表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリーダムガール  作者: 赫宗一
ガジュア編
2/111

魔獣退治

ガジュア国一の商業街として有名なレンブール。綺麗に整地された石畳いしだたみが街の鮮明さを表現し、立ち並ぶ家屋が街全体の大きさを証明している。


行き交う人の多くは商業人であり、あちこちで商売に関する会話をしているのを耳にする。牛車ぎっしゃを引いて歩く者や、骨董品こっとうひんたぐいを露店販売する者、手持ちには何もないが、多様性を持つ情報を売る者等、実に様々。そこに子供達の元気の良い声も混じり、まるで祭りのように華やか。


あたしとエルは、そんな街の路地裏にある小さな店を訪ねていた。そこは、街の人間の様々な依頼を掲示する場、通称ギルド。設けられている期間中に、依頼人の提示した条件を満たすことが出来れば、難度に応じた報酬が受け取れる。とどのつまり、アルバイトだ。とは言っても、本当にピンからキリまであって、命の危険がともなう依頼も存在する。


それなりの路銀ろぎんを持って旅に出たつもりだったけれど、別段やりくり上手な訳でもないので、数週間もすれば底をついた。その為に、何日かおきにギルドに訪れては軽めの依頼をこなし、受け取った報奨金で食い扶持ぶちを繋いでいたのだった。


ギルドの主である老人は、あたし達が来訪するや否や、カウンター越しにニカッと笑って軽く手を振る。もうすっかり顔を覚えられてしまった。


「ほほ、今日も来たかね」


「おーっす、じっちゃ。今日は何か良い依頼あるー?」


「あるともさ。お前さんの腕を見込んだ、とびきりの依頼がな」


「それは興味深いですね。見せてもらいましょうか」


エルが言ったのと同時に、老人はカウンターのテーブルに該当がいとうの書類を置いた。用意周到なことで。エルが真剣に目を通している脇から、あたしもその情報を覗き見る。内容は、ある原生動物の討伐のようだった。


対象の名前はタイラント。二足歩行の前のめりな骨格こっかくと、黒く輝く両手の巨大爪が特徴的な魔獣まじゅう。草木の色合いに近いその体色を利用して巧妙こうみょうに隠れ、通りがかった獲物を捕食し巣である岩場のかげに運ぶ。


また、爪以外にも鋭い眼光を持ち合わせており、にらまれた者は恐怖で動けなくなる程の強烈な視線を有す。緑の多い街道のみという限定的な活動範囲、尚且なおかつ直接街を襲ったりする習性がないことから、最大Aまである危険度ランクはCに指定されている原生生物だ。


「ほぇー、タイラントかぁ。何だか凄い強そうだけど」


魔法カメラと呼ばれる、モノを写すことが出来る機械で撮られた写真を見て、あたしは声をらして驚く。説明文に相違そういない形相ぎょうそうで、今にも写真の中から出て来そうな恐ろしさがあった。


「なるほど。この魔獣まじゅうが街道に出没しているとなれば、商業が盛んなこの街にとってはかなりの痛手と言う訳ですか」


「そう。こいつの存在が、商人達の足を止めてるのさ。早い所退治してもらわないと、街の景気に影響を及ぼしかねないって、お偉いさん方がなげいていたよ」


「ふーん」


「どうじゃ、やるかの?」


「額も悪くないですし、やりましょうリノ」


「そーだね。ここいらで1つ儲けとこうかな」


「ほっほ、それでは頼んだぞい。…受諾じゅだくさせてから言うのもなんじゃが、本当に大丈夫かの?」


「あたし強いって言ったっしょ?大丈夫だって。何なら、今ここで見せてあげようか?」


「え!?ま、まさか脱いで―――――」


「叩き斬るぞジジイ」


「すんませんでした。まあ…冗談はさておき、気をつけての」


エロジジ…ギルド長はいやしい目ではなく、職人としてのまなこをもって、既にあたしの身体能力を見極めていたようだった。性格に多少問題はあるけど、確かな観察眼かんさつがんだな。ちょっとだけ感心した。


「じっちゃの目は確かだよ。でも、心配ありがと♪」


「では行きましょうか。失礼しました」


あたしは軽く手を振り、エルは深く礼儀正しいお辞儀をして、ギルドを後にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


早速あたしとエルは、書類を頼りに目的の街道に出た。ちょうが優雅舞い、爽やかな風が草木を揺らしている、見晴らしが良く空気のおいしい場所。あたしは思い切り息を吸って、大自然の味を堪能した。


「んん~っ!やっぱり空気がおいしいねー!静かで自然豊かだし」


「都会の喧騒けんそうとは違った良さがありますよね。読書には最適な場所です」


「ちょっとエル。ちゃーんと探してよ?」


「分かってますよ。言いだしっぺですからね。二手に分かれて探しましょうか」


それから小一時間ほど周囲をくまなく捜索そうさくするも、それらしい姿は見えず、途方に暮れる。案外と言うか、やっぱりと言うべきか…そう簡単にはいかないな。


「うーん、中々見つからないね。どこにいるんだろ?」


「活動範囲は極めて少ないので、他の魔獣まじゅうを探すよりかは簡単だと思うのですが…」


「あれだ。必要ない時には現れて、いざ探し始めると全く見つからないパターン」


「そんな呑気のんきに構えると、足元をすくわれますよ」


エルがそこまで言った時、背後の雑木林からわずかに葉がこすれる音が聞こえた。


「エルッ!!」


判断は一瞬。あたしは素早く刀を引き抜いて、雑木林へ向けて振りかぶった。直後、鈍い衝撃音と咆哮ほうこうが響き渡る。肌で感じた通り、隠れていたのはタイラントだった。写真で見た容姿そのままに、タイラントは獰猛どうもうな目つきで敵意をき出しにし、凄まじく強固な大爪であたしの刀に対抗する。


「レディを後ろから狙うなんてマナーが悪いね!少しお仕置きが必要かな!?」


「ガアアアァァァ!」


って、言葉が通じる訳ないか。あたしの交戦的な態度にタイラントはとどろ咆哮ほうこうで応えた。ギリギリと音を鳴らして、2つのやいば交錯こうさくする。

ある程度の知能があるとはいえ、相手は動物。直線的且つ素直な軌道の攻撃で、受け流すのは容易。もっとも、並みの人間であれば、受ける事すら叶わないだろうけど。


「エル、下がっといて!ちゃちゃっとやっつけるから!」


「言われずとも、退避してます」


エルが安全な場所まで退避したのを目で確認したあたしは、すぐさま攻勢に出る。大爪を受け止めていた刀からふっと力を抜いて、タイラントの身体のバランスを崩させる。すると、勢い余って倒れそうになったタイラントは、刀のに身をがれて、痛みの鳴き声を上げながら首を振った。


「チャーンス!」


好機。あたしはさやを大地に突き立てて踏み台にし、空高く跳躍ちょうやくする。3m近いタイラントの首元の辺りまで達すると、強烈な回転脚かいてんきゃくで追い討ちをかけてひるませた後、逆刃さかばにしておいた刀でタイラントの頭部を力強く叩いた。


「ギュオオオォォ…!」


うなり声と共に、タイラントは大地に倒れ伏した。魔獣まじゅうに対しての気絶攻撃は初めてだったから少し焦ったけど、意外と何とかなるものだ。あたしはさや回収かいしゅうしてやいばを納めると、本を読みながら寄って来たエルへ身体を向ける。


「斬らないんですか?」


「んー、ちょっち違和感があってさ」


「違和感?」


珍しくエルが目を大きく見開く。


「タイラントの眼だよ。何となくだけど、何かを守ろうとする意志を感じてさ。どうにもそれが引っ掛かって、倒せなかった」


あたしの主張を馬鹿にすることなく、エルは真摯しんしに耳を傾けてくれる。これが他人なら『お前、魔獣まじゅうと会話なんか出来る訳ないだろ』と、鼻で笑われていただろうな。


「なるほど、少し気になりますね。…資料によると、タイラントの巣は岩場のかげでしたね。探してみましょう。ここからそう遠くないはずです」


エルの言った通り、5分もしないうちに巣は見つかった。どうやらあたしの勘が当たったらしい。予想していた通りの光景が広がっていた。


そこには、ピィピィと鳴く1体の小さな獣。まだ幼生ようせいで、全長は50cmにも満たない。さしずめ、さっき気絶させたタイラントの子供だろう。成体せいたいとは似ても似つかない可愛らしい外見で、あたしは思わず声を上げる。


「ひゅーっ!可愛い♪」


「そう言う事でしたか。タイラントは、誰彼構かまわず襲いかかっていた訳ではなかったんですね」


「みたいだね。親としての防衛本能ぼうえいほんのう過剰かじょうに働いて、必要以上の威嚇いかくを行ってたっぽい。んで、襲われたと勘違いした人達が―――――」


「誤った情報をギルドに流してしまった…と。私達人間が、魔獣まじゅうに対しての理解が不足しているがゆえですね。それでどうします?斬りますか?」


「分かってて聞くのは意地が悪いなあ」


あたしがやれやれと両手を挙げると同時に、意識を取り戻した親のタイラントが急ぎ足で帰還してくる。あたし達の姿をとらえて驚いたような仕草を見せるが、交戦の意思がないことを悟ってくれたのか、やがて威嚇いかくを止めて大人しくなった。そして、のしのしと子供のそばに歩み寄って、取って来た雑草を子供に食べさせはじめる。むつまじい親子のやり取りに、あたしの頬はゆるんだ。


「ははっ。魔獣まじゅうとは言っても、こうして見てると動物と変わんないな」


「ですね。魔獣まじゅうが必ずしも害を及ぼす存在ではないと言う事実を、広めていかなければなりませんね」


と、ここであたしはある事を思い出した。エルの持っているかばんから医薬品を取り出して、タイラントに負わせてしまった傷の治療を試みる。てっきり警戒されて出来ないかと思ったが、タイラントは傷に触れることを素直に許してくれた。


「さっきはごめんね。お詫びって訳じゃないんだけど、これで手を打ってくれないかな?」


「ギュルルル…」


何ていってるのか分からないけど、優しさのある声色から肯定こうていだと勝手に判断する。タイラントの気が変わらない内に、手早く処置をほどこしてすぐさまそばを離れた。


「これで良し…と。さーって、帰りますか」


「今日の晩御飯は質素になりそうですね」


「今回の件を報告すれば、少しぐらい報酬貰えるでしょ」


「望み薄です」


「ぐぬ…。じゃあさっきセクハラされたし、その分の慰謝料いしゃりょうをじっちゃに請求せいきゅうしよう」


妙案みょうあんですね。それでいきましょうか」


エルと冗談を言い合いながら、あたし達はレンブールへと帰路に着いた。美味しいご飯が食べられなくなるのは残念だけど、悪くない気分だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ