回復魔王
すっかり忘れ去られていた。ヴィオリーン様
「うぐぐ…リーナ。お…まえのミスだろ?」
やっとの思いで話し出す。その言葉に当のリーナは両手を白衣のポケットに突っ込むと不機嫌そうに口を尖らせながら…
「ドジっ子のリーン様のいつものミスだろう?どうせ投げ込む時に魔力の流し方を間違えただけさ!」
「なに、を。私は悪くないぞ!もしかしたらコイツのせいだ!コイツのせいに決まってる!あの防御魔法すら破壊してバグパスを一撃で殺した、コイツの仕業に違いない!だから、私のミスではないのだぞ!絶対だからな!」
凄いな、これは日常でよくあることなのだろう。年齢からしても年上でしっかりしている姉的位置のリーナが年下の妹を嗜めるとそれに反発して騒がしくなるといったところだろう。
すっかり耳を塞いだレベックが困った表情をしているので、なお更そう思えてくる。
「ヴィオリーン様お静かに。まだ、夜中ですよ。」
冷静な判断だ。よいこのみんな、夜中は騒いじゃダメだよ。お兄さんと約束だからね?
レベックの注意に俺もそれとなく頷く。
ギリリッ
すげー歯軋りだな。歯が磨り減っちゃうぞ!
「こらこら、リーン。新しい魔王様だよ?確かに彼は特殊魔法が…特殊魔法が、効かない。…あ、そうか。効かないんだ。タケル、その部屋に居た時に何か投げ込まれただろう?どうなった?」
おや、あの石ころの事か?
「ん?あいつを殴った時に扉が開く音と、何かが投げ込まれる音、そして、ヴィオリーンの声が聞こえたな。」
「それで、その石ころは?」
ちょ、近い近い…真剣な眼差しだが、異性ということで反応してしまう。
「あ、ああ。それなら煙が出てたな…。そのせいで部屋の中が煙たくなってな、このままここに居たら不味いだろうと思って気を失った彼女を抱えながらその部屋から出てきたんだよ。」
そして、走ってレベックに近づきここに連れてきてもらったと伝える。
「今更だけど…さっきの話からして石が投げ込まれる前にシールドも壊したのかい?」
「ん?透明な壁みたいなのの事か。それなら、こうパリーンって割れちまったぞ。特に問題なくカエルの顔面を殴れたが?」
「自分の生きてきた世界と違いすぎる。新しい魔王様は凄すぎます。」
「んな、そのシールドが厄介だったのに…そのためのアイテムでもあったのに…私の苦労ってなんだったのだろう…。」
「おい、そこでちゃっかり私の苦労とか言うなよな!ボクの苦労だぞ!まったく。」
そうだな、作ったのはリーナのようだ。似たような石が机に転がってるし、研究者なのだろうから。
「タケルに状態異状が見当たらないのは、強い力のおかげなのだろう。だから、ボクの作った結界石が負けて煙すら上げたと…その煙でリーンは調子を悪くしたと…」
「そらみろ!私が言ったとおりコイツのせいではないかっ!」
指を指すな、指を…全く。
「俺は名前で呼んでるんだが。いつまでコイツ呼ばわりするつもりだ?教育がなってないようだな、社会勉強しなおすか?こんなんで良く次期魔王目指していたな。それとも、態度だけ偉そうなら魔王になれるのか?」
顔を真っ赤にしながら、目元を潤ませ…
「にゃにをっ!う、うう…私はもう勉強したくない!それに、簡単に魔王になれるはずないだろっ?そんなのもわかんないのか?それにお前の名前しらなし…この、ばーか!ばーか!片角ばーか!」
やべえ、ガキだ。こんなでよくもまあ…
「ごめんよ、タケル。彼女は普段はもっとまともなはずなんだ…。まあ、勉強嫌いではあるのは事実だけど、社会性は持ち合わせていたはずなんだ。ほら、リーン。彼の名前はトライオス・タケル、キミをこの部屋まではこんできてくれた恩人だよ。」
「ふ、ふんっ。元よりトライオスのせいだろう!私は悪くないぞ!…う、ぐぐぐ。」
苦しそうな顔をしだす。これじゃ怒りたくても怒れない。俺の所為でもあると言われたら、そうなのかとしかこたえようが無い。
「な、なあ。どうにかならんのか?苦しそうだが…」
「といわれてもね、ボクは回復魔法は苦手なんだ。アイテムを作る分には得意なんだけどね。」
「自分も身体強化魔法と風属性に特化している所為で他の属性はからきしです。」
俺は何ができるのかサッパリだ…。魔法のある世界に住んでたわけじゃないから当たり前か。てか、今の状況に適応しすぎな気がするぞ。
試しに、どんな魔法があるのか聞いてみるか。もしかしたら使えるかもしれないからな。
うん、魔法使えたらいいな。こんなときに何も使えないとかただの役立たずだもんな。俺の所為でもあると言われたら特に、後味も悪い。試してみるか…
「なあ、回復魔法ってどんなのがあるんだ?」
「ん?そうだね~。ヒール系統がHP回復だからね~、これは状態異常だから…レジストでいいかな?まあ、できればの話だけれど。」
そうか、レジストね。
俺は、頭の中でイメージしながらソファーの上で苦しそうにしているヴィオリーンのおでこに右手をあてて…
「レジスト!」「ヒール!」
ついでだ、回復魔法とやらも試してみよう。
唱えると、右手が手首まで白く淡く輝く。おお、これが魔法か!MP消費したって感覚が来るぞ!すげーな、魔法。
その光がヴィオリーンの身体全体を包む。
「な、嘘だろう?タケルは回復魔法が使えたのか…それに、初級の魔法にしては強すぎるぞ!」
「か、回復魔王…じゃなかった。回復魔法の光がこんなに綺麗にはっきりと見えるなんて、美しいですね。自分、感動してます。」
そして、光が収まると。
「う、うう?あれ、苦しくないし、あったかいわ。誰かの優しさに包まれ…え、トライオス?」
「ああ、俺だ。大丈夫か?もう苦しくないか?どこか痛いところは無いか?」
額に乗っていた俺の右手を両手で包んで持ち上げニギニギしだした。頬に朱が差し…
「あ、ありがとう。…で、でも元はアナタのせいなんだからねっ!」
そうは言ってくるが、両手は俺の手を未だにニギニギしている。小さい手だな、そして柔らかい。なんだか、マッサージしてもらってるみたいで気持ちいい。
そのせいか思わず口元が綻んでしまう。
「そろそろいいかな?ボクとしてはこの光景はあまり面白くないんだが?」
おや、リーナさん。ご機嫌斜めのようだな…ここは、「よかったねぇ~」くらい声をかけるかと思ったのだが…どうしたんだろう?