大剣使いの憎きアイツ 前編
「盗賊退治?」
いつものようにギルドに顔を出していたあたしとエルは、ギルド長である老人の唐突な話題に首を傾げた。
「つい先日、最近話題の宝石商が襲われてのう。レンブールから少し南に行った所にパラナ草原があるじゃろう?奴らはあそこに点在している洞窟の1つを根城にして活動しているらしいのじゃが、組織の規模が規模だけに中々手を焼いているようでな。いよいよ警察側がギルドに協力を申し出てきたんじゃよ」
「その話をすると言う事は、解決に手を貸せと?」
「お前さん達のような兵がおれば、安心出来ると思うのは当然じゃろう?」
ギルド長はニカッと笑って、誓約書の1枚を手に取ってちらつかせる。あまり引き受ける人間がいないのだろう。カウンターの上に余っている大量の誓約書を見てそれを確信した。
「どうしますか、リノ?」
「んー…受けてもいいけど。あんま人気なさそうだね?」
「近年の若者は意気地なしが多いからのう。ギルドを生業にしておる輩であれば、毎日が死と隣り合わせじゃろうに」
ギルド長は、パイプを片手に頬杖をつき、プカプカと吹かしはじめる。
「じっちゃの言い分も分からなくはないけど、個人差ってあるしねぇ」
「ほほ、そいつはもっともじゃな」
「えぇ?自分から振った話題投げた?」
「今のはギルド長なりのジョークだったようですよ」
「えーっ!?」
「ほっほっほっ!」
「…年寄りの考えることは謎だ」
そんな他愛のない話をしていると、入口の小鐘が鳴った。誰か来たようだ。木板を軋ませる靴の音からして、成人男性だろう。
「邪魔するぞ、じいさん」
それは、聞き覚えのある嫌な声だった。忘れもしない。やたらとあたしを目の敵にしている『アイツ』だ。
「あら、お久しぶりですね」
「お前はどこかで。確か…エルノアだったか。なら、そこにいるのはデコか」
「だーれがデコだ!やっぱりアンタか、ハゲ!!」
反射的に勢いよく振り返ると、そこには偉そうに腕組みをしている『アイツ』の姿があった。
名前はオージェ・グラッツォ。鮮麗されてない無造作な銀色の短髪に、人を寄せ付けない紅色の険しいつり目。上下共に飾り気の無い鼠色のロングシャツ、ジーンズに、真白のロングコートをその身に纏っている。
「相変わらずキザな服装だな!それで女の子を虜にしようってかー?」
「なに訳分かんねぇこと言ってんだ。壊れたか?」
「ムカーッ!」
「ほーう、お前さん達『白銀の閃光』と知り合いじゃったんか?」
「ええ、一応は。知人とまではいきませんが」
オージェは世界でも指折りの実力者らしい。背中に負っている、身の丈を超えた黒塗りの大剣を片手で自在に振り回し、圧倒的な武力を持って、数々の難依頼を達成させてきた功績があるんだとか。小技で攻めるあたしとは、真逆のタイプだ。
「ぬぁーにが『白銀の閃光』だ!随分と大層な二つ名だなー!?」
「言ってろ、デコ」
やっぱりこのキザ野郎は好きになれない。怒りに震えるあたしを無視して、オージェはカウンターに向かう。すると、カウンターに置いてあった誓約書に気付いたらしく、手にとって読み始めた。
「じいさん、こいつは?」
「見ての通りじゃ。盗賊達の強さに怯えて、受け手がおらんのじゃよ」
「そうか。ならこいつは俺がやる」
オージェは懐から高そうな筆ペンを取り出すと、迷いなく誓約書にサインをした。
「流石は白銀の閃光。お前さん達、先を越されたのう」
ギルド長の一言が、あたしの闘争心に火を点けた。こいつだけには、何が何でも負けられない。あたしもカウンターに赴いて誓約書を取り、宣戦布告の意味も含めてデカデカとサインした。
「あたしもやる」
「ほほ、それは頼もしい限りじゃわい」
「リノ…完全にダシに使われてますよ」
上機嫌になるギルド長を眺めつつ、エルはやれやれと肩を竦めた。
「…やるのは勝手だが、俺の邪魔だけはするなよ」
「そりゃこっちの台詞だ!絶対負けないからな!!エル、スタートダッシュ!」
「はいはい」
あたしはやる気のないエルを引き連れて、早々にパラナ草原へと駆け出した。今に見てろ、あたしが先に解決してギャフンと言わせてやる!