対決!砂クジラ その4
「エルお姉ちゃん!」
「くっ…これ以上は…!」
大地を揺るがす轟音、呆れるほどの大口を開けて、バギーを追尾して来る砂クジラ。クーがエルにバギーの速度を上げるよう促すも、既に限界点に達していた。動力部が悲鳴を上げ、複数の箇所から煙が噴出する。
しかし、壊れるのを気にして減速しようものなら、砂クジラの口内に飲み込まれるのは必至。耐えてくれることを祈る他ない。
エルはバギーの操縦を行いながら、思考を張り巡らす。決定打にはならずとも、時間の稼げる手段の模索。相手が相手だけに容易なことではないが、実行出来なければ死が見える。
リノやオージェが、何かしらの攻撃を行ってくれると期待はしていても、確定ではない未来は選択肢に入れない。それが、エルノア・アールコートという人間である。
時にすれば一瞬だが、エルにとっては長い熟考の末、1つの未来を導き出した。事前に周辺住民へ聞き込みをし、情報を纏めておいたのが幸いした。この方法ならば、確実に砂クジラの足止めが可能だ。あまり時間はかけられない。エルは、可及的速やかに指示を出す。
「クーちゃん、私のポーチから『ヤタガシ』を取り出してもらえますか?」
ヤタガシとは、ネパルマ国に生息している樹木から採れる果実の1つ。形状は茶色の球体で外殻が堅く、ココナッツに似ている。一度口に含めば、非常に甘酸っぱい果汁が喉を潤すだけでなく、ストレス解消の作用もあると言われている人気の果実だ。
国民には好かれているが、砂クジラはこのヤタガシの匂いを嫌う。故に都市では、なるべく沢山のヤタガシの木を植え、砂クジラが近付いて来られないよう対策を施していると聞いたのだった。
通常マナ海に生息している一般的なクジラは、嗅覚や味覚が退化しており、ほとんど使い物にならないという。だが砂クジラだけは、育った環境の違いか、全く別の進化を遂げており、嗅覚や味覚が異常に発達しているらしい。
それらの要素を併せて対処法を組み立てていけば、おのずと点が線となる。
「えっ、あんな果実でどうするの?」
「この場を切り抜けるのに、最も適した道具なんですよ。私の指示通りに動いてくれますか?」
「う、うん!」
クーはエルのポーチから複数のヤタガシを取り出し、ロープを用いて衝撃砲の砲身部へ括り付ける。そして出来上がったそれを、揺れの中、エルの操縦席へと運んだ。
「エルお姉ちゃん、これでいいかな?」
「上々です、ありがとうございました。…さて、仕掛けましょうか」
エルは操縦を左手で行い、右手には衝撃砲を構える。クーほどの魔力を有していなくとも、策を成すには自身程度の魔力でも十分だと踏む。軽く息を吸った後、エルは鮮やかな操縦技術でバギーを旋回させ、砲身を砂クジラに向けると、魔力を込めて衝撃砲を発射した!
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ドン!と力強い音が砂漠の海に木霊する。周囲が砂煙と湯気に覆われていて、何が起こったかまでは分からなかった。けれど、あたしにはそれがエルの行動であると、直感的に悟った。
無事砂クジラの側面に取り付いたあたしとオージェは、急勾配の山を登っているかのような恰好で踏み止まり、バギーの方向を確認する。
「今の音、衝撃砲か?一射目と比べてやけに音が小さかったが…」
「クーちゃんは魔力を出し切ってるはずだから、多分アレはエルだ。何か考えあっての事だと思うけど…」
「おい、何か匂ってきたぞ。これは…果物か?」
「ふーむ。…あっ、これは!ホテルで食べた!」
「ヤタガシか。なるほどな、そう言う事か」
「え、分かったの!?」
オージェに先を越されたようで悔しくなる。が、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
「これは何を狙ってる!?」
「匂いだ。砂クジラは、ヤタガシの匂いを嫌っている」
「だからそれを流したってこと!?一体どうやって…そっか!衝撃砲か!」
「そうだ。おそらくエルノアは、衝撃砲の先端に複数のヤタガシを括り付け、爆破させる形で匂いを拡散させたんだろう。焼けた方が、より濃い」
「でも、たった数個のヤタガシだけで、砂クジラが反応するもんなの?」
「するだろうな。砂クジラは嗅覚が異常に発達している生き物だと聞いたことがある」
「ほぇー、さすがエル。博学だからこその策って訳ね」
「頼もしくて何よりだ。それよりもデコ、動くぞ!」
砂クジラの軌道が、徐々にバギーから逸れて行く。速度もだいぶ落ちたおかげで、巻き上げられる砂の量が減り、迎撃しなくても良いぐらいになった。エルの策は功を成したようだ。後顧の憂いを絶った今、あたしの心配事はなくなった。反撃開始だ。
「よぉーっし、行くぞハゲ!徹底的タコ殴りだぁーーー!!!」
右手に刃、左手に鞘を持ち直し、一気呵成に攻め立てる。溜まりに溜まった鬱憤を晴らさんが如く、怒涛の攻撃をお見舞いする。
クーの放った衝撃砲が、厚い皮膚を全て貫いてくれているおかげで、斬りつけた際に確かな手応えを感じた。オージェもそれを感じとったのか、若干唇を歪ませて、喜びを表現していた。何て邪悪な喜び方をするんだ、コイツは。
「派手に暴れ過ぎて、疲れたなんて言うなよハゲ!」
「お前こそな、デコ!手ぇ抜いて楽するなよ!!」
「はぁーっ!?誰がそんな事するかってんだ!あんたじゃあるまいし!!」
「ならいいが…なッ!!」
オージェの一薙ぎが、砂クジラの腹部を揺らす。多量の血飛沫が降り注ぎ、オージェが身に纏っている、真白のコートが血で染まる。けれど、オージェは意に介した様子はない。根っからの戦闘狂には、血は関係ないようだ。
あたしは汚れるのが嫌なので、極力ヒットアンドアウェイで立ち回り、柔らかい箇所を的確に狙って、砂クジラと言う名の壁を疾走する。
執拗に攻撃を繰り出し続けること数10分。砂クジラの速度がさらに落ちてきた。頭部の方から見えていた湯気も、段々と薄れているのが分かる。あともう少しだ。
ここであたしは、ふとオージェの方へ視線を向ける。てっきりもうへばっているものかと思ったけれど、依然として休みなく大剣を振り続けていた。返り血が尋常ではなく、全身真っ赤で、もはや誰なのかさえ分からないほどに染まっていた。あたしには絶対真似出来ないな。
と、いつまでもよそ見をしている暇はない。休まず攻撃を続け、少しずつ確実に砂クジラの体力を削ぐ。途中尾ヒレを砂に叩きつけ、大地を震わしたりと動きはあったが、攻撃の障害にはならなかった。
それからさらに数10分。僅かながらにも移動を続けていた砂クジラの動きが、完全に停止した。それに伴い、今までの轟音が嘘のように静まり、砂嵐もピタリと止む。側面についているヒレが動いてないのを確認して、あたしとオージェは顔を見合わせた。
「ようやく倒した…のか?」
「そうっぽいけど、羽を休めてる可能性もあるぞ」
「いえ、大丈夫ですよ」
突如背後から、いるはずのないエルの声が聞こえてきて、あたしは思わず飛び跳ねてしまった。
「うわっひゃあ!?」
「何をそんなに驚いているんですか、リノ」
「ご、ごめん。ここにエルが来るとは思わなくて…って、バギーはどうしたの?」
「ちゃんと傍にあった岩場に停めてありますから、ご安心を。念の為、クーちゃんには待機してもらっています」
「エルノア。お前今、大丈夫って言ってたな。あれはどう言う意味だ?」
「あら、どちら様で?」
分かっているだろうに、わざと間の抜けた返答をして、オージェを困らせるエルに笑ってしまった。
「あはははっ!!」
「笑うなデコ!ったく、気の抜ける…」
「冗談です、そんなに怒らないで下さい。…先程の話ですが、砂クジラはもう動きませんよ。生きてはいますが、抵抗するだけの余力がないんです」
「ほんと?フリとかじゃなく?」
「ええ。あらゆる箇所のヒレが閉じているのが、その証拠です」
長い激闘の末、ようやく砂クジラを沈黙させることが出来た。脳が終わったと認識したことで、身体中が根を上げ始める。何だかんだと強がっては見せたものの、実のところ限界ぎりぎりだった。大きく息を吸って荒れた呼吸を静めた後、砂の海に溺れるようにして、あたしは盛大に倒れ込んだ。
心なしか、砂が冷たく感じた。それもそうだ。これだけ動き回れば、体温も相当上がっているだろう。汗で服がびっしょりなのがそれを証明している。
「あー、もうダメだ。動けないや…」
「だらしねえな、デコ。そんなんだから…弱っちいんだよ…」
偉そうなことを言ったオージェだったが、オージェ自身も、力なくよろめいて倒れた。
「意地っ張りハゲめ…」
「やせ我慢デコめ…」
「ふふふっ。お二人とも、お疲れ様でした。後処理はやっておきますので、そのままお休み下さい」
「ごめーん、エル…。あと宜しく…」
帽子の鍔を上げて微笑むエルに手を振りながら、あたしは強烈な睡魔に襲われて、そのまま深い眠りについた————————




