メイド始めました 前編
何でこんなことに。あたしはそうぼやかずにはいられない。
ここはガジュア国一の商業街として有名なレンブール。その富裕区画にある豪邸で、あたしとエルは召使い…つまりメイドの仕事を行っていた。
「ううっ、相変わらずスースーする」
「良いじゃないですか。スカート、似合ってますよ」
「やだよ。こんな短いんじゃ、動くと見えちゃうじゃんか」
「そうですね」
エルは別段気にした様子もなく、黙々と窓の掃除を続けている。本当、何でこんなことに。そもそもの発端は、2日前に遡る。
あたしとエルは、すっかり常連になったギルドに顔を出して、身の丈に合った依頼がないかを探していると、ギルド長である老人がこの仕事を薦めてきた。
内容は『病気で休んでいるメイドの代わりが1週間ほど欲しい』との事。富豪に位置する大商人が依頼主というのもあり、報酬は多額で、さして難しい仕事でもない。しかし依頼を引き受ける条件が、容姿の整った20歳以下の少女限定と言うのもあってか、中々請け負う人間が現れなかったらしい。
エルはメイドの仕事に興味があったらしく、是非体験してみたいと積極的だったが、あたしはそうでもなかった。美味い話には裏がある。確かに条件は厳しいかもしれないけれど、あまりにも仕事難度と報酬額が一致しない。
それ故に、あたしは半信半疑であまり乗り気じゃなかった。けど―――――
「依頼を完遂出来れば、1ヶ月はご馳走食べ放題ですよ?」
この一言。あたしの半信半疑の心は、ご馳走に負けた。うう、我ながら情けない。そんなこんなの過程を経て、メイドとしての仕事を始めることになったのだった。
そして今日は2日目。まだ着慣れないふりふりのメイド服を身に纏い、仕事に勤しむ。案外やってみると楽しいものだ。
「ふむぅ~、精が出てるねぇ~新人君」
背後から、いやらしい男の声があたしの耳に届く。美味い話の『裏』が来た。振り返ると、そこには依頼主である大商人が立っていた。
禿げた寂しい頭部に、贅沢な暮らしをしてきたのが良く分かる大きな腹。無駄に丁寧に整えられたちょび髭が、胡散臭い容姿をより一層引き立てている。
「おはようございます、旦那様」
「うむ。ぬふふぅ、今日も素晴らしいねぇ~」
大商人の男は、卑しい目つきであたしの身体をまじまじと見つめてくる。ああ…このエロヒゲ、ぶっ飛ばしたい。
「あ、あはは。恥ずかしいですよー」
「良いではないか、良いではないか。ワシに見られて嬉しいだろう?グフフ」
んな訳あるか!今すぐにでもそのちょび髭を毟り取って燃やしてやりたいよ!あたしは手が出そうになるのをぐっと堪える。
「旦那様。そろそろ本日の会合のお時間だったと記憶しておりますが?」
「う、うむ…そうであったな。では行ってくるとしよう」
エルの鋭い指摘に、大商人の男は逃げるようにその場を去った。絶妙なアシストのおかげで、あたしは難を逃れる。初日から思っていたけれど、どうやらちょび髭はエルが苦手らしい。
「ふう助かった。サンキュー」
「リノが律儀に相手の会話に付き合うからですよ。少しは引き離す術を会得して下さい」
「んなこと言っても、あたしそんなに賢くないし…。というか、何であのちょび髭はエルのこと避けてんの?」
「さあ、どうしてでしょうね」
意味あり気に口元を緩ませるエルは、とても怪しかった。まあ、深くは聞かないでおこう。あたしは、本日の担当になっている庭の掃除に行く。
豪邸なだけあって、庭といってもその広さは膨大。複数人でなければ、掃除に丸1日は要すであろう敷地に度肝を抜かれる。昨日も見たはずなのに、どうにも慣れない。質素な生活を送っている分、余計にそう感じてしまうのだろう。
まあ、ないものねだりをしてもしょうがない。とりあえず今は掃除を済ませてしまおう。朝礼では、あたしの他にもう1人庭の担当に割り当てられていたはずだけど、周囲を見渡してもそれらしき姿はない。
遅刻かな?と思ったその時、付近の窓ガラスに張り付く、怪しげな執事服の少年らしき影を捉えた。咄嗟の事だったので、あたしは条件反射的に高速で接近し、対象の腕を力強く掴んだ。
「いたたた!ごっ、ごめんなさいー!!」
やっぱり、影の正体は少年だった。低めの身長、真ん中分けの茶色短髪に、幼さが残る輪郭。涙を浮かべたその瞳が、少年の性格を表していた。
「君、こんな所で何してるの?」
「決してやましい真似は何も!ですので、どうか処罰だけは…って、あれ?」
少年はあたしの顔を見つめてきょとんとしている。大方、あのちょび髭か何かと勘違いしたのだろう。あたしは少年の腕を解放して、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「ごめんごめん、驚かせたかな?別にあのちょび髭に告げ口するつもりはないから安心してよ」
「あ、あなたは…?」
「あたしはリノ。2日目の新人だよ」
「新人の方でしたか。僕はポックルと言います」
「よろしく、ポックル君。んで、さっきは何やってたの?」
「えっ!?い、いや…それは…」
ポックルはまだあたしのことを警戒している様子だった。理由なくして窓に張り付くなんて真似はしない。きっと何か訳があるはずだから、出来る限り話は聞いてやりたいけど…。
「ちくったりしないって言ったっしょ?そりゃ、メイドさんの下着を盗もうとしてたとか言ったら話は別だけど、そうは見えないし」
ポックルは頭を捻って考え込むが、やがて意を決したように真っ直ぐにあたしの瞳を見据えた。
「リノさん、お願いがあります。僕に力を貸してくれませんか!?」
「へっ!?」
ポックルの唐突なお願いで、思わずあたしは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「信じてもらえないかもしれませんが、実はこの豪邸の主であるあの男は、非合法の手段を用いた不正金で成り上がっている極悪人なんです!!」
「ちょちょ…!声が大きいって!」
感情が昂っているが為に致し方ないことではあるが、誰かに聞かれるとマズイ。あたしは人差し指で『シー』とサインを行って、興奮しているポックルの熱を冷まさせた後、草木の陰で会話を続ける。
「んまあ、見た目は確かに小悪党だけど…」
「見た目通りなんです。あの男は、違法とされている魔獣の取引を行っているんです」
「どうしてそんな情報をポックル君が知ってるの?」
「僕自身が直接この目で確かめた訳ではないんですけど、姉がその現場を目撃したと。…リノさんは、誰かの代わりでこの屋敷のメイドになりませんでしたか?」
「えーっと、病気で療養中のメイドさんの…あぁ!」
閃いた。公募に記してあった病気というのは真っ赤な嘘だったらしい。ポックルの姉は、本当は口封じの為に襲われたのだろう。
「お姉ちゃんは無事なの?」
「はい。重傷ではありますが、命に別状は。…僕は許せないんです。人としての道を外れて悪事を働くばかりか、何の関係もない姉を口封じに傷つけて…!」
「だから、証拠を突き止めて懲らしめてやろうって?」
頼りないながらも、ポックルの目は《《やる気》》だった。その嘘偽りのない情熱を秘めた意志に、あたしは本格的に協力することを決めた。
「分かった。そーゆーことなら、あたしも協力してあげる」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。あたしもちょび髭には借りがあるからね。一泡吹かせてやらなきゃ気がすまないし」
「心強いです!お願いします、リノさん」
「よーし、話しが纏まったところで、掃除を再開しますか。あんまりさぼってると、目をつけられるからね」
あたしは草木から出て、立ち上がりに大きく伸びをする。今夜にでも、エルに相談しよう。
「随分と楽しそうな話をしてますね」