異質な雨が降り注ぐ地 シャンタ
湿った空気が周囲を淀ませ、風を切る音が不協和音となってあたしの耳に響く。薄暗く雲がかった緑の街道を、フローボードで駆け抜けるあたしことリノ・レインバーは、あまりにも鬱蒼とした景色が続くこの道に、息苦しさを感じていた。
「うーっ…」
「どうしました、リノ?」
あたしの唸り声に、相棒のエルことエルノア・アールコートが反応する。吸い込まれるかのような美しい真紅の瞳を持ち、オレンジ色のウェーブ掛かった長髪を風に靡かせている。周囲が薄暗い分、露出のない白主体のロングワンピースが映えるな。
エルは片手でフローボードの操縦しながら、風でずれた魔法使いを彷彿とさせる帽子の位置を直す。
「シャンタってさあ、どこもこんな薄暗いのかなぁ…?」
「どうでしょうね。少なくとも、過ごしやすくはありますが」
「でも、ジメジメしてて気分まで落ち込んじゃいそうだよね」
と、最年少のクーストラ・ハイビスカスが返事する。肩にかかるぐらいの黒髪ストレートおさげに、穏やかな印象を持たせる青い瞳。巨大な白色のダッフルコートで身を包み、桃色のミニスカートを僅かに覗かせているその恰好が、年齢相応の可愛らしさを演出している。愛称はクーちゃん。
「だよねー、クーちゃん。頭にキノコ生えてきそ~…」
冗談で言ったつもりだったけれど、不安になって風で靡く蒼の長髪を隅々まで触って確認する。ついでに留め具のリボンの確認も怠らない。良かった、どこにもついてない。
「ふいー、一安心」
「本当に生えてきたら、それはそれで問題ですよ…あら?」
あたしの肩に、一滴の雫が落ちる。それから続けて数滴。次第に数を増やし、やがてそれは雨となった。
「やばい、降って来た!」
「もうすぐ街です。このまま一気に行きましょう」
「うん!」
あたし達3人は雨の中を駆け、数分後に首都「ノイスターサ」に到着した。
「街に着いたのはいいけど、どうするー!?」
「あそこにちょうど良い建物があります。雨宿りさせてもらいましょう」
エルが素早く見つけてくれた、屋根の長い風変わりな家の前に移動したあたし達は、フローボードを折りたたんで空を見上げる。
「ったくもー。もしかしてと思ったら、やっぱり降って来やがってー!」
「うぅ、下着までビショビショだよ…」
「困りましたね。まだ宿がどこかも調べてないんですが、流石にこの恰好でうろつくのは抵抗がありますね」
「そーだね。そーんなスケスケな恰好じゃ、変質者と間違えられるかもよ?」
「貴方も人のことを言えないでしょう、リノ。だいたいなんですか、その子供下着は。年齢相応の、もっと大人らしい物を身に着けては?」
「なんをー!?」
「ど、どうどう!」
「止めてくれるなクーちゃん!割とお気に入りの物を貶されちゃあ、黙ってはいられないってね!」
「あら、お気に入りだったんですか。それは失礼しました。…それはそうと、リノ」
「なーに?」
エルはあたしに意味深な視線を送ってくる。その瞳は、周囲を観察してと訴えているようだった。注文通り視線を街へと移す。するとそこには、平日の昼間だというのに、人が行き交う姿が全くなかった。
「ねえエル。ここって首都だよね?」
「ええ。おかしいと思いませんか?いくら雨が降っているとはいえ、傘を差して歩く通行人がどこにも見当たらない。この国は、何か特別なルールでもあるんでしょうか?」
「確かに…どこにも人の姿が見えないね。お店も全部閉まってるみたいだし…」
「こりゃあ」
「何かありそうですね」
「ちょっと貴方達!!」
突如、背後から女性の声が耳に届く。3人して振り返ると、そこには金色のストレートな長髪が美しい、ワンピースタイプで朱色の民服に身を纏った若い女性が、水色の目を見開いてあたし達を凝視していた。
「どうしてずぶ濡れになってるの!?」
「へっ?いや、ご覧の通り雨だったもんだから」
「貴方達旅の人ね?魔障雨を知らないのかしら?」
「魔障雨…。それがこの雨の名前なんですか。どうやら、人体に有害そうな雨のようですね」
「えっ、マジ!?」
「帽子の貴方、察しが良いわね。色々聞きたいことはあるだろうけど、とにかく今はお風呂に入って毒を浄化した方が良いわ。さあ、中に入って」
そう言って、女性は雨宿りしていた古風な建物の入り口を開け、中へ入るよう促してくる。外からだと分からなかったけれど、どうやらここは宿屋のようだった。ということは、この女性はオーナーの関係者か何かだろうか。
「都合よく雨宿りしていた場所が宿屋だったとは、運が良いのやら」
「そ、そんなことより早くお風呂に入らせてもらおうよ!毒だっていうなら大変だよ!」
「そうですね。折角のご厚意に、甘えさせてもらいましょうか」
軽く服の水を絞って、あたし達は宿屋の中にお邪魔した。
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「おおー、こりゃあ凄い!」
中は、外観とは比較にならないぐらい煌びやかで、思わず感嘆の声を上げる。ネパルマ国、イフニド教本山と同じく、木板を利用して組み上げられたシャンタ独自の建造物。受付にはたぬきの細工が置かれていて、何とも良い味を出している。明かりはさすがに据え置き用のライトを使用しているらしく、暗がりな箇所なく均等に明るい。
「わぁーっ、木の匂いがする!」
「所々に変わった文字を見かけますが、これもシャンタの言葉なのでしょうか?」
「そうね、漢字って言うの。…って、それは後回し。さ、入口で靴は脱いでね。シャンタでの常識よ?」
女性は音を立てない可憐な足運びで、あたし達を風呂場へと誘導する。その途中の廊下にも、様々な骨董品がテーブルの上や壁に飾られていて、風情を感じた。
「ここよ」
女性が横に流すように扉を開けると、広い脱衣所が視界に入る。この場所も、とても清掃が行き届いていて、心が清々しい。
「後で貴方達の服は消毒しておくから、替えの服を置いておくわね。ゆっくり浸かるといいわ」
「何から何までありがとうございます!えっと…お姉さんのお名前は」
「ミスティよ。何かあったら、読んでちょうだいね」
クーのお辞儀に軽く微笑んで返したミスティは、替えの服の用意の為か、そそくさと脱衣所を後にした。
「よーし、入るぞー!」
「元気ですね。とはいえ、私も少し興奮していますが」
「シャンタのお風呂って、他とは全然違うっておじいちゃんから聞いたことある。ええと…」
「温泉、ですね」
「さすがエル。よく知ってるねえ」
「割と楽しみにしてましたから」
和気藹々と談笑しながら服を脱ぎ、魅惑の領域へと足を踏み入れた。




