お別れと旅立ち
イフニド教を後にしたあたしとエルは、ルエーテン市街地に存在するガレットの店に向かった。店の入り口まで戻ると、クーとオージェの姿が見えた。何やらクーが嬉しそうに、オージェに話かけている。オージェの方もまんざらではないらしく、やや口元を緩ませて相槌を打っていた。
「おーい。クーちゃーん、ハゲー!」
あたしが大きく手を振ると、クーは両手を使って応えてくれたけれど、オージェは仏頂面でそっぽを向いた。ええい、可愛くない奴め。
「リノお姉ちゃん、エルお姉ちゃん、おかえり!イフニド教に行ってたんだよね。どうだった?」
「たーくさんお礼を言われたよ。あ、それと凄い独特な雰囲気の建物にお邪魔したよ!」
「えっ、どんな!?教えて!」
目を輝かせて、子犬のようにじゃれついて来るクーの頭を撫でる。反応が純粋で可愛いと、つい構いたくなるな。
「ぬっふっふっ。それはねぇー」
「それは後にして、まずは用事を済ませましょうか、リノ」
「用事?」
「ええ。ガレット老人に」
「それは話し合いで済みそうなことか?」
エルとクーの会話に、オージェが割って入る。
「そうですね。今回は、オージェさんの力を借りずとも済みそうです」
「…なら、俺は行かせてもらうぞ。もう次の依頼があるんでな」
「はい。わざわざ付き合っていただいて、ありがとうございました。恰好良かったですよ」
「フン、言ってろ」
いつもの調子憎まれ口を叩くオージェだけれど、その声色は心なしか弾んでいた。
「オージェさん、本当にありがとうございました!大したお礼は出来ませんけど、えと…その…」
「気持ちだけで十分だ。それよりも、身体には気を付けろよ。あまり無茶ばかりしてると、倒れるぞ?」
「は、はい!気を付けます!それから…あの…」
「まだ何かあるのか?」
「オージェさんのこと、オーさんって呼ばせてもらっても良いですか?」
クーの唐突なお願いに、虚を突かれたオージェは目を見開く。クーにとって、オージェの存在はお兄ちゃんのようなものなのだろう。…あたしは認めたくないけれど。若干戸惑った姿を見せたオージェは、軽く頭を掻いた後、やや気まずそうに口を開いた。
「…お前がそう呼びたいんなら、好きにすればいい」
「…!はい!ありがとうございます、オーさん!」
慣れてないらしく、そっぽを向いて照れ隠しをするオージェが、妙に面白かった。
「オーさ~ん!あたしからもありがとー!オーさ~ん♪」
「うるせっ、デコ!俺はクーストラにしか許した覚えはねえ!!ぶった斬るぞ!」
「キャーッ、こわーい」
「やれやれ、リノも懲りませんね…。では、お元気で。オーさん?」
「…お前もか、エルノア」
エルの悪戯っぽさを含んだ笑みに、オージェは大きく溜め息をついて、がっくりと肩を落とした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
オージェの出立を見送ってから、あたし達3人はガレットの店内にお邪魔した。中は相も変わらず発明品が無造作に陳列されていて、一見何の店か分からない。あたし達の入店に気付いたのか、暖簾の奥からガレットが姿を現す。何やら作業中だったらしく、顔の一部が煤で汚れていた。
「おお、お前さん達!よく来たのう!」
「はろー、じっちゃ。顔が汚いけど、また発明品でも作ってたの?」
「バギーの修理じゃよ。ワシの整備が行き届いてなかったのもあってか、所々にガタがきていてのう。まさかたった1回の使用で、これほど大破するとは思わなんだ」
「少々無茶させ過ぎましたか。申し訳ありません」
「いや、謝ることはない。機械は直せても、人間の身体は直せないからのう。操縦者の命が最優先じゃて。それを踏まえると、バギーは良い仕事をしたわい」
「そう言っていただけると助かります」
エルは珍しく、帽子を取って頭を下げた。あたしは直接バギーを操縦した訳ではないからよく分からないけれど、実際に担当したエルにとっては、色々と思うところがあるんだろう。少し長めにそれを続けて、エルは帽子を被り直す。微妙にずれた鍔を修正するのがエルらしかった。
「それはそうと、今日はどんな用件じゃ?まさかただの冷やかしって訳じゃないじゃろう?」
「もちのろん。じっちゃの大嫌いなイフニド教のお話だよ」
イフニド教の名前を出した途端、ガレットの表情が険しくなる。やっぱりまだ根に持っているのか。
「その話なら聞かんぞい。ワシはあやつらを許すつもりはないからの」
「もー聞く耳持たず?頑固なじいさんだなー」
「何とでも言うがいいわい。ワシは結構根に持つタイプなんじゃ」
「現最高指導者のテスラさんにお会いして来ましたが、深く、それはもう深く反省されておられましたよ。信徒の咎は、私の咎だと」
ここでガレットは、溜め息をついて付近の椅子に座る。話すかどうか悩んでいるかのような素振りを見せるも、やがて口を開いた。
「実を言うとの、もう怒ってはおらんよ」
「えっ、マジ?」
「マジじゃ。所詮、ワシの偉大さを理解出来ない凡愚共の戯言じゃからな。…確かにその一時は怒りもしたが、今では何とも思っとらんよ」
「負けましたね、リノ」
「うっさいよエル」
「それじゃあ、どうしてガレットおじいちゃんはそんな態度をとってるんですか?」
「なるほど、分かりましたよ。ただ単に、素直になれないだけなんですね?」
「ぬぐっ…!」
ガレットはわざとらしく胸部を押さえて、椅子の上でよろめく仕草を見せる。もっと根の深い何かがあるのかと思いきや、意外と簡単な話だった。
「なんだよそれー」
「フ、フンッ!別にワシも機会さえあれば、いつでも—————」
「では、そうしてもらおうか」
空間に、野太い男の声が木霊する。どうやら追いかけて来たらしい。少しして、その姿が実体化する。正体はやっぱりイフレイアだった。
「どわあああっ!?なっ、何じゃ突然!?」
「追いかけて来たの?精霊様。まだあたし達に何か用事でもあった?」
「うむ。そなたら同様、そちらの老人にな」
ガレットは驚いた拍子に転んでいたらしい。クーに手伝ってもらって床からゆっくりと立ち上がると、手を震わせながらイフレイアを指差した。
「も、もしやと思うが、お前さんが精霊という存在なのか…?」
「如何にも。我は火の精霊王イフレイアなり」
「ハハハッ…!こりゃあ凄い!精霊の王様が直接ワシの所に来るとは、驚き以外の何物でもないわい!!」
「嬉しそうだね、じっちゃ」
「当たり前じゃ!生涯見ることのないと思っていた、幻の存在を直で拝めたんじゃぞ!?こんなに嬉しいことはないわい!」
「ハハハ、それは何よりだ。さて…早速で悪いのだが、老人よ。そなたには今からイフニド教へ行ってもらいたいのだが」
精霊の王から、その言葉が出るとは思ってもみなかったのだろう。ガレットは気難しい表情で、片方の眉根をつり上げた。
「ワシにも信徒になれと言う気なのか?すまんが、いくら王様の頼みでも、ワシは入信などせんぞ」
「そなたは何か勘違いしておるな。我の望みは、そなたとテスラの関係修復だ」
「何じゃと!?」
「ほーら、いつまでもじっちゃが意地張ってるから、王様がお怒りだよ?」
「別に怒ってなどおらん。我の存在を受け入れてくれている者達が、心沈む姿を見ておれんのだ」
「王様なのに、働き者ですね」
エルの発言に、イフレイアはフッと微笑んで腕を組んだ。
「ぬぅ、しかし…」
「先程まで機会があればいつでもー、とか言っていたのはどこの誰ですか。いい加減、素直になったらどうですか?」
「じっちゃ」
「ガレットおじいちゃん」
「ぐぬぬぬ…!」
「ふむ、埒が明かぬな。では…致し方ないが、強硬手段を取らせてもらおう」
「な、何をする気じゃ…?」
イフレイアが特殊な呪文を唱えると、ガレットの周囲に魔力を含んだ光が集束していく。これは以前、あたし達が火山に行った時に使っていた上級魔法、転移の魔法だ。
「ぬおおおっ!?」
「先に行ってもらう。後ほど我も向かう故、心配するな」
「そう言う問題じゃ—————」
ガレットの言葉は最後まで届くことはなく、そのまま光の中へと消えていった。
「無情だな」
「無情ですね」
「精霊様って、凄く大胆なんですね…!」
「さて。そなたらも、そろそろ行くのであろう?」
「そうだね。もう暑いのはこりごりだし、次はお隣のシャンタにでも行ってみようかなーって」
「そうか。では、1つだけ頼み事を受け入れてもらえるだろうか?」
「何でしょうか?可能な範囲でしたら、お引き受けしますが」
「うむ。他の国でも、このネパルマのような問題が原因で、精霊の力が弱まって加護が及んでいない可能性があるのだ」
「そんな事が分かるの?」
「力が戻ったことで、国境辺りまでの気配を読み取れるようになったのでな」
イフレイアの力のことはよく分からないけれど、今言っていたことが本当なら、シャンタは生態系のバランス等々が、大きく傾いている状態にあることになる。砂クジラのように、間違った進化を遂げている原生生物がいれば、それはまた大変なことになるだろう。
「リノお姉ちゃん…」
クーが不安そうな表情であたしを見つめて来る。大丈夫。旅は道連れ、世はなんとかってやつだ。
「了解。もしそんな状態になってたとしたら、可能な範囲でやってみるよ」
「重ね重ねすまぬな。我の力が届かぬ場所が為に、そなたらを頼る他ないのだ」
「お任せ下さい、精霊様!」
「さーて、そろそろ出発しますかね!」
大きく息を吸い、勢いよく伸びをしていると、ふと思い出す。
「あっ」
「どうしましたリノ?」
「骸!お礼言ってないけど、どこ行った!?」
「彼でしたら、リノが寝てる間に新しい商売を求めて他国に向かいましたよ。あ、ちゃんと衝撃砲も返却しましたので、安心して下さい」
「そっか。挨拶出来なかったのは残念だけど、骸が元気そうだったならいいや。おーし、今度こそ憂いなし!」
「では、我が国境付近まで送ってやろう」
「あんがとー、精霊様♪」
それぞれが次なる新天地の光景を思い浮かべて、転移魔法の光に身を委ねた。
シャンタ。いざ、あたしの師匠が生まれ育った国へ―————




