涙を流すわけ
とろけていた表情を曇らせ、肩を強張らせるリーナ。
「そ…んな…ボクの瞳に不安なんて…ないよ?」
首をかしげて、そう言いながらも涙を流す。
「だめだ、どこかにその気持ちがあるうちは…これ以上はだめな気がする。たのむ。」
俺はリーナの瞳を覗く。
「…。」
リーナは無言で俺の首に回した腕を解くと俺の隣りに腰掛けた。
「昨夜、ボクの部屋でボクがどうして部族を出てこの国に着たのか話したよね?」
俺は無言で頷く。
確か、多くを学びたかったからと…
「理由のうちのまともな部分だけを寄せ集めて言ったんだよ。実際はもっとひどい理由さ。」
俯き、膝の上に置かれた両拳を握る。
まともな部分の寄せ集め…。
「育ての親に売られそうになったんだ。他の男達に…」
っ!?
「ボクの部族は15からといったよね?でも、ボクはそれ以前から村を出る準備をしていたと。」
「…ああ。」
「それは不味いと思った育ての親は、独身の男達に言って回ったんだよ。指定する日に、ボクを襲えと。誰でも構わない、ただ、このまま出て行かれたら大きな損失だと…。ボクは物かよ!」
…。おい、それが親かよ?
あまりの怒りに奥歯を噛み締める。
「それでね、ボクをいつもなら『幼い体型だ!』とか『生意気なガキ!』だとか『こんなヤツと誰が結婚するか!金を積まれたってごめんだね!』って言っていた連中も目の色を変えてね…。」
「実際は、稼ぎがいいボクを嫁にしたいという連中は多かったみたい。でも、まだ14だからと…手出しせず、距離を置いていたみたいなんだ。めちゃくちゃだよね?そこに、育て親の彼の発言だ。両親がすでにいないボクのことを面倒見ているつもりになっていたが…立場が逆転して、養ってもらっている側だったのにね。だからなお更、ボクが稼いだお金も半分譲るからと回りに言ったみたいでね。お金目的の男達もいたよ。純粋に肉欲を、ボクの純潔を求めるやつらもいた。ああ、ああ、ああっ!だからボクは男が苦手なんだ…。」
男が苦手…だと?
「ボクはね、集落の雰囲気がおかしいことに気付いて罠や杖、MP回復薬も服に隠して行動して回ったよ。故郷の中でなぜ武装しておかないといけないのかと…いやでいやでしょうがなかった。」
育った場所が突如として自分を狙う存在となったのか。
「心休まらない故郷を捨ててきたということか?」
「うん。」
「…。」
「いやになっただろう?」
「いや、そんなことは無い。」
「…。それでね、その日がきたんだ。ボクは怖かった。微笑んでいた近所のオジサンさえもその日は血眼になってボクを追いかけてきた。欲にまみれた者達の姿はとても醜かったよ。そして、とても怖かった。」
不信になってもおかしくないな…。
「おかげさまで状態異常魔法や罠師のスキルなんかが上がったけどね。やっとの思いだったよ。集落から離れても離れても待ち伏せやらなんやらで男達を退けながらだったからね。飛び出してすぐに大冒険さ!」
面白おかしく言おうとしていたのだろうが…声が震え、またもや涙が滲み出る…。
どれほど怖かっただろう…逃げても逃げてもやってくる欲にまみれた男たちは…
それが当時14歳の少女だったリーナただ一人に向けられていたのだから…
不安はリーナの心に根強くあるようだ。
「そうか、俺も欲深き、醜い…男だな…。」
俺が呟くと…
「タケルは違う!違う…けど、今朝だってやっぱり怖くなってしまったのは確かだよ。ごめんよ…でも、今なら今なら大丈夫なんだ。ボクは、大丈夫。」
まるで言い聞かせているかのようだ。
俺は、ゆっくりと腕を上げるとリーナの頭に手をのせた。
びくりと震えるが、ぬれた瞳を俺に向ける。
俺は、ただ撫でた。
撫でた。
「…。子ども扱いしてない?」
少しして、頬を膨らませて言い出す。
幸せそうに撫でられていたくせに…
「ボクはね、決めたんだ。この覚悟は本物さ!タケル…」
撫でていた俺の手を両手で優しく包むと持ちながら移動させる。
胸に触れる。
「これが今のボクの気持ちだ。」
そう言いながらリーナは俺の手を自分の胸に押し付ける。
熱い、そして鼓動が伝わる。
「ん、ああっん。…ボクは、キミと…」
押し付けといて、感じないでくれないか?これは真面目な話じゃなかったのかね?
「ボクはボクの手で、ボクの決めた相手と…」
「俺でいいんだな?」
「ん。これは用意されたものではない。ボクが用意した場だ…押し付けられた世界ではない。欲が襲ってくるあの場所でもない。ボクの…ボクたちだけの場だ。タケル…それとも言い訳をしてボクを拒むのかい?今のボクの瞳を見てくれ!ボクに不満があるかい?」
どうやら不安は消えたようだ。意志の力でねじ伏せたか、俺に言ってしまって吹っ切れたのかはわからないが…
「さあ、続きをはじめようか?タケル…」
俺の頭に両腕を回すと額同士をくっ付けあい優しく囁く。
「仰せのままに、マイプリンセス。」
「ぶー。特別視はしなくていいよ?それにプリンセスなんかじゃなくて、ボクはただの娘さ!仰々しいのはごめんだね!ただの勇者で魔王なタケルに恋するただの娘さ!」
「ただの勇者で魔王ね…十分仰々しいぞ?ただのお嬢さん?」
悪戯っぽく微笑む彼女に俺は微笑み返した。
「なんだい?このボクに物申すのはこの口かい?」
そう言いながら、ふさがれてしまった。
不意打ちかよ。