夢を求めて
「えー、この度は大変失礼致しました」
原形が分からないぐらい歪んだ顔の状態で、ガレットは深く頭を下げる。あたしは直接的な被害者じゃない分、別段怒ってはいないのだけれど、エルとクーはそうは思っていないだろう。事実エルは、今も尚邪気を放ち続けている。
「それで許されるとでも?」
「いやあ、つい出来心で…っておわあぁ!?」
エルは鋭い殺意を持って、ガレットを睨みつける。まさしく鬼の形相。くわばらくわばら。
「ま、まあもう過ぎたことですから。…凄く恥ずかしかったですけど」
クーはその心優しさで、ガレットの顔面の傷を治し始める。通常、魔法書を介して発動する治癒魔法なら1時間はかかるであろう傷を、クーはたったの3分でやってのけた。魔法使いの末裔は伊達じゃないな。
「おおっ!こんなに早く傷が治っちまうなんて、こいつは一体どんな手品を使ったんじゃ?」
「えっと、それは———」
「答える必要はありません」
「ま、まあまあ。エルお姉ちゃん、もう許してあげよう?それより私、ガレットおじいちゃんの作った機械の事が知りたいです」
クーはガレットの技術力に興味を示したのか、傷を治した後、色々な小型の機械を手に取って鑑賞する。
「お前さん、クーと言ったか。お前さんも中々見どころのある奴じゃのう」
「い、いえいえ!私なんかそんな!」
「そんなに謙遜することはあるまいよ。事実お前さんの魔法は、今までワシが生きてきた中で一番すげえ治癒魔法じゃったぞい。もっと誇っても良い」
「あ、ありがとうございます…」
褒め殺しに押されて、クーは頬を真っ赤に染めて頭を下げた。
「こら、うちの可愛いクーちゃんを口説くなエロジジイ」
「おおっと、まあそう怒るでない。お前さん達にはワシのとっておきを見せてやるから」
「見せて…何ですか?」
「す、すんませぇん!是非見ていただきたいと思ってまぁぁぁす!!」
エルの有無言わさぬ凄味に屈して、ガレットは情けない声を上げる。コロコロと表情が変わる分、見ていて飽きないじいさんだ。
「えー、えーとじゃな。ちょっとこっちに来てくれんか」
「…すみませんがリノ、お願いします」
「ほーい」
エルとクーを残して、ガレットと暖簾の奥に進む。倉庫なのか、辺りは真っ暗で何も見えない。
「明かりはないの?」
「ちょっと待っとれい」
そう言ってガレットは、壁にあるスイッチを押してライトを点灯させる。すると、周囲が明るくなったと同時に、大型の機械があたしの目の前に姿を現した。
全長は2mぐらいだろうか。茶色と銀色のコントラストが目を引く長方形状のデザインで、その見た目から察するに乗り物のようだ。4つ角に取り付けられた車輪が光で反射し、その品質の良さをうかがわせている。
「ガレットのじっちゃ、こいつは?」
「馬車や牛車のように、人を乗せて移動する事が可能な機械…名付けてバギーじゃ」
「バギー…かあ。これで砂漠を横断するの?」
「将来的にはの。じゃが、まだ足りてない」
「パッと見は完成してるように見えるけど?」
「残念ながら未完成なのよ。こいつを動かす為の心臓部…つまり動力部が抜けちまってるんじゃ」
そう言えば、クーの持ってるフローボードも同じ移動機械。調べれば何か分かるかもしれない。あたしはエルとクーを呼んで奥に招く。2人は、ガレットが名付けた機械バギーを見るなり、感嘆の声を上げた。
「うわぁー、かっこいい!」
「…ただの破廉恥老躯だと思ってましたが、これは素直に感心しました」
「それはそうとクーちゃん、フローボード出してもらえないかな?」
「うん、いいよ」
クーはうさぎポーチから1枚だけフローボードを取り出して、あたしに手渡してくる。
「リノ、そいつは?」
「フローボードって言う、バギーと同じ移動機械だよ。こいつを調べれば何か分かるんじゃないかなって」
「何じゃと!?すまんがそいつを見せてくれんか!?」
まるで人が変わったかのように、ガレットは異常な食いつきを見せた。機械にかける情熱は本物のようだ。あたしはクーに視線を送って確認をとる。当然、クーの答えはOKの笑顔だった。
「いーよ。でも、解体したりとかしないでね。クーちゃんの宝物だから」
「ああ、分かった!恩に着るぞい!!」
あたしからフローボードを受け取ったガレットは、ルーペを使って隅々まで観察し、時折目をを見開いたり、驚きの声を上げたりして、未知の技術を堪能していた。数分ほどして、ガレットはわなわなと肩を震わせながら、ボードを返却してきた。
「ありがとうよ。こいつはすげぇ。なんつーオーバーテクノロジーの塊だ。ワシの知らない技術がこれでもかと積み込まれておる」
「おーばー…?何か良く分からないけど、役に立ったんならいいや」
「オーバーテクノロジーですよ、リノ。一般的な科学技術の水準を遙かに 超えた技術のことを指します。それで、応用は利きそうですか?」
「ああ。このフローボードってやつは、精霊魂を利用して駆動するみたいじゃの」
「精霊魂?」
また聞き慣れない言葉が飛び出してくる。
「えっとね、精霊魂って言うのは名前の通り、各国に伝えられている精霊様の力の一部…みたいなものかな?」
「へー、精霊様…かぁ。子供の頃に話は聞いたことはあるけど、実在してたんだね」
「それで、その国に棲まうそれぞれの精霊様が、国の…えっとそう、繁栄を願って、精霊様自身の力の一部を欠片として振りまいた物が精霊魂なんだ」
「よく知っていますね。ハイメルさんから教えてもらったんですか?」
エルの問いに、クーはえへへと言って笑顔を見せる。当たりらしい。
「んにしても、現代にはそんな欠片なんてどこにも落ちてないよね?それってどういう事なんだろ?」
「何とも言えませんね。仮説はいくらでも立てられますが、真実は精霊様から直接話を聞かないと。…そもそも会話が可能なのかさえも不明ですが」
「だねえ。クーちゃん、他に何か知らない?」
「うーん…他におじいちゃんから聞いた話だと、精霊様はその国で一番『力』を得られる場所にいるって」
「力…か。おお、そうじゃ」
ガレットは手の平に拳を乗せ、閃きのポーズをとった。
「ネパルマは火の精霊様が守護されとると聞いたことがあるが、火の精霊様が一番『力』を感じられる場所と言ったら、1つしかあるまいよ」
「火山、ですか」
エルは帽子の鍔を下げて肩を竦める。
「火山?」
「そのままの意味ですよ、火の山。マグマと呼ばれる、大地を溶かすほどの熱量を有す物質が溢れている場所です。人間が行けば、アイスよりも簡単に溶けるでしょうね」
「ひーっ!そ、そんなに恐ろしい場所があるんだ…。でもエルの話通りなら、そこに行くのは不可能なんじゃ?」
「ううん、方法はあるよ」
クーはうさぎポーチから指の長さぐらいの小瓶を取り出した。中には少量の水が入っている。
「クーちゃん、その水は?」
「これは昔おじいちゃんが世界中を旅していた時に見つけた『フィンブルウォーター』って言う特別な水だよ」
「フィンブルウォーターじゃと!?お前さん、そんな物まで持っとるのか!?」
「ガレットのじっちゃ、それって?」
「ここから真反対にあるレムレドって国に存在する洞窟に、凍らずの滝ってのがあっての。レムレドはネパルマとは違って年中通して気温が低く、池や川の水は固まっちまって氷って物質になるんじゃが、どうにもその滝だけは何故か固まらないらしく、それから凍らずの滝と言う名前がついたそうじゃ。滝の水を数滴でも飲んだ者は、身体を包み込む冷気が、あらゆる環境から身を護ってくれるとかなんとか」
「ほえー。ならそいつを使えば…」
「多分、大丈夫だと思う」
あまり自信がなさげにクーは言うけれど、あたしはクーの事を信頼している分、フィンブルウォーターの効力を疑わない。
「ねえエル、行くだけ行ってみよーよ。無理だったら引き返せばいいだけだしさ」
「つまり、この破廉恥老躯の手伝いをすると言うことですか?」
「それはついで。エルも火山と精霊様、見たいっしょ?」
エルは黙ってあたしの目をじっと見つめてくる。にらめっこか何かかと思って顔で芸をすると、やれやれと肩を竦めた。
「誰がにらめっこしたいと言いましたか」
「あれ、違った?」
「まあ、いいでしょう。行くだけ行って見ましょうか、火山に」
「うん、うん!」
行くことが決まって、クーは嬉しそうに両手で可愛らしいガッツポーズをしてはしゃぐ。どうやら、内心ではクーも行きたかったようだ。
「お前さん達、ワシの為にそこまで…くっ!涙が止まらんわい」
「じっちゃの要件はついでだって言ったっしょ。まあ、期待してくれていいけどね。あたしもバギーが動くのを、この目で見たいし」
「そうかそうか。何はともあれ、気を付けての。怪我だけはするんじゃないぞい」
「大丈夫、大丈夫。んじゃ、ちょっくら行って来るよ」
手を振るガレットに対し律儀に応えるクーに苦笑いしつつ、あたし達は火の精霊様に会う為火山に向かった。




