対決!砂クジラ その2
だいぶバギーを近づけてはいたものの、砂クジラまではそれなりの距離があった。もしかしたら、届かないかもしれない。そんな不安がよぎったけれど、何とか砂クジラの背に取りついた。オージェも無事だったのを確認して、一安心。
さて、ここまでは順調。素早く次の行動に移る。砂クジラの乗り心地は案外悪くなく、表面がごつごつしている分、滑って落ちることもなさそうだ。が、もしもの為と思い、ロープを腹部に括り付けて命綱としておく。
「デコ、始めるぞ!」
「分かってる!行くぞーーー!!」
いよいよ攻撃開始。あたしは愛刀を鞘から抜いて、砂クジラの肉体に勢いよく突き刺す。そしてオージェは大剣で力強く薙ぎ、広範囲を切り裂いて攻撃した。
しかし…言われていた通り、僅かに出血こそするものの、砂クジラに目立った動きの変化は見られない。皮が厚すぎて、肉まで届ききっていないのだろう。これは思った以上に骨が折れる仕事になりそうだ。
「くっそー!全然効いてないみたいだぞ!!」
「俺が知るか!黙って攻撃を続けろ!!」
「だーりゃあああぁぁぁ!!」
あたしは勢いをつけて、鉤爪を食い込ませた位置から離れるようにして大きく飛ぶ。それから、側面に刃を突き刺した後、振り子の原理を利用しての滑空斬りをお見舞いしてやる。
砂クジラの側面には、緩やかな曲線が描かれていき、まるでアートサーカスでもしているかのような気分になった。刺した刃は、砂クジラの皮を抉り獲る鈍い音を発しながら、凄まじい速度であたしを運んでいく。風圧も相当で、髪を留めているリボンが取れてしまわないかと心配になり、無意識に鞘を持っていた左手で確認する。
それからしばらく進んで、しっかり端まで到達してから、締めに巻き取りのボタンを押して、再び背に戻った。
「どーよ!」
と、オージェにアピールする。けれどオージェはオージェで、大剣を振り回して皮を削ぎ落としていた。皮の塵が派手に飛んでは風に流され、攻撃を加えている一部分だけみるみる薄くなって、他の箇所と比べ高低差が出来た。
オージェはそこに大剣を突き立てて、岩の巨人と戦った時のように、大剣の中央部を展開して呪文を唱える。やがて隠されていた紅色の球体が輝きを放つと、オージェはそれを撃ち込んだ。
少しして、砂クジラ反応があった。流石に効いたのか、耳を劈く唸り声を上げて、急激に速度を上げ始めた。それに伴い、砂の嵐が発生して、無数の礫があたし達に襲いかかる。大きい物を優先的に回避して、小さい物は刃で弾いて対応する。
けれど、あまりにも膨大な量の為に、その全てを捌くのは不可能。痛いけれど、我慢して小粒は受ける。地上にいた時と違って、砂クジラの背に乗っている分、被害が少ないのが幸いだ。このぐらいの量であれば、しばらくは耐え凌げる。
「おいデコ!まだ生きてるな!?」
砂塵が口に入らないよう手で口を隠しながら、オージェは叫ぶ。
「あんたこそ!振り回されてもう落とされてるかと思ったよ!」
「…それだけ減らず口が叩けりゃ上等だ!」
オージェはあたしに『頭部の方へ向かう』と目で訴えた後、鉤爪と大剣を巧みに利用しての移動を開始した。その後ろ姿を見送ってから、あたしは体勢を低くして双眼鏡を手に持つ。
そろそろ、クーの援護射撃が届く頃合いだ。なるべく正確な位置を狙ってもらうには、しっかりと誘導しなければ。きっと今頃は、相当緊張しているであろうクーの心情を想いつつ、バギーの姿を探す。時折飛来する大粒を払いながら、双眼鏡を右に流すと、砂の海を走る1つ影が見えた—————
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まさに今、自身の心情を表現しているかのような、激しく振動するバギーに揺られて、クーは衝撃砲を構え『その時』を待ち続けていた。戦う前、オージェに気を遣ってもらった際には強がって見せたものの、いざ戦闘になると、心の底から恐怖の感情が押し寄せてくる。
振動に紛れて分かりにくいが、肩は震え、唇はキュッとしまって余裕がない。先行して砂クジラの背に飛び移った、リノやオージェ達の事を心配してしまう。
怪我をしていないだろうか。衝撃砲を外してしまったらどうしよう。…と、そんなことばかり考えてしまい、不安の文字が頭から離れない。もうそろそろ、砂クジラに攻撃を仕掛ける『約束』の時間が迫っているのもあり、より一層不安は強まる。暑さの所為でもあるが、極度の緊張で、額からは汗が滴り落ちる。
「クーちゃん、そろそろです。準備は良いですか?」
バギーを操縦しているエルが、クーに最終確認を促す。声色は普段と変わりなかったが、クーにはそれが、自身のことを案じてくれている台詞なのだと、直感的に悟った。
「う、うん…」
思わず弱気な返事をしてしまう。この返答に、察しの良いエルが気付かないはずはなく、数秒間の沈黙の後口を開いた。
「怖いですか?」
「…うん。みんなの前では強がって見せたけど、やっぱり実物を目の前にしたら、身体の震えが止まらなくって」
「そうですか。確かにクーちゃんの言う通り、口ではどれだけ強がっても、実際その場に立ち会えば、誰でも臆するものです」
「エルお姉ちゃんも、怖かったりするの?」
「ええ、勿論です。リノやオージェさんのような、生粋の闘争者な訳でもありませんからね。ただ少し口が立つだけの、一般人です」
「そんなことない。エルお姉ちゃんは立派な『大人』だよ」
「ふふ、ありがとうございます。ではそんな『大人』の私からアドバイス…いえ、お節介を」
エルは咳払いをして、諭すような口調で話始めた。
「怖くても良いんですよ。その感情を懐くのはとても大切です」
「…どうして?」
「恐れを知らなければ、その心が闇に侵されてしまうからです。特定の行為を行う事が、どのような意味を持つのか…。それをしっかりと理解していれば、誤った道に進んだりはしないでしょう?」
「分かるような、分からないような…」
「では、例題を1つ。ある日突然、クーちゃんはナイフで人を刺さなければならなくなりました。誰を狙いますか?」
「誰も狙わないよ!」
「理由は?」
「勿論、人が傷つくのが怖いから…あっ」
クーは、エルの真意を理解したようにハッとした。幼いながらも理解が早い。
「そっか。怖いって感情がなかったら、傷つけることの悲しみさえも分からないんだね…」
「その通りです。ですから、自身が懐いた感情を誤魔化してはいけません。ありのまま感じれば良いんですよ。砂クジラの怖さを知っているクーちゃんだからこそ、分かる事があるはずです」
「私だから、分かる事…」
操縦している関係で、クーからはエルの笑みは見えなかった。けれどクーには、エルの気持ちが手に取るように理解出来る。やはりエルノア・アールコートという女性は『大人』だ。クーはそう強く感じると同時に、深い尊敬の念を抱いた。
気持ちを整理してから、軽く息を吸う。すると、心の中につっかえていたモノが消えたような気がする。肩の震えも収まり、自然と平静さ取り戻した。クーは自身の頬を2、3回叩いて気合いを入れる。
「エルお姉ちゃん、ありがとう。私…頑張ってみる」
「ええ。応援してます」
再び沈黙が訪れ、バギーの駆動音だけが砂漠の海を遊泳する。休みなく走り続けて10分少々。前方に、幾多の砂を巻き上げながら、こちらに接近して来る砂漠の主が見えた。
「エルお姉ちゃん!」
「見えましたね。さて、準備は良いですか?」
「…うん!!」




