模擬戦
トルーソン騎士団、右翼隊長のシードに協力を約束した翌日の早朝、あたしは騎士の宿舎そばにある練兵場で、久しぶりに剣の修行に勤しんでいた。師匠に技を教えてもらっていた時は、毎日のように修行に明け暮れていたけれど、免許皆伝してからというものの、ほとんどロクに鍛錬していない。
「しっ…!」
勢いよく刃を薙ぎ、空気を切り裂く。サボってはいても、なまってはいないのを実感する。けど、明日は大勢の兵士を相手に戦う必要がある分、ある程度の持久力も兼ね備えておかないと、後半が辛くなるだろう。そう考えたあたしは、支障をきたさないレベルで、身体を慣らしておくことにしたのだった。
「せっ!はっ!」
静寂に包まれた練兵場に、あたしの気合いの雄叫びが反響する。石畳を蹴る音でリズムを取り、流麗な足運びで設置しておいた木偶に向けて一閃。真っ二つに裂かれた木偶の上半身は、パサリと音を立てて床に舞い落ちた。
「朝から元気ですね、リノ」
声をかけられてふと出入口を見ると、扉にもたれかかるエルの姿があった。本を脇に抱えているということは、ここで読むつもりなんだろう。
「エルこそ。早いじゃん」
「三文の徳とも言いますしね。それに」
「それに?」
「あの…アプローチが激しくて」
「何の事?」
「…忘れて下さい」
エルは小さく溜め息をついて帽子の鍔を下げ、近くの段差に腰を下ろした。何の話だかさっぱりだけれど、特に問題なさそうなので訓練を続ける。それから数10分後、そろそろ休憩でもしようかと思い始めた頃、練兵場の扉が開かれ、新たな来訪者が姿を見せる。あたしの嫌いなアイツだ。
「ん?…チッ」
「今舌打ちしたなぁ!?朝っぱらから、このハゲは!」
「うるせーな。がなるなよ」
オージェは耳を押さえる仕草を見せ、嫌そうに呟く。どうやら朝は弱いらしく、心なしか身体がふらふらとしている。
「おはようございます、オージェさん」
「ああ。おい、エルノア。お前リノの教育係だろ。何とかしろ」
「おい!人を珍獣みたく扱うな!」
「難しいので却下します。それよりも、オージェさんも朝練ですか?」
「…そんなところだ。おい、デコ」
「あん!?」
「俺と勝負しろ」
予想外の発言に、思わずあたしも目を丸くする。一体どういう風の吹き回しだ。
「意外って顔だな。なに、木偶相手に練習しても味気ないってだけだ」
「へー、そうかい。怪我しても知らないよ?」
「それは俺の台詞だ。武器を選べよ」
オージェは顎で、練習用の武器が並んでいる棚を指す。真剣でやり合うと、本気で死にかねないからな。指示通り棚に向かい、刃の潰してある二振りの木製剣を手に、試合場に赴く。オージェの武器はやっぱり大剣。若干軽量なのが不満そうではあるけど、振る分には問題なさそうだ。動作を確認し終えると、同じく試合場に入って来る。
「時間制限はなし。どっちかが倒れるまででOK?」
「異論はない。始めるぞ」
お互いに獲物を構えて、静かに立つ。さっきまで眠たそうだったオージェの眼は、もうそこにはなかった。戦に降り立った、慈悲なき鬼神。そう例えるのがしっくりくるような、そこはかとない恐ろしさがあった。対面するのは今回が初めてだけど、ここまで威圧感のある男だとは思わなかった。認識を改める必要があるな。
「凄い殺気。完全にやる気だね」
「…ふん、行くぞ!」
先にオージェが床を蹴った。尋常ならざる速度であたしに詰め寄る。そのままの勢いで大剣を水平に薙ぎ、胴を狙ってくる。あたしはこれを屈んでかわし、右手の剣を走らせた。おそらく普通の相手なら、この一撃で終わっていただろう。けれど、オージェは違う。対応力が優秀で、すぐさま大剣を縦に構え直して弾く。このまま防戦一方に持ち込めるかと思いきや、そう簡単にはいかないな。
「やるじゃん」
「お前もな」
オージェは半歩後ろに退いて、すぐさま折り返し大剣を振りかざす。攻撃が来る前にあたしは側面に回り込み、左手の剣を頭部に、右手の剣を脚部に向けて薙ぐ。これはさすがに防ぎきれないだろうと思ったけれど、甘かった。オージェは足裏で右手の剣を止めると、左手の剣を大剣で受けきってみせた。それから鍔迫り合いであたしの剣を押し、動きの自由を奪ってくる。刃の受け方を調整しておいたはずなのに、いつのまにかずらされていた。どうりで普段より重圧がかかる訳だ。このままだと押し負けると踏んだあたしは、わざと体勢を崩してから身体を捻り、回転の力を利用してオージェの射程外に転がり出る。不格好だけど致し方ない。
「っつー。あっぶなー」
「運の良い奴だ」
「運も実力のうちってな。おし、行くぞー!」
「…来い!」
気合い十分に、オージェに向かって突進する。小手先の技が通用しないなら正攻法でいくのが筋なんだろうけど、あたしの考え方は逆だ。通用しないなら、するようになるまでこねくりまわす。走り様に身体を屈めて懐に潜り込む動作を見せてからの、空高い跳躍。オージェの頭上に陣取ったあたしは、牽制に左手の剣を投擲する。当然オージェは大剣を構えて弾くけれど、それが狙いだ。
角度が良好だったようで、剣は甲高い音を立てて床に突き刺さった。その位置を確認した後、右手の剣を両手で持っての唐竹斬り。勢いのついた攻撃で、オージェに防御を強要させる。足技での反撃が来る前に離脱するけれど、そう簡単には逃がさないのがこの男。なので今回は、それを逆手に取る戦術を選ばせてもらう。
後方に飛び退った先には、さっき突き刺しておいたもう1つの片手剣。その柄に飛び乗り、再度前に跳躍してオージェの背後に降りる。さすがのオージェもこれは予想外だったようで、僅かに反応が遅れていた。このチャンスを逃しはしない。振り向きざまからの一薙ぎを防御させてから怒涛の攻めを展開し、反撃の暇を与えない。
「どーした、もう降参!?」
「チッ…まだだ!!」
形勢不利になっても、オージェの瞳には闘志の炎が燃え盛っていた。自らの大剣を盾のようにして押し出し、あたしからの攻撃を防御しつつ、したたかにも攻撃を放ってきた。俗にいうシールドバッシュだ。何でもありな戦闘術に度肝を抜かれながらも、あたしはまだ平静を保っていた。
さっきの攻めで大きく位置が移動したおかげで、床に突き刺したもう1つの片手剣が手に届く範囲にあったからだ。オージェのバッシュを右手の剣で弾き受け、すぐさま離れてもう1つの剣を左手に持ち、再度オージェに向かって疾走する。
「はっ!」
大剣を潜り抜けての神速の一突き。けれどこれさえも決定打にはならず、オージェは身体を捻ってこれをかわすと、大剣を薙いだ風圧であたしを吹き飛ばした。せっかくここまで詰めたのに、また振り出しだ。
「ちくしょー。あとちょっとだったのに」
「…やめだ」
「えっ?」
「やめだ。興が削がれた」
不服そうにオージェは武器を棚に戻すと、そのまま練兵場を出て行ってしまった。
「おいハゲ、訳分かんないぞ!まだ勝負はついてないだろーが!!」
「さあ、どうでしょうね」
あたしの疑問に、エルは解答を知っているかのような素振りを見せた。エルの視点からは、この戦いがどう映っていたんだろうか。
「エル、何か分かったの?」
「ええ。ですが、教えませんよ。自分で考えて下さい」
「そんなぁ~…ハゲの考えなんて分かる訳ないじゃんよ~」
「では1つだけ。今はそっとしておいてあげて下さい」
「…ますます分からん」
何とも言えない罪悪感を心に残したまま、あたしは自身の訓練に戻った。




