炎のパン屋さん
さてさて、広場に向かわなければ。
レコウードさんとサントラさんには少し遅れると伝えておいたから大丈夫だとしても、他のみんなだよな。
ギータとほかのみんなのことを考える。
皆が忙しくしている時に俺はある意味忙しかった。
うん。
とても激しかった。
両肩に乗せるお嬢さんがたを気遣いながらも進む。
俺の姿を見かけるたびに人々は足を止め頭を下げる。
それを言葉と手で制しつつ前進し、少しずつだが広間が見え始める。
なぜか、懐かしささえある。
右肩のテナーちゃんは人々が頭を下げる姿を見てくすぐったそうに身をよじりながら笑う。
「ふふー♪ふしぎなきもちー♪」
そして、無意識なのか俺の角をなでさする。
少しくすぐったい。
左肩の紫髪のお嬢さんは顔を赤くしながらうつむき気味である。
ときより…
「…おかしくなりそう。」
などとポツリと呟く。
その頬を伝い、首筋を流れる汗が艶めかしい。
む?
兵が言っていたが…ハーフリング。
ん?たしか、メイド長もハーフリングのことを…
成人しても、背丈が低いと。
ま、まさか!
艶めかしいと思えるのは、紫髪のお嬢さんが普通に成人してるからか…
だから、兵は言いづらそうに…
いまさら、か。
そうであっても、俺の肩にお世話になるか聞いたらすごい勢いで縦にブンブンしてたからな。
まあ、俺の肩に座るテナーちゃんを食い入るように見てたし。
羨ましそうにしてたのは事実。
あの場において、発言を自ら行ったのだ。
視線を逸らす連中も多い中、良くぞ言ったと思ったね。
さて、そろそろだな…
広場に着くと、荷車があり、そのそばにはシタールさんだったか…と、ん?
セイにどことなく似ている若者。
側にはアダンさんがひかえている。
獣化から戻れたんだな?
あら?アンズさん、は…
「とうっ!なんですなんです!このアンズを乗せずに他の子を乗せるとは!」
ワイバーンの側に居た大柄なボンゴさんの肩から跳び、俺に向かって滑空。
そして、視界が黒く染まる。
「もー♪タケ様~どこ行ったかと思って心配してたんですよ~。」
ちょっと息苦しいし、柔らかいモノが押し付けられて…
「おい!何だあの男は!見てるだけでイライラしてくる!」
「お姉ちゃん!わたしたちを助けてくれた陛下だよ!」
ん?
怒っているであろう女性の声と、ライアちゃんの声が…
「あぁ?両肩に華で、更に顔まで包まれてる男が、か?」
俺の事だな。
柔らかく、気持ちがいい。
しかし、視界が遮られているので難儀だ。
何かひたすらスリスリしてくるんだが…何がどうしたんだろう?
「このっこのこの~!どうだ!このメスのニオイをアンズが上書きしてやるぞ!誰だか知らんが、タケ様はわたさんぞー!」
アンズさんなりのマーキングでした。
にしても、獣人は優れているのですなあ。
レベックがはむはむしてきた部分を集中的に上書きしようとしている。
「なあ。まえがみえ、むっ!」
アンズさんは、俺が口を開くと抱きつく力を強めて、少しのけぞる。
「は、はうっ!」
いや、何が起きたんです?
「…軽くですがいってしまいました。」
いや、冷静に言われましても。
返答に困る。
「ふっ、まだまだね…獣人さん。」
周りが見えないからなんとも言えんが、声が震え気味だが挑発的なことを言う紫髪のお嬢さん。
「ふっ、なにがまだまだですかっ!そんなにもニオイを漂わせておいて気付かれないとでも?タケ様が獣人じゃなくて良かったですね~発情ハーフリングさん♪」
「っ!!!」
これは女の戦いか?
お互いに唸るような声を上げている。
程なくして…
「ギーの野郎が楽しそうに話ししてたから気になっていたが…ただの女ったらしじゃねえのか?ディオンからも良きお方だと聞いたのにさー、そして、妹の恩人だから礼くれえはと思ったが…むかつくー!いらいらするぜ!おい!そこのドチビ紫髪!てめークリスタだろ?パン買いに来てもサービスしねーぞ!」
「そ、それはだめー!私、ネオンの優しさで生きてるのよ!」
「なんだよそりゃ!その男の世話になりゃーいいだろう!」
どうやら知り合いのようだ。
「っ!へ、陛下。幼馴染みがああ言ってるのですが…。」
これは気まずいな。
俺養えるのか?
未だに文無し、上半身裸だぜ?
「今後のことを考えれば、友好なお付き合いをだな…」
「お付き合い!?ひゃんっ♪」
いや、そう言う意味ではなくてですねえ。
困るよ。
俺、リーナとレベックでいっぱいいっぱいだと思うんだよ!
ん?だれだい?
ウレシンでしまえとかいったのは!
聞き覚えがある女の子の声だった。
『店員さんの右肩の子は歳相応だけど…残り二人は、明らかに詐欺よ!店員さんより年上にはゼッタイ見えないんですけどー!こ、これが異世界!』
今のでよく分かった。鱗付きのお嬢さんだわ。
なかなかの情報だな、クリスタさんもアンズさんも俺より年上かー。
「くそー!そうわさせん!いや、ディオンと『あたい』がぬふふな関係になってからなら目をつむってやる!抜け駆けは許さんぞ!」
えー。
ディオンねらいですかー!
その後なら構わないってのはいかがなものか?
「なによそれ!お店の常連さんをねらってるの?ネオン!いかがなものかと思うわ!」
「そーいうクリスタなんて昨日急に現れた魔王にぞっこんのようじゃねーか!軽いのは体重だけにしとけよな!」
幼馴染み同士だからか口が軽いなあ。
…それにしても、あ、頭痛い。
「ちょいと!さっきからこのアンズをのけ者に!タケ様は渡しませぬぞ!」
じたばたせんでくださいな!
「へーか。たいへんだね?」
テナーちゃんに心配されてしまった。
優しいなあ。
他の女性陣は俺の事無視して言い争ってるし。
「どうしてこうなっ」
「うひゃう!ちょ、吐息が心地イイ!」
抱きつかんでくださいな。
獣化すると更に小柄なアンズさんはまるでぬいぐるみのようだ。
モフモフしてるぜ。
「あーもう!いらいらするぜ!「ファイア・サモン!」「フレイムスピア!」」
え?
何か嫌な予感がするんですけど。
さっとアンズさんが避けたことにより視界が戻る。
ネオンと呼ばれていた女性は…
うん。胸が大きいですね。
そして、左手のひらには火が浮かび、突き出す右手に吸い込まれるようにして移動すると…
槍の形となって俺に向かって飛んできた。
あー、速いな。
だが、ギータの攻撃魔法より遅いと感じた。
俺の胸の中心辺りに向かって突き進むそれを…
左手の甲で軽く叩いた。
肩に乗せてなければ掴んだりできただろうが、今はこれがやっとだな。
落ちて怪我させちゃ不味いからな。
手の甲に叩かれ、炎でできた槍は『ポシュ』っと弱弱しい音をたてて消えた。