もう終わりにしよう
「静まれぇぃ!!!」
再度、ダイダラボッチの大喝。周囲の声をかき消してから、続きを話す。
「貴様達人間の怒りはもっともだ。確かに、俺様が手下に命じて人間を連れ去っていたのは事実だ。しかし…長い間噂に毒された故か、随分と偏見が過ぎるようだな。それほどまでに容姿の違いが受け入れられぬのか?」
「常識外れの巨人が突然やって来たら、驚くし怖いに決まってんだろ!!」
「それは貴様達人間の常識であって、俺様達妖怪にとってはなんのことはない。つまり…今現在は、価値観の相違がある。と言う事だ」
「だからなんだって言うのよ!」
「互いについて、もっと深く知る必要があるとは思わないか?少なくとも俺様達は、そうしたいと思っている。無理矢理連れ去ったにも関わらず、皆の為を想い協力してくれた人間達のように。また、直接妖怪の国に乗り込んでまで、俺様の目を覚まさせようとしてくれた、勇敢な少女のように。人間には、まだまだ妖怪達の知らない顔があるのだろう。俺様は…それを見たいのだ」
純粋な思いから紡がれる言葉には、怒りの感情とは程遠い、確かな願いが込められていた。一点の曇りもないダイダラボッチの訴えに、街人達はどよめき戸惑っていた。今までに懐いていた、狡猾で残忍なイメージとの違いが大きいんだろう。
それでも信じられないと主張する人も少なからずいたけれど、約半数は話に耳を傾ける態度を見せ始めていた。もう一息だ。
「返答は?」
誰も答えない。一存では決められないので当然だと言える。内心答えたいけれど、みんなが黙っているから自分も黙っていようと考えている人間もいるだろう。同調圧力と言うやつだ。なればこそ、始めの一歩を踏み出す『きっかけ』を作るまで。ダイダラボッチの視線で作戦開始を理解したあたしは、芝居の前準備として、軽く息を吸って気持ちを整えた。
「…そう言えば、古来からこの国には複数代表はおれど、明確な頂点が存在しなかったな。ふむ、これでは埒が明かないぞ。では、そうだな…そこの貴様。大き目のリボンを付けている」
わざとらしくダイダラボッチがあたしに向けて指を差すと、周囲の視線があたしに注がれた。この瞬間が一番緊張する。
「ちょっと待った青デカ。あたしだけの一存で、そんなこと決められる訳ないだろっ」
「なにも貴様1人の意見が、民衆の総意だとは言っていない。故に、気負わず楽に答えればよい」
「そっか。ならあたしは和解を選ぶね」
「ほう。して、その理由は?」
「言うまでもないでしょ。本気であたし達を殺すつもりでここに来たってんなら、1人なのはおかしな話だし、わざわざこうして頭を下げたりもしない。もっとこう…バーッと来てドカドカッとやるでしょ?」
あたしがわざとらしく、殴るようなポーズを加えて説明すると、感化された周囲の人達が確かにと頷く。
「俺様の姿に怯えるばかりか、大した洞察力だな」
「待てよ!」
ここで、流れを断ち切る力強い横槍が入る。
「お前達妖怪がマジでそうだって言うんなら、どうして人を誘拐したりしたんだ!?」
「そ、そうだそうだ!自らの私腹を肥やす為に、俺達の仲間を攫ったんじゃないのかよ!?」
「待って下さい!」
広場の隅から、凛とした少女の声色が響き渡る。みんなが振り向くと、そこには多数の妖怪を引き連れたレスティの姿があった。レスティが妖怪に殺されたと言う話は街でも有名らしく、街人の誰もが『死んだはずの少女』の姿に目を丸くした。
「妖怪の王様の言葉は真実です。確かに私は、無理矢理の形で連れて行かれはしました。けれど、事情を聞いたその後は、自らの意志で妖怪さんに協力し、雨を降らせていました」
レスティは胸に手を当てて、こじれたお互いの関係を順序立てて淡々と説明した。己の見たままの真実を包み隠さず。経験談の分言葉に深みがあり、必死の訴えも相まって、街人の心は少しずつ確実に動かされていた。…しかし、まだ半信半疑な街人の少数が野次が飛ばし、『洗脳でもされてるんじゃないのか』と、暴言を吐く。
それに対してレスティは、傍にいた多数の妖怪を引き連れて、野次を飛ばした街人の中心に向かう。その際、自身の横を通り抜ける妖怪に対し、反射的に避けるような素振りを見せる人間がいるかと思いきや、レスティを…いや、妖怪の事を信じてみる気になったのか、その場から動くことはなかった。
「エル」
「ええ。私達は静観していましょうか」
「だね」
街人達の行動で、暴動は起こらない事を確信したあたしとエルは、黙って行く末を見守る。やがて野次の中心に辿り着いたレスティは、真剣な顔つきで暗い影が差す静寂を破った。
「ご覧になって下さい。ここまで人に接近しても、何もしない事実を。私達人間と容姿こそ違えど、同じ国に生きる仲間なんです!」
「ね、猫を被っているだけかもしれないじゃないか!」
「じっくり時間をかけて侵略しようって腹じゃないのか!?」
「まだそんなことを言われるんですか!?人間は、それほどまでに器量の小さな生き物ではないはずです!この国の在り方について長年悩んでいた妖怪さんが、決心を固めてここまで来たのに対し、悪の一言で否定してしまうのはとても悲しい事です!!外見だけでなく、内面も視て下さい!!」
レスティは、思いの丈を口に出して全力で吠えた。そしてここで、勢いのあるレスティに、さらなる追い風が吹く。息を切らしながら広場に現れたのは、宿屋の女将にして、レスティの姉…ミスティだ。シナリオに入っていない想定外の出来事に、あたし達を含めた全ての人間と妖怪が注目する。ミスティは軽く息を整えた後、ダイダラボッチへと向けて言葉を発した。
「貴方が妖怪の王様なのね?」
「…ああ、そうだ」
「1つだけ。1つだけ言いたいことがあるの」
「話には聞いている。貴様はレスティの肉親だとな。…どのような批判も受け入れよう」
「フフッ、誤解しないで。貴方に言いたいのは、お礼のほうよ」
予想だにしなかったミスティの言葉に、ダイダラボッチは巨大な目を丸くして驚く。てっきり怒りをぶつけるのかと思いきや、まさかの告白だった。
「礼を言われる覚えはない」
「あるわよ。私の妹、レスティって言うんだけどね。急にいなくなったあの日、妖怪に連れ去られたと知ったあの日、妹は死んだと聞かされていたの。勿論その時は、貴方達妖怪の存在を恨んだわ。どうしてそんな酷い真似が平然と行えるんだ…って」
憂いを帯びたミスティの表情に罪悪感を感じたのか、ダイダラボッチは僅かに顔を伏せた。
「でもね、真実は違った。妹から全部聞いたわ。貴方達が、向こう側の…妖怪の国でどんなことをしていたのかをね」




