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フリーダムガール  作者: 赫宗一
世界編
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マナの底へ

「やばい…ってレベルじゃないな」


精霊様のほこら付近に残存していた古い高台に登ったあたしは、遠くに見える白い世界に戦慄していた。千、万…気分が悪くなるほどの『何か』は、散り散りに広がって各国を一色に染め上げている。


「エル、世界は白い奴らでいっぱいだ。これが赤く染まるのも時間の問題だぞ」


「上手いこと言ってる場合か、デコ」


「本当は各国への救援を最優先としたいところですが…この状況を理解している数少ない人物である私達が、元凶を抑えなければなりません」


「各国の人達が放つ負の感情がサバトのエネルギーになるから、かえって長引かせてしまう可能性がある…ってことかな?」


「その通りです。…半永久機関と言っても差し支えないでしょう」


「地上から人間がいなくなるまで動き続けるってか。腹立つ邪神様だことで」


『急を要する事態だ。いささか不安定ではあるが、地上からおもむくよりかは幾分早い』


ドラゴンは翼の挙動を一頻ひとしきりに確認した後、手の平に乗るよううながしてくる。あんまり無理をさせたくないのが本音ではあるけれど、世界の一大事に四の五の言っている時間も余裕もない。好意に甘えて、この場は頼らせてもらう。


「リノ、悪いけどここでお別れだよ」


「グリュネさん?」


「ついて行きたい気持ちはあるんだけどさ、あたしにはあたしの役目があると思うのさ」


やる気に満ちた声色でそう言い放つグリュネは、ふもとに見える故郷を俯瞰ふかんする。レムレドの奥地とはいえど、安全だと言う保証はどこにもない。状況を知る人間がこの場に残り、避難や迎撃準備を先導する必要があるだろう。土地勘のあるグリュネこそが最も適任だと満場一致。名残惜しいけど、致し方ない。


「…うん、分かった。さくっと行って終わらせてくるからさ、また会おうね!」


「この地はお任せします、グリュネさん。…どうかご無事で」


「リノ、エルノア、クーストラ…それとオージェ!短い間だったけど、楽しかったよ!今度会う時は、盛大に飲み明かそうじゃないか!!」


ドラゴンが飛翔を開始する。段々と小さくなっていくグリュネに対し、あたしは最大限に手を振って応えた。お互いの役目を完遂させると言う、約束も兼ねて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「うっひゃぁー!速いッ!」


風の波に乗ったドラゴンの速度は、留まることを知らない。ほこらに向かった際の遊覧とは訳が違う、圧倒的な疾駆。ぐんぐんと伸び、一気に国境付近まで到達する。それと同時に、よりはっきりと見えてくる白い大群。関所の壁が奴らの進行を押さえているが、今にも破壊しそうな勢いで、次々と壁に突撃している様が分かる。


「魔法テレビを通して見るのと、直接肉眼でとらえて見るのとでは、随分印象が違いますね。…まさに悪魔と呼ぶに相応しい、得体の知れない恐怖」


「冷静に分析してる場合か、エルノア。敵がどんな姿形をしてようが、全部叩き潰せばいいだけの話だろうが」


「ほんとハゲは脳みそ筋肉だなあ」


「輪切りにすんぞ、デコ」


「もーっ、2人とも!…ん?」


ここで、クーの頬に赤い飛沫しぶきが付着する。あたし達はその正体を即座に理解すると、ドラゴンの片翼に視線向けた。相当な無茶をしたのか、完全に傷口が開いてしまったらしい。真っ赤な血潮が、雨のように大地へ降り注ぐ。その量に比例するかのように、徐々に高度も下がり始め、このまま飛び続ければ途中で墜落するのは明白だった。


「ドラゴンさんっ!」


『門までは…!』


「ここでいいから降ろせ!この傷じゃ無理だ!!」


『限界は己が決める。我は…まだ、落ちぬ…!』


口ではそう言うものの、やはり苦しそうな表情は変わらない。けれど、必ずやり遂げるといった強い心の意志を汲んで、最後まで貫いてもらうこととする。


「そこまで言うんなら、あたし達に見せてよ。ドラゴンさんの魂をさ!!」


「リノお姉ちゃん、何を―――」


『…承知!!!』


ドラゴンはさらに加速する。高度が落ちきる前に、門まで辿り着くつもりだ。まだまだ伸びて、伸びて、伸びて…!ついにやり遂げた。雪を緩衝材として、滑り込むようにゴールイン。雪に描かれた真紅の軌跡は、気高き魂の褒賞だ。完全に動きが止まった後、自らの手を開いてあたし達を解放したドラゴンは、深い息を吐きながら目線だけを移動させる。


『怪我は…ないようだな』


「おかげさまで。ドラゴンさん、ありがとね」


『気にするな。それよりも、後の事は任せたぞ。お前達が我らの希望だ…』


「ええ。伝説の存在をここまでこき使ったんです。相応の働きで返礼しなければ、罰が当たると言うものですよ」


「そーだね。いっちょ派手にぶちかましてやるとしますか!」


「あっ…」


気合いを入れて門へおもむくあたし達を尻目に、クーはドラゴンの傷を治療しようと魔法の詠唱を始める。しかし―――


『不要だ』


「そんな訳ありません。意地を張らないで下さい!」


『時間が惜しいのだ。ただの擦り傷ならばいざしらず、この有様ではな。…クーストラよ、その優しさを『忘れろ』とは言わぬ。だが、目の前の惨事にふたをしてまで、行動を起こす必要はない』


「…っ!でも、でもっ!」


『心を繋ぐ力で世界を照らせ。誇り高き、魔法使いの末裔よ』


真摯しんしに訴えるドラゴンの言葉が胸に届いたのか、クーは詠唱を止める。滝のように流れる涙を乱暴にぬぐうと、駆け足であたし達に追いついた。


「ごめんね。リノお姉ちゃん、エルお姉ちゃん、オーさん。もう大丈夫」


「謝る必要なんてないって。あたしだって、緊急時じゃなけりゃあドラゴンさんの治療を優先してるさ」


「お前の良いところだ。悲観はするなよ、クーストラ」


「…はいっ!」


度重なる白い悪魔の突撃で、いよいよ門の一部がひび割れてきた。もう10分も経たないうちに、破壊されてしまうだろう。そうなる前に、こちらから打って出る必要がありそうだ。あたしの考えを読んだのか、エルはすぐさま自前のポーチから縄を取り出すと、巧みな技術で門の頭頂部にある突起物へと引っ掛けた。


「サンキュー、エル。ある程度片付けるまで、2人は待機しててよ」


「開門はいつでも受け付けます。ご健闘を」


「おいハゲ」


「んだデコ」


「…背中は任せる」


「いいだろう、安心しろ」


あたしは自分の頬を両手で軽く叩く。気合いも準備も万端だ。無敵の剣士が2人もいれば、どれだけの数を相手しようとも怖くはない。意を決して縄を手に壁をよじ登ると、そのまま反対側へ飛び込んだ。


「リノ・レインバーが通る!!ぶった斬られたい奴からかかってこいやぁ!!!」


足場を確保する為、まずは門に張り付いた悪魔達を月光で撫で斬りにする。体型が人間に近い分、結構な厚みがあるのかと思いきや、意外にももろく、一度の攻撃だけで数十体を切り裂けた。そしてばらばらになった悪魔は、ちりとなって跡形もなく消え去る。勝手な推測だけど、元々が目に見えないエネルギーが故に、外部からの過剰な圧力には形成を保っていられなくなるんだろう。


「どけッ!!」


気合いの入った雄叫びと共に、大剣を振り上げたオージェが舞い降りてくる。悪魔の頭部を交代のスイッチにして飛び退しさると、そこへオージェの重撃が叩き込まれた。


「ふうっ、やる♪」


「まだ…ここからだ!!」


ネパルマで見せた時以来の、大剣グリムに隠された奥の手…仕掛け展開。真っ二つに割れた大剣の隙間から紅色の宝玉が顔を出し、大地を引き裂くほどの衝撃波が発生する。それにより宙を舞った悪魔を一時的に壁として利用しつつ、オージェは手早く詠唱を済ませた。宝玉から伸びる薄く青白い刀身を際限なく伸ばすと、渾身の力でぎ斬った。


「今日はサービスだ、全部受け取れぇぇぇッ!!!」


一騎当千とはまさにこの事かもしれない。阿修羅のごとき一閃は、千近い悪魔の群れを一瞬にして消し飛ばした。いきなり全力疾走とは、やる気が違うな。久々の土の大地を踏みしめたあたしは、壁に張り付いている残党を素早く狩った。もっと抵抗してくるかと思いきや、ほとんどの悪魔はただ突撃するのみで、それほど脅威は感じなかった。余力を持って処理を行った後、やいばさやに納める。


「数が多い分、賢く作る暇がなかったのか?」


「…どうだろうな。ただ、その数が厄介だ。この程度のレベルなら、戦い慣れしてない人間にもさばけるだろうが、あくまでそれは一対一での話」


「複数になると、危険だってわけね。…それよか、いきなり全力とは驚いたぞハゲ」


「こんな気色の悪い奴と、長々戦う気にはなれん」


むしろ嬉々として獲物を振るいそうなだけに、あっさりとしたオージェの返答に、妙な引っ掛かりを覚える。もしかすると、気を遣わせてしまったのかもしれない。


「…確かにな。理由は結構だけど、余力は残しておけよ」


「言われるまでもない。もういいぞ、開門しろ!!」

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