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フリーダムガール  作者: 赫宗一
ガジュア編
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メイド始めました 後編

「うぇっ!?」


ポックルではない第三者の声があたしの耳に届き、思わず身体がびくっと跳ねる。迂闊うかつだった、まさかこんなにも早くばれてしまうなんて。振り返ってその正体を確かめると、あたしはホッと胸を撫で下ろした。


「さぼって仲良く談笑だんしょうですか。呑気のんきですね」


「エル、脅かさないでよ~!」


「脅かすも何も、こんな窓の近くで話をしているのが悪いです。今日の窓拭き担当が私で良かったですね」


「ほんと。次からは気をつけるよ」


「あの…この方は、リノさんのお知り合いですか?」


「そだよ。相棒のエルノア。安心していいよ」


ポックルは慌てて頭を下げる。律儀りちぎな子だなあ。


「エル、話は聞いてたよね?何か良い手段はないかな?」


「ありますよ。今すぐ行動しますか?」


「…勿論もちろん!」


流石エルだ。この短時間で、もう算段を整えたらしい。


「では早く中に。ポックルさんも」


「は、はいっ!」


エルの指示に従ってあたし達2人は屋敷内に戻り、他のメイドさん達に怪しまれないよう、出来るだけ自然に振舞いながら、複雑に枝分かれしている廊下を歩いて屋敷の奥へと向かう。

たった2日で、どこに何があるのかを完璧にインプットしているとは。やっぱりエルの記憶力は群を抜いている。これなら最短距離で目的地に辿たどり着けそうだ。


「さっすがエル。もう屋敷の中を全部把握してるんだ?」


「自慢にはなりませんけどね。まあこのくらいは」


「私はあの男の部屋を知らないんですが、そろそろでしょうか…?」


「着きましたよ」


そう言ってエルは、最奥にある悪趣味な金色の扉を静かに開け、先行して中の様子をうかがう。少ししてから、扉の隙間から手招きする仕草を見せた。その合図を見たあたしとポックルは、一斉に部屋に飛び込んだ。

あたしが予想していた通り、中も扉の彩色さいしょくと大差なかった。大棚には高価そうな光る置物が無造作にいくつも並び、床には魔獣まじゅうからいだ皮をこれでもかと敷いてある。まさに絶望的なセンスだ。


「やっぱ悪趣味…。さーって、お目当ての証拠物品はーっと」


「それは地下に隠しているようですよ」


「えっ?」


2歩先を行く発言に驚ろいているポックルをよそに、エルは迷いなく部屋の奥にある小型スイッチを押す。すると、部屋の隅にある床が音を立てて動き出し、階段が作られた。


「ひゅ~っ♪そういう仕掛けかー!」


「ど、どうしてこんな事を知って…?」


「さあ、どうしてでしょうね?それよりも行きますよ」


にやりと笑むエルに困惑するポックルの肩を叩きつつ、あたし達は地下深部を目指す。地下と言うぐらいだから、もっと薄暗いのを想像していたけれど、やっぱり腐っても豪邸。ライトと呼ばれる、周囲を明るく照らせる高級器具が至る箇所に設置してあったおかげで、地上と変わらないぐらいの明るさがあった。


「ぐぬぅ…いいなあライト。ねえ、エル」


「いけません。たとえ悪党の所有物とはいえ、窃盗せっとうと変わりありませんよ」


あわよくばライト1つぐらいと思ったけど、そうは問屋がおろさないか。仕方なしに、手に取ったライトを元の位置に戻す。


「ちぇー」


「給料で買うのであれば、何も言いませんけどね」


「なーるほど、給料でなら、ね。それじゃあ…後でたっぷり払ってもらうとしましょうか」


あたしとエルが顔を見合わせると、ポックルは感心したような声を上げた。


「お見事な意思疎通ですね。お2人は、パートナーになってどのくらいになるんですか?」


「んー、2ヶ月ぐらい?」


「正確には1か月と23日です」


「えぇ!?たったそれだけの期間で!?ぼ、僕には1年以上の付き合いに見えるんですが…」


「へへっ、そう?だったら嬉しいな。これぞ、あたしとエルの絆パワーってやつだね」


「別にそんな力いりません。そんなことより、着きましたよ」


色々と談笑だんしょうしている間に、深部に到達していた。重厚感のある鉄扉を押して開け、ややこぢんまりとした部屋へと入る。足を踏み入れたと同時に、おびただしい数の殺気があたし達に対して向けられた。慣れてない人間にはきつい視線だ。実際、ポックルはひざが震えている。

そして、きっちりと整頓されている数々のおりの中には、うごめ獰猛どうもうまなこ。間違いなく魔獣まじゅうであった。


「こりゃあ、凄い数だ」


「1回や2回ではない…常習犯ですね」


「このおりが一斉に開いたら、ひとたまりもないねぇ」


「こ、怖いことを言わないで下さいよ、リノさん…。でも、ついに証拠を押さえた…!これで―――――」


ポックルが両腕で小さくガッツポーズしたその時、付近のおりから『カチン』と嫌な音が反響した。皆がその音の方へと振り向くと、おりの1つから全長80cmぐらいの大きさを持つ狼型の魔獣まじゅうがゆっくりとい出て来ていた。


「うっ、うわわわ…!」


「鍵の掛け方が甘かったみたいですね。まあ、らしいと言えばらしいですけど」


「ポックル君、エルと一緒に扉付近まで逃げてて」


「リノさんはどうするんですか!?」


あたしは背中に隠しておいた護身用のナイフを手に取って、狼型の魔獣まじゅうと対峙する姿勢を示した。


「あ、あんな凶暴そうな魔獣まじゅうと戦うつもりですか!?む、無茶ですよ!」


「ん、まあナイフ(こいつ)はあたしの得意武器じゃないから、ちょっち苦労するかもだけど」


「い、一体リノさんって何者なんですか…?」


「自由気ままな冒険家、かな?」


あたし達の会話を中断させんがごとく、魔獣まじゅうは雄叫びを上げながら突進して来た。かなりの速度ではあるけど、見切れないほどではない。あたしはナイフを逆手に持ち替え、魔獣まじゅうが飛び上がったと同時に身体を屈ませながら助走を開始し、がら空きになった魔獣まじゅうの腹を走り様に引き裂いた。


「ギャオオオォォォ!」


「まだまだっ!」


殺さないよう浅く切った為、まだ決定打には至らない。あたしは急ブレーキから魔獣まじゅうより高く跳躍ちょうやくして、尻に蹴りをお見舞いしてやる。

すると魔獣まじゅうは、自分自身でつけた加速と、あたしが加えた蹴りによって、勢いよく壁に激突し、そのまま動かなくなった。気絶成功だ。


「ふうっ、こんなもんかな」


「すっ、凄い!魔獣まじゅうをこんな一瞬で倒してしまうなんて…!!」


「ポックル君、怪我はない?エルは…聞くまでもないか」


無論むろんです。静かになったことですし、そろそろ仕上げといきましょうか」


他のおりに入れられている魔獣まじゅうは、本能的にあたしとの力の差を感じ取ったのか、すっかり大人しくなっていた。安全を確認したエルは、自分のポーチから魔法カメラを取り出して、数枚の証拠写真を撮った。


「これで良いでしょう。さ、帰りましょうか」


「そうはさせんぞ!!」


出入口から野太い男性の声が響き渡る。もしやと思いながらも振り返ると、そこには汗をだくだくと流し、ハァハァと息を切らしている大商人の男ことちょびひげが、壁にもたれかかっていた。主の帰還にポックルは青ざめていたけど、大勢は揺るがないので慌てはしない。


「あら、随分ずいぶんと早いご帰還ですね」


「あ、あわわ…」


「き、貴様ら!こんな事をして、ただで済むと思ってるのか!?」


「思ってないよ。だから、ご主人様の不正を暴いた分のお給料を請求せいきゅうしまーす」


「ふざけるなぁ!!このワシが優しくしておればつけあがりおって!」


「な~にが優しくだ!エロい目でしか見てなかっただろ、このちょびひげ!」


「なっ…!」


図星を突かれたちょびひげは、動揺を隠し切れずよろけて倒れた。


「な、何を言う!貴様こそ、ワシに可愛いがってもらいたくて仕方がなかったのだろう!?」


「そうなんですか?リノ」


「ちっがーう!誰がこんなハゲちょびなんかに!あたしにだって選ぶ権利ぐらいあるわい!」


「い、言わせておけば…!まあ良い。このワシを怒らせるとどうなるか、たっぷりと思い知らせてやろう!!」


ちょびひげは、いつの間にか手元に持っていたボタンを押して高笑う。すると、残りのおりの鍵が全て開いてしまった。遠隔操作えんかくそうさってやつらしい。


「うっ、うわあああ!!ほ、他の魔獣達まじゅうたちが一斉に!!」


「ふははは!このワシに刃向かったこと、地獄で後悔するのだなぁ!!」


「そうですね。では、後悔してもらいましょうか」


この状況でも、エルは顔色1つ変えず冷静だ。ポーチから不思議な色の液体が入った小瓶を取り出して、ちょびひげのいる付近に放り投げた。小瓶は地面に接触して割れ、盛大な音と共に中の液体がちょびひげの身体に付着した。


「な、何だ!?この液体は!?」


「見てれば分かりますよ」


驚いたことに、魔獣まじゅうは距離の近いあたし達を無視して、液体の付着したちょびひげに群がった。


「ご主人様のペットが好むにおいを提供させていただきました。お気に召しましたでしょうか?」


「ふっ、ふざけるな!早く何とかしろ!!く、来るな!化け物共!!」


「へへっ、いーじゃん。ご自慢のペット達にこんなに好かれてさ」


液体の効力なのか、襲いかかりはしないものの、魔獣まじゅうが至近距離にいるとなれば生きた心地がしないだろう。ちょびひげは、完全に狼狽ろうばいして自我を失っていた。


「やめろ、やめてくれえええぇぇぇ!!」


「ポックルさんのお姉さんが受けた痛みは、この程度ではありませんよ」


「エルさん…」


「ポックルさん、どうしますか?もう許してあげますか?」


「はい。痛めつけるのが、僕の目的ではありませんので」


ポックルの優しい表情に、どこか安心したようにエルは微笑んだ。そして、再びポーチから別の粉塵ふんじんの入った小瓶を取り出すと、ふたを開けてちょびひげの周囲に振りまいた。


「私はまだまだやり足りませんが…。ポックルさんに感謝することですね」


粉をかけられた魔獣まじゅう達は、大きく口を開けて欠伸あくびをした後、そのまま深い眠りについた。本当、用意周到なことで。眠った魔獣まじゅう達をそれぞれのおりに戻して鍵を掛け、いつの間にか泡を吹いて気絶していたちょびひげなわしばってから、地上に戻った。




それから後は言うにおよばず。エルの撮った証拠写真で警察が動き、ちょびひげは逮捕され、所有物は全て接収せっしゅうされた。あたし達は事件の解決に大きく貢献した人物として、警察から褒賞金ほうしょうきん授与じゅよされることになったが、辞退してポックルにゆずった。今回の件は、ポックルが行動しなければ関わる事がなかったからだ。ゆえに、褒賞金ほうしょうきんは姉の治療費代にあててもらえばと考えたのだった。


結局、またしても報酬は得られなかったけれど、世に蔓延はびこる悪党を退治出来たのであたしは満足だ。

事件が解決した次の日、あたしとエルの出立にポックルはわざわざ見送りに来てくれた。あたし達は雑踏ざっとうまぎれず、且つ声の届きやすい街角に移動する。


「リノさん、エルさん。本当にありがとうございました!」


ポックルは礼儀正しいお辞儀をして、感謝の意を表す。


「いいって。あたしもちょびひげにかましてやれて満足だからさ」


「ですが…助けてもらったばかりか、こうして警察の方からいただいた褒賞金ほうしょうきんまでも…」


「その褒賞金ほうしょうきんは、ポックルさんが勇気を出して悪に立ち向かった分です。遠慮せずに受け取っていただいて問題ありませんよ」


「そう言ってもらえると嬉しいです。お2人の旅の無事を祈っています。お元気で!」


「へへっ、ポックル君も元気でね!じゃーねー!」


ポックルは、あたしとエルの姿が見えなくなるまで手を振っていた。本当に律儀りちぎな子だ。


「ところでさ、エル。1つ聞きたいんだけど」


「何ですか?」


「よくあんな薬品持ってたね。どこで手に入れたの?」


「ギルドからですよ」


「へっ?」


ギルドから?予想しなかった台詞に、あたしは開いた口がふさがらない。


「ど、どゆこと…?」


「実は今回の依頼、あの商人の男の不正の有無を調査する事だったんですよ」


「えぇーっ!?」


「前々から疑惑ぎわくは上がっていたらしいのですが、中々尻尾を出さなかったらしく。それで、ギルドに公募条件を満たした人間を極秘に募っていたと」


「な、何でそれをあたしに教えてくれなかったのー!?やらなくてもいいメイドさんの仕事までやってさー!」


「それはリノが感情的且つ猪突猛進な性格だからです。私が真実を話せば、間違いなく無茶勝手していたでしょう」


「ぬう…」


「それに、純粋に私自身がメイドの仕事に興味があったんです。1日目の時点で『黒』だという調査は済んでましたので、ギリギリまで堪能してから行動しようと思っていたのですが・・・」


「じゃあ、エルは最初から全部知って―――――」


「そうなりますね。あ、それと報酬の件ですが、ギルドの方から別途でいただいてますので、安心して下さい」


にやりと笑うエルの顔を見て、つくづく思った。あたしの相棒は、本当に恐ろしい…。

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