これから始まる未来
ミスティは一度深呼吸をしてから、街人に訴えかけるように声の調子を少し上げた。
「大昔から、この国は雨が降らない土地だったらしいわね。聞くに作物は碌に育たず、見える景色は荒れ果てた一面の荒野だったとか」
「そうだ。そのような過酷な環境だったが故に、餓死する者も決して少なくなかった」
「惨憺たる光景を傍観することに耐えられなくなった 貴方は、一度部下をシャンタへ向かわせていたのね」
誰も知らなかったであろう驚愕の情報に、広場の街人は動揺する。きっと否定派は、また嘘でたらめを言っていると思ったのだろう。けれど、同じく広場にいた数人の年配が、うろたえるような仕草を覗かせていたのを目の当たりにして、それが真実であると悟った様子だった。
「…今でも思い出す。傷だらけの手下達が、無念の表情で俺様に報告しに来たのを」
「心身共に深く傷ついた貴方達は、それ以降人間に関わる事をやめた。けれど…どうしても人間を見捨てられないが為に、離れた場所から助力する形を取った」
「うむ。それこそが、貴様達が魔障雨と呼び忌み嫌うあの雨だ。本来は、あらゆる毒を浄化し、作物の成長を促進させる効力があるのだが…」
「私達が妖怪を恐れるあまり、事実とかけ離れた負の噂が広まって、やがてそれが定着してしまったのよね?」
ミスティの流し目に、ダイダラボッチは小さく頷く。
「だが、雨を降らす為の条件として、どうしても『魔法の素質を秘めた人間の力』が必要だった」
「でも、一度否定されている大勢の人間相手に協力して欲しいとは頼みづらい。だから———」
「素質のある人間を誘拐して、雨を降らすよう協力を促したってのか…!?」
否定派の先頭に立っていた男性が、震えた声で回答した。人を殺すだけの存在だと教えられてきた妖怪が、人間の為を想い行動を起こしていただなんて、夢にも思わなかっただろう。結果論としては、妖怪に命を救われたことになるのだから。
「そうなるわね。今日まで彼ら妖怪が尽力してくれたからこそ、シャンタと言う国が生まれた。手段こそ多少強引じゃないかとは思ったけれど、状況が状況だけに致し方なかったとも言えるわ」
広場全体がどよめきに包まれる中、不思議な事に小雨が降り注いだ。建国されて以来自然雨の降ったことのないこの国で、初めての奇跡。ミスティは煌びやかな雨を掬うように手の平に集め、静かに大地に溶かす。
「天も祝福してくれてるのかもね。こんな奇跡、生まれて初めてだわ。これも、貴方のおかげかしら?」
「買いかぶり過ぎだ。俺様は人間を助ける為に人間を利用した。此度の和解は、自らの贖罪でもある」
「大きいなりして、心は私達と何ら変わりないのね。だからこそ、貴方にお礼を言いたいのよ。過程はどうであれ、妹を大切にしてくれていたって言う結果と、この国を陰ながら救ってくれた事に対して、ね」
「これまでに数多くの批判を浴びてきたが、貴様のように俺様に感謝する人間は初めてだ」
「それは良かった。記念すべき第一号ね」
ミスティが頬を緩ませてフッと笑うと、ダイダラボッチも応えるように笑みを返した。今まで豪快に笑ったりしたことはあったけれど、今回のような柔らかい笑みは初めてなのだろう。周囲の妖怪達が驚いた表情でダイダラボッチを見ていることから、それは明らかだった。やがて雨と二重奏を成すように、空から暖かい西日が振り注いできた。
「これからもっと、貴方達のことを理解してくれる人が増えるわよ。街のみんなも、少しずつでいいから歩み寄ってくれることを望むわ。今すぐにとは言わない。どれだけ時間がかかっても、いつかきっと分かり合えるって信じてるから…」
まるで寸劇のようなやり取りが幕を下ろすと、一部始終観覧していた街人達は、それぞれが思い思いの感情を言葉にのせて、妖怪達に近づいた。
ぎこちなく、緊張しながらも、1つ1つを噛み締めて。お互いが少しずつ前へ前へと。何十…何百年と続いた亀裂は、確かな回復の兆しを見せ始めていた。
「うんうん、良かった。実に良かった」
「ミスティさんにレスティちゃん、それに妖怪。それぞれの想いが1つの大きな輪となって、今の状況が創り出された…。素敵な光景ですね」
「だね♪あたしにはこれが正解かは分からないけど、みんなの顔を見てると、これで良かったって心底思うよ」
あたしがエルとクーに向けて笑顔で喜びを表現すると、2人もそれに応えるようにそれぞれがポーズを決めた。
「一件落着…かな」
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歴史的和解を終え、妖怪達が一旦国に帰ったその日の夜、是非泊まって行って欲しいとミスティ、レスティ姉妹からせがまれたあたし達は、再び宿にお邪魔した。ミスティの腕によりをかけた逸品級の郷土料理を十二分に堪能した後、皆でお風呂に入った。
立ち上る湯気に包まれて、あたし達は綺麗に並んで湯船につかる。色々とイベントがひっきりなしに起こった所為か、湯の温かさが骨身に染みた。
「くぁ~っ!気持ち良いな~♪」
「想像以上に体力を消耗する1日でしたからね。リノ、お疲れ様でした」
「エルもね。クーちゃんも、ミスティさんも、レスティちゃんも。みーんなお疲れ」
クーは湯船に浮かせていたアヒルの玩具を、波に乗せてあたしの元まで流してくる。それを手に取ると、魔法の力を付与していたようで、アヒルの口から『お疲れ様』の文字がふわふわと浮き出てきた。凝った仕掛けをするなあと感心してクーに視線を向けると、微笑ましい笑顔が返ってきた。
クーに笑み返してから、その隣にいるミスティを見ると、桶の上に酒瓶を乗せて、優雅な一時を楽しんでいた。
「あれミスティさん、お酒飲むんだ」
「ええ、割と好きなの。仕事柄、普段は飲まないんだけどね。今日ぐらいはいいかな…って」
「お酒ってどんな味がするの?」
「あらダメよ。リノはまだ20になってないでしょ?」
「ちょっとだけは?」
「ダメ。エルは大丈夫かしら?」
「ええ。少しだけいただけますか」
「あれ?そう言えば、エルっていくつだっけ?」
確か18歳だったような気がするけど。エル本人には特にこれといった表情の変化はなく、淡々とした受け答えで酒瓶を手に取る。おちょこと呼ばれる小さな器に酒を入れて、一気に呷った。
「んっ…。これは、想像以上に…」
エルはあっという間に頬を真っ赤に染め上げると、前のめりに湯船に向かって顔面を打ちつけた。
「ちょー!?ちょっとエル、大丈夫!?」
「どうやら…まだ私には早かったようですね…」
「やっぱサバ読んでたのかい!ったくもー、しょうがないなー」
肩を貸して湯船から助け起こすと、エルは酔った勢いでそのまま眠ってしまった。お酒に弱いってレベルじゃないな。
「ごめんミスティさん、エル寝かせて来るから」
「分かったわ。いってらっしゃい」
「あ、心配だから私も!」
「あんがとクーちゃん。それじゃ反対側お願い」
手を振るレスティを背に、あたし達は一旦お風呂場を後にした。
それから数分、おちょこを片手にミスティが呟く。
「本当に…今日は良い日だわ。今までこれほど清々しい気持ちになったことがあったかしら」
「お姉ちゃん…」
「レスティ。帰って来てくれて、ありがとう」
「ふふっ、何それ。妙に詩人みたいだね」
「そうかしら?でも、それも悪くないわ」
お互いに向き合って最高の笑みを交わし、盛大に酒を呷った。




