なカングタート平原に、これから嵐が巻き起こる。シードに代わって隊長となったガンツは、緊張のあまり頭の中が真っ白になっていた。いくらエルノアがサポートをしてくれるとはいえ、自身が判断をあやまれば、部下が戦いの犠牲になるかもしれない…と。皆の命を背負ってこの場に立っているという、その責任の重さに押し潰されて、何も考えられなくなっていた。のどは渇き、手綱たづなを握った手は震える。馬に乗っている分、揺れで気持ち悪さも襲ってきた。


「緊張してますか?」


ふと、並走していたエルノアが声をかけてくる。一度オルレイに素顔を見られている為、簡易的なハリボテの甲冑かっちゅうを身に着けて、正体を悟られないようにふんしていた。


「緊張どころか、オルレイ派の旗印が見えただけで、卒倒しそうになったであります…。我輩はやれるのでしょうか、エルノア殿」


「自分を信じて下さい。ついて来てくれた兵士の皆さんは、貴方が信頼に値する人間だと判断したからこそ、ここにいるんです」


「エルノア殿…」


「自覚がないのかも知れませんが、それだけ慕われていると言うことです。日頃の行いが良いおかげですね」


エルノアの激励は、今のガンツにとって最もありがたい言葉だった。一目惚れした女性に励まされて、気合いの入らない男はいないだろう。歯を食いしばって、ガンツは真っ直ぐに前を見つめた。青の旗に、漆黒の鎧をまとった軍団の列。我欲がよくにまみれた者達に、これ以上好き勝手させる訳にはいかない。亡きシードの無念を晴らす為にも。

ガンツが覚悟を決めると、それに合わせたかのようにオルレイ派が到着した。まずは舌で黙らせる。怒りを抑えて冷静に、かつ勢いをもってオルレイと対面する。


「フフフ、一体これはどうしたことですかな?シード殿はどちらに?」


れ者が、シード殿の名を口にするな!その許しがたき愚行、恥と知れオルレイ!」


「ほう。金魚の糞ごときが、この私に向かってよくも…。しかし、その手には乗りません。怒りを誘って指揮系統を乱そうとしても無駄なこと」


「我輩がそのような姑息な手段をとるとでも?甘く見るな!騎士は、常に堂々たるものである!!」


平原中に、ガンツの嘘偽りない純粋な叫びが木霊こだまする。シードから学んだ騎士の本懐ほんかいを、余すことなく全身で表現する。この天晴あっぱれとした姿に、シード派の士気が上がる。


「何を馬鹿な。そのくだらない意地を捨てられぬばかりに、あわれにも命を落とした者がいるというのに」


「命が消えようと、魂は死なず!我輩達の心には、シード殿から譲り受けた想いが深く刻まれているのである!!他を冒涜することでしか自らの立場を保てぬ矮小わいしょうなその心、実にみにくい!!」


「言わせておけば…!しかし、いくらそのような方便を垂れ流そうとも、結果がともなわなければ無価値。良いのですかな?私の言葉1つで、ガンツ殿が守らんとしている命が消え去りますが?」


「…卑怯ひきょうな!」


本当はハッタリだと分かっていても、ガンツはあえて動揺した様子を見せて相手の出方をうかがう。するとオルレイは、エルノアが予想した通り得意気な表情で、ガンツを見下すような態度をとった。


「そうでしょうな。かつてのシード殿もそうだった。今度はガンツ殿、貴殿の番だ。仲間共々、仲良くあの世で暮らすと良い」


オルレイが静かに手を上げると、前線の兵士達が一斉に散開し、後衛にひかえていた弓矢隊が一列に並んで弓を構えた。


斉射せいしゃ!!」


オルレイの一言で、空に矢の嵐が形成された。がしかし、これはエルノアの想定していた範囲内。事前に用意しておいた大盾部隊を前へ出す。


「盾部隊前へ!仲間を守るのである!!」


「おおーーーっ!!!」


頼もしい兵士達の気合いの雄叫びが、戦場に木霊した。大盾を空に向けて構え、次々と矢を受け落としていく。その隙にオルレイは手早く兵をまとめ、順次突撃させてくる。矢の攻撃が止まない以上、盾部隊は身動きが出来ない。その為ガンツも同様に兵をまとめ、盾部隊の前に出して迎撃態勢を整えさせた。本当ならば反撃をこころみたい所だが、今下手に動こうものなら、たちまちオルレイは時計塔に兵を送り、別動隊のリノやオージェが危険に晒されることになりうる。そうさせない為に、大胆に振る舞うことで敵の視線を集めつつ、つ別動隊が成功の合図を送るまでの間、殲滅せんめつ可能な兵力を残しておかなければならない。


おくするな!必ず勝機は来る!それまで耐えるのである!!」


「意気揚々と出て来た割には、口ほどにもない…!押し潰せ!!」


お互いの軍勢が激しく衝突する最中さなか、エルノアは頃合いを見計らって、馬を反転させ後退する。もっと知恵の回る将ならば苦労したであろうが、このレベルなら全滅の心配をすることもない。エルノアはそう判断した。なるべく1人でも助かって欲しいと願いながらも、敵に見えない起伏のある場所で、自分にしか出来ない仕事を始める。昨夜ガンツに用意させておいた、この国に伝わる戦術兵器の組み立てを…。

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