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フリーダムガール  作者: 赫宗一
ガジュア編
3/111

メイド始めました 前編

何でこんなことに。あたしはそうぼやかずにはいられない。

ここはガジュア国一の商業街として有名なレンブール。その富裕区画ふゆうくかくにある豪邸ごうていで、あたしとエルは召使い…つまりメイドの仕事を行っていた。


「ううっ、相変わらずスースーする」


「良いじゃないですか。スカート、似合ってますよ」


「やだよ。こんな短いんじゃ、動くと見えちゃうじゃんか」


「そうですね」


エルは別段気にした様子もなく、黙々と窓の掃除を続けている。本当、何でこんなことに。そもそもの発端ほったんは、2日前にさかのぼる。


あたしとエルは、すっかり常連になったギルドに顔を出して、身の丈に合った依頼がないかを探していると、ギルド長である老人がこの仕事をすすめてきた。


内容は『病気で休んでいるメイドの代わりが1週間ほど欲しい』との事。富豪に位置する大商人が依頼主というのもあり、報酬は多額で、さして難しい仕事でもない。しかし依頼を引き受ける条件が、容姿の整った20歳以下の少女限定と言うのもあってか、中々う人間が現れなかったらしい。


エルはメイドの仕事に興味があったらしく、是非ぜひ体験してみたいと積極的だったが、あたしはそうでもなかった。美味い話には裏がある。確かに条件は厳しいかもしれないけれど、あまりにも仕事難度と報酬額が一致しない。

それゆえに、あたしは半信半疑であまり乗り気じゃなかった。けど―――――


「依頼を完遂かんすい出来れば、1ヶ月はご馳走食べ放題ですよ?」


この一言。あたしの半信半疑の心は、ご馳走に負けた。うう、我ながら情けない。そんなこんなの過程を経て、メイドとしての仕事を始めることになったのだった。


そして今日は2日目。まだ着慣れないふりふりのメイド服を身にまとい、仕事に勤しむ。案外やってみると楽しいものだ。


「ふむぅ~、精が出てるねぇ~新人君」


背後から、いやらしい男の声があたしの耳に届く。美味い話の『裏』が来た。振り返ると、そこには依頼主である大商人が立っていた。

禿げた寂しい頭部に、贅沢な暮らしをしてきたのが良く分かる大きな腹。無駄に丁寧に整えられたちょびひげが、胡散臭うさんくさい容姿をより一層引き立てている。


「おはようございます、旦那様」


「うむ。ぬふふぅ、今日も素晴らしいねぇ~」


大商人の男は、いやしい目つきであたしの身体をまじまじと見つめてくる。ああ…このエロヒゲ、ぶっ飛ばしたい。


「あ、あはは。恥ずかしいですよー」


「良いではないか、良いではないか。ワシに見られて嬉しいだろう?グフフ」


んな訳あるか!今すぐにでもそのちょびひげむしり取って燃やしてやりたいよ!あたしは手が出そうになるのをぐっと堪える。


「旦那様。そろそろ本日の会合のお時間だったと記憶しておりますが?」


「う、うむ…そうであったな。では行ってくるとしよう」


エルの鋭い指摘に、大商人の男は逃げるようにその場を去った。絶妙なアシストのおかげで、あたしは難を逃れる。初日から思っていたけれど、どうやらちょびひげはエルが苦手らしい。


「ふう助かった。サンキュー」


「リノが律儀に相手の会話に付き合うからですよ。少しは引き離す術を会得して下さい」


「んなこと言っても、あたしそんなに賢くないし…。というか、何であのちょびひげはエルのこと避けてんの?」


「さあ、どうしてでしょうね」


意味あり気に口元を緩ませるエルは、とても怪しかった。まあ、深くは聞かないでおこう。あたしは、本日の担当になっている庭の掃除に行く。

豪邸なだけあって、庭といってもその広さは膨大。複数人でなければ、掃除に丸1日は要すであろう敷地に度肝を抜かれる。昨日も見たはずなのに、どうにも慣れない。質素な生活を送っている分、余計にそう感じてしまうのだろう。


まあ、ないものねだりをしてもしょうがない。とりあえず今は掃除を済ませてしまおう。朝礼では、あたしの他にもう1人庭の担当に割り当てられていたはずだけど、周囲を見渡してもそれらしき姿はない。

遅刻かな?と思ったその時、付近の窓ガラスに張り付く、怪しげな執事服の少年らしき影をとらえた。咄嗟とっさの事だったので、あたしは条件反射的に高速で接近し、対象の腕を力強くつかんだ。


「いたたた!ごっ、ごめんなさいー!!」


やっぱり、影の正体は少年だった。低めの身長、真ん中分けの茶色短髪に、幼さが残る輪郭りんかく。涙を浮かべたその瞳が、少年の性格を表していた。


「君、こんな所で何してるの?」


「決してやましい真似は何も!ですので、どうか処罰しょばつだけは…って、あれ?」


少年はあたしの顔を見つめてきょとんとしている。大方、あのちょびひげか何かと勘違いしたのだろう。あたしは少年の腕を解放して、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「ごめんごめん、驚かせたかな?別にあのちょびひげに告げ口するつもりはないから安心してよ」


「あ、あなたは…?」


「あたしはリノ。2日目の新人だよ」


「新人の方でしたか。僕はポックルと言います」


「よろしく、ポックル君。んで、さっきは何やってたの?」


「えっ!?い、いや…それは…」


ポックルはまだあたしのことを警戒している様子だった。理由なくして窓に張り付くなんて真似はしない。きっと何か訳があるはずだから、出来る限り話は聞いてやりたいけど…。


「ちくったりしないって言ったっしょ?そりゃ、メイドさんの下着を盗もうとしてたとか言ったら話は別だけど、そうは見えないし」


ポックルは頭をひねって考え込むが、やがて意を決したように真っ直ぐにあたしの瞳を見据えた。


「リノさん、お願いがあります。僕に力を貸してくれませんか!?」


「へっ!?」


ポックルの唐突なお願いで、思わずあたしは素っ頓狂とんきょうな声を上げてしまう。


「信じてもらえないかもしれませんが、実はこの豪邸の主であるあの男は、非合法の手段を用いた不正金で成り上がっている極悪人なんです!!」


「ちょちょ…!声が大きいって!」


感情がたかぶっているが為に致し方ないことではあるが、誰かに聞かれるとマズイ。あたしは人差し指で『シー』とサインを行って、興奮しているポックルの熱を冷まさせた後、草木のかげで会話を続ける。


「んまあ、見た目は確かに小悪党だけど…」


「見た目通りなんです。あの男は、違法とされている魔獣まじゅうの取引を行っているんです」


「どうしてそんな情報をポックル君が知ってるの?」


「僕自身が直接この目で確かめた訳ではないんですけど、姉がその現場を目撃したと。…リノさんは、誰かの代わりでこの屋敷のメイドになりませんでしたか?」


「えーっと、病気で療養中りょうようちゅうのメイドさんの…あぁ!」


閃いた。公募こうぼに記してあった病気というのは真っ赤な嘘だったらしい。ポックルの姉は、本当は口封じの為に襲われたのだろう。


「お姉ちゃんは無事なの?」


「はい。重傷ではありますが、命に別状は。…僕は許せないんです。人としての道を外れて悪事を働くばかりか、何の関係もない姉を口封じに傷つけて…!」


「だから、証拠を突き止めてらしめてやろうって?」


頼りないながらも、ポックルの目は《《やる気》》だった。その嘘(いつわ)りのない情熱を秘めた意志に、あたしは本格的に協力することを決めた。


「分かった。そーゆーことなら、あたしも協力してあげる」


「ほ、本当ですか!?」


「うん。あたしもちょびひげには借りがあるからね。一泡吹かせてやらなきゃ気がすまないし」


「心強いです!お願いします、リノさん」


「よーし、話しがまとまったところで、掃除を再開しますか。あんまりさぼってると、目をつけられるからね」


あたしは草木から出て、立ち上がりに大きく伸びをする。今夜にでも、エルに相談しよう。


随分ずいぶんと楽しそうな話をしてますね」

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