魔獣退治
ガジュア国一の商業街として有名なレンブール。綺麗に整地された石畳が街の鮮明さを表現し、立ち並ぶ家屋が街全体の大きさを証明している。
行き交う人の多くは商業人であり、あちこちで商売に関する会話をしているのを耳にする。牛車を引いて歩く者や、骨董品の類を露店販売する者、手持ちには何もないが、多様性を持つ情報を売る者等、実に様々。そこに子供達の元気の良い声も混じり、まるで祭りのように華やか。
あたしとエルは、そんな街の路地裏にある小さな店を訪ねていた。そこは、街の人間の様々な依頼を掲示する場、通称ギルド。設けられている期間中に、依頼人の提示した条件を満たすことが出来れば、難度に応じた報酬が受け取れる。とどのつまり、アルバイトだ。とは言っても、本当にピンからキリまであって、命の危険が伴う依頼も存在する。
それなりの路銀を持って旅に出たつもりだったけれど、別段やりくり上手な訳でもないので、数週間もすれば底をついた。その為に、何日かおきにギルドに訪れては軽めの依頼をこなし、受け取った報奨金で食い扶持を繋いでいたのだった。
ギルドの主である老人は、あたし達が来訪するや否や、カウンター越しにニカッと笑って軽く手を振る。もうすっかり顔を覚えられてしまった。
「ほほ、今日も来たかね」
「おーっす、じっちゃ。今日は何か良い依頼あるー?」
「あるともさ。お前さんの腕を見込んだ、とびきりの依頼がな」
「それは興味深いですね。見せてもらいましょうか」
エルが言ったのと同時に、老人はカウンターのテーブルに該当の書類を置いた。用意周到なことで。エルが真剣に目を通している脇から、あたしもその情報を覗き見る。内容は、ある原生動物の討伐のようだった。
対象の名前はタイラント。二足歩行の前のめりな骨格と、黒く輝く両手の巨大爪が特徴的な魔獣。草木の色合いに近いその体色を利用して巧妙に隠れ、通りがかった獲物を捕食し巣である岩場の陰に運ぶ。
また、爪以外にも鋭い眼光を持ち合わせており、睨まれた者は恐怖で動けなくなる程の強烈な視線を有す。緑の多い街道のみという限定的な活動範囲、尚且つ直接街を襲ったりする習性がないことから、最大Aまである危険度ランクはCに指定されている原生生物だ。
「ほぇー、タイラントかぁ。何だか凄い強そうだけど」
魔法カメラと呼ばれる、モノを写すことが出来る機械で撮られた写真を見て、あたしは声を漏らして驚く。説明文に相違ない形相で、今にも写真の中から出て来そうな恐ろしさがあった。
「なるほど。この魔獣が街道に出没しているとなれば、商業が盛んなこの街にとってはかなりの痛手と言う訳ですか」
「そう。こいつの存在が、商人達の足を止めてるのさ。早い所退治してもらわないと、街の景気に影響を及ぼしかねないって、お偉いさん方が嘆いていたよ」
「ふーん」
「どうじゃ、やるかの?」
「額も悪くないですし、やりましょうリノ」
「そーだね。ここいらで1つ儲けとこうかな」
「ほっほ、それでは頼んだぞい。…受諾させてから言うのもなんじゃが、本当に大丈夫かの?」
「あたし強いって言ったっしょ?大丈夫だって。何なら、今ここで見せてあげようか?」
「え!?ま、まさか脱いで―――――」
「叩き斬るぞジジイ」
「すんませんでした。まあ…冗談はさておき、気をつけての」
エロジジ…ギルド長は卑しい目ではなく、職人としての眼をもって、既にあたしの身体能力を見極めていたようだった。性格に多少問題はあるけど、確かな観察眼だな。ちょっとだけ感心した。
「じっちゃの目は確かだよ。でも、心配ありがと♪」
「では行きましょうか。失礼しました」
あたしは軽く手を振り、エルは深く礼儀正しいお辞儀をして、ギルドを後にした。
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早速あたしとエルは、書類を頼りに目的の街道に出た。蝶が優雅舞い、爽やかな風が草木を揺らしている、見晴らしが良く空気のおいしい場所。あたしは思い切り息を吸って、大自然の味を堪能した。
「んん~っ!やっぱり空気がおいしいねー!静かで自然豊かだし」
「都会の喧騒とは違った良さがありますよね。読書には最適な場所です」
「ちょっとエル。ちゃーんと探してよ?」
「分かってますよ。言いだしっぺですからね。二手に分かれて探しましょうか」
それから小一時間ほど周囲を隈なく捜索するも、それらしい姿は見えず、途方に暮れる。案外と言うか、やっぱりと言うべきか…そう簡単にはいかないな。
「うーん、中々見つからないね。どこにいるんだろ?」
「活動範囲は極めて少ないので、他の魔獣を探すよりかは簡単だと思うのですが…」
「あれだ。必要ない時には現れて、いざ探し始めると全く見つからないパターン」
「そんな呑気に構えると、足元をすくわれますよ」
エルがそこまで言った時、背後の雑木林から僅かに葉が擦れる音が聞こえた。
「エルッ!!」
判断は一瞬。あたしは素早く刀を引き抜いて、雑木林へ向けて振りかぶった。直後、鈍い衝撃音と咆哮が響き渡る。肌で感じた通り、隠れていたのはタイラントだった。写真で見た容姿そのままに、タイラントは獰猛な目つきで敵意を剥き出しにし、凄まじく強固な大爪であたしの刀に対抗する。
「レディを後ろから狙うなんてマナーが悪いね!少しお仕置きが必要かな!?」
「ガアアアァァァ!」
って、言葉が通じる訳ないか。あたしの交戦的な態度にタイラントは轟く咆哮で応えた。ギリギリと音を鳴らして、2つの刃が交錯する。
ある程度の知能があるとはいえ、相手は動物。直線的且つ素直な軌道の攻撃で、受け流すのは容易。尤も、並みの人間であれば、受ける事すら叶わないだろうけど。
「エル、下がっといて!ちゃちゃっとやっつけるから!」
「言われずとも、退避してます」
エルが安全な場所まで退避したのを目で確認したあたしは、すぐさま攻勢に出る。大爪を受け止めていた刀からふっと力を抜いて、タイラントの身体のバランスを崩させる。すると、勢い余って倒れそうになったタイラントは、刀の刃に身を削がれて、痛みの鳴き声を上げながら首を振った。
「チャーンス!」
好機。あたしは鞘を大地に突き立てて踏み台にし、空高く跳躍する。3m近いタイラントの首元の辺りまで達すると、強烈な回転脚で追い討ちをかけて怯ませた後、逆刃にしておいた刀でタイラントの頭部を力強く叩いた。
「ギュオオオォォ…!」
唸り声と共に、タイラントは大地に倒れ伏した。魔獣に対しての気絶攻撃は初めてだったから少し焦ったけど、意外と何とかなるものだ。あたしは鞘を回収して刃を納めると、本を読みながら寄って来たエルへ身体を向ける。
「斬らないんですか?」
「んー、ちょっち違和感があってさ」
「違和感?」
珍しくエルが目を大きく見開く。
「タイラントの眼だよ。何となくだけど、何かを守ろうとする意志を感じてさ。どうにもそれが引っ掛かって、倒せなかった」
あたしの主張を馬鹿にすることなく、エルは真摯に耳を傾けてくれる。これが他人なら『お前、魔獣と会話なんか出来る訳ないだろ』と、鼻で笑われていただろうな。
「なるほど、少し気になりますね。…資料によると、タイラントの巣は岩場の陰でしたね。探してみましょう。ここからそう遠くないはずです」
エルの言った通り、5分もしないうちに巣は見つかった。どうやらあたしの勘が当たったらしい。予想していた通りの光景が広がっていた。
そこには、ピィピィと鳴く1体の小さな獣。まだ幼生で、全長は50cmにも満たない。さしずめ、さっき気絶させたタイラントの子供だろう。成体とは似ても似つかない可愛らしい外見で、あたしは思わず声を上げる。
「ひゅーっ!可愛い♪」
「そう言う事でしたか。タイラントは、誰彼構わず襲いかかっていた訳ではなかったんですね」
「みたいだね。親としての防衛本能が過剰に働いて、必要以上の威嚇を行ってたっぽい。んで、襲われたと勘違いした人達が―――――」
「誤った情報をギルドに流してしまった…と。私達人間が、魔獣に対しての理解が不足しているが故ですね。それでどうします?斬りますか?」
「分かってて聞くのは意地が悪いなあ」
あたしがやれやれと両手を挙げると同時に、意識を取り戻した親のタイラントが急ぎ足で帰還してくる。あたし達の姿を捉えて驚いたような仕草を見せるが、交戦の意思がないことを悟ってくれたのか、やがて威嚇を止めて大人しくなった。そして、のしのしと子供の傍に歩み寄って、取って来た雑草を子供に食べさせはじめる。睦まじい親子のやり取りに、あたしの頬は緩んだ。
「ははっ。魔獣とは言っても、こうして見てると動物と変わんないな」
「ですね。魔獣が必ずしも害を及ぼす存在ではないと言う事実を、広めていかなければなりませんね」
と、ここであたしはある事を思い出した。エルの持っている鞄から医薬品を取り出して、タイラントに負わせてしまった傷の治療を試みる。てっきり警戒されて出来ないかと思ったが、タイラントは傷に触れることを素直に許してくれた。
「さっきはごめんね。お詫びって訳じゃないんだけど、これで手を打ってくれないかな?」
「ギュルルル…」
何ていってるのか分からないけど、優しさのある声色から肯定だと勝手に判断する。タイラントの気が変わらない内に、手早く処置を施してすぐさま傍を離れた。
「これで良し…と。さーって、帰りますか」
「今日の晩御飯は質素になりそうですね」
「今回の件を報告すれば、少しぐらい報酬貰えるでしょ」
「望み薄です」
「ぐぬ…。じゃあさっきセクハラされたし、その分の慰謝料をじっちゃに請求しよう」
「妙案ですね。それでいきましょうか」
エルと冗談を言い合いながら、あたし達はレンブールへと帰路に着いた。美味しいご飯が食べられなくなるのは残念だけど、悪くない気分だった。