バス将軍の友
はあ、今日はスゴイ一日だった。
ヴィオリーン姫が魔王ではなかったのだから。
代わりに勇者が魔王だなんてな…。
私は酒の入ったコップを覗き込みながら思い出す。
バグパス様が「そろそろワシは尽きるだろう。その場合は、姫がワシを討ったこととするのじゃ。頼んだぞ、バス。」と言い出したのが数日前。
ご高齢により短いことを自覚していた彼は、諦め半分と未だに勇者召喚への期待を持っていた。
成功しても、失敗に終わってもヴィオリーン姫を次期魔王にすることは変わらない。
空しいな。独り身は…。
片思いの彼女に気持ちを伝えるべきか…
去り行くバグパス様のその背を見て場違いな感情に浸ってしまった。
そして、一昨日。姫が行動を起こすとレベックから聞いた。
そうか、召喚は間に合わなかったか。
内容を伝え、去り行くレベックのその背を見てそう思った。
やっぱり彼に似てるなあ…。
どこか他人事だな。
レコウード。やっぱり家庭持ちはいいなあ。嫁かぁ。
同期のあいつにはこんな年齢の子がいるんだよな…。
彼が私を庇って魔物に片足を切り落とされ、退役して早18年。
あの時はお互い入りたての一般兵だったのになあ。
片足をなくして杖をつきながら隊を去り行くその背は痛々しかった。
その数日後に「嫁ができた。」と言ってきたときは呆けてしまった。
私は祝ったさ…。
泣きながらね。
お相手は猫獣人の女性?いや、年齢的に少女でもおかしくないか?
だが、種族的には普通だとその少女から言われた。
彼女の方が一目ぼれだったらしい。
片足だぞ?苦労するぞ?と言ったらしいが…押し倒されたらしい。
そう苦笑いで言うレコウードの頬やら首には歯形やら引っ掻き傷が…
とても激しかったことだけはよくわかった。
そして、今朝の城の前での出来事だ。
朝錬を終えた私に伝言が…
そう、か。勇者が…
ふ、ふふふ…
私の力は通用するだろうか?
その人物がどんなだろうという気持ちより、自分の実力が通用するかを想像してしまった。
彼を見たときに思ったのは、体つきに反して生ぬるいといった所か…。
まあ、やさしそう。と言ってしまえばそこまでだな。
そして、朝のやり取りへとつながる。
あの後、レベックに謝りはしたが…調子が優れないと、あの次期がきたとのことだった。
あ、あはは…あの時のことを思い出す。
ある日、そわそわしているレベックに声をかけると「うるさい黙れ!この童貞!」と叫ばれたときはショックがでかかった。
友人の子どもにそんなこと言われたら…傷つくだろう?
近くにいたメイドにさえ噛み付くような発言を…これは不味い。
他の兵達にまで言ってしまったら立場がなくなってしまう。
お互いに…。
苦笑い気味のメイドに私は謝ると、リーナに相談する。
ついでに、ラーベル。
うう、ラーベル!美しい。
ぐ、ぐふう…。堪えよ我が欲望!
嫌われたくないからな。
そして、レベック専用の薬を用意してもらった。
そして思い出す。
レコウードがあんなにも怪我だらけになっていたことを…。
そう言うことか。
血には逆らえんのだな…。
私は苦笑い気味に毛に覆われてしまった自分自身の頬を掻いた。
思い出して、ため息が零れる。
「はあ…。」
「ん?なんだ。辛気臭いな。外見てみろよ、騒がしいくらいだぞ?それなのにさ…どうしたんだバス?」
杖をつきながら声をかける彼のほうを見る。
「いや、まさかな。」
「おいおい、言ってくれなきゃわからないだろう?それともなにか?自分には言えないことか?」
そう言いながら向かいの席に腰を下ろすレコウード。
「まあ、私は今まで独りだったとな…。」
「ん?何だその言い方は…もしや、ついにか?」
子どものように目を輝かせる旧友。
「そうらしい。ラーベルが私を好いていたとは思わなかった。」
「…。そう、か。やっとか。」
「む。なんだ、その言い方は。」
苦笑いしながらそう言う彼にむっとなってしまう。
「いや、いつも言っていただろう?ラーベルはバスに気があると。だからさ。」
そういわれれば…。
ぬぐぐ…。いや、しかし…。
「そう考え込むなよな。今日は昼間のうちに食事類が底をついちまったからさ…魔王様様だよ。」
「そうだな、魔王とのやり取りの最中でラーベルのほうが私を好いていると言ってきたんだ。」
息を呑む音が聞こえる。
「ほほう?詳しく。」
身を乗り出した彼に朝の出来事を話す。
「あ~その、レベックの様子がおかしいのは…バスに殺されそうになったからか?」
「い、いや。どうやら次期らしい。」
「ん?まだ早い気が…。それに、リーナ様が調合した薬もあるだろう?」
そう言いながら顎に手を添えるレコウード。
「私に聞かれてもな。」
「そうだよな、気持ちを理解するのが苦手なバスにはな…。」
「ぬ。何だその言い方は!」
「事実じゃないか!ラーベルとは長い付き合いだろう?いつもいい雰囲気のくせして一歩を踏み出さなかったくせに!」
うぐ!
「はあああ…そんなも『コンコン!』
「あ?店じまいしてるのに、それにこんな時間に…酔っ払いか?」
「いや、わざわざノックするくらいだ客人だろう?」
私がそう答えると金髪を掻く店主。いや、料理長。
「だから店じまいしてるって。それに、主に昼飯処だぞここは。」
「そうだな、料理長?」
そう言うと金色の双眸を細めながらくすぐったそうに…
「よしてくれ。剣さばきに包丁さばきも中の上くらいなだけさ。」
「下な私からすれば羨ましいよ。」
「盾将軍様がなにを…いや、そういえば盾ばかりだよなバス。」
「守れるだろう?」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだ。」
『コンコン!』
またもやノックする音が…だがその次に…
『バスさんはこちらにいませんか?』
「「…。」」
ラーベル。
「おうおう、お姫様が王子様をお探しのようだ。」
「からかわないでくれ。こんな毛むくじゃらな王子なんていないだろうに。」
「いや、獣人の国なら普通にいるだろう?」
む。確かに。差別はいかんな…。
『いますよね?バスさ~ん!』
おおっと…。
コップの中身を一気に空にし、扉へと向かう。
「御代はいいよ。一番安い果実酒だしな。おめでとう?バス。」
私の背にそう声をかける。
この店では酒は売ってないんだがなと振り返りながら苦笑いしてしまう。
「いや、そんな苦笑いするなよな。お手製だよ。原材料費がそこまでってことさ。」
「うまかったよマスター。」
「酒場にはせんよ。趣味だ趣味。子が働き出したからな、今までの子育ての時間を使ってるのさ。」
羨ましい限りだ。
「そうか。次は昼飯を食いに来るよ。」
「おう。感想を聞かせてもらうぜ?」
扉を開けて固まってしまう。彼女の前でそんなこというなよな。
「ふ、うふふ…バスさん。子供は何人ほしいですか?」
がしり!と、扉を開けた私の腕を掴むラーベル。その発言はどうかと…
「ラーベル。バスのことよろしく。」
「ええ、幸せにしますとも!」
「そこは私がラーベルを幸せにとかだろう?」
「「いえ、ぜんぜん。」」
二人そろって言うなよな。