魔法使いの末裔 その3
右腕を両断されて怒り狂ったサソリは、あたしに向かって突撃して来る。手数が減ったというのに、攻撃の苛烈さは以前より凶暴になり、捌くのがやや苦しい。もっと一気に決めるべきだったかもしれない。
このままサソリの猛撃を受け続けるのは厳しいと判断したあたしは、回避行動に専念する。けど—————
ズドンと重く荒々しい地鳴りがしたかと思えば、サソリの攻撃した箇所の地面にはポッカリとおおきな穴が開いていた。これはまずい。あたしが避ければ避けるほど、洞窟内が破壊されてしまう。崩落の危険性も無視出来ない為、嫌でも捌くしかないらしい。こっちで時間を稼いで、後はエルの力を頼りにするしかなさそうだ。
「エルッ、SOS!」
あたしの呼びかけに応じて、エルはすぐに行動してくれた。颯爽とその姿を見せるや否や、手にしていた糸のようなものを、数10m先のサソリに向かって投げつけ、尻尾を拘束する。
「リノ!」
「ほいさ!」
尻尾を搦め捕られて動きの鈍った僅かな隙を逃さない。あたしは再度サソリに高速接近して懐に潜り込み、さっきと同じ要領でサソリの左腕を両断した。
「よしっ、こいつでトドメだ!」
「離れて下さい!」
突如洞窟内に反響したクーの大声を聞いたあたしは、反射的に飛び退る。するとその後、人間の大きさほどある火球が、あたしの頭上を通り抜けてサソリに向かって行った。まさかとは思ったけれど、正解だった。火球を発生させたのは他ならぬクーであり、その証拠として、伸ばしていた両手の平には微かに煙が舞っていた。
「クーちゃんがやったの!?」
「お話しは後で!リノさん!」
サソリの方に振り返ると、サソリの全身は灼熱の業火に包まれていた。ここであたしは『なるほど』と心の中で納得する。おそらくクーは、サソリの体液にも毒が含まれているのを知っていたのだろう。その為に、体液を蒸発させる炎の魔法を打ち出したのだと推測した。
不安要素はもうない。なればこそ、やることは1つ。あたしは愛刀の柄を握り直して、サソリに向かって真正面から突撃した。
「終わり…だあああぁぁ!!」
炎をも切り裂く、突き刺してから神速の一薙ぎ。根元から尻尾を断ち切って、サソリの活動を完全に停止させた。
「ふいー。やれやれな相手だった」
「お疲れ様でした。相性の悪い相手ではありましたが、問題ありませんでしたね」
周囲の様子を探りながら、ゆっくりとエルが歩み寄って来る。背後にはクーの姿も見えた。
「クーちゃんナイス援護!助かったよ♪」
「い、いえっ!そんなお礼を言われるほどのことは…」
「クーちゃんは、魔法の才能があったんですね。ああも簡単に炎の魔法を操れるなんて」
クーは『いえいえ、そんなことは』と言いながら、顔を真っ赤にして必死に両手を振っている。
「それって、魔法書を介さずに魔法を使ったことと何か関係があるの?」
「は、はい。実は…私は魔法使い一族の末裔なんです!」
魔法使い一族?聞き慣れない言葉が飛び出してきた。困惑するあたしとは反対に、エルは口元に手を当てて記憶を辿っている仕草を見せる。
「魔法使い一族…。確か、文献で読んだことがあります。生まれながらにして、類い稀なる魔力を内に秘めた魔法の申し子—————」
「左様」
静まりかえった洞窟の中に、老人の声が木霊する。周囲を見渡していると、藁の家屋から声の主と思しき人物が、その姿を覗かせた。
現れたのは、短髪白髪に無精髭を生やし、赤色を基準とした独特な色彩を放つ厚めの外套にその身を包んだ、小柄の老人。
「おじいちゃん!」
姿を見るなり、クーは嬉しそうに老人の元に駆け寄っていく。あの人物が、クーの話していた『おじいちゃん』なんだろうなと、あたしは直感で悟った。衣服の汚れを軽く払ってから刃を鞘に納め、エルと足並みを揃えて老人の元へ行く。それにしても、避難せずにずっと家の中にいたんだろうか?だとすれば相当肝が据わってる人だ。
「お2人方、この度はサソリの討伐にご助力いただいたこと、心よりお礼申し上げます。私の名前はハイメル。魔法使い一族の長にして、この子…クーストラの祖父です」
深い深いお辞儀。クーの育ちの良さが理解出来る挨拶だ。こんなにも丁寧に対応されては、思わず畏まってしまう。あたしも例に倣って深く頭を下げる。
「い、いえいえ!リノ・レインバーと言います!」
「エルノア・アールコートです。ハイメルさん、急かすようで申し訳ありませんが、魔法使い一族についてのお話しを聞かせてもらえませんか?」
「こらっ、エル!失礼だって!」
「ほほほ、構いませんぞ。先程も申し上げた通り、私達は魔法使い一族の末裔。エル殿の言われていた『生まれながらにして、類い稀なる魔力を内に秘めた魔法の申し子』の集まりです」
「何故、このような人里離れた場所で生活を?」
ハイメルさんは、自身の隣にいるクーの頭を優しく撫でた後、エルの質問に答える。
「現代では、魔法書を介せば誰しも扱える魔法ですが、私達のはそれを遥かに上回る『人智を超えた力』なのです。何がきっかけで、民草にご迷惑をかけるとも限りません故、こうしてひっそりと暮らしておるのです」
「なるほど。無用なトラブルを避ける為に…ですか。では、どうしてわざわざギルドにサソリの討伐依頼を?」
「それは…この子の、クーストラの為なのです」
クーは、自分の名前を呼ばれてハイメルを見上げる。
「おじいちゃん?私の為って…?」
「リノ殿、エル殿。折り入ってお2人に願い事がございます。この子を、クーストラを貴方がたの旅に連れて行っていただけませんか?」
何となく予想出来た願い事ではあったけれど、やっぱり驚いてしまう。ハイメルさんは微かに笑って頷く。
「ええぇっ!?クーちゃ…いや、クーストラちゃんをあたし達の旅に!?」
「お、おじいちゃん!?それってどういう—————」
「クーや。昔から常々口にしておった、世界を見たいとは思わんか?」
「そっ、それは勿論見たいよ?けど、一体どうして急に…」
クーは事情を呑み込めずにあたふたし、あたしはその意図が理解出来ずに首を傾げる。が、エルだけはしっかり思考して、ハイメルさんの真意を汲み取る。
「…読めました。ハイメルさん、貴方はサソリを利用していたんですね」
「エル殿は聡明でいらっしゃる。ご推察の通りです。サソリを打ち負かせるほどの技量を備えた人物でなければ、私も安心できませんので」
「えっと…つまりどーゆーことなの、エル?」
完全に蚊帳の外状態になる前に、エルに説明してもらうことにする。
「ハイメルさんは、その気になればいつでも撃退可能なサソリを利用して依頼を出し、クーちゃんを任せられるに値する人物が現れるのを待っていたんですよ」
「ええっ!?じゃああたし達、試されてたの!?」
「騙したような恰好になり、申し訳ありません。ですが、ただ単に腕試しをさせる為だけにサソリを利用した訳ではないのです」
ハイメルさんは、あたしに意味深な視線を送ってくる。それだけは、何を言わんとしているのかすぐ理解出来た。
「人間性、ですか?」
「左様。リノ殿ほどの武人なら、良く分かっておいででしょう」
「い、いえっ。あたしはそんな豪傑って訳じゃ…。でもハイメルさんの言う通り、武器の扱い方1つでも、その人間の気品や人となりが表れますからね」
「だからなのです。貴方がたのような、人間性を併せ持った方でなければ。実際、クーはお2人方に懐いておるようでしたので。…私は、クーの願いを叶えてやりたいのです。このまま一生をここで過ごすには、あまりにも忍びない。本来ならば、保護者の立場である私が連れて回るのが筋なのでしょうが、なにぶん身体の自由が利かぬもので…」
それに加えて、一族の長としての責務も果たさなければならない為、ここを離れられないのだろう。悔しさを滲ませるハイメルさんの声色が、そう訴えていた。クーは戸惑いの表情で、あたしとエルを交互に見ている。
「お、おじいちゃん…」
「クーや。お前さんはどうしたい?」
ハイメルさんに問われて、クーは俯き悩む。それから長い沈黙を経て、意を決したかのように力強く顔を上げた。
「わ、私は…。見たい。リノさんや、エルさんと一緒に、色んな世界を見て回りたい…!」
「…その言葉を聞きたかった。リノ殿、エル殿。真勝手な願いだと重々承知はしておりますが、どうかこの子と老骨の願いを聞き入れては下さいませんか?」
ハイメルさんとクーは、深く頭を下げてあたし達の返答を待っている。うーん、何だかとんでもない事になっちゃった。でも—————
「へへっ。何て言うんだろうね、こーゆーの。ちょっとクサいかもしれないんだけど…運命?」
「まったく、聞いている方が恥ずかしくなる台詞ですね。ですが、不思議と悪い気はしません」
あたしだけじゃなく、エルも言葉では表現出来ない『何か』によって、この出会いの必然性を感じていたようだった。やっぱり運命ってやつなのかも知れない。こういう時は、自分自身の勘を信じる。エルに視線を送って同意を求めると、エルは瞳を閉じて微かに口元を動かした。
「うん!あたし達はOKだよ。クーちゃん、これから宜しくね。あ、それとあたし達に敬語はいらないよ。〈さん〉付けもしなくても良いからね」
そう言ってあたしが手を差し伸べると、クーは両手であたしの手を力いっぱい握って、満面の笑みで応えた。
「…うん!ありがとう!リノお姉ちゃん、エルお姉ちゃん!これから宜しくお願いします!!」




