やさしいバルちゃん
モニカは先ほどとは違い、無言で片付けるとさささっと出て行った。
「…まあ、あれだよ。またいい雰囲気になったらしようか。」
「…そうだよな、このタイミングで続きはちょっとな…。にしても、タイミング良すぎないか今のモニカ。」
「…む。そうだね、でも、食事中から話してたし、いつの間にか会話が長引いたんじゃないかな…ボクたちのタイミングが片付けに重なったんだよ。」
そんなもんかね?
実は聞き耳立ててたとかだったら…いや、考えすぎだろう。
たわいない会話を続けながら湯を沸かし、食後のハーブティーを堪能する。
「これはまた違った味だな。前のときはリンゴっぽい味だったが今回はオレンジみたいだ…ふっしぎ~。」
俺の呟きにリーナは首を傾げる。
「リンゴ?オレンジは分かるけどリンゴって?」
「…アップル。」
「え、アップルのことだったの?」
え、リンゴが通じないならと思ってアップルって言ったら通じたぞ?
よく分からんがな。
ふと思う。なぜ会話が成立するのだろうと。
日本語で話してるわけじゃないよな?
「俺は今思った。今更かもしれないが、俺は日本語を喋ってるつもりなんだ。リーナ達は何語で話してるんだ?」
「…え?」
「いや、今話してる言葉の種類だよ。」
「種類って言われてもね…。大陸語?それとも精霊語かな?皆、同じ言語で喋るから…」
大陸語もしくは精霊語ね…。なんとも異世界感のあるお言葉だ。
「他の国によって言葉が違うとかも無いわけだな?」
「うん。そうだと思うよ。」
「そうか、なら交渉時に困るであろう物事が減ったな。」
そうかそうか、他所の国でも言葉が通じるなら心強い!
「あ、でも…訛りやオリジナルを用いる相手は会話しづらいかもよ?」
訛りは何となく分かる。方言や地域特有と言うことだな。聞き取りづらそうだ。
だが、オリジナルってなんよ?
「オリジナルとはまさしく今のタケルのリンゴ発言みたいに、在りはするが個人によっての名称が違っていたり、その場や部族だけで通用する言い方だね。」
どの言葉が通じるか不安になってきた…。そこら辺は探り探りだな。
次だ次!文字が大切だよな!
「了解した。次に、文字なんだが…どうなってる?」
文字は流石に…
「大体は魔法文字だよ。文字自体は地域によって違うけど、微量ながらも魔力が宿っている場合は読めたりするよ。もしくは、自分の魔力を当てて読み取る。認識するって所だね。」
便利~!!!
だが、魔王の間で俺の背中に何か描かれているという時にレベックだけが読めた気が…
「それじゃあ、俺の背中に描かれていたのは?」
「っ!?」
「おーい。」
「ええ、ああ、うん。あの文字はオリジナルなのか古代文字なのか不明なんだ。消えちゃったし、どんな事が描かれてたっけな~どうだったかな~。レベックも覚えてないだろうな~。リーンなんてまず覚えるはずが無いよな~」
俺から顔を逸らしながら汗を流すリーナ。
その首筋を流れる汗がなんとも艶めかしい。
「古代文字ね~。なら仕方ないか。」
「うん。ソウダヨそうだよ!ははは…」
あははは~と笑うリーナ。
「これで文字に関することも問題が無いんだな。」
「あ、でも…問題があるとすれば、一切の魔力感知も魔力も持ち合わせが無い相手には会話しか通用しないってことだね。文字によるやり取りがやりづらいからね、まあ、そのために長距離用の伝石の実験が国同士とかで行われているんだけど…もうすぐ可能かな。これは風向きがいいね♪」
長距離電話みたいなもんか…。
「まさかタケル…」
「まあ、その伝石って名前で何となく似たような…俺の世界では電話だけどな…。海を渡った相手とも会話ができる。」
「海…そして電話…。は~、もう違いや差がありすぎるから比べるのは仕方ないね。これからはあんまりタケルに発明品は…」
「ぜひ教えてくれ、見せてくれ。そして、俺にそのステキな笑顔を見せてくれ!ノーとは言わせないぞ?」
曇らせてなるものか!その笑顔!
「わかった!わかったよ!顔が近い!そして、ボクは顔が熱い!」
俺は短く謝ると離れる。
リーナは自分の手でパタパタ扇ぐ。
「発明品とかじゃなくてボクの笑顔目的かい?」
ジトッとした目で言ってくる。だが、頬に朱が差している。
「その…まあそれも理由の一つだ。だが、実際見てみたりすれば驚くだろう?」
「確かに驚くけど…期待したような驚き方はあまりしないだろう?」
「それは…申し訳ない。」
驚いてはいるんだがな…。相手にはそこまで伝わらないらしい。難儀だな…。
「むうう、タケル…そのボクの机の左の上から二番目の引き出しから…オムツをとってくれないかい?」
な、なんですとっ!?
「…。そこで驚かれてもね。さすがに痛くてね、この状態ではトイレまで歩けそうに無い。」
「なら、負ぶって…」
「それは止してくれ。朝っぱらから恥ずかしい思いをしたくない!」
レディですもの。
申し訳ない気持ちでいっぱいです。俺は無言でソファーから立ち上がるとリーナの机の言われた箇所から布を取り出す。
こ、これがオムツ!
そして、それを今からリーナが…
「もちろん、出てってよ?」
ですよね~。
お互いに裸を見たとはいえ、トイレまでは流石にね…。
変態じゃないぞ!だから俺はリーナにオムツを渡すと無言で扉に向かう。
「まあ、少しの間どこか散歩しててくれないかい?今の時間帯ならそこまで問題は無いだろう。」
「かしこまりました。お嬢様。」
「プリンセスの次はお嬢様ね…仰々しいなあ…もう。悪い気がしないのがなんとも…」
「なら、リーナ姫がいいか?」
「それは止してくれ。リーナだ。わかったかい?魔王トライオス陛下。」
「俺もそれは勘弁してほしいな。リーナの前ではただのタケルさ。」
俺はそう言いながら部屋から出た。
少し廊下を歩き、屋上を目指すが…
曲がり角を曲がると…
「あ、タケルおにいちゃ…じゃなくて、へいか!おはようございます!」
イイ笑顔だ!実に微笑ましい!
「おはよう。バルちゃん。元気だね?」
「ん!友達が元気になったの!だからね~お昼から遊ぶの~昨日約束したんだ~♪」
そうか、友達が…。この笑顔の手助けができたんだな…。
「そうか、よかったね。気をつけるんだよ?」
「ふふっ、大丈夫だよ?それより、へいかが心配。大人は怖いんだよ?だからね~やさしいバルちゃんが、これあげるっ!」
そう言ってスカートのポケットから石ころ…いや、伝石だったか?を俺に渡してくる。
その手がぷにぷにしていて柔らかい!すばらしいっ!
「ありがとう。バルちゃん。」
「えへへ~♪なにかあったらね~弾くんだよ~そしたらね~ピカピカするんだよ~。」
となると、あれか?リーナがアコーを呼んだようなやつか?
これも伝石なのかね?リーナに聞いてみるか。
「ばいばいへいか~。モニカには気をつけるんだよ~」
は、ははは…子どもにすら心配されたよ。