守護する巨人 前編
「う、うぐっ…きつい…」
空いたお腹を満たす為に立ち寄ったはずの丼屋で、よもや満腹を通り越して腹痛になろうとは。幸い下痢ではないのでまだマシなのだけれど、キツイものはキツイ。あたしは店屋の近くにあった平らな岩に寝そべって唸る。
「大丈夫?リノお姉ちゃん」
クーはあたしに対して懸命に治癒魔法をかけ続けてくれている。
「クーちゃん、あんがとー」
「治癒魔法は、外傷だけでなく内側まで治療が出来るんですか」
「うん、今みたいな軽い腹痛ぐらいなら。臓器とかの複雑な人体組織にまで届いている傷とかは、仮に治療を施しても、その人の後々に影響が出る可能性があるからやめなさい…っておじいちゃんが」
「なるほど。魔法にもルールが存在するんですね」
エルは胸元からメモ帳を取り出して、今の話を記録し始める。あたしには、前々から魔法には興味を持っているとは言っていたけれど、まさか魔法書を介さずに魔法が使える技術を会得する気なのかもしれない。
オージェもクーの力に関心を示したらしく、ずいと前に出て魔法の光をまじまじと見ている。
「お前、魔法書なしで魔法が使えるのか?」
「は、はい!」
「どんな手品だ?」
「え、えと…」
オージェに話かけられて、クーはどう返答したら良いのか困っている様子を見せている。こんにゃろう、節操がない変態だな。
「こらハゲ。うちの可愛いクーちゃんを困らすでない」
「…少し気になっただけだ、他意はない。それより、お前達は何故ここに?」
「ハゲには教え———」
「火の精霊様に会いに行こうと思いまして」
「精霊だと?文献を読んだ程度の知識しかないが、大昔の存在じゃないのか?」
「それを確かめに行くんですよ。まあ、一番の目的は観光に近いですけども」
「火山に観光とは、お気楽だな。ある意味感心する」
「褒め言葉と受け取っておきます」
エルとオージェのやりとりが終わると同時に、あたしの腹痛も治まってきた。岩に立てかけていた愛刀を片手に、軽快な足運びで立ち上がって見せた。
「っし、復活!!」
「もう良いんですかリノ?」
「おかげ様で♪よーし、行こっか!…っと、その前に」
「何かあるの?」
ある。何故オージェがあたし達の傍から離れないのか。それを問い正す必要がある。敵意を含んだ視線をオージェに向けると、交戦する気満々の目付きで見下してくる。
「何か用か、デコ」
「おうともさ。なーんでハゲは店を出てからも、ずっとあたし達の傍を離れないのか気になってねぇ~?」
「ハッ、そのぐらい分かれよデコ」
「目的地が一緒。と言う見解で間違いないですか?」
「お前の相方は理解しているようだな」
悟ったような口を利くオージェは、懐から1枚の誓約書を取り出して、あたしに見せてきた。どうやら今回オージェがギルドで受けた依頼は、とある鉱石を持ち帰ることのようだ。えらく上品な筆跡で記されていたので、依頼主は富豪かなんかであるのは、容易に理解出来た。
「なるほどね。目的地が同じなら、わざわざ別々に行く必要はないってこと?でもあんた、この前ガジュアで会った時にはあたし達と別行動とってたじゃん」
「話をねつ造するな。お前が1人意気込んで飛び出しただけだろうが」
「あれ、そうだっけ?」
「そうですよ、リノ。まあ、協力的な意思は見られませんでしたけど」
オージェはフンと鼻を鳴らして、エルの挑発を退ける。
「それで、どっちだ?イエスかノーか」
「言うまでもなくノ———」
「リノお姉ちゃん、一緒に行こうよ」
割って入ってきたクーの発言で、あたしは盛大に転倒しかける。
「クー、クーちゃん!?」
「私も賛成です。道中、砂クジラのような危険な原生生物に遭うか分かりませんしね」
それを言われると言葉が出ない。ここは慣れ親しんだガジュアとは環境が違う分、あまり外れた行動は慎んだ方が賢明だろうな。色々と文句はあるけれど、致し方ないと諦めるほかない。
「わーかったよ。ただし妙な真似はするなよ!」
「お前じゃあるまいし、するかデコ」
「ムッカー!こいつー!!」
「どうどう。さあ、気を取り直して行きましょうか。各自、適度な水分補給を忘れずに」
「はーい」
不本意ながらも、オージェと一時的に協力体制をとることになったあたし達は、火山への移動を再開した。道中もっと騒がしくなるかと思ったけれど、存外オージェは黙ってついて来ている。いつも挑発的なだけに、却って不気味に感じざるを得ない。加えて、元々目付きが悪いのもあってか、慣れてない人間からすれば睨まれているように見えるだろう。
実際にそう感じたのかは定かではないけれど、堪りかねたかのようにクーが口を開いた。
「あ、あの!」
「…ん、クーストラだったな。どうした?」
「オージェさんって、どうして冒険者になろうと思ったんですか?」
「理由か。しいて言うなら、世界最強の剣士を目指す為…だったかな」
「だった…ですか?」
「ガキの頃の夢だからな」
オージェはつまらなさそうに言って天を仰いだ。会話が面白くなくてとった態度ではなく、オージェ自身の心の中にある『何か』に触れたが為だろう。と、あたしは勝手に推察して理解する。
「じゃ、じゃあ今はどうなんですか?」
「どうだろうな。ある意味、変わってないのかもな」
「カーッ、詩人臭いこと言っちゃって!」
「うるせえぞデコ。割って入るな」
「はぁあ~ん!?んだとこのハゲ!」
「もー、リノお姉ちゃん。仲良くしようよー」
「クーちゃん。もう既に、十分仲が良いと思いますよ」
『ありえん!!』
エルの一言に、不覚にもオージェと息ぴったりに返事をしてしまう。その反応に「でしょう?」と悪戯っぽい笑みを見せたエルに、クーは微かにはにかんで応えた。
「ぬぐぐぅ…納得いかんぞ」
「俺もだ」
たとえ天地がひっくり返ろうとも、このガサツ男と仲良くなるなんてありえない。エルの考えていることは分からないな。それから、どうやってオージェを出し抜いてやろうかと考えていると、前方の岩山に遺跡の入り口のような、えらく重厚感ある扉が見えて来た。
「ん、何だろあの扉」
「あれが火山への入り口のようですよ。ほら、あれを」
エルが指差した場所に目を向けると、そこには1つ看板が。目を細めて内容を読むと『火山入口はこちら!』と、汚い文字で書かれていた。手作り感が溢れていて、とても街が用意したとは思えない。
「…嘘くさいなぁ」
「あら、リノなら喜び勇んで走り出すかと思ったのですが」
「あたしゃサルか!流石にあんな手作り感満載の看板に引っかかるかいっ!!」
「違ったのか」
「おぉん!?ぶっ飛ばすぞこのハゲ!」
素早くオージェに殴りかかるも、首を捻る動作だけでかわされる。ええい、生意気な。
「あれ?でも、あの扉の隣にある石像…」
今度はクーの指差した方に視線を向ける。扉の方に目がいって気が付かなかったけれど、嘘くさい看板とは違い巧妙に岩山に擬態した、今にも動き出しそうな人型の石像が佇んでいた。
「うお!全然気が付かなかった。随分とまあリアルな石像だなー」
「遺産ってやつか」
「そのようですね。遠目から見ても分かるほどの精巧さ。あれは間違いなく本物でしょう。つまり———」
「あそこが火山の入り口なんだね」
「…のようだ。あの扉に近づいたら、デカブツが動き出すんだろうな」
「上等!それならそれで倒すまで!」
「頼もしいですね。ここは2人にお任せしましょうか。私とクーちゃんは待機してます」
「リノお姉ちゃん、オージェさん、気を付けて」
「あいよ!」
「…フン、足を引っ張るなよデコ」
「そりゃあたしの台詞だっ!!」
あたしは自慢の愛刀を片手に、オージェは背負っている黒塗りの大剣を手に持ち、扉の前まで真っ直ぐ歩く。すると、予想通りを言うべきか、佇んでいた石像の目が淡く光り、不気味な駆動音を発しながら、扉の前に立ち塞がった。
「勝てない者はこの先に行く資格はないってか。ハッ、笑わせる」
オージェは、自信たっぷりに大剣を振り回してから構える。よく見ると、口元が僅かに歪んでいた。強敵かもしれない相手を目の前にして、嬉しいんだろう。あたしが言うのも何だけれど、相当な戦闘狂だな。
「さぁて、気合い入れますか!!」




