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フリーダムガール  作者: 赫宗一
ガジュア編
1/111

少女、カフェにて

カランカラン―――――


心地良く鳴る小鐘こがねの音色が、あたし達旅人の入場を歓迎してくれる。


「あー疲れたぁー」


「まったく、大袈裟おおげさな」


木造建築もくぞうけんちく小洒落こじゃれたカフェに入店したあたしと相棒は、カウンターに腰を下ろしてメニューを開く。


あたしの名前はリノ・レインバー。16歳。翡翠ひすい色の瞳を持ち、あおの長髪を後ろでたばね、留め具には目を引く大きめのリボン、僅かに装飾そうしょくほどこされている黒のタンクトップに、ベルトの付いた紺色のホットパンツを身に着けている。


そして、あたしの相棒の名前はエルノア・アールコート。愛称あいしょうはエル。あたしよりも2つ年上の18歳。真紅しんくの瞳を持ち、魔法使いを彷彿ほうふつとさせる帽子をなぞらえた大きめの被り物に、オレンジ色のウェーブ掛かった長髪、露出ろしゅつのない白主体のロングワンピースを身に着けている。


「いらっしゃい。ご注文は?」


「おっちゃ、あたしミルク!」


「では私はアップルティーを。リノ、がっつき過ぎですよ」


「だってさあエル、のどかわいたら戦は出来ないって言うでしょ?」


「それを言うなら『腹が減っては』です。勉強不足ですね」


外見に似合わず、エルの一言はきつい。初めて会った時はその態度に面喰めんくらったけど、今では随分ずいぶん慣れたものだ。そんなあたし達のやり取りを見ていた、店主である大柄おおがらの男は声を上げて笑う。


「ハハハ!面白い嬢ちゃん達だな。どこから来たんだい?」


「生まれも育ちもこのガジュアだよ。ちょっとした田舎から出て来たんだ」


ガジュアと言うのは、この世界に存在する6つの国家のうちの一つだ。世界地図で中央に描いてあるマナ海から見て、南に位置する。複数の代表者によって運営されており、6国家の中で最も人口が多い。いろどり豊かな季節感が人気で、交易がさかんなのも特徴の一つだ。


「ほーう。それにしても、何でまた女の子2人で?」


「色々とねー。まあ、あたしは師匠の言いつけ通り、見聞けんぶんを広める為に世界各地を巡る旅を始めたんだけどね」


「観光とかじゃなくてかい?嬢ちゃんのお師匠さんは変わった人だな。そっちの嬢ちゃんは?」


「私は…私も似た様なものです」


エルはこの手の話はしたくないらしい。素っ気無い態度で店主を軽くいなすと、運ばれてきたアップルティーを優雅ゆうがすする。


「嬢ちゃん達みたいな若いのがねえ。女2人旅は何かと危険じゃないのかい?」


「ぜんっぜん平気だよ。その辺のチンピラぐらいなら何人がかりでも倒せるし」


「ハハハ!凄い自信だな。確かにそれなら安心そうだ」


「でっしょ~?」


「リノ、今の皮肉ですよ」


「ええっ!?」


驚いて思わずミルクをこぼしそうになる。危ない危ない。


「おっちゃ、ひどいよ!マジなのに!」


「ハハハ、すまないな。信じてやりたいんだが、どうにもそうは見えなくてな」


「ぐぬぅ…まあ、確かにそうか」


自分で言うのもなんだけど、華奢きゃしゃな体型だからなあ。そう思われるのも仕方がないけれど、納得いかない。


「まあでも、腕は確かですよ。いざと言う時には頼りになりますから」


「エールー!」


「何ですかリノ?」


「大好きっ!」


「気持ち悪いです」


あたしが抱きつこうとも、エルは涼しげな表情を崩さない。とある名門の令嬢だけに、立ち振る舞いは流石の一言だ。相棒に褒められて気分が良くなったあたしは、一気にミルクを飲み干してかわいたのどうるおす。


「ぷはーっ!やっぱりミルクはおいしいなぁー!」


「良い飲みっぷりだな嬢ちゃん。ほら、もう一杯サービスしとくよ」


「ありがと、おっちゃ♪」


すっかり店主と打ち解けたのもつかの間、奥のテーブル付近で大量の皿が割れる音が店内に響き渡った。それまでにぎやかだったカフェは一瞬のうちに静まり返り、店内にいた客は皆、奥のテーブルへと視線を向けた。


例外なくあたしとエルも視線を向けると、そこにはいかにもな風貌ふうぼうの長身の男が、武器を片手にひ弱そうな男性に向かってにらみを利かせていた。


「おうおう、兄ちゃんよ。ぶつかっておいて挨拶もなしかよぉ?」


いかつい男は、ひ弱な青年の胸倉むなぐらを掴む。


「ひぃ、すみません!謝罪は致しますので、どうかお許しを…!」


「いくらだ」


「えっ?」


「いくらだって聞いてんだよ!謝るだけならサルにだって出来るわ!」


「暴れるだけならゴリラにも出来るっての」


あたしは、いかつい男の理不尽りふじんな物言いに、思わず悪口を吐き出していた。ほんと、ああいった弱者をおとしめる人間には心底腹が立つ。

あたしがイライラしているのとは反対に、エルは何事もなかったかのようにアップルティーをすすった後、自前のポーチからお気に入りの本を取り出して読み始めた。マイペースだなあ。


「…止めたいんでしょう?」


「まあね。本当の強さってのを教えてやれそうだし」


「おい、やめとけお嬢ちゃん。この場を収めようとしてくれる、その気持ちだけで十分だ。私がやるから、お嬢ちゃんは―――――」


「おっちゃ、問題ないよ。あたしに任せて」


店主の制止を丁重ていちょうに断って、あたしは自分の獲物を手に取って席を立つ。実家を出てから初めて人に刃を振るう。うっかり傷つけてしまわないように注意を払わないと。


「リノ」


「なーに?」


「店内、壊さないで下さいね」


「あーいよ」


信じてくれている相棒に軽く手を振って、あたしはおくする事無く、いかつい男とひ弱な青年の間に割って入った。


「やめなって。大の大人がみっともない」


「あぁ!?何だこのガキは?この俺に説教しようってかぁ!?」


取り付く島もない、好戦的な態度。やはり、おきゅうえる必要がありそうだ。けれど、とりあえず話し合い。戦わないで済むならそれに越したことはない。


「もうお兄さんも謝ってるんだし、それで良いじゃない。何がそんなに不満なの?」


「俺にぶつかった。それが許されねえんだよ」


「小さいなあ」


「何?今なんつった!!」


器量きりょうが小さいって言ってんの。そんなでかい図体ずうたいなのに情けない。もう少し心にゆとりを持とうよ。ねっ」


しまった。なだめるつもりが、逆に挑発とも取れる発言をしてしまった。男はこめかみに血管を浮かばせてわなわなと震える。


「テ、テメェ…!その胸同様、俺にでかい態度とりやがって!もう許さねえ!!」


男は青年を投げ飛ばして、自身の獲物である斧を構えるが、師匠との手合いで武術経験を積んでるあたしにとって、武器を向けられることは日常茶飯事にちじょうさはんじ。そんなおどしじゃ眉ひとつ動かない。


そんなことより、さっきの発言!決して自慢ではないけれど、同年代の女子と比べて、あたしは割と胸が大きい。でも、人に見られるのは恥ずかしいから、本音をいえば厚着にしたいんだけど、動きやすさを重視した結果、軽装けいそうにならざるを得ないのだ。その所為せいで、角度によっては色々な箇所が見え隠れする時がある。すなわち―――――


「身長差があるとは言え、やけに視線が下がってるかと思ったら…!だーれが牛乳うしちちじゃあ!絶対許さん!!」


表面上は熱くなるけど、心は冷静。あたしは獲物を左手に持ち、腰を低くして静かに構える。すると、やっぱりと言うべきか、男はコレを知らないらしい。ゲラゲラと下卑げひ嘲笑ちょうしょうで、あたしの獲物を指差す。


「ゲハハ、何だその質の悪そうな歪曲わいきょくしたかしの棒は!?」


「知らないの?白鞘しらさやって言うんだけど」


「知らねえなあ、そんな棒切れ俺がぶっこわしてやるぜ!!」


安い挑発と共に、男が斧を振りかぶる。遅い、遅すぎる。師匠の何十倍もおとる男の動きはカメそのもの。あたしには止まって見えた。


一瞬の閃光が走った後、男が持っていた斧は柄の部分がぱっくりと切れて、派手な音と共に床に落ちた。何が起きたのか理解出来なかった男は、大口を開けながら呆然ぼうぜんとする。


「な、何が…」


「ん?これだよ」


あたしは入れ物であるさやから、一度納めた獲物を引き抜いて見せつけてやる。

光が反射してきらめきを放つ刀身は、己の姿さえも映し出すほどに美しい。日々入念に手入れをほどこしているのかが良く分かる輝きだ。うむうむ、我ながら実に素晴らしい業物わざもの


「分かった?これは入れ物で、本命はこっちだったって訳」


「なるほどなあ。一度限りの奇襲武器ってことか」


「いや、そうじゃなくて」


男はまるで理解していなかった。背負しょっていたもう一丁の斧を右手に持つと、あたしに突きつけて高らかに笑う。


「自ら種明かしをするとは馬鹿な奴だ!次の俺の攻撃で終わりにしてやるよ!」


「あーもー、駄目だこの人。口で言っても聞かないか。…ならっ!」


あたしは刀をさやに納めて再度構える。男が踏み出すタイミングを見計らって、素早く刀を引き抜いた。


飛び散る火花と衝撃音。戦いに縁のない他の客は、恐怖のあまり身をかがめてうずくまるが、カウンターに座っているエルだけは暢気のんきに読書を続けている。ほんとマイペースだなあ、エルは。思わず笑いそうになるのをこらえて、左手に持っているさやを利用して、斧の柄を上から押さえる。


「なっ、何で女の癖にここまでの力が…!?」


「そこまで力は入れてないよ。あんたの力の入れ方を見て、受け方を変えてるだけ。…さあて、座興ざきょうはおしまい。本来のあたしの戦い方、披露ひろうしましょうか!」


梃子てこの原理を利用して、はさみ込んでいた斧を上へと高く投げ飛ばす。武器を失ってあわてふためく男をさらに混乱させるべく、あたしはやいばを宙に放り投げ、先行していた斧と接触させた。


「なっ!?」


「まだまだっ!」


残ったさや一つで男のふところに潜り込み、下から突き上げるようにしてあごを打つ。勿論それほど力は込めていないが、痛みを感じさせるには十分な威力。

案の定痛みで大きくよろけた男に、間髪かんぱつ容れずに軽く足蹴りで追撃して転倒させる。さあ、準備は整った。仕上げの演出の出番だ。


先程まで宙に上がっていた斧と刀が回転しながら降ってくる。斧は男の目の前に深々と突き刺さり、そして刀はあたしが事前にかかげていたさやの中へ『カチン』と音を立てて綺麗に納まる。


演舞式抜刀術えんぶしきばっとうじゅつ

元来がんらい刀は、相手に射程距離を測らせないよう1回1回刀をさやに納めるのが基本だけれど、演舞式えんぶしきは真反対の戦い方。剣術と体術、そしてさやさえも織り交ぜて戦う攻防一体の体剣術たいけんじゅつで、お手玉のように敵を翻弄ほんろうして、舞踊ぶようの動きで敵を斬る。

…あたしの恩師おんしである師匠が教えてくれたモノだ。


「はい、あたしの勝ち」


目の前に突き立てられた斧に恐怖したのか、男は震える足に鞭打むちうつと、情けない大声を出して店を飛び出して行った。


「ふう、こんなもんかな?」


悪党が去ったことで、静まりかえっていた店内が一斉に沸き立つ。そして、他の客の皆々が、あたしに向けて拍手喝采はくしゅかっさいの嵐を送ってくれた。ちょっとしたヒーローみたいで、悪くない気分だ。


「凄いぞ、お嬢ちゃん!」


「かっこよかったぞー!!」


あたしは笑顔で歓声に応えて、上機嫌スキップをしながらエルの待つカウンターへと戻った。


「たっだいまー」


「おかえりなさい。随分ずいぶんと時間がかかりましたね」


「まあ、他のお客さんもいるしね。おっちゃ、もう大丈夫だよ」


「驚いたよ。まさか本当に芸達者だったとは…」


「だから言ったでしょー?へへ、皆が無事で何よりってね」


派手に動いたからまたのどかわいた。あたしは椅子に座ってメニュー表に手を伸ばすも、エルの右手がそれを制した。


「ティータイムは終わりです」


「ええっ、何で!?」


悪者は成敗したはずなのに、どことなくエルの視線が冷たいままだ。理由が分からないあたしが頭を抱えている様子に、エルは軽く溜め息をついて先程まで男がいた場所を指差した。


「私、言いましたよね?店内は壊さないでと」


「あ…」


止めの演出の時に床に突き立てた斧の所為せいで、床が盛大割れて周囲に破片が飛び散っていた。調子に乗ってやり過ぎた。


「あー、あれはその」


「お店の修理代は、リノお小遣いから差し引いておきますので」


「そ、そんなぁー!」


周囲からどっと笑いが巻き起こる。もうっ、あたしからしたら笑い事じゃないんだけど・・・まあ、皆が楽しそうだしいっか!

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